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廃棄された遺産


「失踪?」



事後報告を終えた数日後。所は戻り、再びレイスの教員部屋で。


「ご苦労さん」


先日の『回収作業』の報告書を受け取ったレイスが明るい笑顔を浮かべると、相対した青年は正反対の無表情で顎を引きながら、軽く文句を言った。



「どうしてあんたから回された仕事については、いちいち手書きで報告書を提出しなきゃいけないんですかね」


「データ送信されたら、君の顔が見れないじゃないか」



口実口実と、軽口と悪ふざけと気遣いをごちゃ混ぜにしたような言動を取るお節介に、やれやれと肩を竦めた。


「ところで君、今後の予定は?」

「そうですね、暫くこっちが立て続けだったので、本業に専念したいと思っていますが」


どうですかと訊ねると、メモ用紙のようなものをペラペラめくった末、「大丈夫っぽいね」と受諾された。


「緊急のものでも入らない限り、二ヶ月は空けておける」


「じゃあ、それで」


「了解ー」



それから、書類をファイルに収めたレイスが、いかにも時間が空いて暇なんだという風情で、唐突にこう切り出した。


「ねえバーネット、オルフェオ=ディーラーって人知ってる?」


「…確か、最近《称号》に認定された死出人形師ですよね」


新聞から習得した情報を口にすると、頷いたレイスがそのまま座るよう促してくる。



「僕の知り合いの知り合いなんだ、僕は直接の面識は無いけど、その筋では結構有名人だよね」

「それがどうかしたんですか」


「それがさ、失踪しちゃったらしいんだ」


ここでやっと最初のやり取りに結び付く。



「失踪?」



穏やかならぬ単語に、イザベラは軽く眼を見張った。


「いつの話ですか?」

「分かったのは二ヶ月前。ちなみに伏せられてる。自宅からちょっとヤバいものが見つかっちゃったんだって」


付き合いの広いレイスの話題は多岐に渡る。

全く興味は湧かなかったが、無駄話の相手をするのも長い間の習慣のようなものだった。別に急ぎの用事も無いので、イザベラは定位置に腰掛けながら問いを重ねた。


「何が出てきたっていうんです?」

「聞きたいかい?」


自分から話を振っておいて、猫なで声でそんなことを言う。



レイスの笑顔には吸引力がある。

女性ならご多分に漏れずくらりとやられる類だが、その穏やかな物腰は「女たらし」に限定されぬ「人たらし」の効果を持っているようだ。



が、既に抗体のできているイザベラには、なんの神通力も無く。



「話す気無いなら帰っていいですか」

「ごめん冗談、言わせて下さい」


腰を浮かしかけたイザベラを慌てて押し留め、軽く咳払いをして話を再開する。



「発禁本が数冊。すべて人形に関係したものだった。あとは、死体が一つ」

「…そりゃ確かに、一般家庭から出たらヤバいものですね」


春先とはいえ、最近は暖かい日が続いたから、さぞや…と、背もたれに深く沈みながら、あらぬ方向に空想が飛ぶ。



「ところがね、死体だと思ったソレは死体じゃなかったんだ。というか、人でもなかった

―――なんと、人形だったんだって」

「…人形師の家から人形って、実に理にかなってるものじゃ」

「うーん、でも無いんだよね。ただ精巧な人形ってわけでもないんだ。


なんていうか、それ、生きている(、、、、、)んだ。


人と全く見分けがつかないらしい」



少し、話の異様さが見えてきた。イザベラが僅かに身を乗り出す。


「じゃあどうやって見分けたんですか」

「眼だよ」

「眼?」

「正確には眼球だ。見立てでは《水晶鏡》が入っているらしい」


己の左目を指差すレイスに、イザベラの無表情に険のある何かが過る。


「…死出人形に使われる魔具が?」


「そ、しっかり機能してる」



一般的な創作人形と死出人形を見分けるためのもの―――それが《水晶鏡》

専門ではないので、イザベラも詳しくは知らないが、人為的に産み出された魔具の一つらしい。製作方法は各工房によって異なるそうだが、遺骨はコレを作る過程で使用される。

どのような作用があるかというと、《水晶鏡》を本体の人形に組み込むことで、故人の生前と同じ姿を取り戻せるというのだ。肌の質感、匂い、雰囲気。呼吸と体温こそ伴わない、けれど生きているような造形を。


云わば―――第二の体を保つ、魂の役割を果たす。


《水晶鏡》を創作できるか否かが死出人形師の最低条件であり、眼の精巧度が即ち人形の出来映えに直結する。

故に、単純な創作人形作家と死出人形師は一線をかくす。後者は匠ではなく魔術師の系譜に属するからだ。


…そういえば、同期の奴で何人か死出人形師に流れた奴がいたな。


思考を傾けたイザベラは、そこでまた新たな矛盾に行き当たった。


「でも《水晶鏡》には本体を作動させるような能力はないですよね?」

「バーネット、《クレイ》というモノを知っている?かつて《世界廃棄》されたアースガルドの知識だよ」


含みのある言い方に、自然と眉根が寄る。嫌なことを言われた時の反射的な動きだった。


生き人形、《クレイ》は、主に二つの目的のために作られた。


一つは技術者の悲願―――神が人を創ったように、人間のように動く人形を生み出すこと。


もう一つは―――死霊の媒体。


「紆余曲折の末、《クレイ》は破棄されたけど、その副産物ともいえる死出人形は『人形』の一形態として残ったわけ」

なんか規制が中途半端だよね、と長嘆するレイス。激しく同意だった。


「見つかった人形がそれなんですか?」

「仮定しかできない。何しろもう確かめようがないから。でも一緒に見つかった禁書と照らし合わせると、その線が濃厚」

「そもそも何でソレ、《世界廃棄》されたんでしたっけ?」


現役を離れて数年経つので、日常触れ合わない専門知識は殆ど抜け落ちていた。


「倫理的な問題だね」

「倫理ね」


言葉少なに答えると、双方複雑な顔つきになる。

気を取り直したように、レイスが言葉を紡いだ。


「死出人形が十二歳以下に限定されたのもこの頃かな。なんせ『人形』とはいえ、実質腐らない死体みたいなもんだから…」

「気色悪い」

皆まで言わせず圧殺する。上司は低く笑い、それから急に眼差しを鋭くした。


「面倒な話だろう?こんなモノが再び出回ったら、何のための《世界廃棄》だろう」


それでは、先人の愚の踏襲になってしまう。


「プラス、その見つかった少女型の人形(ドール)、どう見ても十五、六歳くらいだそうだ」

「…《称号》の認定を受けた技術者が禁術に手を出していた、と」


あらゆる分野から突出した人材に国から授けられる、特別待遇の証―――《称号》

与えられれば仕事ばかりか実生活まで国から『永久保証』されるため、技術者はそれを終着点として目指す。無論選抜の確率は天文学的に低い。


様々な功績を評価し検討し、《称号》を与えた優秀な人材が、蓋を開ければ二重三重四重の禁忌を犯していた。その上当人は行方不明。


認定を与えてしまったお偉方は、その辺に頭を抱えているらしい。

彼等を代弁するように、レイスがまなじりを落とし、弱った風情で頭に手をやった。


「問題だらけなんだよ。特にその存在してはならない(、、、、、、、、、)お人形さんの存在が」


明確に表さない部分を汲み取り、軽く目を伏せたイザベラが語りを引き取った。


「…事が公になれば、便乗して、知識や技を発掘したがる輩が出るでしょうね」


「そう、確実に出てくる。不老不死と死者蘇生は、人類太古からの愚かしくも真摯な悲願だからね」


全然そんなことは信じていない口振りで、組んだ指に顎を乗せながら続ける。



「回収した連中は、もっといじくりたいみたいだったけど、何しろどういう原理で動いてるか分からないから、迂闊な検査できないんだよ」

「その気遣い、本末転倒な気がしますけど。厄介な存在なら速やかに抹消すべきでは?」

「オルフェオの件だよ。君、彼女は彼の行方を知っているかもしれない重要な手掛かりだ」


無論、何も知らない可能性もあるが、そう切って捨てるにはなんにせよ情報が足りない。


「ことが公になるのはまずいけど、オルフェオの居所がこのまま不明ってのも困るんだね。なにせ技術者としては並ぶ者の無い貴重な存在だから」


個人なら通用しないレベルの我が儘だが、これが現状か。


ことここに至るまで、イザベラは全く危機感を持っていなかった。


実際彼にとって、今の話は畑違いもいいところ、右から左に抜ける――これまでにも多々あった――四方山話の一つに過ぎない。


「先んじてそのお人形さんの行き先が悩みどこなんだって。なんたってほら、女の子の生き人形だから。下手なとこに預けたら、何されるか分かんないし」


うーんと唸る。独白めいた苦悩にそっぽを向き、嘲りを込めて感想を述べた。


「大変ですね。俺は人形相手に深入りなんか、しろったってできませんけど」


「そっか、良かった。じゃあ頼んだよ」



「………は?」



予め用意されていたように、あっさり素早く紡がれた台詞が、数秒間本気で理解できなかった。


視線を上げると、童児のようににこにこしている、レイスの鉄面皮があるだけで。




つまりは、最初からそのつもりの誘導だったのだ。






………やられた。






額を押さえて轟沈する。

イザベラとて決して流されやすい性質ではないが、レイスに対してはどういうわけか、いついつもあれよあれよという間に、いいように舵を取られてしまう。


あの後改めて言い含められたが、確かに自分はこの『役目』の適任者だ。

客観的にそう認めてしまった以上、割り当てられたそれを感情的な好悪で拒否することは『雇われ』の身ではできない。


走馬灯のような回想を終え、イザベラは上目遣いに前方を見やった。現在、キッチンの四人掛けのテーブルに、例の『人形』と向かい合って着席していた。


長い金色の髪に、淡い水色の瞳。

ほっそりした顎、華奢な手足。


個々の好みはどうあれ、外見だけなら花丸最上級の美少女だが、生憎なんの関心も感銘も抱かなかった。


これは人形であり、如何様にも人の手が加えられるのだから、可愛いのは当たり前だ。


初めから可愛く造形された『モノ』


いわんや―――愛贋物。


そんなものに、他者に対するように心を奪われるなど、整形したことが分かってる女に白々しく世辞を述べるのと同じ位不毛で滑稽、もっと言うなら異常だ。拒否感ばかりが蓄積する。


そして、己のこの感性がまた『適任者』の後押しに一役買っただろうと思い至り、罠に嵌まった感が否めない。



「………おい」

「……………」

無反応。

舌打ちを堪えて、幾分口調を強めた。




「喋れないわけじゃないんだろ」


「………はい」





一度は葬られた技術の結晶。

そこから発せられたのは、己の存在が確かめられないとでも言いたげな、覇気の無い、弱々しい声だった。



もう少し、イザベラの悪あがきが続きます。

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