夢のめざめ
はじめての試みにつき、あちこちに齟齬が出るかもしれません。
細く長く見守っていただけると安堵します。
「人はどうして人形を作るの?」
なんのやり取りの合間だったか、ふと思い付いてそう訊ねた。
あの人はびっくりしたように作業の手を止めて振り返った。
見開かれた黒曜の眼。
心底思いがけないといった驚きの表情は無防備で新鮮で、何処か可愛らしかった。
「考えたことも無いな」
「こんなにたくさん作ってきたのに?」
「作っている時は、作ることに集中しているからね」
でも、と、漆黒の睫毛を伏せて静かに笑う。
「強いていうなら、嬉しいからかな。完成した時に」
穏やかで優しい、大好きな笑顔を浮かべて。
―――じゃあ、私が完成した時も嬉しかった?
普段なら恥ずかしくて口にできないような台詞でも、あの時なら勢いに任せて言えたかもしれない。
なのに、わたしはすぐに眼を逸らして、お茶を入れてくるねと照れ隠しに話題を変えた。
何故、口にしなかったのだろう。
あの時、あの人の心にはもう、決意が萌芽していたのに。
例え止められなくても、自分自身にはせめて、悔いの一つは、残らなかったのに。
***
眼を開けた。
薄暗く、視界は酷く霞んでいる。
漂うのは埃か黴か、それとも自分の瞳が既に使い物にならなくなっているだけなのか、摩滅しかけた思考では判断できない。
遠くから足音が響く。金属が触れ合う音に、扉の開閉音。次いで怒号のような、割れた人間の声。
闇を引き寄せ、身を縮めて息を潜める。世界の陰に隠れるように。
―――何かありましたか?
―――見たところ、目ぼしいものは何も
―――誰か他にいますか?
飛び交ういくつもの声音。近付いてくる、音、音、音。
だれもいないわ、胸の内だけで返事をする。
ここは真っ暗な森の中。
光の消えた森の中。
あの人が消えて、時間が死に、森そのものが闇と化した。
ここはそんな、黒い墓碑。
私の、墓碑。
突如、故意に作っていた暗闇が真っ白な光に蹂躙される。
あの人がいなくなってから、肌身離さず被っていた、あの人の残り香を宿す黒いコートが毟り取られた。息を呑む気配が、空気を伝って私に届く。
―――どうしたの?
―――少女が一人
―――生きているのか?
―――いいえ、生命反応はありません
沈痛な呟きが雨音みたいだった。
そうか、死体を見つけたのか。ならそういう口調にもなるだろう。
それにしても、困った墓荒らしだと肩を竦めたくなる。
此処には、持ち去るようなものは何も無いというのに。
―――あの男と一緒に住んでいたという事か?
―――わかりません、そんな話は聞いたこと…
―――とにかく、運び出しましょう
そう言って、一人が私の肩に触れた。その手を振り払って。
「…さわる、な」
紙屑を擦り合わせるような、耳障りな自分の声を、自分で拾った。
頭は俯けたまま、酷く億劫で、右腕はくたりと床に落ちた。
静止画のような無言を経て、直後。
『音』が爆発した。
悲鳴、
驚愕、
混乱、
その合間を縫って。
どうして動いているんだという、恐怖の混じった凄まじい叫びが、まるで膜を挟んでいるように遠くから私の頭をたわませる。
その言葉に、のろのろと両手を持ち上げた。細くて白い、五指が見えた。
…ああ、と、ぼやけた意識で理解する。
忘れていた。
まだ、自分には、動く手足が、あったのね。