第3話:契約
「よいしょ……っと」
現在、私が悪魔と契約を結ぶための準備をしている真っ最中です。
「それで、次は何をすればいいんですか」
「そうだな、じゃあこのビンの蓋を開けておいてくれ」
おじいさんが渡してきたのは、謎の紅い液体が入ったビン。
「よ……っと、うっ!?」
蓋を開けた瞬間、錆びた鉄のような臭いに思わず顔をしかめてしまいました。もしかしてこれって、血でしょうか。
「おじいさん、これどうやら血みたいですけど、一体何のーー」
「鶏の血だ」
……え? 鶏?
「本来は本人の血を使うのが一番なんだが、こんなに沢山の量を採血するわけにもいかんからな。今回は鶏の血で代用することにした」
「では、その鶏たちはどこに?」
「お前の腹の中だ。知り合いが勤めている養鶏場から譲り受けたのだが、なかなかおいしかっただろう」
「そ、そうですね」
じゃあさっき私が食べた鶏の唐揚げってまさか……。いえ、これ以上考えるのはやめにしましょう。
「よし、これでいい」
おじいさんの方を見ると、ビンに入ったアレを金ダライに移し、その横で謎の図形を描いていました。大きな円の中に様々な模様があることから、おそらく魔法陣か何かでしょう。
「紫。準備にもう少し時間がかかるから、これでも読んで待っていなさい」
おじいさんに渡されたのは、先ほどの箱に入っていた分厚い本。相当昔のものなのか、かなり色褪せています。
「これ何ですか?」
「悪魔との契約について先人たちが纏めた書物だ。これを読めば少しは彼らについて理解が深まるだろう」
「は、はぁ……」
何はともあれ、とりあえず読んでみましょう。どれどれ……。
~契約時~
ここでは、契約する悪魔について簡単に説明する。
・まず、契約によって現れる悪魔の数は七体であり、それぞれが七つの大罪に基づいている。
嫉妬。
傲慢。
憤怒。
強欲。
怠惰。
色欲。
暴食。
・悪魔の姿形は本人の魔力量に依存する。契約する人の魔力の量が多ければ多い程、より人間に近い姿となる。
~契約後~
・悪魔たちはそれぞれが一つずつ能力を持ち、能力は契約者により異なる。
・ちなみに能力は契約者の魔力量が多い程強力なものになる傾向がある。ただし絶対ではない。
・悪魔は基本的に契約者以外の人間に見えることはない。
・悪魔とは魔力で繋がっており、契約者が望めばいつでもどこでも彼らを呼び出すことができる。
・契約者は命の保護を悪魔に約束される。ただし、油断はするな。相手は悪魔。何が起こるかわからない。
「なるほど……」
契約についてはそれなりに書いてあったので、今のところ問題はないでしょう。……多分。
「紫。準備が出来たから契約を始めるぞ」
「は、はい!」 いよいよ契約となると、なんだか緊張してきました。
「この魔法陣の中心に両手を広げて置くだけでいい」
おじいさんが指差したのは、机に描かれた魔法陣。そこには例の紅い液体が入った金ダライが置かれていました。
「置くだけ、って……他に何かやることは?」
「ない。あっちはもう契約で喚び出される準備は出来ているから、これ以上こちらからアプローチを仕掛けることはない」
「え~……」
「文句はいいから早く済ませてしまえ」
なにか納得いきませんが、ここは仕方ありません。おじいさんの言う通り、金ダライの手前に両手を広げて置きます。
すると、魔法陣がいきなり光り出したのです。
「わ、わ……わ!」
「落ち着け。今はまだ何の異常もない」
いやいや、不安を煽るような言い方はやめて下さいよ。
そんなやり取りの間に光はどんどん明るさを増し、部屋を包んでいきます。
それと同時に、私の中に何かが流れ込んでくるのを感じました。痺れる腕、激痛が走る背中。未知の感覚に対して身体が悲鳴を上げています。
「おじいさん! 一体どういうことなんですかこれは!?」
「少しの間我慢するだけでいい! すぐに終わる!」
おじいさんがそう言うやいなや、眩い光で部屋の中が真っ白になりました。
数秒待ってからゆっくりと目を開けてみると、金ダライの中にあった例の紅い液体は完全に消滅しており、魔法陣がある場所からは白い煙がもうもうと立ち込めていました。既に光は収まっているようで、部屋を照らすのはおじいさんが持ってきたランプの光だけです。
「……っ、契約は!?」
そうです。今は契約についてです。上手くいったのでしょうか。
「おじいさん、契約は?」
「心配するな。きちんと成功した。魔法陣の上を見てみろ」
「え……?」
魔法陣の煙が晴れ、その中から姿を表したのはーー
「…………マスコット?」
身長は約十センチメートル程で三等身の方が七名おりました。