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友来る

大小七つの国に隣接する魔術師の聖地、アースガルド。


魔術という目に見えない力を国力とし、かつその知識と技術を研究、駆使、磨き上げ、そこから得られる恩恵を提供することで他国との関係を築いてきた。


今では魔術師を志す者は皆、アースガルドに移籍するのが常識となった程であり。

養成学校ステラは、その登竜門だったが。


もちろん、中には門の手前でUターンする鯉も居る。



***


澄んだ朝の光が、夜の闇に冷やされた街の空気と踊っていた。

早朝の、人気の無い石畳。その上に、一つの足音が軽快なリズムを刻んでいる。


音の主は、首回りにファーのついたジャケットを粋に着こなした、痩身の青年だった。

健康的な褐色の肌と、つり上がった深い紫色の瞳が印象に残る中性的な容姿。一つにくくった明るい銀の髪が、朝陽を吸い込んでガラス細工のように煌めきながら、歩みに合わせて背中で跳ね、奔放な動物の尻尾のように揺れていた。



「…あれ、アリア君?」



目的地一歩手前で聞き覚えのある声に名を呼ばれ、アリアンロッドは歩みを止めた。


「早いねー、イザベラ君の所?」

「おはようございます」


やや癖のあるハスキーボイスで、顔馴染みの新聞配達夫に挨拶をする。


「夕べ打診されまして、朝イチで来いと」

「ははっ、まるでお手伝いさんみたいだね」


帽子を引き上げながら、自転車を支える若い配達人が愉快そうに茶化した。

それから急に、極秘の話をするように声を潜めて。


「彼、最近機嫌悪いよ。スランプかな?」

「あはは」


そりゃー無いだろうと内心で一蹴し、アリアンロッドは友人宅―――新聞社が一階にある二階建て住居――の、鉄筋の階段に足をかけた。



***


「よく来たな」

「………い、イザベラ?」


出迎えに現れた相手に対し、思わず語尾に疑問符がついた。


ファッションと外見には女並みに気を配る友人が、どうしたことか髪はボサボサ、服はヨレヨレ、目元は黒ずみ、さながら忙殺された死神のように憔悴しきっていた。


「な、何だ、お前…どうした?」


上から下までとっくり検分した末恐る恐る訊ね、そのまま辺りをキョロキョロする。


この一帯は元々建て売り住宅がずらりと密集した地区で、どこも屋内の日当たりは良くないのだが、それを差し引いても家中に充満する空気がどんよりじめじめし過ぎていた。


「…もう、悪夢だ…」


壁に重心を預けて辛うじて立つ友人が、魂を吐くような呟きを漏らす。


「片付けても片付けてもなくならねー、まるで底無し沼だ…」

「…???お、お前…てか、これ何の匂いだ?すげー甘ったるい…」


口元に指を当て、言いかけたアリアンロッドの目線が、イザベラの背後に吸い込まれる。


「誰だ、その子」

「……………」

返ってきたのは二人分の沈黙だった。



「はあ、あの子が人形!?」



書斎兼仕事部屋に通されたアリアンロッドは、手短に語られたこれまでの経緯に、素っ頓狂な声を上げた。


「何でまたそんな首尾範囲外なこと押し付けられたんだよ」

「俺が聞きたい」

洗顔と着替えを済ませ、なんとか自分を取り戻したイザベラが逆に抗議してきた。

「レイスの所為だ、アイツが手を広げすぎたからだ」

「暫く預かるって、何時まで」


上手く脳内処理できていないアリアンロッドがしどろもどろに訊ねると、椅子の背にタオルを引っ掛けたイザベラがふんと鼻を鳴らした。


「当事者が見つかるまでだろう。見つかれば、の話だがな」

「…禁術に手を出してその証拠を放り出していった奴が、戻ってくるとは思えないんだが…」

「つまり半永久的に押し付けられた訳だ。おまけに名前もそっちで勝手に決めていいだと」

「飼育方の確立してない珍獣押し付けられたみてーだな」


というか、丸きり筒抜けで、守秘義務は無いのかと突っ込まれそうな会話だが、親類縁者友人に仕事の内容を喋っても別段咎の対象にはならないのだ。

何か事が起きれば、すべて自己責任となる。


『自分がしでかしたことの責任は自分でとること』


この国の魔術師が厳守すべきはそれだけ。ちなみにこの訓戒は《ステラ》の校則にも入っている。


閑話休題。


「…で、荒れてる原因は分かったけどよ…」


アリアンロッドはぐるりと室内を見渡し、チョーカーについたラインストーンを手持ち無沙汰に弄った。

家中で一番広い部屋の床には、乱雑に書物が積まれていた。物置に使っていた部屋から持ち込んだのだろう。随分と手狭になっている。


しかし、それより何より。


「何なんだ、その、ホットケーキの山は…」


余り触れたくなかったが、流すには大きすぎる『異物』だった。

窓際に据えられた大振りの仕事机に、紙切れやペンに混じって、何故かホットケーキが塔のように積み上げられていた。

それも、三皿ほど。


「………」

イザベラの眉根が限界まで潜められる。

当然覚悟していた質問だが、いざ言葉にされると胃の中身が増えるような不快感が押し寄せてきた。


これは、初日の失態が尾を引いている証拠だった。


人形を家に連れてきたあの日、イザベラは彼女に「ホットケーキを作れるか」と訊ね、相手は「作れます」と承諾した。



そこまでは良かった。

問題はその後だ。



茶が入れられたのだからとつい安心してしまい、最後まで見届けなかった。


先のそれと違い、どの皿に、どれだけ作るか、明確な指示を出さなかったため、相手はただ『作れ』という命令を、ひたすらに実行したのだ。



―――暫くして覗きに行ったイザベラが見たものは、皿が並ぶあらん限りのスペースに並ぶ、ホットケーキの山だった。



「………思い出すだけで吐きそうだ……」

「……………」

二の句がつげない、いろんな意味で。


「…それで、今もって消費しきれていないんだな」

「お陰で冷凍室はパンク寸前だ、お前も協力しろ」


アリアンロッドは苦笑いを浮かべながら、カチカチというかパサパサになったそれを一枚取り上げたが、口に入れる気にはなれない。

第一冷めた上、メープルシロップのかかっていないホットケーキなど食べたくない。



「それで、名前はなんて付けたんだ?」

「ドール」

「って、人形(そのまま)じゃねえかよ!」

「上等だろうが」


乱暴な動きで肘掛け椅子に腰を落とした友人に、銀髪を掻き上げながら低い声で言及する。


「…前々から思ってたんだが、お前のネーミングセンスって底辺な」

「名は体を表すを実行しているだけだ」

「俺、その慣用句嫌い」

「何―――」


言い募ろうとして、ふと口をつぐんだ。

目の前の友人も自分と同じく、何故か女性名を付けられていることを思い出したからだ。



丁度盆を手にしたドールがやってきたので、二人はこの話題から完全に脱却することができた。


「コーヒーを二人分、このカップに入れて持ってこい」


部屋に入る前に、イザベラが妙に細かく指示していたのも、ホットケーキから得た教訓だろう。



カップを受け取ったアリアンロッドは、表情の無い少女の貌をしげしげと覗き込みながら、どちらに聞くともない口調で呟いた。


「一体何でできてるんだ?皮膚は、本物に見えるんだが」

「知らん」


苛々した風情でイザベラが切り捨てる。

不必要な干渉や詮索を徹底的に忌避しているらしい。


なんとまあ二律背反の役目を背負わされたものだと気の毒になりながら、渡されたコーヒーに口をつけているイザベラを眺めつつ、自分も一口啜った。


だが―――



「……うぐっ、」

「ぶーっ!」



毒を盛られたようにコーヒーを噴き、上体をくの字に折った男二人が、揃って咳き込むこと十数秒。


「…え、エスプレッソか?これ…」

「コーヒーは…インスタントしか置いてねぇよ…っ」


口元を拭い、叩き割らんばかりの勢いでカップを仕事机に置いたイザベラが、肺腑に吸い込んだ空気をフル活用して、一声。


「―――ドールっ!!!」

「………………」

「どうやったらこんな凄まじい味になるんだよ!言われたこともマトモにできないのか!とっとと淹れ直せ!…いや、やっぱりいい。もう部屋に戻れ、呼ぶまで出てくるな!見ているだけで苛々する!」


聞いた相手が萎縮するレベルの声量で厳命され、少女は黙って踵を返した。

結局最後まで一言も喋らなかった。


「お前…いくらなんでも酷くねぇか?」


コーヒーを入れ直し、ついでにホットケーキを温めなおしてきたアリアンロッドが、苦々しい調子で物申す。


「アホなミスしたからって、女の子相手にあんな言い方…」

「女の子?勘違いするな、あれは死出人形の変形だぞ」

「いや、だからって、お前フェミニストを公言してたくせに…」


「アレに構うな、いいか、アレは人間じゃない。モノだ。感情をかける必要は無い」

「…にしては」


妥協の無い意向を告げられ、何か言いかけたアリアンロッドだったが、結局そのまま口をつぐんだ。

不審げに漆黒の眉根を寄せたイザベラは、追求はせず自分だけ着席した。


「…全く、こいつの所為で…」

「…なんだそれ?」

「新聞のコピーだ」


手元を覗くと、画像の荒い印刷が他にも数枚。一枚取り上げ、眼前に翳した。


「あー、確かにこの顔見たことあるわ。結構有名な―――人形作家?でもあるんだよな」

「創作人形の方でも名を上げていたらしい」

「国外に逃亡したのか、そいつ」

「まだ分からん」


それからふと関心が逸れたように、黒玉が紫の眼を振り仰いだ。


「お前こそ裁判はどうなった。オルミュヒとかいうトラブった相手―――」

「ああー、やめろ、聞きたくない」


本当に聞きたくなさそうに、両手で頭を挟み込むようにしながら子供のように首を振った。



アリアンロッド=ウェルズは《ステラ》の同期生兼、数少ない『話せる』友人だった。

もっとも既に魔術師の枠からは離脱しており、現在機関とはなんの繋がりも無い。


《ステラ》の学舎には毎年、国内や他国から集められた潜在能力の高い子供が大勢入学するが、初等部を終える頃には己の力量が把握でき、同時にその限界点も見えてくる。

中等部から高等部へ進む過程で、大部分が自らの意思で離れ、あるいはふるい落とされていくのだ。


彼も早々に進路変更した口だが、その希望職先で立て続けにごたごたに巻き込まれ、紆余曲折を経て最近ようやく別の職業に落ち着いた、中々忙しい奴だった。



「それでなくても職場でからかわれるんだぜ、同僚に会わない時くらい、その話題には触れたくねーよ」


「そういうトラブルに巻き込まれるのは昔からお前の体質だな。まぁ青春の一形体だ」

「そっちこそ、見た目は可愛い女の子と一つ屋根の下で、ハタから見れば青春真っ只中だろ」



カチン、



嫌味に対する正当な反論…の筈が、何か、ヤバい心の琴線に触れてしまったらしい。

予感に違わず、ぬーっと伸びてきた手に胸ぐらを掴まれた。


「冗談じゃねぇ、俺はこの一週間何処の誰とも知れぬ『墓』との生活を強制されてるんだぞ。なんなんだこの苦行としか言い様のない精神的苦痛は、俺が何をした」

「そんな、俺にキレられても…」


ありがたいことに、それ以上言葉と握力で締め上げられる前に、救いの神が手を差し伸べてくれた。


デスクの傍らに鎮座するパソコンから流れる、外部からの通信を告げる電子音。

と同時に画面が切り替わり、見覚えのあるだれかさんの笑顔が広がった。



『どもー、バーネット、元気してるー?』

「…してるわけないっしょ」



低い声で応じたのはアリアンロッドの方だった。学生時代、天に図られたようにイザベラと延々クラスが同じだったので、言うまでもなくレイスとも面識がある。


『あれ、ウェルズが来てたんだ、久しぶりー』

「どーも、っていうか、こんな時間から連絡寄越すなんて、暇なんですねー」

『暇になったから暇つぶしに連絡したんだよ。そういうウェルズこそ、専属SPの仕事蹴ったんだっけ?

折角僕が口添えしてあげたのにー』

「………」

久しぶりで、いきなりその挨拶かよ。


故意か偶然かはさておき、アリアンロッドを引っ込めたレイスは、いっそ清々しい明朗さでイザベラの傷口に塩を塗りたくった。


『同棲一週間すぎたけど、どーよ?君たちに何か進展はあったかな?』

「…電源、切りますよ」


人が殺せそうな重低音で威嚇すると「ごめんごめん」と平謝りされた。


『ホットケーキの次は飲み物にでもやられた?』

「どうして茶が淹れられてコーヒーが淹れられないんだ。使えない」

『だったら君がいいように教育すればいいじゃないか、バカと女は使い様だよ?』

「…あんた」


日頃の素行が透けて見えるような言動だ。

いつか路地裏で惨殺死体で見つかっても、きっと驚かないだろう。


「本当に面倒なことになった」

通信を終えたイザベラが、肩を落として深く長く息をつく。

疲れ切っているその様子に、アリアンロッドは気遣わしげな眼差しを向けた。


「また、そのうち来るわ」


スニーカーをつっかけながら、見送りに出てきた友に呼びかける。


「悪いな―――これはほんの侘びだ」

「?」


有無を言わさず、紙袋を掴まされた。

いつのまに用意し、何処に隠していたのか謎だが、袋の中身については容易に想像がつく。



…夕飯にホットケーキって、有りなんだろうか。



緩衝材登場。

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