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水沢紫と七人の悪魔たち  作者: リノン
水沢紫の帰郷
9/22

第8話:春一番(中編)

「それじゃ、いただきます」

「はい、召し上がれ」

 裕也に皿出しと盛り付けを手伝ってもらい、昼食タイム。湯気の立つシチューを冷ましながら食べると春にしては異例な肌寒さで冷えた身体が仄かに温かくなってきました。調理中に見ていたテレビの天気予報によると、今日は春一番の上に低気圧の影響で気温が低くなるのだとか。

「ところで裕也、その宿題って本当に私が手伝えるものなんですか?」

「と言うと?」

「どうも聖ヶ丘学園って他とは違った特殊なカリキュラムを組んだ授業になっているそうですが、そんな学校の課題だって他とは違うんじゃないんですか?」

 聖ヶ丘学園。現在裕也が通っている高校で、明日私が転校する高校でもあります。学校側から配布されたパンフレットやインターネットで調べてみたところ、どうも他の学校とは勝手が違うシステムということが多く書いてあったのです。

「別にそんなことはないぞ」

 付け合わせのサラダを食べ終わり、箸を置いた裕也が首を横に振ります。

「確かにやり方は他の学校と違うけれど、やっていることは変わらない。国語、数学、理科、社会、英語。全部他と同じだ」

「それでまだ終わってない課題は?」

「古典と英語だ」

「見事に文系科目ばかりが残っていますね」

「俺は日本語しかわからん!」

 そんな自信満々の表情でいう言葉ではないでしょうに。

「古典も日本語じゃないですか」

「あれは日本語の名を借りた地球外の言語だ」

「随分凝り固まった認識ですね」

 まさか平安時代の人たちも、十数世紀後の未来で自分たちの言葉がこのような扱いを受けているとは夢にも思っていないでしょう。

「その認識を直そうとは思わないのですか?」

「課題を提出しようという気力はあるけど、さすがにそれ以上は無理だ」

 どうしても出来そうにないものはやろうとしない。その辺は昔と変わっていないようです。良い意味でも、悪い意味でも。

「それに」

 食後のお茶を飲みながら裕也が一言。

「どっちもノートに手書きで提出するから、手伝えないなんてことは全くない」

「おや。ノートに手書きなんて、今時珍しいですね」

 長らく前に進めず停滞していた科学技術ですが、私たちが生まれるよりもずっと前に技術革新が起こりました。これにより人類の生活水準が以前に比べて1ランクシフトアップしたものへと変わっていくことになったのです。携帯電話の画面がバーチャルウィンドウになったり、ノートパソコンがボールペンとほぼ変わらない大きさになったり。まぁ数千年後ぐらいには衰退している頃かもしれませんが。

 それによって高校に上がるようになれば、授業の中でもパソコンを使うことが増えてくるのですが、一部の授業では手書きで課題やレポートを要求されることもあるようです。

「わかりました。それじゃあお昼も食べ終わったことですし、そろそろ課題にとりかかりましょうか」

 今日中に終わるような課題であればいいんですけれど。



































「ふぅ、ようやく終わりましたね」

「だな、ありがとう」

 あれからノートや教科書とにらめっこしながら紙に鉛筆を走らせること約6時間。ようやく全ての課題が終了しました。と言っても私のではなく裕也のですが。数回休憩を挟んだとはいえ、長い戦いでした。もう課題と名のつくものをやる気が全くおきません。

「それにしても、結構難しいこともやってるんですね。聖華って」

「いや、その割には結構サクサク解いてたじゃんか」

 裕也も随分疲弊しているようで、リビングのテーブルに腕を伸ばして顔を突っ伏していました。

「あなたの場合は古典以上に英語が壊滅的じゃないですか」

「言ったろ。日本語以外はわからんって」

「英語なんてパズルみたいなものですよ。重要な単語と文法さえ覚えてしまえば、後はそれをあてはめて文章を作っていくだけなんですから。一度やり方を覚えてしまえばこっちのものです」

「英語が得意な人はみんなそう言うんだな」

「だって一番簡単なやり方でしょうから」

 もうこんな言葉のキャッチボールすらも気だるく感じてしまうほど、私も裕也も参ってしまいました。

「課題も終わったことだし、そろそろ帰るよ。課題手伝ってくれてありがとう」

「どういたしまして」

 帰り支度を終えた裕也がドアを閉めてリビングから出ていく音を、私は背中越しに聞いていました。もう疲れたし明日は学校だし、今日は早めに寝ることにーー

『さっきの子ってマスターの彼氏?』

 突然出てきた色欲さんがそんなことを言いやがりました。

「わ!」

 大声を上げた口を咄嗟に塞ぎます。しばらく待ってみましたが、どうやら裕也には聞かれていない様子。

 とにかく部屋の外に聞こえないように声量を落としながら色欲さんに問いかけます。

「いきなり何を言ってるんですか!?」

『だって傍から見れば完全に恋人同士のやり取りだったわよ、あれ』

 なんと大胆なことを。さすが色欲の悪魔。

「別にそういう関係ではありませんよ。数年ぶりに再会した、ただの幼馴染です」

『当事者はみんなそう言うわ』

「変な言い方をしないでください」

 まるで何か後ろめたいことをしたわけでもないのに。

「紫」

 すると、先程閉じられたはずのドアが開けられる音が。もしかして、今の会話聞かれてたり……?

「ど、どうしたんですか裕也!」

 数分前とは違って全身濡れ鼠になった裕也の姿がそこにはありました。

「悪い。両親が帰ってきてなくて家に入れないから、もうちょっといてもいいか?」

「帰ってきてないって……と、とりあえず今からお風呂沸かしますから、まずはこれで身体を拭いておいてください」

 使ってないバスタオルを裕也に投げ渡し、急いで浴場へ。少し高めの温度に設定して湯船にお湯を張ります。ついでに玄関へ向かって外の様子を確認。

 ドアを開けた先には、豪雨が降り注ぎ、暴風が吹き荒れている光景が広がっていました。こんな天気の中を出歩いたら、あんなに濡れ鼠になってしまうのも無理はありません。

『発達した低気圧が上空に停滞し、一部地方では激しい雨を伴うでしょう。また今日は春一番以来の強い風が発生しており、注意が必要です。では週間予報ですーー』

 リビングに戻ってテレビをつけてみれば、そんなことを言っている天気予報。雨が降るとは思っていましたが、まさかこんなことになるとは。テレビを見ている間に、どうやらお風呂も張れた様子。

「裕也。お風呂すぐに入っちゃってください」

「おう」

 浴場へ向かう裕也を見送って、ほっと一段落。その時電話の着信音が鳴り響きました。

「私のじゃない。ということは裕也の?」

 確認してみると、裕也の携帯はランプを点灯しながら振動中。しばらく放置していると、留守電と思われるメッセージが再生され始めました。

『裕也~。この天気で電車も止まっちゃって母さんも父さんもいつ帰れるかわからないの。家の鍵も閉めちゃったから、それまで紫ちゃんの家にお邪魔させてもらってて。あ、おじいさんにはもう言ってあるから、その点は大丈夫。じゃあね~。あ、そうそう。初めてはお互いの同意の上で行うのよ~』

 それっきり静かになった裕也の携帯。私は携帯の電話帳を呼び出して番号をプッシュ。

「もしもし」

『あー紫か』

「おじいさんですか。話は聞きました。裕也はこっちにいるので大丈夫ですよ」

『そうか。間違いだけは起こさないようにな』

「おじいさんまでそれを言いますか」

『何の話だ?』

「なんでもありません。では」

 色欲さんといい、おじいさんといい、裕也のお母さんといい、変なことを言うのはやめて欲しいものです。

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