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乙女ゲームなんてクソくらえ!  作者: 柳澤伍
舞台に上る以前の話
3/9

5歳―彼との出会い

 ある晴れた日の昼下がり、ジークことジークハルト・エクヴィルツ・ノイエンドルフは父であるヴィルヘルムに呼び出され、彼の執務室に向かっていた。


 彼と彼の前世である彼女(小早川翔)が人格統合して既に5年が経つ。その間でジークは既に数々のことをやらかしてきた。23歳の精神を持ちながら夜泣きなんてできるはずもなく、乳児の時期から手のかからない子供と言われてきた。生後7か月で歩き、8か月で走り、1歳で意味のある言葉を口にした。ちなみに初めての言葉は「ねんね」である。寝る子は育つという前世のことわざの通りジークはすくすくと成長する。


 2歳で専門書を読み漁り、3歳で専門書に書かれていた理論を実践し、4歳で剣術の師を打ち負かした。ついでに廃れていた魔術を独学で復活させ、新たな理論体系を生み出したのも4歳の頃だった。人々は彼を神童、もしくは畏怖をこめて傑物と呼んだが、ジークからすれば無駄にハイスペックだった前世(小早川翔)の名残でしかない。いくらステータスがチートでもそれを操る精神―もしくは脳―がそれに見合ったものでなければ猫に小判、或は豚に真珠というのが彼の持論である。………というのは建前で、赤ん坊の姿で全力を出したらどこまでやれるかというのを調子に乗ってやったところ、中二病も真っ青な、確実に黒歴史行きなことをやらかしてしまっただけなのである。後悔は今現在進行形で行っている。


 それはさておき彼女(・・)の記憶では、ジークリンデ(ジークハルト)が5歳の時に、婚約者であるルドルフと引き合わされる。今回呼び出されたのもその代替イベントなのだろうと考えつつ、ジークは父の執務室のドアをノックする。


「父上、ジークハルトです。入ってもよろしいでしょうか」

「ああ、おいで」


 ヴィルヘルムの返事を待って、ジークは執務室に足を踏み入れる。父は応接用のソファに座っていた。父の正面には彼と同じ年頃の男性と、その息子らしき少年が腰かけている。艶やかな黒髪に、父親が灰青、息子が灰紫の瞳をしている。顔のつくりはほぼ変わらず、切れ長の目にスッと通った高い鼻筋、上下ともにほぼ均等な厚みの唇は若干幅広い。父親が研ぎ澄まされた精悍な輪郭で、息子はまだ円やかな輪郭をしており、頬がふっくらとしている。まったく、嫌味なくらい美形な親子である。普通に出会ったとしたなら回れ右をして関わり合いになることを拒否したいくらいだ。


 けれども彼らを視界に入れた瞬間、ジークは感じるよりも早く膝を折り、頭を垂れた。


「初めてお目にかかります。ノイエンドルフ公爵ヴィルヘルムが次子、ジークハルト・エクヴィルツ・ノイエンドルフと申します。国王陛下、並びにルドルフ殿下にお会いできて光栄です」


 澱みなく口から流れ出た言葉に大人2人が目を瞠るのがわかる。ジーク自身、5歳児が何を言っているのだと内心で自嘲気味に笑ったが、一度出た言葉を無かったことにすることなどできない。面倒くさいことになる気配を感じながらジークは動きを待つ。


(そもそも何でルドルフまで連れてこられてるんだろう。わたしは女の子じゃないから許嫁になる訳じゃないし。同い年の子供同士よろしくね的な感じ?)


 床をじぃっと見つめたまま、ジークは微動だにしない。自身の家柄や立場は重々承知していたが、それでも相手は王族だ。現代日本で言えば天皇陛下に謁見しているようなものだろうか。かつては一庶民でしかなかったジークにはこれが正解なのかさえもわからない。ただし自身の発言がとても5歳児がするものではないことだけは承知している。


 ポスっと軽い音がして誰かが近づいてくるのがわかる。足音の重さから察するに、ルドルフだろう。とてとてと歩いてきて、彼が頭を垂れるジークの目の前に立つ。ジークは旋毛にルドルフの視線を感じながらも顔を上げることはしない。それが不敬だと知っているからだ。


「ジークハルト、かおを上げて」


 幼子らしい舌足らずの高い声がジークを促す。態と勿体ぶってゆっくり顔を上げた。眼前には記憶よりも幼いルドルフがやわらかい表情で立っている。保護者2人は子供たちに向けて微笑ましい視線を送っている。残念ながらジークは悟ってしまった、この場に逃げる場所などないと。


 そんなジークをよそに、ルドルフはジークに向けて手を差し伸べる。


「ジークハルト・エクヴィルツ・ノイエンドルフ。きみをぼくにならびたつものとしてみとめる。いついかなる時もぼくのとなりにあれ」

「……それは随身としてですか?それとも対等な友として?」

「もちろん、たいとうな友として。だからきみにはとくべつに、ぼくの名をよぶことをゆるそう」


 さぁ早くこの手を取れ――そう言わんばかりにルドルフはジークに向けて手を伸ばす。一方ジークは厄介なことになったとばかりに天を仰ぐ。


(許嫁じゃなくて親友か…、まぁ恋愛感情に発展しない分だけまだこっちの方がマシかな。いや、ルドルフがわたしのことを気に入っているから別の死亡フラグが立った気がする…)


 ちら、とヴィルヘルムに視線を遣る。


(あ、これはあかん)


 無理のある関西弁が思わず出てしまうくらい状況は詰んでいた。助けを求めて父へ送った視線は、最高と笑みと共に打ち返される。国王も息子にできた初めての友達(仮)を潤んだ瞳で見つめている。天下のクラウゼリア王国の国王も王城から出ればただの人の親であった。


 孤立無援、四面楚歌、八方塞がり。今のジークの置かれた状況を端的に説明するならばそんな感じだろう。つまり、ジークは差しのべられた手を取るしかないのだ。


「ジークハルト・エクヴィルツ・ノイエンドルフ。ルドルフ・ディースティル・クラウゼヴィッツ第三王子殿下の隣に並び立つ者として、御身を護り、時に諌め、何時如何なる時も御身の隣に在ることを誓いましょう」


 ルドルフの白魚のような指先に軽く唇を当てる。頭の片隅でこれは女性に対するものだったのではないかという疑問が持ち上がったが、誰も訂正するものは居なかった。むしろ国王とヴィルヘルムは感動のあまり泣き出す始末。何を間違ったか最も冷静なのは、23歳の理性を総動員して耐えているジークだなんて。ルドルフもルドルフで初めての友達にテンションが上がっているようである。


「感動していらっしゃるところ申し訳ないのですが。ルドルフ様、」

「ルドルフ」

「……は?」

「だから、ルドルフ。さまはいらない。あとそのしゃべりかたもいや。本当のきみがしりたい」


 眩暈がしそうとはまさにこのことだろう。ルドルフの言葉に視界がくらりと歪むのがわかる。本当の君が知りたいと言われたところで、ジークは普段からこのような口調である。両親や兄に対してだけではなく、傍仕えの者たちにも同じように接しているのだから今更砕けた口調になることの方が難しいのだ。


(まったく、この王子様は無理難題を言いつけてくれる……)


 はぁ、と小さくため息を吐き出す。捉えていたルドルフの手を放し、すっと立ち上がる。両親ともに長身なためか、ジークも例に漏れず5歳児にしては大きめだ。立ち上がったジークは自身より少々下にあるルドルフの目を見つめる。そして、その無機物質の作り物めいた美貌に、微かな笑みを湛えて彼は言う。


「不敬罪でひっ捕らえようものなら、全力で君を呪うことにするよ、ルドルフ」


 口煩い輩が居たならば既に不敬罪で処刑されていそうな不遜な言葉を吐いたジークに対し、ルドルフは嬉しそうに笑った。何が彼の心の琴線に触れたか定かではないが、ジークは嬉しくないことに“第三王子の無二の友”という肩書を手に入れてしまったのである。自身が乙女ゲームの世界に転生してしまったという事実を受け入れ、無駄なハイスペックで自由にやらかしつつどこまでフラグを折れるか楽しんでいたジークにとってこの出会いは不本意なものと言えるだろう。


 しかし無二の親友フラグは既に立ってしまった。ジークがルドルフと同性である以上、恋愛フラグは立ちそうにないが、出来るなら関わり合いにはなりたくなかったとジークは嘆く。その脳裏には前世で見た彼女(ジークリンデ)の破滅していく様が過ぎる。だが、ジークはジークハルト(・・・・・・)であって、ジークリンデ(・・・・・・)ではないし、破滅エンドはジークが人としての道を外れさえしなければ起きることはないのだ。


 ――…それに。


(まぁ、対等な友人が出来たっていうこと自体は嬉しいんだよな)


 前世で対等な(・・・)友人が居なかったジークにとって、ルドルフは初めてできた対等な友人である。面倒くさいけれども悪くないと思っている自分がいるのも事実であった。


「のろわれないようにまわりには言っておくよ」

「そうしておいてくれると助かるね」


 かくして、かつての婚約者たちは無二の親友として親交を深めていくのであった。


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