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刻まれた世界  作者:
2/3

出会いと出会い

 


 昨日とは打って変わったカーテンから覗く太陽の日差しと脳を衝く様なアラームに顔をしかめながら九堂神斗は目を覚ました。 

 「あれ、もう朝か?気のせいか?気のせいだ。」

 神斗は再び布団をかぶり、二度寝へと洒落込んだ。

 コンコン

 しかし、それを許すまいとノック音が聞こえてきた。

 「神斗~。起きたか?まだ寝てるなら返事しろよ~。」

 ガチャ。

 返事を返す前に既に制服に着替えている赤髪イケメン野郎の同級生が入ってくる。彼は勝手に部屋に上がり込むとこれまた勝手に部屋に常備されている小さい冷蔵庫から牛乳を取り出し近くにあったコップに注ぎ、一気に飲み干す。

 「まだ寝てる。っていうか人の冷蔵庫勝手に開けるな。」

 「いいじゃねえか減るもんじゃねえし。」

 「牛乳、後で新しいの買ってこいよ。」

 神斗はちらりと視線を送ると布団を頭からかぶった。

 その布団を彼は思いっきり剥ぎ取り、部屋の隅に投げた。

 「おいおい、親友の緋野惣右介(ひのそうすけ)が来てやってるのになんで寝るんだよ。」

 「男に起こしに来られたって目が覚めるかよ。幼馴染っぽいかわいい女子位連れてこいよ。」

 愚痴りつつも体を起こす神斗。

 時計を確認した後、制服に袖を通すとベッドの脇に置いてある朝食のパンを取り出してかじりつく。冷蔵庫にしまっておくと惣右介が勝手に食べかねないのである。学園の寮に入って早一年、同じ被害に何度か会っているため、夏場以外は自分の近くに置くようにしている。

 神斗は冷蔵庫の上に置いてある紙コップに牛乳を注ぐと、惣右介とともに寮を後にする。

 「そういや、今日から刻印術の訓練が正式に始まるらしいぜ。」

 惣右介は少しワクワクしているように話す。

 「ふーん。」

 パンを咀嚼している神斗は素っ気なく答える。

 「つれないな神斗。お前だって一応刻印があるんだから訓練は楽しみに思わないのか?」

 「思わねえよ。水を差すような言い方するが、人を殺す訓練なんか何が楽しみなんだ?刻印なんかない方が幸せになれると俺は思うけどな。」

刻印。人が生まれてからおよそ三ヶ月後に体のどこかに現れる異質な模様。ただし、誰にもが現れるわけでもなく確率は三割と言われている。刻まれたものは異質な力を手に入れ、特別な施設で学校という定義の収容所に集められて鍛えられる。刻印には種類があり、人によってそれぞれ個性があるため同じ形をしたものはない。

 「だいたい、なんでこんなわけのわからない力を使えるのか意味がわからない。」

 「お前ってエンジン掛かるまで本当に否定的な性格だよな。意味がわからなくはないだろ?えーと、確か空気や水、大地などの自然とかから作り出されるエネルギーを集めることで俺たちは力を使えるんだろ。それをマナと呼ばれているとも言ってたな。」

 「マイナスイオンみたいなもんだと思っとけばいいだろ。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、なんで刻印なんてものができるのかだよ。」

 残りひとかけらになったパンを放り込みながらぼやく。

「それはわかってないみたいだぜ。選ばれた奴だけが特別な力を手に入れるなんてまさに神の采配ってものだな。」

 くだらない。

 そう神斗は心の中でため息をつく。

 パンを食べ終わり空虚の残る手を無理やりポケットにねじ込み、ふと感じた視線を流しつつ惣右介とともに学院の門をくぐった。

 門の横には大きく”叢雲学園”と石に彫られている。

 この叢雲学園は日本第三都市にある唯一の刻印者育成施設である。

 日本は今、かつて起きた戦乱の世と同じ時代を繰り返してしまっている。理由はいろいろあるがやはり主は政治の上位権威のための栄誉だ。しかし、現代は刀や鉄砲の戦いではなく刻印者による昔と比べれば非人道的な殺し合いで、そのほとんどがこの日本に六つある都市の学園に通う刻印を持つ生徒だ。大人のほとんどが指揮役に回りろくな戦いをしない。

 六つある都市の学園生がお互いを殺し合う世の中。この戦いは既に二十年以上続いている。

 おかしい。

 そう思う生徒はあまり多くはないだろう。彼らは人々がまだ仲良く暮らしていた世界を知らないのだから。

 「・・・ミト、神斗!」

 「あっ?なんだ?」

 いつの間にか考え込んでしまったようだと辺りを見回すと既に教室の前に来ていた。神斗の教室は二年の二組で惣右介は隣の一組だ。

 「なんだはこっちのセリフだろ。急にぼうっとしやがって、今日からの訓練は二クラスずつ合同でやるらしいからもし対人訓練があったら俺の相手をしてくれよ。」

 「そうだな。そんときはクラス中の笑い者にしてやるよ。」

 「やっと調子を取り戻してきたみたいだな。楽しみにしてるぜ。」

 それだけ言うとホームルームまで時間があるというのに世間話をしようともせずに自分の教室に入っていってしまった。別に惣右介意外に友達がいないわけではないが、一番気軽に相談や冗談を言い合えるのが惣右介くらいというだけだ。

 神斗も教室に入ると自分の席に着きチャイムがなるまで二度寝を決め込むようにした。

 意識がゆっくりとまどろんでいく中、不意に自分の前の席に座る音が聞こえる。ほのかに香る甘い香りから女子生徒であることが神斗は腕に頭を預けながら確信した。彼女は登校してきたクラスメートに明るく挨拶を交わしている。

 教室の賑やかさが増したところでそろそろホームルームが始まると判断し顔を上げるとこちらを訝しげに見ている彼女と目が合った。

 「神斗君?」

 確認するように呟かれた声を聞き、神斗も聞き覚えのあるような気がして首を何度か捻るが一向に思い浮かばない。しかも容姿淡麗と来ているのに今まで自分の前の席でありながら気付かなかっただなんて不覚を取るのもいいとこだと内心で戒める。

 そんなことより、神斗には聞きたいことがあるのだ。

 「誰だ?」

 その瞬間彼女の表情は固まり、クラスの空気も固まった。先程までの麗らかな春のような空気はどこに行ったのか全員が神斗を見て呆然としている。目立つことは嫌いではない神斗だがさすがの温度差に一瞬驚いた。

 なんだ?俺何かタブーなことでも言ったか?

 「神斗君、覚えてないの?」

 「嘘に決まってるだろ。誰がお前のことを忘れるかよ。昨夜はあんなに盛り上がったんだからな。」

 「そっちのほうが嘘だよ!!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ彼女に殺気の籠った男女からの視線はそれだけで武器になりそうだ。この様子だと彼女はこのクラスいや、この学院の有名人のようだ。

 「で、誰なんだ?」

 周りからの冷たい視線をスルーし再び彼女に問いかける。

 「立花咲だよ。この間路地で助けてくれたでしょ?」

 咲は残念そうにこちらを見る。

その名前に神斗はようやく思い当たる節を見つけた。

 ああ、俺のコロッケ食ったやつか。

 「思い出した。そういえば路地で会ったな。」

 思い出したと言いつつコロッケのことしか思い出すことができなかった。記憶力は悪い方ではないが興味の薄い事はあまり覚えようとはしたことのない神斗は唯一揚げたてのコロッケを手に入れたことの繋がりでしか記憶にない。それでも、聞いたことのある名前だとは思った。

 記憶が繊細ではないにしろ確かに神斗は路地で咲を助けている。

 咲は思い出した様子の神斗にうん!とニッコリと微笑む。先ほどの残念そうな顔は見る影もなくなっていた。

 「神斗君の席ってここなの?」

 「そうだが、お前もしかして俺の前の席なのか?」

 「そうだよ。」

 神斗が座る前の席には”☆咲☆”とピンクの刺繍が入ったカバンがぶら下げられている。

 何故自分のカバンに刺繍を入れたのかは突っ込まないとしても隣にある星のマークはなかなかに痛いものだと思う。若輩ながらも最近の女子高生くらいの趣味は理解に苦しむものがあると神斗は思う。しかし、それを否定したいわけではなくただ神斗は流行というものには疎く外見を気にするようなことをしないだけだ。

 「でも神斗君ってまさか後ろの席の人だったんだ。ちょっと意外だな。」

 「意外?」

 「うん。だって神斗君いつも顔を伏せて寝てるか肘ついて外を見てるかで普通に顔を前から見たことなかったんだもん。だから、暗い人だなあって少し距離を置いてたんだ。でも、本当の神斗君がこんなに優しい人で良かった。」

 「酷い言われようだ。」

 さらりとひどいことを言う咲は気にした様子もない。天然に近い頭を持っているのかもしれない。

 「神斗君、よかったら今日の戦闘訓練、私とペアになってもらえないかな?」

 神斗の言葉にも耳に入れていない。

 その言葉を聞いた神斗はちらりと視線を周りに向けると案の定殺気の籠った目でゆらりと立ち上がる男子生徒たちの姿を捉えた。

 神斗は溜め息をついて机に肘をつきそこに顎を預ける。

 「めんどいから却下だ。ペアでやると気を使うから疲れるし、足を引っ張る引っ張られるは後でお互いの関係に響いてくるしな。」

 神斗の少々冷たい言い方周りの生徒は意外な顔をして押し黙る。先程までは呪ってやるとまで言っていたのに、咲も咲でポカンとした表情で神斗を見ている。

 「神斗君知らないの?今日からの戦闘訓練はしばらく一組と合同で二人で一ペアなんだよ?」

 それは初耳だが一組合同とはなかなかいい情報だった。先ほどの惣右介と交わした約束がすぐに果たせそうだからだ。

 戦争など命の駆け引きは好まないが単純に力比べをすることは素直に好きだ。血の気が多いと言われるがまさにその通りかもしれない。なにせ体全体の筋肉を動かすため終わったあとのかすかな疲れも含め自分の成長も確実に実感できるのは気持ちがいい。

 「そう言われると知らない奴と組まされるよりはよっぽどいいか。前言を撤回させてくれ、喜んでオーケーだ。」

 「本当!?やったー!」

 バンザーイ!と両手を挙げて喜ぶ咲。そして眼に涙と殺意を浮かべながらよろよろと近づいてくる同じ組の男子達。

 ガシッと男の一人が神斗の肩を強く掴む。

 「神斗君、よかったら戦闘訓練はぜひ俺達と手合わせしてくれないかな?」

 笑顔を作りつつも嫉妬と殺意を現わにした眼で神斗を睨む。

 「お前らどうしたんだよ急に。」

 「うわー!、神斗君こんなにお友達いたんだね。いいよね!?お手合わせしてもらおうよ。」

 いまいちこの場の雰囲気を読み取れていない咲は神斗の手を握りつつ手合わせの申し込みを喜んでいるがそれを見た男子たちの眼には涙が消え全てが殺意に変わる。

 しかし、それをも楽しむのが神斗だ。彼らの嫉妬とプライドを完膚無きまでに地面に叩き潰してやろうと決めた。

 学園での刻印を使った戦闘訓練は初めてだが久しぶりに力を使えることに胸が踊る。

 その楽しみが神斗の口角を自然と釣り上げた。

 「ああ、是非よろしく頼む。」

 殺ったーーー!!!。ニュアンスおかしく喜ぶ男子達。

 女子達はその光景を戦々恐々としながら見つめている。男子達の勢いに負けて半泣きになっている子も多少見て取れるのでそれほど今の光景は周りからは恐ろしく映っているのだろう。

 ふと、喜びながら万歳三唱をしている男子達の声に混じってホームルーム開始のチャイムが聞こえてくる。いつの間にか二度寝の時間が終わてしまったようだ。チャイムが聞こえると先程まで騒いでいた男子達もおとなしくなり、自分の席に戻っていく。周りも自分のクラスに帰っていく奴もちらほら見える。

 全員が席に着きちょうどチャイムが鳴り終わったのと同時に担任の教師が入ってくる。

 「みんなおはよう。ちゃんと席に着いてるね?」

 担任の挨拶とともにクラスの女子達が歓喜の声を上げる。

 教室に入ってきたのはシワ一つないスーツを着こなしたスマートな体型の美男子、ではなく美女だった。彼女は桜縁澄海(さくらえんすみ)。年齢住所スリーサイズ全て不明でよく間違われるが彼女は女性だ。しかし、彼女本人は男と間違われることを良しとしているのか一人称を僕にし、男のような話し方をしている。彼女と話す女子生徒は皆うっとりと見つめてしまい内容を覚えていないことが多くあるがそれでも彼女は怒らずに優しく注意するだけであるためその器の大きさも絶大な人気の一つである。すでに学園内では誰が書いたかは不明の彼女を題材とした恋愛漫画が購買で売られている。彼女は既にこの学園の遺産となっている。

 「もう知っている人もいると思うけど今日から刻印を本格的に使った実践訓練が始まります。その担当も僕だからみんな頑張ってね?」

 とウインクを一つ。それだけで女子生徒のほとんどが気絶した。

 しかし、気絶どころか周りとの確かな温度差を感じる女子生徒が神斗の目の前にいた。

 「桜縁先生、いつ見ても大人気だね。」

 こちらに振り返りながら小声で話しかけてくる咲は少し楽しそうだ。

 「どうした?なんだか楽しそうだな。」

 「まあね、何かクラスのみんなで作られる賑やかな雰囲気っていいなって思うんだ。」

 ふと、一瞬だけ咲の笑顔に陰りが見えたのを神斗は見逃さなかった。普段の咲のことはよくわからないがおそらく、周りには常に明るく振る舞い他人には決して弱いとこを見せることのない性格だ。推測でしかないがそれでも彼女は話し上手ではなく聞き上手の方だ。

 だからこそ、今一瞬見せた悲しそうな顔が深く脳裏に刻み込まれてしまった。

 「何かあったのか?」

 「へ!?」

 唐突の質問に素っ頓狂な声を上げる咲。自分で今どんな顔をしたのかわかっていないようだ。

 「お前今______」

 「はい、おしゃべりはそこまでにしてくださいね。」

 「っ!」

 「ひゃあ!」

 いつの間にか神斗と咲の横に桜縁が優しい微笑みを浮かべて立っていた。咲は背中を机にぶつける程驚き、神斗は視線を動かすだけにとどめたが内心では一歩後ずさるほど驚いていた。

 まさか気配を消していたとは授業前だから気を抜いていたとはいえ、この教師なかなか面白いな。

 「何の話をしていたんですか?」

 「え、えーと。」

 咲がちらりとこちらに視線を向けるのでどうやら助けて欲しいという合図らしい。

 こいつは、一回くらい素直に助けてと言えないのか。

 神斗は胸中でため息をつきながら桜縁に向き直る。

 「先生、実は。」

 神斗が会話を切り出した途端咲はすぐにしまったと気づいた。彼にまともな言い訳が出来るわけない、と。

 「たった今咲さんに男ってつまらない生き物よねって言われました。」

 止めようと思った時には既に遅かった。クラスの空気は凍りつき、片や咲の動きも神斗に手を伸ばしたまま凍ってしまった。

 「先生、俺はどうしたらいいですか?」

 懇願するように涙まで見せている神斗。これでクラスの何人かは神斗の言葉を信じて咲に驚愕の顔を向けているが彼女は決して見逃さなかった。神斗の口元が笑いをこらえるのに必死であるのだと。

 またハメられた!

 桜縁は神斗に優しく微笑み、続いて咲の肩にトンと軽く叩いて教卓の前に戻る。彼女もこういったいたずらを好むタイプなため、次に何を言うのかと咲の胸中は全く穏やかではない。自然と身構えてしまう。

 「ホームルームを続けるよ。」

 「せめて何か言ってくださいよ!!!」

 まさかのスルーに席を立ちながら勢いよくツッコミを入れてしまう咲。

 「それから咲さん、後で生徒指導室に来てください。」

 「は、はい。」

 シュンとしながら席に座った咲はすぐに元凶である神斗をキッと睨み、拳を握るが当の本人はホームルームの続きが始まるとすぐに窓の方を見てぼうっとしている。

 怒りをぶつけたい気持ちはあったが助けを求めてしまった以上こちらに非がないわけでもないのでうまく踏み切れず仕方なく飲み込み拳を下ろした。

 

 


「うぅ、まさかあそこまで言われるとは思わなかったよ。」

「自業自得だろ。」

「神斗君のせいでしょ。」

 ホームルームが終わった後、咲は桜縁に連れられたっぷり搾られてようやく今帰ってきたがさすがに疲れたのか後ろを向いて神斗の机に突っ伏している。神斗のボケにも力のないツッコミしか返せない。その状態を見れば何を言われたのか予想するのはそう難しくはない。

 「一応怒られたわけではないようだな。」

 「よくわかったね。」

 「まあな、お前の顔を見れば気落ちというより疲れの方が強いからな。大抵の奴は怒られた場合は机に突っ伏したりはしねえよ。で、なんて言われたんだ?」

 「自重しなさいって。何度か説得はしたんだけど微笑みを返されるだけで誤解を解くことはできなかったよ。」

 「おつかれさん。」

 そう言って神斗は先ほど自販機で買っておいた”フルーツたっぷり!”と書かれたパックジュースを咲の目の前に置く。咲はちらりとそれを見ると視線を上げて神斗を見る。

 「くれるの?」

 いかにも欲しいという期待の目をこちらに向ける咲はまるで小動物のようだ。神斗はああ、と返事をすると咲はパックジュースに飛びつき付属されているストローを取り出し飲み始める。一口飲んだだけで先ほどの疲れはどこへやら、すぐに元気を取り戻した。

 「ありがとう神斗君。」

 「どういたしまして。」

 「神斗!」

 自分を呼ぶ聞きなれた声がして視線を向けると教室の前の廊下に惣右介が立っている。神斗は入ってくるように手を上げると惣右介も同じように手を上げ返して教室に入ってくる。

 「聞いたか?今日の戦闘訓練こっちと合同らしいぞ。パートナー付きだけど。」

 「知ってる。パートナーも決めた。」

 そう言って神斗は親指でクイッと咲を指す。

 指された咲はどうも、とジュースを吸いながら会釈し神斗に誰?と視線を向けるが紹介するのを面倒と感じた神斗は惣右介に視線を向ける。

 「初めまして。緋野惣右介だ、よろしく。」

 と惣右介は片手を差し出す。

 「どうも、立花咲です。こちらこそよろしく。」

 二人は簡易的に挨拶を済ませるとお互いに軽く握手も交わす。

 「それで、何の用事で来たんだ?ただ今日の授業の連絡をしに来たわけじゃないんだろ?」

 二人の挨拶が終わったのを見計らい神斗は惣右介に質問を投げる。

 「そうそう、パートナーついたけど勝負をするかどうかを聞きに来たんだ。一応連携も見られるらしいからな一対一は流石にできないと思う。」

 「へえ、連携を見られるというのはなかなかめんどくさい訓練だな。もしかしたらとは思ってはいたが形だけというわけにはいかないか。」

 「あ、神斗君!もしかして私のこと足でまといだって思ってる!?確証はないけど神斗君より強い自信はあるんだからね!」

 自分の事が下だと思われていたことが不満だったのか咲は席を立って自分の大きな胸をむん!と張って言い切る。確かに足でまといとはいかなくても戦力としての計算に入れてなかったのは事実だがまさかムキになるほど自信があるとは思ってなかった神斗は少し驚いた。

 「悪かったよ。まさかそこまで自信があるとは思わなかった。」

 「それに神斗君、このクラスの半数の人と戦わなくちゃいけないんだよ?一人じゃ無理でしょ。」

 咲についさっきのこのクラス全員の男子と相手をするという約束を聞かされてああ、と手を叩いた。このクラスは全員で四十人、その中での男子の数は半数強のため咲の言うとおり半数、もし女子と組む奴も含めれば半数以上、仮に女子全員が男子と組むのであれば咲を抜いた二年二組全員を相手にする自信がある。それはなかなか面倒なことになる、が。

 「無理ではないな。」

 あっけらかんと言う神斗にポカンと口を開けて言葉を失う咲に声を殺して笑う惣右介。口に出して神斗ははたと気づく。

 信じられるわけないか。

 「なかなかだな。立花さん以上の大した自信だと思うぜ?神斗。」

 「そうだよ。証拠もないのにどこからそんな自信が湧いてくるの?」

 咲はグッと神斗に顔を詰めてくる。神斗は咲の額を人差し指を当ててグイっと押し戻す。

 「自分のことを棚に上げてよく言うな。」

 ここの生徒は刻印を使った戦闘術に関しては初心者、|ということになっている《・・・・・・・・・・・》。しかし、武闘派の家柄は既に周りの生徒とは決定的な差があり戦闘訓練では高成績を叩き出し続けている。もちろん、それだけではない。家柄ではなく自分で練習した者や先生以外の誰かに教授をしてもらっている者もいる。神斗もその一人だ。少々特別ではあったが。

 「もしかして立花さんは武闘派の家柄だったりするの?」

 「ううん、確かに私は家族から教えてもらったけど家柄は特に関係ないよ。早く戦うことを覚えて家族を守れたらいいなと思ってお父さんから教えてもらったんだ。」

 父親から教えてもらった技術を確かめるかのように咲は右手をグッと握る。

 それを見た神斗は咲の自信は確かなものだと感じる。

 武闘派の家柄の子供はその親に近しい刻印に目覚めることが多く、そのおかげで親の方も自分の身に付けた技術全てを子供に教えることができるため名の知れた家柄は没落することはほとんどない。逆に己の力で強くなったものは継ぐ者がおらずその世代で終わってしまうことが多い。

 未だにその片のことが解明されておらず、一度遺伝子に関係あるのではないかと立ち上がった研究者はいたが特にこれといった成果が上がらずに廃止になった。他にも生活に秘密があるといった者もいたが結局廃止。今ではどのような刻印が目覚めるかは神の采配とまで言われるようになり、規模は小さいが信者までもが現れる有様になってしまった。

 「それで神斗君は誰から刻印の使い方を教えてもらったの?」

 「どこの誰だかわからん奴だよ。」

 「どこの誰だかわからない人によく教えてもらえたね。」

 「というより助けてもらったんだがな。それより惣右介、お前は誰と組んだんだ?」

 一度視線だけで時間を確認すると授業まではもう少し時間があるのでいろいろと詮索されて面倒なことになる前に話を惣右介に振る。

 「そういえばそうだった、聞いて驚け!」

 惣右介は顎に手を添えてふっふっふと悪役っぽく笑う。その様子を初めて見た咲は少々怯えるがこういった前ぶりが好きなことを知っている神斗は冷めた視線を送りながら両手をポケットにしまい座ったまま姿勢を大きく崩す。惣右介の話を聞くときはまともに聞いていてはただ疲れるだけということはよく知っている。

 「なんと俺のパートナーは、一組の我らが学級委員長だ!」

 ガクッと神斗は椅子から落ちそうになる。

 「それマジか?」

 「マジ。」

 「何で。また。」

 「余っていた物同士ペアになった。」

 「お前って友達少なかったんだ。」

 それを聞いた咲は慌てて神斗に耳打ちする。

 「か、神斗君。そんな言いにくいことをさらっと言っちゃダメだよ!」

 「立花さん、君も大概だよ。」

 耳打ちしたとはいえ、それはあくまで周りに聞こえないようにしただけで惣右介は苦い顔を咲に向けている。

 「余っていたといっても俺が誘われたんだけどな。」

 神斗はさらに訝しげに惣右介を見る。

 「誘われた?あの堅物がお前を誘ったのか?」

 「神斗君、その委員長さんと親しいの?」

 「なわけないだろ。むしろ苦手なタイプだ。」

 「ふーん。」

 咲は不満げに神斗をジト目で見るとふいっと顔を背ける。神斗は分からず首をかしげるが目の前にいる惣右介はニヤけながら二人を見ている。その顔を見てイラっとした神斗は何かを言おうと睨みつけたあとに何かを言おうとするとタイミングが良いのか悪いのか予鈴のチャイムが校内全体に鳴り響く。

 それを聞いた生徒はぞろぞろと自分の教室に帰っていく。

 「じゃ、また後でな神斗。立花さんも。」

 ひらりと身を返して一組に戻っていく惣右介に神斗と咲はそれぞれ手を振って見送る。

 「咲。」

 「何?____!」

 未だに拗ねていた咲だったが初めて見る神斗の真剣な顔に息を呑んだ。決して睨まれているわけではなく、むしろ視線は惣右介が出て行ったドアに向けられているが、それでも咲にも伝わるほどの警戒心を放っている。

 「今日の戦闘訓練、他の奴は物のついでと考えておけ。」

 「どうして?」

 咲は小首をかしげて神斗に聞き返す。

 「惣右介は一見飄々と見えるが実力は確かだ。加えてあいつのパートナーは一組の学級委員長だからな相当骨が折れるぞ。」

 「学級委員長はともかく惣右介君って強かったんだ。」

 「まあな、特に一組の学級委員長は武闘派の家柄だからな。」

 「え!?じゃあ強さが圧倒的に違うじゃん!勝てないじゃん!」

 再び神斗にグッと詰め寄る。

 「何故そう決めつける?どうせ戦うなら骨のある奴との方が楽しいじゃねえか。」

 振り返った神斗はやる気に満ち溢れている上にどこか悪戯っぽく笑っている。その顔を間近に見た咲は頬を染めて慌てて逸らす。

 「か、神斗君は何か勝算があるの?」

 「もちろん。といってもお前の刻印の種類と腕を見ない限りシナリオはできないけどな。確か、昼食の時間はいつも屋上が空いているな。咲、昼休み屋上に来てくれ。」

 「え、でもあそこって鍵が_______」

 「来いっ。」

 「なんで命令なの!?」

 涙目になりながら驚く咲。

 「そこで今日の必勝法を考える。いいな?」

 「う、うん。」

 咲は必勝法という胡散臭い言葉に引っ掛かりを覚え、半信半疑ながらも前を向いて授業の準備を始めた。




 「いやー、実に楽しみだな。」

 惣右介は自分の机の上に教科書等を用意しながら午後の戦闘訓練のことを考えてニヤケが収まらないでいた。

 「惣右介君、ちょっといい?」

 気がつくと惣右介の隣に先ほど話の中で出てきた女子生徒が立っていた。

 「なんだ?学級委員長。」

 「いい加減、学級委員長はやめなさい。私にはちゃんと一橋夏芽っていう名前があるのよ。」

 キッと縁の細いメガネの奥から覗く鋭い眼光を向けられ頬の筋肉がひきつる惣右介は逃げるように視線を外に向けた。

 成績が優秀で肩甲骨まで自然に伸ばされた黒髪に容姿も凛としていて性格も少しきつく表情もほとんど変えず、むしろ真面目すぎて学級委員長でありながら周りから距離を置かれていて本人は自分の性格を気にしている。スタイルは平均的にスレンダーだが男子には確かな人気がある。

 ちらりと夏芽の胸に視線を送ると、視界の端で惣右介を殴ろうと拳を強く握りこんでいるのが見える。流石に本人も気にしているせいかほとんど凹凸のない胸への視線にはあざとく反応してしまうのだろう。

 「ところで、何か用があったんじゃないか?」

 殴られる前に速やかに要件を尋ねると一橋は調子のいいやつ、と眼で訴えた後答えた。

 「そうね、用があって来たんだったわ。昼食の時間、屋上に来て。」

 「まさか、俺の分の昼食も作ってあってそれを二人きりで食べたいからとか?」

 「作戦会議するわ。」

 「なあ、一橋。」

 「何?」

 「せめて突っ込んでくれないか。ツッコミのないボケっていうのは結構さみしいんだぞ。」

 夏芽はメガネの端をクイっと持ち上げたあと身を翻す。

 「ボケたの?ただ勘違いしただけだと思ったわ。」

 惣右介と神斗が苦手な理由がこれだ。ボケとツッコミを知らないこと、この一つだけでものすごく会話しづらく、時折冗談を本気にしたりしてしまうことがある。だから惣右介と神斗も距離を置くようにしていたのである。

 「もう一つ。」

 自分の席に戻ろうと踏み出そうとする夏芽を再び呼び止める。

 「何?」

 顔だけをこちらに向けて返事をする。

 「屋上の鍵って常に閉まってるだろ?」

 「別にバレなきゃ減点にはならないわ。」

 クスリと笑いながらとんでもないことを言い出す。学級委員長の身分でありながらも平気で違反発言をする夏芽に惣右介は好奇心をそそられ親指をグッと立てて了承する。 

 惣右介の了承を得ると自分の席に戻る夏芽。

 既に彼女はいつもの真面目な顔に戻っているのだろう。

 惣右介は初めて見る夏芽に心底驚いていた。それはいつもの無愛想な表情を少しも感じさせない妖艶さがあった。

 「あいつ、笑えばできるじゃねえか。」

 惣右介は離れていく夏芽の背中にもう一度親指を立てた。

 

 

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