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刻まれた世界  作者:
3/3

動き出す影

 


昼。

 昼食時、神斗と咲は購買で適当にパンや飲み物を買うとそのまま屋上に向かうために階段を上り始める。購買の近くの階段から直接屋上に迎えるので都合も良かった。

 「それにしても屋上まで行くのってかなりだるいな。」

 「神斗君自分で指定しておいて文句言わないでよ。」

 叢雲学園の校舎は五階建てになっていて神斗達がいた購買は一階にあるため屋上まで行くのに一階から登りきらなければならない。

 「なんかもう屋上じゃなくてもいい気がしてきた。」

 「あと半分まで来て諦めないでよ!?」

 階段の手すりに寄りかかりながら諦めかけている神斗を頑張って押し始める咲。その最中、何人かの生徒とすれ違い羞恥を堪えながらも押していた咲だが不意に神斗が自立し負担が一気に抜け、勢い余って神斗の背中に顔から突っ込む。

 「痛い、神斗君。自分で歩くならそう言ってよ。」

 ・・・・・・。

 無返答。

 仕方なく痛む鼻を抑えながら前方を覗き込むと、神斗の前には桜縁が立っていた。

 「うえっ!」

 朝の嫌な記憶が蘇り、咲は反射的に小さく呻き神斗の背中に隠れる。

 「咲さん、人の顔を見ていきなりその反応は失礼だと思いますよ?」

 「すいません。」

 神斗を挟んで真面目な顔で注意を受けたのでバツの悪い顔を少し出して謝罪すると桜縁はいつもどおりの笑顔に戻り、優しく頷く。

 咲は彼女の笑顔に対し愛想笑いをすると再び神斗の背中に隠れた。

 聞こえてたんだ。

 冷や汗が頬を伝うのを感じ神斗の後ろ袖を強く握る。

 そこでふと、先程から神斗が全く話してないことに気がついた。彼の体に力が入っているように見える。

 神斗君でも緊張するんだ。

 神斗がどんな表情をしているのか好奇心が湧き、こっそりと覗こうとするとぐいっと体ごと後ろに戻された。

 「先生、屋上に行くのでドアの鍵壊しますね。」

 え!?

 ようやく口を開いたかと思えばとんでもないことを言い出す神斗。

 神斗の言葉を聞いた桜縁先生はポカンと口を開けたまま固まってしまった。

 それも当たり前だろう。そもそもこの学園の屋上は柵がないため一般的に立ち入り禁止になっている。それでもいたずらに侵入する生徒もいるため扉には鍵をかけて教師がかけた強力な刻印術で封印までしてある。にもかかわらず神斗は教師の前で堂々と校則違反発言をする。

 屋上に行くと言っていたから教師に適当な嘘をついて鍵を借りるものだと咲は思っていた。

 「ちょっと神斗君、何を言って_______」

 「ふふ。」

 咄嗟に咲は反論しようとすると神斗の肩から無理やり顔を出すと桜縁先生はクスクスと小さく笑っているのに気づく。

 「桜縁先生?」

 「っふふ、いやいやごめんね。うん、壊せるならどうぞお好きに、他の人にバレないようにね?」

 「いいんですか!?」

 「いや、本当はダメだけどね。神斗君の度胸に免じて今回は見逃すよ。はいこれ、壊したあと出るときにこの新しい鍵をかけておいて。」

 そう言って桜縁は自分の胸ポケットから鍵付きの鎖を取り出して神斗に渡す。

 あれ、この鍵どうやって入ってたんだろう。

 「じゃあね、次の授業は戦闘訓練ですから遅れてはダメですよ。」

 「「はい。」」

 返事を聞くと彼女はよろしい、と一言言って階段を下りていった。

 「一時はどうなるかと思ったよ。」

 咲はホッと胸をなでおろして、先に階段を上り始めた神斗の横に並んで歩調を合わせる。

 神斗の階段を上る速度は最初と比べると随分と遅く、咲は小首を傾げる。

 彼の表情は至って普通だし、登る速度も疲労からと言われればその通りなのだが今までこの学園で体作りをしてきたものは常人よりはるかに体力はある。

 なにより、

 空気、重いんだけど。どうしたんだろ神斗君?

 「か、神斗君?」

 「どうした?別に屋上に柵がないから落とそうなんてこれっぽっちも考えてないぞ。」

 「聞いてないし、何怖いこと考えてるの!?絶対やらないでよね!!!」

 「フリか。」

 「しないよ!そんなことに命なんか賭けないよ!」

 ククっと小さく笑う神斗。それを見て咲はようやく彼らしいと感じ、それは施錠された扉の前でも変わらない。

 その扉は取っ手の部分に鍵付きの鎖を三回ほど巻きつけてある。

 今度は逆に咲が緊張した面持ちで神斗を見る。

 神斗は特に難しい顔をするでもなく扉の取っ手に絡みついている鎖を握り、グッと力を入れ、

 「ちょっと待って。」

 「なんだよ。」

 「どうするの?」

 「何ってマナを流し込んで無理やり切るんだよ。」

 真顔で答える神斗に咲は大きく溜め息を吐いた。

 「無理に決まってるよ。誰がかけたかはわからないけど先生の刻印術がかけてあるんだよ?そんなに簡単に解くことなんてできないんだよ。」

 「別に解くなんて言ってないだろ。切るんだよ、この鍵に刻印術をかけた時より大きなマナを流し込んでな。」

 「そんなこと______」

 出来るわけない、そう言おうとした咲は甲高い音に耳を抑えながら自分の目を疑った。

 「嘘。」

 咲の目の前では接続を神斗によって切られ無残に落ちた鎖がある。当の本人は鎖を切った方の手を軽く振った後取っ手に手をかけ扉を開けて屋上へと足を進めるが、咲はまだポカンと立ち尽くしたまま動けないでいた。

 「早くしろよ、昼休みは長くないんだぞ。」

 「う、うん。」

 神斗に促されようやく屋上に出た咲は普段よりも近く感じる太陽の眩しさに目を瞑り、少し慣れたところで真ん中で昼食の支度している神斗の正面まで行き、腰掛ける。

 「それでだ咲。お前のことについてなんだが、」

 「その前に、神斗君。さっきのことについてなんだけど。あれどういうこと?一般生徒であるにもかかわらずどうして先生の刻印術がかかった鎖を壊すことができたの?そもそもマナを直接流し込むこと自体初めて見たんだけど。」

 咲が一通り質問をぶつけると彼は大きな溜め息を吐きながら購買で買ったパンにかじりつきこちらをジトっと見てくる。

 負けじと咲も見つめ続けるがさすがに気恥ずかしくなり自分のパンをかじりながら顔を逸らすがそれでも視線だけは教えてくれと神斗を捉え続ける。

 二人はしばらくお互いを見つめながら食事を進め、気まずい空気が流れる。

 「いつかちゃんと教えてやるよ。」

 残りの一口を食べ終えると気まずい空気を払うかのように神斗が咲に言う。

 「本当?約束だよ。」

 ひらひらと手を振りながら咲に返し、屋上の入口に視線を送る神斗。

 咲も神斗の視線を追うと屋上のり口に朝知り合ったばかりの飄々とした男と凛とした見知らぬ美少女がこちらに歩いてくるのが見えた。

 「おっと先客はお前らだったのか。」

 「屋上に入るのは校則違反なのだけれど?」

 二人は神斗達の間に腰掛けるとそれぞれ挨拶をする。

 「屋上に入るのが校則違反ならお前らも同罪になるんだからな。」

 「私たちは覚悟の上でここに居るので。」

 「俺は覚悟が決まる前に連れてこられたんだがな。」

 あっけらかんと言う夏芽に惣右介は頬を掻きながら文句を言う。

 二人は互いに昼食を広げると特に無駄話をするわけでもなく食べ始める。

 咲は先程からついていけずに知らない彼女について教えてもらおうと口をパクパクしていたが二人が食べ始めたのを確認すると諦めてパックジュースのストローに口を付ける。

 神斗はその場で仰向けになって静かに寝息を立てている。

 「そういえば。」

 夏芽がふと自分で作ってきたと思われる弁当に向ける箸を止めて疑問を抱いた。

 「この子は誰?」

 屋上に来て数分、今まで気づかなかったのかそれとも聞くのを後回しにして忘れてしまっていたのかようやく咲に興味を示した。

 「私、立花咲!よろしく。」

 ようやく会話ができたので嬉しくなり、手を差し出しながらパッと明るくなる咲。

 「そう、私は一橋夏芽。よろしく。」

 夏芽も凛とした表情をわずかに崩し、咲と握手を交わす。

 「ところで咲さん。あなたもしかしてこれと組むの?」

 これ、と指さした先には寝息を立てている神斗がいて彼女は少々侮蔑の目を送った後咲に視線を戻す。

 「う、うん。」

 困惑しながらも咲が素直に頷くと夏芽はハァ、と小さくため息をつく。

 「これって言い方はかなり失礼だと思うんだが?」

 「そうは言ってもあなたも現実を見た方がいいわよ。」

 突然指を指していた方向から返事が返ってきたことにも動揺せずに答える夏芽に対し、不満の意を顔に浮かべながら起き上がる神斗は少々イラついている。

 「咲さん、あなたこいつがどんな成績か知っているの?」

 「?知らないけど。」

 神斗と会話をしたこと自体今日で二回目なのでお互いの学校での成績などは話してすらいない。

 「こいつ学年で下から二番目の成績よ。」

 は?

 一瞬夏芽の言った意味が理解できずにポカンと彼女を見つめるが、夏芽は至って真面目な顔で咲を見つめ返している。まさかと次に惣右介に視線を移すが苦笑とともにうんうん、と夏芽の言葉を肯定する。最後に焦りとともに神斗を見るとうんうん、とさも当たり前のような顔をして頷く。

 最後にはガクッと肩を落とす咲。

 勝てっこないよ。

 一応この学園には落第や赤点というシステムはなく、筆記、実技を含めた点数が半年に一回学校にランキングとして張り出される。つまり点数が低くても補習等のリスクはないが卒業まで自分の成績がついてくる。さらに卒業したものはほとんど軍事機関に入るためどこに配属されるかも今までの成績によって大きく左右される。

 「今回は運が悪かったわね。これに懲りたらこの男にはあまり近づかないほうがいいわ。」

 俯いて黙ってしまう咲。既に勝つ気力すら消失してしまったかもしれないが神斗はそれを見て何かを言うことはなかった。




 「ところで神斗。」

 先程までことを傍観に徹していた惣右介が少し真面目な口調で神斗に声をかける。

 「どうした?」

 「最近、この辺に来ている大手行商の頻度が悪くなっているらしい。それにこちらからの特産品も売れ筋が劇的に下がっている。」

 それを聞いた神斗はいつものような悪戯な笑みなどを浮かべるわけでもなく真剣な顔つきになる。

 「とりあえずこちらからの売れ筋に関しては何かしらの裏工作があるとみていいが問題は大手行商だな。」

 「どういうことかこちらにも説明してもらってもいいかしら?」

 いきなり蚊帳の外にされたことが不服なのか夏芽が説明を要求してくる。

 神斗は咲の方にも視線を向けたが俯いたまま目を合わせようとしてこないのでそっとしておくことにする。

 「簡単に言えば景気変動が起きているってことだ。」

 「景気変動、ね。」

 顎に手を当てて呟いているがいまいち理解できていない夏芽に神斗は説明を加える。

 「景気変動には好況、後退、不況、回復の四つあるが、今回の場合は後退だな。過剰な商品の生産に対して需要が大きく減ってしまっていることが原因だ。それが起きることによって第三都市には需要が少ないということになり行商は需要の多い都市に集まっていくからこの辺に来る大小含めた行商が少なくなっている。だから_______」

 そこまで聞いた夏芽はふと疑問に思って神斗の説明を手で制した。

 「でもそれは当たり前なんじゃないの?この第六都市の約八割の人に買ってもらう予定で新しい商品を作ったとしてその需要がいきなり減っても悪くはならないのではないかしら。」

 「いや、そういうことじゃないみたいだぜ。」

 夏芽の疑問を横から否定する惣右介は少しだけ表情に余裕がなくなっている。

 神斗も夏芽も惣右介の言葉にきな臭さを覚える。

 「そういえばお前の説明をまだ全部聞いてなかったな。俺は何かの手違いで同じ商品を倍で作ったのかと思っていたんだがそんな簡単じゃないんだな?」

 「ああ、作られたのは二つ前のモデルの電気駆動製品、数は前回の量の三倍だそうだ。」

 それを聞いた二人は驚愕に自分の耳を疑った。

 神斗は驚きつつも横をちらりと見ると驚愕にぽかんと口を開けた夏芽を見れたのでこれは珍しいものを見れたと驚愕のついでに腹の中で笑う。しかし、それも一瞬ですぐに惣右介が伝えてくれたことについて考え始めるが何度頭をひねってみても納得のいく答えが見つからない。

 「それにしても珍しいわね、あの永久機関がそんなミスをするなんて。」

 「さすがに永久機関と呼ばれていても人が動かしてるんだから間違いくらいは起こるものだろ?」

 永久機関。正しくは日本第一都市でありそこではほとんどの施設が工業施設であり、日本全都市の生活を発展させた都市である。その他、家畜と農場を専門とした生命の都市と呼ばれる第二都市、外国との商業を専門とした富国と呼ばれる第六都市があり、この三つの都市は戦争の中では中立の立場を保っている。もしどれか一つでも襲うようなことがあれば金輪際三つの都市から物資の補給を受けられなくなる。

 「にしても二つ前のモデルを三倍というのは後退を始める都市にはすぐに影響が大きく出始める。永久機関は大赤字でこっちへの補給は激減する。」

 「それはどうしてかしら?」

 夏芽は自然に質問を投げかけてきたが神斗は溜息とともに肩を落とし、惣右介も横で苦笑しつつ両手を後ろにつき寄りかかる形で説明するように神斗に視線を送っている。どうやらこのお嬢様は政治や経済には疎いようだ。

 夏芽はいじけたようにむすっとした顔になるが質問を投げた身として大きく出てくることもない。

 「商品に作るのにも金がかかるだろ、ただでさえ永久機関が作る物は金がかかってるんだ。それを三倍も作ってしまえば商品がある程度売れるまで他の物を作ることなんてできないだろ。」

 「な、なるほど。」

 あまりにも単純なことに驚いた夏芽は少し残念そうに俯く。

 「対策を講じるにしても情報が足りない。・・・・・・惣右介。」

 「わかってる。皆まで言うな。」

 「とりあえず情報が足りないからもっと詳しく調べてくれ。」

 「俺の声は聞こえているんだから意見も飲んでそこは言うなよ。」

 惣右介が不満げに抗議するが神斗は聞く耳持たないと食べ終わったゴミを片付け始める。

 「神斗。」

 「なんだよ。」

 少ないゴミを袋に詰めて口を縛ろうとすると夏芽が再び声をかけてくる。

 「あなたそんなこと調べてどうするつもり?学生の身分で政治に関わろうなんて無理なことなのになぜあなたはそこまで熱心になるの?」

 んー、と少し考えながら袋の口を縛り終わると神斗は当たり前だというように言う。

 「戦争のない世界を作るために決まってるだろ。」

 この言葉に夏芽だけでなく惣右介までポカンとして神斗を見ていて次の瞬間には揃って笑い始める。

 「まさか、あなたみたいなナマケモノの顔をした動物でも世界の平和を考えてたりしてるのね。」

 「どこがナマケモノの顔だ。」

 「神斗、お前ほんとに面白いな。」

 「ほっとけ。それよりそろそろ次の授業が始まるぞ。」

 三人は一斉に立ち上がりふと、今までそっとしておいたままいつの間にか忘れていた咲に気がついた。咲は膝を抱えたままそこに顔を埋めて座っている。

 「おい、いつまで拗ねてんだそろそろ戦闘訓練が始まるぞ。」

 ・・・・・・・すぅすぅ。

 返事がなく微かに寝息が聞こえてくる。いつの間にか寝てしまったようだ。

 「不安が限界に達して寝てしまったのかしら。」

 「難しい話についてこれなかっただけだろ。ったくしょうがねえな。」

 そう言うと一度持っていたゴミ袋を下ろし、膝を抱えるのにギュッと握られた指を優しく解き、そして、

 「そぉい。」

 押した。

 上半身を支えるのに使っていた指は解かれているので咲の体は神斗に押された力に抗うことなく背中と後頭部が地面に向かっていく。

 ガンッ。

 「いったああああああああああああああああ!!!」

 倒れた先は後頭部を強く打ち、頭を抱えてうずくまった。

 「何するの、神斗君・・・・。頭すごく痛いよ。」

 「そんなの後にしろ。もう授業が始まるからさっさと行くぞ。」

 「頭痛いのを後にするって何!?っていうかもう授業始まっちゃうの?」

 涙目になりながらも時間経過の速さに驚き、携帯の時刻を確認した咲は慌てて立ち上がりスカートの裾を手で払うと歩き出した神斗達の後ろを着いていった。




 叢雲学院戦闘訓練特設施設第二体育館。ここは外からの作りを見れば学院の学び舎より大きさは劣るが中の方は特別な刻印術によって現実に干渉していない空間を作り出し外見からは想像もできないくらい広くなっている。設定を変えれば最大直径十キロメートルまで拡大することが可能だ。それだけでなく中の環境も自由自在に変えられ、極寒の氷上、灼熱の大地濃霧の森など幾多のバリエーションがありすべての環境に適応できるようにしなければならない。なお続行不能者が出た場合速やかに救助しなければならないため監視カメラは百台以上設置されている。

 そして神斗達二組と惣右介達に一組が第二体育館にに集まっていた。まだ設定はされていないため艶のある床に緩やかな半楕円を描いた屋根くらいしかないがその中で気になるものといえば体育館の四隅から少し離れた位置に立つ四本の鉄柱。凹みや傷のない直径三メートルほどの円錐はどこか機械じみた雰囲気がある。

 「じゃあ少しセッティングするので待っててください。」

 そう言って桜縁は一本の鉄柱に近づいて手をかざすとほかの三本も同時に淡い光に包まれていく。

 「やっぱりあれは機械だったのか。」

 神斗が何気ない呟きを漏らす中、他の生徒はぞの光景に目が釘付けになっている。隣にいる咲も目の前の光景から目が離せないでいた。もちろん神斗もその例外ではない。あの鉄柱がどんな仕組みをしているのか先程から気になって仕方がないが流石にばらして見てみるなんてことはできるはずもないので自重する。

 「もう少し待っててください。」

 言うが早いか変化は劇的に訪れた。

 まず淡く光っていた四本の鉄柱がいきなり光の強さを増し体育館内すべてを覆い尽くすと神斗も含め、全生徒が眩しさに目を瞑る。しかし、それも一瞬のことですぐに視界を覆う光は収束されていく。視界がぼやけるのをこらえて目を開けるとそこは先ほどまでいた体育館とは思えない変化を見せていた。

 「ここって森の中、だよね。」

 先程から神斗の左側で黙って桜縁を見ていた咲がようやく口を開いて発した一言は目に見えているものが信じられないようだった。しかし、それも神斗も同じだった。ゴクリと、小さく唾を飲む。

 説明を聞かされていなかったわけではなかったが桜縁先生には「特別な場所でやる。」としか聞いていなかっただけなのでまさか特別の意味がここまで大きなものだとは思わなかった。

 神斗はぐるりと周囲を見回す。

 手入れのされていない足元に生えた草。空にまで届きそうなくらいに大きく伸びて太陽の光をほとんど遮っている大木の数々。何より驚いたのが、

 「蒸し暑さにじめっとした臭い。まさか五感までこの領域に左右されるのか。」

 「神斗君、この土本物だよ。」

 咲は小さくすくい取った土を神斗に見せる。

 神斗は咲の手のひらに乗っている土を軽くつまむと指で軽くこねてみる。

 「粘土質か。もしかして、ここは樹海か?」

 『正解。よくわかったね。』

 「うわ!」

 突然空から響いてきた声に咲が声を上げて神斗の腕にしがみつく。

 なるほど、これは役得だな。

 間接的にセクハラを受けていることに気づいていない咲に見えないように神斗は空から響いてきた聞き覚えのある、むしろ先程まで聞いていた声の主に向かって空いている方の手でグッと親指を立てる。

 『さて、驚いてる人もいると思うけどとりあえず説明させてもらうよ。ここは第二体育館に設置してある実装空間装置第三番の樹海だよ。広さはおよそ三キロメートルほどだからそんなに広くはしていないよ。ここでは私は指示をほとんど出しませんので全て自分たちの判断で行動してください。なお、戦闘不能の人はこちらから教師を派遣して救出に向かいます。それ以外にも限界と感じたものは手を挙げて発言してもらえればこちらから迎いに行きますので。制限時間は六時間目が終わるまでの二時間、スタートです。』

 ブツっとやる気を出させる感のないスタートとともに外部からの通信が切れる。

 神斗の近くには咲以外は誰もいない。フィールドの拡大とともにペアの人以外はバラバラに配置されたのだろう。

 「とりあえず、適当に進むか。」

 「ま、待って神斗君!」

 「どうした?」

 歩き出そうとする神斗の背中に咲が制止の声をかける。何やらひどく力みすぎているように見えるのは気のせいだろうか?

 「私が前を歩くよ。」

 「ん、まあそれくらいは別に構わない、が。」

 先程まで驚いて神斗の腕にしがみついていたのに逞しいことを言っている。しかし、神斗の言葉を聞き終える前にそそくさと足早に歩き出す咲。逞しいとは少し違うようだ。

 「私が頑張らなきゃ。」

 少し先を行ったところで独り言のように呟いた言葉は確かに神斗に聞こえた。

 そういうことか。

 先程の昼休みの時に夏芽から聞いた神斗のことについてまだ気にしているようだ。

 ま、いっか。

 あまりチームワークがうまくいくような感じではないが咲の腕前を見分けるためにもしばらくこのままにする。

 一クラス四十人が二つで二人一組だから四十組がこの三キロ圏内にいることになる。合計八十人が戦うというのに空間がかなり狭く設定してあるのは戦闘技術を見るというより乱戦をさせて強い奴を篩いにかけようとしているように見える。

 神斗はおそらくそこから見ているであろう木に覆い尽くされた頭上を睨んで再び周りを警戒する。

 『はい、残り三十組です。』

 「え?」

 桜縁の楽しそうな途中経過を聞いて咲は間の抜けた声を出した。

 「も、もうそんなに減ったの?開始してまだ五分も経ってないよ!?」

 「まあ今回のフィールドは狭いからな乱戦になりやすい状況ではある。それに多分開始早々十組を減らしたのは惣右介たちだろうな。」

 「そ、そっか。夏芽さんの家は武闘派なんだもんね。」

 落ち込みながらも夏芽の強さを再確認したようだ。

 「おい、落ち込んでいる暇は少しもねえぞ。早速一組目がおいでになったようだ。」

 神斗が咲に知らせるのとほぼ同時に草木の影から神斗達をを挟むように一組目と遭遇する。

 目の前に現れたのは今朝ホームルームが始まる前の時に神斗の肩を掴んできたやつだ。神斗達の後ろの方にいるもう一人の方はメガネをかけた背の低い華奢な女子生徒で、いかつい男の顔とはミスマッチなくらいだが気後れした様子はなく挟み込むような形をとってきたところを見ると連携はしっかりできているようだ。

 男が抱えるのは巨大な斧、持つ手の近くまで刃が伸びているため懐に入り込まれた時のリスクはほとんどない。一方後ろの彼女が持つのは一本の短剣で機動性に特化しているように見える。

 お互いに相手の出方を伺いしばらくにらみ合いになる。

 しかし、神斗にとって苦戦するほどの相手ではない。巨大な斧を持つ奴は短剣使いほど速くはないので咲に機動性の高いやつを潰せば後はどうにでもなる。

 よし、それじゃあ。

 「神斗君。」

 「なんだよ。」

 今まさに動こうとしていたところを咲に声をかけられ少々不機嫌に返答する。

 「大丈夫。私が守るから、神斗君は下がってて。」

 「何言っ・・・。いや、任せた。」

 言い返そうとしてすぐに訂正して了承する。

 咲は神斗を背中で庇うようにジリジリと距離を取り横に移動して挟まれた形を崩そうとする。

 「おいおい、女に助けてもらって自分はその背中に隠れるたぁ随分と格好の悪いものを見せてくれるじゃあねえか!!!」

 神斗の態度が気に入らなかったのか男の方がものすごい勢いで突進して上段に構えた斧を思いっきり振り下ろした。

 「あ?」

 しかし、大きく振りかぶった斧は地面を叩き割るどころか刃が神斗達にそれ以上近づくことすらなかく、頭の後ろから動いていなかった。動いていないのは斧だけではない、男はその場から動けなくなっており腕の一本すら前に出せないほど拘束されていた。

 「なん、だ。これ?おい、ヘルプを頼む!」

 神斗達の後ろに回っていた少女に声をかけて愕然とする。既に彼女もその場から一歩も動けなくなっている。

 「あんまり動かないで、無理をすると糸が食い込んだら危ないから。」

 「糸?」

 男は目を凝らして自分と咲の間を凝視するとキラリと光る一本の線が見えた。

 「マジかよ。」

 ようやく目が慣れると自分は鉄でできた糸によって拘束されているのがわかった。

 「私に宿ったのは武装刻印・鉄糸。今みたいに目に見えない糸を操ることができるんだよ。」

 「お前の刻印えげつないな。」

 「仕方ないでしょ。それが私の力なんだから。」

 神斗が木に背中から寄りかかりながら咲を批判するとそれを咲は拗ねたように言い返す。

 「降参だ。」

 男は素直に諦めて降伏した。

 咲はすぐに二人の拘束を解くと神斗に向かってブイッと指を二本立てて勝利のサインを出し、神斗は素直に賞賛の拍手を小さくではあるが送る。

 「神斗。」

 「ん?」

 すでに教師に救援の合図を送った男は神斗を低い声で呼びかける。

 「お前にはプライドってもんがないのか。」

 たった一言だけ言うと少女を伴ってその場を離れていく。侮蔑と怒りの籠った一言に先程までの勝利への余韻が一気に引いた。

 「き、気にしないでね神斗君。神斗君は私が守るから。」

 「じゃ、お言葉に甘えるとするわ。」

 「う、うん。」

 少し淋しげに頷く咲を元気づける時間はなく、すぐに轟音と共に神斗達に向かって何かが近づいてくる。

 ドドドドドドドドド!!!

 木々をなぎ倒しながら真っ直ぐ神斗達のところに向かってくる。

 「か、神斗君?」

 「あー、多分あいつらだ。にしても派手好きだな。」

 「神斗発見!」

 覇気のある声と共に正面から惣右介が一番先に姿を現し、景気づけにと言わんばかりに神斗達に向かって拳を振り下ろす。

 神斗は咲の腰を抱くと後ろに向かって飛んで躱す。

 目標のいなくなった後の拳は地面に叩きつけられ、土を大きく凹ませた。

 「す、すごい。」

 咲の喉から今の攻撃に対しての驚愕の声が漏れる。

 「よく避けたな。」

 惣右介は深紅のプロテクターがついている叩きつけた手を振りながらおごりのない賞賛を浴びせられるが神斗は肩をすくめるだけで特に何も言わない。その代わり近くの茂みに視線を移す。

 「ようやく見つけました。」

 ガサッと長く伸びた草の中から夏芽が出てくる。その両手には白色の長い柄に刃を付けた薙刀が握られている。

 「遅いぞ委員長。」

 隣まできた相棒に向かって軽い文句を着くとキツく睨み返され今度は惣右介が肩をすくめ、そのやり取りを見て神斗がククッと笑うと鋭い目がこちらを捉える。

 どうやら茶番はここまでらしい。

 「行きますよ。」

 「ああ。」

 神斗、惣右介、夏芽の間に訓練とは思えないくらいの緊張感が漂う。咲は三人から漂う殺気にも似た集中力に震えそうになる足に鞭を打ちなんとか戦闘態勢に入る。自分より弱い神斗を守るために一歩前に出る。

 一応殺生の類は禁止されているためルール違反は教師が実力を持って制裁に入る。それでも大小なりの怪我人が出るのは仕方ないことで生徒たちも承知している。

 相手の出方を伺うにらみ合いが最高点に達するとそれを見計らって先に動いた者がいた。

 「じゃ。」

 肩手を挙げて全速力で逃げていく神斗。

 「「「え。」」」

 先程までの緊張感を一気にぶち壊され残された三人はポカンとしたまましばらく神斗の逃げていった方向を眺めていた。

 その中でただ一人手の中にある違和感に気づいた。

 



 「ふふっ、皆さん楽しんでますね。流石に刻印を使う実践訓練は誰でも心躍るものですよね。」

 個室にしてはやや広いところで十は軽く超える数のモニターをゆっくりと眺めながら小さく笑う桜縁がそこにはいた。部屋の中は薄暗く優しく笑う彼女の顔は少々怖い。

 それにしても展開が早すぎて少しつまらないですねぇ。もう少し環境からの影響があるステージにすれば良かったかな?流石に武闘派の家柄の夏芽さんを相手にできる人なんていないでしょう。期待していた彼も全速力で逃亡中ですし。

 チラリと視線を送ったモニターには身体強化の術をかけて後ろからの攻撃に注意しながらジグザグに逃げている神斗の姿がある。

 彼女は授業であっても常に自分でも楽しめるように組むのがモットーであり、今回のように誰か人が単調に相手を倒していくようなのは好きではない。実力がどうであれ力が拮抗するような緊張感が空気を伝って肌に振動する感覚が好きなのだ。

 それに、今回の実践訓練には一橋夏芽が出ると聞いただけで既に諦めている生徒が少なからずいて、そういった者は彼女に見つからないように隅で各々の戦闘を行なっているがやる気が感じられない。それもそのはず、そんな者はこの授業を点数稼ぎにしか思っていないのだからやる気なんて初めからあるわけがない。

 今から強い相手と戦って経験を積もうだなんて誰も考えていないのだ。しかし、経験がなければ最低限の逃げるということすらできずに戦場に命を捨てに行くようなものでしかない。

 彼女はやれやれと首を横に振る。

 「おや、随分と訓練の流れが速いですなあ。また意地悪でもしたんですか?」

 「何をおっしゃいますか。私は生徒に意地悪なんてしませんよ。」

 突然後ろから聞こえてきた声に特に驚いた様子も見せることなく振り返りながら答える桜縁。

 いたことには気づいてはいなかったがそれでも彼がいるのは当たり前のような態度で振舞う。

 「院長先生こそ、また何かを考えついてこちらにいらしたのではないのですか?」

 院長。そう呼ばれたのはよれた着物に袴をつけて立っている老人だ。背骨の曲がった彼はしかし、それだけでも誰も近づかせないくらいの貫禄がある。長く伸びた髭も眉も髪さえも白くなっていてとても自分の足で立っていられるような齢には見えない上に細められた優しそうな目はそれだけで安心させられるようで学院では通称<叢雲の祖父>と呼ばれている。本名は叢雲一湊(むらくもいっそう)。学院長に与えられる叢雲は学院を収める権力者というだけでなくこの学院において最強である称号でもある。

  一湊は細めである片方を開いてモニターをざっと見る。ざっと見、とはいえその時間は一秒ほどだったが彼の目は全てのモニターの映像が映り頭の中に入り、感想はないがうんうんと深く頷く。

 それを正面から見ていた桜縁は満足げに微笑む。

 「院長もお気に入りの子を見つけましたか?」

 「ほっほっ、面白い者がおるのぉ。」

 桜縁は院長が誰のことを言っているのか大体わかる。それは自分も注目していた生徒だからだ。

 桜縁はモニターに視線を戻す。

 やっぱり、神斗君ですかね。

 成績は最下位から二番目だがそれは成績であって実力そのものではない。成績が実力に反映されているものは強かれ弱かれ多くいるがそれでも彼は違い、彼女にとっての根拠は今モニターに映し出されている状況そのままである。緋野と一橋ペアから逃げている神斗。周りから見ればそれば戦いにすらならない無様な姿かもしれないが彼はまだ負けていない(・・・・・・)のだ。負けていないということはまだ戦うことができるという事。成績が最下位から二番目という彼がまだ負けていない。先ほど、神斗よりかなり上の成績の生徒でもあっさりやられているが彼はまだ刻印も使わずに逃げ続けながら楽しんでいる。

 さて、彼の刻印はなんなのか。気になって仕方ないですね。

 試合の流れをワクワクしながら眺めていると院長が彼女の横まで歩み寄ってくる。

 「話は変わりますが桜縁先生、永久機関にはちゃんとしてくれたのですかな?」

 「もちろん、抜かりはありませんよ。私の刻印を使えばあれは仕事のうちに入りませんよ。」

 「そうですか。では、引き続きお願いしますよ。」

 「かしこまりました。」

 去っていく院長に優雅に一礼したあと、モニターに視線を戻し笑みを深くする。

 「神斗君、君はこちら側に来るべき人ですよ。」




 「おい神斗!少しは相手しろよ、うちの相方のフラストレーションがいい具合に溜まっちまってんだよ!」

 言いつつ惣右介は拳を思いっきり叩きつけてくる。

 「よっと。」

 それを神斗はひらりと躱して速度を上げる。さらに動きが単調にならないようにジグザグに走り時には木々に飛び移りながら惣右介の攻撃を避け続ける。

 「って言ってもな。接近戦は好きじゃないんだよ________危なっ!」

 間一髪で即頭部に向かって振るわれた斬撃を姿勢を低くして躱す。神斗は向かってきた方とは逆に惣右介の頭上を飛び越えて距離を取ると斬撃を送ってきた主を見る。

 「人を戦闘マニアみたいに言わないでもらえるかしら?」

 「なんだ否定するのか?今の一撃は完全に取りに来たものだと思ったが?」

 「死んでないんだから文句言わないでもらいたいわね。それに。」

 夏芽は観察するような鋭い視線を送ってくる。

 「今の一撃は一応本気だったのだけれどどうして避けれたのかしら?」

 「たまたまだろ。」

 飄々と答える神斗に対し夏芽はやれやれと首を振る。

 「じゃあ次からは倒すのではなく殺す気で行かせてもらうわ。でないと、本当に一撃も当てられそうにないから。」

 「じゃあ俺もそうさせてもらうけど、神斗、死ぬなよ?」

 「マジかよ。」

 「「刻印第二解放!」」

 二人同時に刻印の二段階目の力、スキルを発動させる。

 二人のうち第二解放をして変化が大きく見えたのが惣右介の方だった。彼の周りにははっきりと景色が空気で歪むほどの陽炎が立ち上っている。それだけで彼の刻印スキルは火の属性付与だとすぐに察しがつくがそれに伴って彼の戦闘スタイルが変わっている。最初は特に構えることもなく自然体だったが今は両手を額の前で小さく構えて体を前後に揺れさせ、タイキックの構えに少し似ているがステップを踏んでいないあたり惣右介独特の構えなのだろう。

 惣右介とは逆に夏芽の方は特に変化は見られない。

 あれ?と思い夏芽の持つ薙刀を凝視するがやはり何が変わっているのかわからない。

 見栄を張った、わけじゃないだろうけどにしても変化が小さすぎてわからねぇな。属性付与にも見えないし、形状変化でもなさそうだしな。

 神斗があれこれ考えていると苛立ったように夏芽が大きく構えて体全体を使った一閃を繰り出す。そんなところからじゃ届かないと思うより先に体が動き、両手を地面につけて限界までしゃがみこむ。刹那、頭の上を鋭い何かが通り過ぎていく。剣圧によるものではなく確かな鋭利な物質。

 神斗の視界に映る地面に小さな水滴が一粒落ち、土が水を吸って薄黒く変色する。雨などでは決してなくその水滴は自分の冷や汗によるものだとすぐにわかった。

 今、本気で死んでたかもな。

 心拍数が激しくなるのを感じつつ死にかけた感覚に懐かしささえ思い出してしまった。

 視線を夏芽に移すととちょうど薙刀の刃が彼女の元に戻っていくところだったのですぐにわかった。鞭のようにしなり、手元では一枚の刃となる蛇腹剣。

 まさか薙刀の刃が蛇腹剣になるとは思ってもみなかった神斗は警戒するようにゆっくりと立ち上がる。

 「おいおい、今のは流石に笑えないぜ?」

 頬に滴る汗を拭いつつ夏芽に声をかける。

 しかし、彼女は特に耳を貸すようなこともなく第二擊を繰り出す。先ほどよりも速度は格段に上がっていて狙っているのは神斗の喉元。それでも狙っている場所がわかれば避けることは難しくない、が油断すれば巻きつけられて体全体をバラバラにされる。

 さすがの夏芽といえど練習中にそんなことはしないはずだが。

 戻っていく軌道とは真逆の方に飛びながら神斗は彼女のことをちらりと確認する。

 殺気。

 夏芽が纏っているのはそれ以外何もなかった。

 殺されるねぇ。

 「俺のことを忘れてもらったら困るぜ神斗!」

 「やべっ!?」

 「おりゃあ!」

 今度は拳ではなく回し蹴りが神斗を襲う。さすがに空中では避けることができずにそれでも両腕でなんとか防御の体勢をとり大きなダメージにならずに済んだが惣右介の蹴りは想像以上に重く軋む腕の痛みをこらえながら後方に飛ばされ、大樹に背中から打ち付けられる。

 「かはっ。」

 体内の酸素が強制的に吐き出され肩で大きく息をしながらなんとか意識を保ち立ち上がる。

 神斗の動きが読まれていた。いや、神斗を惣右介がいる方に避けるように夏芽が誘導していたのだ。

 即興のペアにしては大した連携だと神斗は舌を巻く。

 「まさかあの体制から防がれるとは思わなかったぜ。」

 「お前の目は節穴か。よく見ろ、俺結構ボロボロだぜ?」

 「なら、降参してもらえるかしら?これ以上は面倒なだけなのよ。」

 そう言って夏芽はこちらに片手をかざす。

 間違いなくこれ以上続けるならとどめを刺すということなのだろう。彼女の手にはマナが収束されていく。

 しかし、だからといってここで降参しますというほど神斗は諦めの良い人間ではなく、むしろここからが本番だというように獰猛に笑う。

 「やなこった。その澄ました綺麗な顔を屈辱的な顔に歪ませないと気が済まないんでな。」

 「あなた最低ね。」

 「どういたしまして。それじゃ、そろそろいい時間だから、ここらで最後にさせてもらうかな。」

 雰囲気が変わった?

 神斗顔色からすぐに状況の変化に気づく。先程までのからかっているような表情ではなく、確実な勝利を掴んだような悪いことを考えているような表情だ。

 なら、何か手を打たれる前にとどめを刺す!

 夏芽は手をかざし直し集中力を高める。

 「炎術第一章!」

 夏芽の手から無数の火の粉が神斗に向かって放たれる。

 「へえ、俺に刻印術を使うのか、よ!」

 神斗は着弾するより前に地面に片手をつき、瞬間的に大きなマナを打ち込む。

 ドン!!!

 マナを打ち込まれた地面は土砂を伴い爆散し、襲い掛かる火の粉を全てかき消す。

 「な!?」

 「委員長!気を抜くな!」

 驚愕する夏芽のスキを突かれないようにすぐに惣右介が喝を飛ばし正気に戻す。

 「刻印第一解放。」

 土煙によってまだ視界の悪いところから神斗が刻印の解放を宣言する。

 「させません!」

 夏芽は胸中で舌打ちをしつつ蛇腹の刃を土煙に向かって放つ。

 夏芽は内心でとても焦っていた。別に戦況がひっくり返されたわけではなく神斗は重症とはいかずともかなり弱っているはずなのだがそれでも相手がどういった刻印を使うのか見定めてもいないのこちらは第二解放まで相手に見せてしまっている。つまり相手の方が自分たちの情報を多く掴んでいるということに焦りを感じている。戦争において情報とは時に実力より大きな戦力になり、重要なことだと武闘派の家柄に生まれた夏芽はよく知っていた。だというのにこんな無様を晒してしまった自分が悔しくて仕方がなかった。

 私たちを弄んだということね。

 空を切って戻ってきた蛇腹の刃を苦々しく見つめてもう一度集中し直す。

 「さて、仕切り直すとするか。」

 土煙が晴れ、神斗が姿を現すと右手には一本の杖が握られていた。二人の目に映ったその杖はかなり禍々しく思えた。龍の手に握られた漆黒の魔杖。今にも断末魔が聞こえてきそうなくらいに日中の微かな光が差し込み光を蠢くように反射させている。

 「そんじゃ遠慮なく!」

 惣右介がすかさず真横から突進を仕掛けてきて勢いを殺すことなく蹴り上げを放ってくる。

 「なるほど、爆炎の勢いを利用して速さと威力を数段引き上げることができるのか。そりゃ厄介だわ。」

 神斗は蹴り上げを軽く身体をひねって躱すが惣右介は距離を広げられまいと肉薄してくる。神斗は特に距離を取るようなことはせずに彼の接近を許す。

 !?

 それを怪しく思った惣右介の次にくる回し蹴りに迷いが生じる。神斗はそれを見逃すことなく、すぐに姿勢を落とし惣右介の軸足を蹴り払う。

 「うお!?」

 倒れ込みそうになる惣右介に両腕を軸にブレイクダンスの勢いで顔面に蹴りを二発撃ち込むがさすがに彼もそこまで甘くはなく防ぎきる。

 惣右介は一度大きく神斗から距離を置いた。

 「お前のそれ、どう見ても奇術刻印だよな?どうして魔法使いをやってるお前が接近戦の得意な奴より接近戦が強いんだよ。」

 魔法使いという例えに神斗はククッと小さく笑う。

 「さあな。ただ俺が強いってだけだろ?」

 「おもしれえ!」

 言って再び突っ込む惣右介だが神斗は接近戦をする気はさらさらなく、杖を構える。

 それに気づいた惣右介はすぐに急ブレーキをかけ再び後ろに飛ぶ。

 「いいのか。下がって?」

 「どういうことだ?」

 「惣右介君!あいつが撃ったあとに一気に決めるわ!」

 「了解!」

 二人は一度同じ場所に立ち、神斗の動きに注意を投げる。

 「じゃあ遠慮なく、土術第二章。」

 神斗の周りの地面から剣の形をした土が無数に作られ浮遊し停滞する。

 惣右介と夏芽はいつ射出されるのかと集中力を限界まで高め、じっと睨む。

 しかし、およそ十秒ほど経っても一向に撃ってくる気配はなく、二人は別のことに戦慄していた。いつまで経っても剣の生成が終わらずにどんどん数を増やしていて今では二百は軽く超えている。さすがの夏芽もあの数を撃たれては対応しきれない。

 夏芽は初めて敗北の近くに立つことになり冷や汗が頬を撫でた。

 これ以上増やされると敗北につながるので行動に出ることにする。

 惣右介に視線を投げかけ了承したのを確認すると神斗に向かって薙刀を全力で振るう。仕込んである。蛇腹の刃が今までよりも速く神斗に向かって襲い掛かる。が蛇腹の刃は上から撃たれた剣によって地面に叩き落とされ、数十本の剣によって刃と刃の間に打ち込まれ縫い止められる。

 さすがにこの結果には驚愕したが神斗の注意をこちらに惹きつけられた時点で作戦は成功している。

 惣右介は気配を消しながら素早く神斗の後ろを取ると最大加速で突っ込む。

 「これで、終わりだあ!!!」

 「お前ら一つ忘れてないか?今回はペアで戦ってるんだぜ?」

 その言葉にようやく二人は自分たちの欠点に気がついた。

 彼女を忘れていたのだ。

 「咲!!!」

 「任せて!」

 咲の声と共に惣右介と夏芽の動きが拘束され敗北の合図のように授業終了のチャイムが鳴る。

 神斗と咲はハイタッチをして勝利を分かち合った。




 


 

 

 

 

 


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