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乙女ゲームなんてクソくらえ!  作者: 柳澤伍
舞台に上る以前の話
6/9

8歳―王宮にて

 煌びやかなシャンデリアに照らされた大広間に、これまた煌びやかに飾り立てた淑女(レディ)たちが艶やかにドレスを翻している。豪華絢爛という言葉が相応しい其処は、クラウゼリア王国王宮、通称白鷺宮である。儀礼・式典用の宮殿である白鷺宮と対になっている、政務の中枢が置かれている宮殿を黒鷲宮といい、こちらは伏魔殿として悪名高い。


 ジークは視界の端でひらひらと揺れるドレスを憂鬱気に見つめていた。理由は簡単だ、美貌と家柄に釣られた令嬢たちの相手に疲れたからである。美貌の公爵家次男というただでさえ好条件な上に、ジークは王子たるルドルフの対等な友人なのだ。玉の輿を狙った令嬢たちのしつこいアプローチ(押し売り)に溜息が出るのも仕方のないことだと言えた。


「………」


 ジークの薔薇色の唇から憂鬱な溜息が漏れた。悩ましげなそれさえも魅力とばかりに令嬢たちが色めき立つ。


 国王陛下への挨拶は終わり、ノイエンドルフ公爵家を含まぬ、オウォモエラ・レーヴェンガルト・エルレバッハといった各公爵や、母の兄たるエクヴィルツ侯爵への挨拶回りも既に済んでいる。ノイエンドルフと関係の深いジルベール子爵、アドルガッサー男爵と、北隣のヴァイアーシュトラス伯爵はいの一番に足を運んでもらっている。十分に義理は果たしたと言えた。


 他に交流を深めたい相手もなし、父に託けてさっさと自領へ引っ込んで(転移して)しまおうか。ジークがそんなことを考えていると、それまでジークの周囲を囲んでいた令嬢たちが甲高い声をあげて他方を見遣っていた。


「やぁ、ジーク。少し見ぬ間に随分と男ぶりが増したようだ」


 変声期を迎える以前の少年らしい高く澄んだ、嫌味とも取れる言葉がジークに向けて投げかけられる。ジークはそれを聞きながら、そう言えば彼への目通りはまだだったな、と思い出していた。


「やぁルディ。君こそ随分と大人びたようだ。息災だったようだね」


 ともすれば精緻人形(ビスクドール)と揶揄される面に僅かばかりの笑みを浮かべ、ジークはジャブを打ち返す。あまり表情の変わらないジークの珍しい微笑みに、それだけで令嬢たちが頬を紅く染め目を回すのが手に取るようにわかった。


 そのような阿鼻叫喚図をものともせず、ルドルフがやってくる。ジークの隣に並び立ったルドルフを見て、会場中の人々が溜息をもらす。年端も行かぬ少年たちは、まるで一対の芸術品のように美しい。


 青味がかった黒髪(ブルネット)灰紫(アッシュモーヴ)の瞳、白皙の美貌、というよりは温かみのある象牙色の肌をしたルドルフと、物語に出てくる貴公子然としたジーク。そんな2人が親しげに並び立っていて、会場中の注目を集めぬはずがなかった。現に令嬢たちや娘にいい嫁ぎ先を見つけようとしている貴族が、互いに牽制しあうようにしながらも挙ってジークらに視線を向けている。


「ジーク、二の兄上がお呼びだ」

「エドゥアルト様が?…わかった、行こう」

「ああ、すまないが僕は付いてくるなと言われている。二の兄上は緑青の間でお待ちだ」

「そうか。ありがとう、ルディ」


 ルドルフの言う二の兄上とは、クラウゼリア王国第二王子―エドゥアルト・ディースティル・クラウゼヴィッツ王子殿下の事である。年齢はジギスムントとルドルフのちょうど真ん中である12歳だったはずだ。病気がちであまり表舞台に出てこないエドゥアルトが、わざわざジークを呼び出すとはいったい何事だろうか。


(そもそもエドゥアルトってモブ中のモブじゃないか。ジギスムントはレオンの親友だから一応スチルあるけど、エドゥアルトは誰とも関わりがないから文字通り名前だけしか出てこないし)


 とりあえずパーティーからは抜け出せる、とジークは足早に会場を後にする。ジークの興味は着飾った女性たちよりも、一度も顔を見たことがない第二王子に惹かれていた。傍目から見ても気付かれないだろうが、ジークは確かに浮かれている。それこそ可視化された色とりどりの花が、ジークの通った後に落ちているくらいには気分が浮き立っていたのである。


 ジークはエドゥアルトに指定された緑青の間の前に立つ。居住まいをただし、扉をノックする。


「ジークハルト・エクヴィルツ・ノイエンドルフです。エドゥアルト王子殿下、失礼ながらお部屋へ入ってもよろしいでしょうか」

「ああうん、どうぞ」


 一国の王子らしくない軽い口調が扉の向こうから飛んでくる。ルドルフとよく似た、透き通るようでどこか甘さを含んだ声。一度聞いただけでルドルフとの血の繋がりがわかる、そんな声だ。


 ノブに手をかけ、扉を開ける。室内に足を踏み入れたジークの目に、ソファに座る1人の少年が映った。国王に似た灰青の瞳に、王妃譲りの豊かな栗色の髪。面差しはどちらかと言えば王妃に似ていた。


(彼が、第二王子、エドゥアルトか)


 身に付いた習慣とは恐ろしい。ジークはその場で片膝をつくと、そのまま頭を垂れた。そんなジークに対し、エドゥアルトは気さくな態度で言葉を投げかける。


「顔を上げて、そこに座るといいよ。あと直答も許すので気楽にどうぞ」


 そこ、とエドゥアルトが指差したのは、彼の真正面のソファであった。直答を許されたジークは立ち上がり、言われた通りエドゥアルトの正面に座る。


「初めまして、ジークハルト。私のことは気軽にエドと呼んでほしい」

「エド殿下。わたしをお呼びと聞きました。されどもわたしは殿下と面識はなく、何故お目通りがかなったのか不思議でならないのです」

「ふふ、君は賢しいね、ジークハルト。………いや、ジークリンデ(・・・・・・)と呼ぶべきか」


 エドゥアルトの言葉に、ジークは表情を変えぬまま内心で舌を打った。エドゥアルトの瞳には先程までの無邪気な光の奥に、言い得ぬ何かが浮かんでいる。思わずエドゥアルトを睨みつけそうになる自分を必死に抑える。


(彼は何を知りたがっている)


 ジークは瞬時に頭を回転させる。エドゥアルトの真意は何なのだろう。彼がその事実を口にした意味を探る。


 ジークリンデ(悪役令嬢)の名を口にしたということは、彼はかつての己と同じ世界に生きていたはずだ。そして、“世界はすべて君のために”のプレイヤーだったのだろう。だとすれば、ジークリンデ(・・・・・・)ジークハルト(・・・・・・)であることに対して思うことがあるのだろう。だがそれをジークにぶつけられたとてどうしようもないことだ。ジークだって望んでジークハルト()になった訳ではないのだから。


 ジークは感情をあらわにせず、ただエドゥアルトを見つめた。エドゥアルトもジークを探っていたようであったが、観念したかのように諸手を上げ、降参だと言わんばかりに破顔する。


「ごめんね、意地悪な質問しちゃった。っていうか自分の手札を晒さず、君にばかりそれを求めるのは間違ってるよね。……改めて名乗らせてもらうよ、私はエドゥアルト・ディースティル・クラウゼヴィッツ。かつて日本という技術大国で暮らしていた時は一路木波留子(ひとろぎ はるこ)と呼ばれていた女の子だった。17の時に悪性のリンパ腫が見つかってね、そのままあっけなく死んでしまったよ。そして気付いたら自分が好んでプレイしていたゲームの世界に生まれ変わっていたんだ。君を呼んだのは、ここがセカキミ(乙女ゲーム)の世界まんまなのに、私の知っている人物(ジークリンデ)が居なくて、代わりに(ジークハルト)が居たからだよ」


 エドゥアルトの発言に、流石のジークも呆気にとられてしまう。まさかエドゥアルトがジークと同じ転生者だとは思ってもいなかった。エドゥアルトだって、自分以外に転生者が居るなんて思っていなかっただろう。


 エドゥアルトがジークを呼んだ理由はわかった。けれどもどうして態々ジークを呼ぶ必要があったのかについては説明されていない。彼女(ジークリンデ)(ジークハルト)になっていたから、というだけで呼ばれたなら納得がいかない。それだけならば、だからどうした、と一笑で終わるからだ。


 ジークが求めているのは、エドゥアルトは(ジークハルト)になった彼女(ジークリンデ)を見て何か(・・)を感じ、それ故にジークを呼びつけた、というその“何か”についてだ。もし彼がジークを廃しようとするならば全力で抵抗するつもりだし、友誼を結ぶつもりであるならば彼が求めるまま交流を深めるだけだ。ジークはエドゥアルトの出方を見て自身の身の振り方を決めるつもりであった。


 しかしエドゥアルトはこれ以上口を開く気はないらしかった。それよりもジークの手札について開示しろ、ということなのだろう。17で儚くなったという割に中々頭が切れるようである。ジークは我知らず口の端を釣り上げていた。それは、齢8つの子供が浮かべるのに相応しくない、いやに艶やかな笑みであった。


「ではわたしの番だな。……君が元日本人ということでわたしも地でいかせてもらう。わたしはジークハルト・エクヴィルツ・ノイエンドルフ。かつて小早川翔(こばやかわ かける)と呼ばれていた。こんな名前だがこれでもれっきとした女性だよ。わたしは、恐らく居眠り運転だと思うのだが、突っ込んできたトラックと電柱の間に挟まれてしまってね。何の皮肉か、無駄に整っていた顔面以外は人であったことが嘘のように滅茶苦茶になっていた、それが23の時だった。……それで、エド殿下。あなたは男の身となった我が身にどのような用がおありかな?」


 嘲笑うかのようにジークはエドゥアルトを見遣った。言葉を弄そうと思えばできたが、敢えて直球勝負に出る。ジークが放った剛速球に、今度はエドゥアルトが目を丸くして呆けている。


 しばらくそうして固まっていたエドゥアルトであったが、沸々と込み上げてきた何かに、遂には耐え切れず吹き出し、そのまま弾けんばかりの笑い声をあげた。しまった、些か中二病臭かったか。勿体つけた言い回しは確かに思春期特有の病に侵された人々のようだ。ジークは羞恥から僅かに眉根を寄せながら彼の言葉を待った。


「……はーっ、笑った笑った。ねぇ、ジーク。あ、すまない。そういえば私は君をどう扱えばいいんだろう。向こうでの人生と此方での人生を合わせたとしても君の方が年長者だが、立場的に私の方が上だし。困ったなぁ」

「普段通りに接してくれて構わない。わたしが君に合わせてTPOで使い分けよう」

「ああ、それがいいね。で、私が何で君を呼び出したかだったよね。……私さ、生まれてからこの方、ずっとずっと不安だったんだ。初めの頃は、好きだったゲームの世界に転生したぜヒャッホウ!とか思ってたんだけど、そのうちイレギュラーな存在(転生者としての私)が居るせいで自分の知っている世界と変わっていくんじゃないかって思い始めてさ。そんな時に、君を知ったんだ。最初はとてもびっくりしたよ。悪役令嬢(ジークリンデ)が居ない!ってさ。でもさ、よくよく考えてみたら、ここはゲームの世界であってそうじゃないんだよね。私たちは確かにこの世界に生きている。シナリオに動かされずに、自分の好きなように、したいように生きていいんだって。そう思ったら、無性に会いたくなったんだよ。(ジークハルト)じゃなくて、(小早川翔)に。君が転生者だって確信はあったから、私と時々でいいからかつて生きていた世界の話をしてくれないかなぁと思って呼び出してみました」


 迷惑だったらごめんね、といってエドゥアルトは申し訳なさそうに笑った。その笑顔を見ながら、ジークは思う。


(あぁ、この子もわたしと同じなのだな)


 どうやら転生者という存在は、一度はこういった思考に陥ってしまうらしい。自身にも身に覚えのあるそれに、ジークも内心苦笑を返す。


 生まれつきかつての記憶があるせいか、どうしてもそちらに意識を取られてしまうのだが、ジークはもう小早川翔(こばやかわ かける)ではないし、エドゥアルトだって一路木波留子(ひとろぎ はるこ)ではないのだ。それなのに己らはかつての自分を切り捨てることが出来ないでいる。否、自分だけではなく、それに付随する凡そすべての物だって切り捨てることが出来ない。


 ジークもエドゥアルトも、確かにこの世界に生きている。ここはかつての自分で言うところの日本であり、ゲームの世界などではなく、生活の場だ。ゲームのようにあらかじめ決められた道筋をたどるのではなく、イレギュラーなことをしたっていいのだ。というかジークは随分とイレギュラーなことをしてきた。対してエドゥアルトはほぼゲーム通りの人生を送ってきたようだ。恐らく、なかなか踏ん切りがつかなかったのだろう。そのための第一歩がジークと接点を持つことなのかもしれない。


 それはきっと、今までシナリオに忠実に生きてきたエドゥアルトが、初めて起こしたシナリオへの反逆。ならば己はそれに付き合おう。ジークは鷹揚に頷き、エドゥアルトの手を取った。


「わたしも友人が欲しかったんだ。少し歳は離れているが、仲良くしてくれると嬉しい」

「本当かい?ありがとう、ジーク!」


 喜びを爆発させるかのように、エドゥアルトはジークの手をブンブンと上下に振った。あまりにも大袈裟なそれにジークは苦笑を禁じ得ないが、ルドルフよりも擦れていないエドゥアルトの反応が嬉しかったのもまた事実だ。


 ルドルフ以外と関わり合いになるつもりはない、なんて言ったものの、こうしてエドゥアルトとも交流を深めている。矛盾したそれに気付かないふりをして、ジークは部屋を後にする。


「もう十分役目は果たしたし、帰っていいよなぁ」


 そのジークの呟きを訊いた者は居らず、それが誰も居ない廊下に溶け込む頃には、ジークの姿は王宮より消えていた。


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