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人形葬


男は若く、女は美しかった。

二人は結ばれ、命を繋いだ。

けれど、世界に蔓延る『偶然』という魔が、彼等から愛しい存在を奪い去った。


若夫婦は嘆きに嘆いた。

身を投げ出し、壊れんばかりに声を張り上げ、天に訴えた。


私達は、光を失うにはあまりにも早い。

かりそめでも、束の間でも夢でも構わない。

どうか、どうか今一度。

我々に光を与えて下さい。


神は憐れんだ。

そして応えた。

彼等の望みを―――再び愛し子をその手に戻したのだ。





***



「《人形葬》にぶち当たった?それは災難だったねぇ」



大陸魔術の中心国家、アースガルド。

その中枢たる機関、《ステラ》の学舎、教員棟の建物内で。



「で、澄まし顔で聖句読み上げてきたの?」

「笑い事じゃありません」

「そんなに嫌だったなら、僕は学生じゃありません!て言ってトンズラしてくれば良かったじゃないか。事実だし」

「簡単に言わないで下さい」

苛立ちを隠そうともせず声を荒げる青年に構わず、丸椅子に座ったレイスは仰け反ったまま床を蹴り、子供じみた仕草でくるくると回転してみせた。


然程広くはない室内に、二人の男がそれぞれ腰を下ろしている。一人は黒髪黒目の青年、イザベラ。もう一人は彼より五、六歳は歳上といった風情の、青年と呼ぶには些かとうがたった、けれど充分若い男だった。緑掛かった黒髪をこめかみ辺りに散らし、整えた前髪の下に並ぶ双眸は深々とした暗緑。飄々とした雰囲気の、親しみやすいタイプの人種だ。


「しゃーないよね、《ステラ》の学生は滅多に外出できないから、民間人の間では一種のご利益を期待されちゃってるみたいだし。先方は満足したんだろう?」

「無論、やるからには抜かり無く」

「じゃあいいじゃないか…して、《憑き神》についての首尾は?」

こっちが本命だと、幾分態度を改めたレイスに、黒曜の瞳が跳ね返すような視線で応じる。


「無論です」


来客用のソファーに足を組んで座っていたイザベラが、右手を眼前へ翳す。

途端、何も無かった空中に、絵の具を吹き付けたような像が浮かび上がった。


現れたのは小さな少女だった。

くせのある長い黒髪を真ん中から分けて垂らし、赤と黒の幾何学的な模様が刻まれたワンピースを細い体に纏っている。本体に見合った小さな手。精一杯開いた鮮血色の瞳には、おどおどとした光が揺れていた。


おかしな点といえば、首から下げられた大きな懐中時計と、その足元。

本来なら膝があるだろう辺りが、まるで描きかけで放り出した肖像画のように、掠れて定まらない。


「ふむ、でかした」

レイスの偉そうな労いに「どーも」と適当な調子で合わせる。小首を傾げた少女に頷くと、現れた時と同じように、音もなく景色に霧散した。


「君が部屋に入ったすぐ後かな?依頼人から電話が来たよ。これこれこういう格好の男!が来たんだが、間違いじゃないか!?って」

「まあ、ツラ見て女に間違われたことはないですけどね」

つまりは、名前だけでは頻繁に勘違いされているという事だ。

戴いているのが一般の女性名詞だから、致し方無いのだが。


「家の中はどうだった?何かおかしなものとかあった?」

「そういや庭にデカイ犬が二匹いましたね。なんか細長い…る、ぞる…」

「ボルゾイ?」

「そう、それ」

恐らく、多分。


ふーん、と、背もたれに大きく寄り掛かりながら、顎に手を当てたレイスが唸る。


「ペット用の檻のつもりで購入したっていうあちら様の言い分に、一応筋は通るわけだ」

「でも、間違えますか?いくら通販サイトで実物見ないで買ったからって」

「さあ、買い手の方も売り手の方も疑ったらきりないけど、そこから先は警吏の仕事で、僕達は管轄外だし。調査はしてるみたいだけど、内容を知るのは難しいな」

「そうですか」

別に知りたくないし、知るつもりも無い。

ただ、己にとって重要なのは。


「ああ、彼女の《胎内(ははおや)》はこちらで引き取ったよ。これまでの仔同様に、僕の方で管理させて貰う」

表情を読んだのか、レイスがそんなことを言った。




部屋を出た二人は一階の渡り廊下を並んで歩いた。

柔和な春の午後だった。明るい陽射しを浴びて、放課後の解放された時間の中、そこここで生徒達がたむろし、雑談や笑い声を響かせている。


だが、闊歩する二人には、広がる雰囲気に似つかわしくない、ちくちくとした視線が刺さった。

何処からともなく囁き声がする。

「柩だ…」「柩が歩いてる…」「ねえ聞いた?あの人また…」



「また噂になっているね」

「もう生活の一部です」

「ていうか、君は敵、作りすぎだよ」


愉快さを堪えきれぬ風情で震える声音に、イザベラは肩を竦めた。


「普通に振る舞ってるだけなんですけど。殊更敵作ってるつもりありませんよ」

「あはは、でもまぁ仕方ないね。君みたいに中等部で離脱していながら、国内で魔術師として活躍できる奴はまず居ないからね」




《魔術国家の心臓》との異名を取る《ステラ》は、一種の共同媒体だ。国の中心たる王家、それを守る神殿、そして神殿への人材を育成する教育機関で構成され、それらの建物群だけで周辺の小国に匹敵する面積を持っている。


建国と齢を友にする《ステラ》の学舎は、当時は白く荘厳だった筈だが、今は過ぎ去りし時の力に負け、外壁も支柱も枯葉色に塗り替えられてしまっていた。

あちこちにヒビや蔦が走った外観に、これはこれで味があっていいだろうとフォローする教員も居たが、生徒からすれば管理不足な上補修費をケチっているのはばればれである。その証拠に隣接する王宮と神殿の方は、相変わらず純白の麗しさを誇示している。



「でさー、話は戻るけど、さっき言ってた《人形葬》」


明日の予定を訊ねるような気軽さで、レイスが嬉しくない話題を引き寄せた。

当然のように表情が渋くなる。


「…なんですか」

「こっちの方はどうだった?」

右手の親指と人差し指で円を作り、謝礼の有無を暗示する。イザベラは嘆息した。


「…貰いましたよ」

「だろうねー、どうせ断ったの無理矢理掴まされたんでしょ?」

「予測ついてるなら掘り返さないで下さいよ」

「あ、今の聞かなかったことにする。君の懐に入れちゃって全然構わないから」

正直、余り受け取りたくない代物だったので、要求された方が後腐れなかったのだが。後で礼拝所の献金箱にでも突っ込んでおこう。



《人形葬》―――それはこの国に古くから存在する、特殊な葬送形態だ。



遺骨を使って製作した死出人形と呼ばれる精巧な人形を、故人への縁として家の中に招き入れ、聖遺物のように大切に祀る。


とはいえ、この葬儀を許可されるのは満十二歳以下の子供が鬼籍に入った場合のみだ。大人は禁止されており、行った場合依頼主はおろか手掛けた人形師にも厳罰が下される。


「いくつだったの?その子」

「五歳になったばかりだと言っていました。遺伝病で免疫力が低かったとかどうとか…」

返答が曖昧なのは記憶力の問題ではなく、初めから覚える気がなかった所為だ。


「それにしても、よく言ったもんですよね、二個目の墓が完成した日が誕生日だなんて」


『墓』という部分を皮肉に強調し、片頬の筋肉を痙攣させるように冷たく笑った。



『二度目の誕生日』は、いわんや『二度目の葬儀』に過ぎない。



「この風習だけは、何度経験しても理解できません」


「まあまあそう言いなさんな」


容赦無く切って捨てると、隣を歩くレイスがいなすように肩を叩いてきた。


「君も僕も、まだ子供は持ってないし、それを失ったことも無い。

『痛み』を知らぬ者がとやかく言うのはどうかと思うよ」

「そうですか」


この男は冗談も本音も同じトーンで語るので、真面目なことを言っても今一真剣味に欠ける。



彼は《ステラ》の教員件、フリーで活動する魔術師に神殿から仕事を紹介する仲介役で、書類の上ではイザベラの上司に当たる。


だが、知り合ったのはもっと昔、イザベラが《ステラ》の中等生だった時、特別授業の講師として招かれ、それから妙に気に入られて付き合いが始まった。

元教師であり(恩師ではない)現上司である男に対して、自然、態度も口調も気安くなり、相手もそれを受け入れる。


イザベラはコートのポケットに両手を突っ込み、もう一度大きく息をついた。


「…この思想も《世界廃棄》されればいいんですけどね」

「どうかなー、聖典が《人形葬》を示唆している以上、ちょっと難しいかもね」

「…あれは、ただ単に都合いい解釈に聞こえますけど」


そこで不意に歩みを止め、レイスがにこりと微笑んだ。


「バーネットは、人形が嫌いなんだね」

「別に、人形が嫌いなわけじゃありませんけど」

「そっかー」



後で思い返せば、間違いなくレイスのこの発言が『試験開始』の礼砲だったのだ。





***



「じゃあ、後は任せたよ」



大仕事を終えたように清々した笑顔を浮かべて、玄関口に立つレイスが片手を振った。


「足りないものがあったら連絡して。それから観察日記は毎日つけて俺のパソコンに転送してね。これは記録として残るからしっかり書いてね」

「……………」

「大丈夫だよね、バーネットは文章書くの得意だし」


恨みがましい湿った無言を蹴飛ばすように、じゃあよろしくねーと会話を打ち切って、上司は軽やかに去っていった。



バタン、と音を立てて扉が閉まると、イザベラは暗憺とした気持ちにならざるをえなかった。


前屈みの姿勢で数分、額に掌を当てたまま硬直し、やがてそろそろと振り返る。

背後に、見慣れた自宅の、短い通路に。



―――修道女のような白黒の衣装に身を包んだ、可憐な面差しの少女が一人、案山子のように突っ立っていた。



「………………」

絵に描いたような無表情が、じっとこちらを見つめてくる。




…夢なら醒めてくれ。




無駄と知りつつ、そんなことを切実に祈っていた。

これは絶滅動物の生き残りの観察記録をとるようなもの。

行為自体は簡単で、でも重要なことだとレイスは言った。

言ったが。


顎が軋む程強く奥歯を食い縛った。





―――絶滅動物の方が百倍マシだ!




コレは『イキモノ』ではないのだから。







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