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令和妖怪譚異聞 白シャグマ

作者: 山谷麻也
掲載日:2026/10/24

挿絵(By みてみん)


 プロローグに代えて


 小杉が関東から四国にUターンして嬉しかったのは、まだ妖怪が生き残っていたことだった。かつての顔見知り以外に、新たな友達もできた。その中で異色中の異色だったのは、赤シャグマだ。

 赤シャグマは神様によって妖怪にされた、ということだった。さぞかし神を恨み、わが身を嘆いているだろうと思った。しかし、事情は違った。

 

 赤シャグマは全員が女だ。前世はごく普通の百姓、農民の子だった。多くは江戸時代の生まれだ。当時、幕府の「百姓は生かすな殺すな」という政策により、百姓はカツカツの状態で生きていた。このため、ひとたび飢饉になれば餓死する者が後を絶たなかった。

 親はいたいけない我が子を餓死させるに忍びなく、神仏に祈った。神に願いが届き、女児には空腹を知らぬカラダ、不死の生命と引き換えに、姿かたちはそのまま、一般の女児と区別するため、髪を赤くされた。また、世過ぎのため、気に入った家があれば棲みつき、裕福にするという特技も授かった。


 赤シャグマが小杉家に出入りするようになっても、裕福になっているという実感はない。ただ、よく社会奉仕はする。無償でお年寄りのヘルパーをし、保育所にも出向いて幼児の世話をしている。純真な赤シャグマを見るたび、心を痛める小杉だった。


 その1 山越え


 小杉の妻はドライブが好きだ。なかでも秘境の峠が気に入っている。知り合いの赤シャグマ・おのぶは、この近くの生まれである。

 峠の下方は「国選定重要伝統的建造物群保存地区」であり、急斜面に昔ながらの民家が建ち並ぶ。秘境の入り口の村に生まれ育った小杉にとって、馴染みの農村風景だ。それを、わざわざ、保存地区に指定しなければならないところまで、過疎化、農村破壊が進行しているのである。


 峠を下っていて、妻がクルマのスピードを緩めた。

「あら、小さな女の子が歩いてる。きものを着て、ぞうり履いてるの」

 言われても、視覚障害者の小杉には実感が湧かない。

「じゃあ。赤シャグマじゃないの」

 小杉はおのぶたち、小杉家に出入りしている赤シャグマを想像した。

「だけど、髪の毛は真っ白よ」


 追い付いたのか、妻はクルマを停めた。

「どこまで行くの?」

「都会」

 元気のない声だった。

「歩いて行くのは無理よ。危ないし、乗って行かない」


 昔、秘境の人々は山越えをして町に行った。大人の足でも、早朝に出発して用事を済ませ、戻ると夜になっていた。子供の足ではとうてい無理なはずだ。それに最近、県内でもクマの目撃情報がある。小杉も声をかけた。

「そうよ。危ないよ。送ってあげるから、乗りなよ」


 小杉が後部ドアーを開けてやった。

「ギャーッ! 犬、怖い」

 盲導犬だから怖くないよ、と言っても頑として乗ってこない。妻が助手席のドアーを開けた。

 女の子は後方の盲導犬・エヴァンをしきりにうかがっている。盲導犬を始めて見るみたいだった。

「エヴァン見て震えてたのに、いつの間にか眠ったわ」

 なんだかんだ言っても、あどけない幼児である。


 その2 可愛げのない子


 小杉の家に着くと、女の子は目を覚ました。

「疲れたねえ。ちょっと休んでいかない?」

 妻が女の子を家に上げた。女の子は不機嫌だった。

「クルマに酔ったの?」

 妻が飲み物を出しながら、話しかけた。

「あれ、クルマって言うん。アタシ、クルマ嫌い。馬か駕籠(かご)がええ」

はっきりモノを言う子だった。小杉はエヴァンと、聞くともなしに聞いていた。


「都会に行くって言ってたけど、どこなの。知ってる人でもいるの?」

「アタシには知り合いなんておらん。ここは都会じゃないん?」

「都会っていうか、まあ、郊外ね。都会はねえ、ここの何十倍も家があって、高い建物も建ってるのよ。たくさんの人がいて、クルマとか電車とか、いっぱい走ってるの」

 妻は懸命に説明している。馬や駕籠くらいしか乗ったことのない子には理解できないはずだ。

「じゃ、この町でもええか。どこぞ気に入った家を見つけて棲みつこう」

 それにしても投げやりな態度だった。


「遅くなったから、夕ご飯、食べて行く?」

 もう、そんな時間になっていたのだ。

「アタシ、お腹なんか空かん。もう、行くけんな」

 女の子は立ち上がったみたいだった。

「行く当てがないのなら、ウチで泊ってもいいんだよ」

 小杉は引き止めた。妻も同意した。

「じゃあ、泊まっていくか」

 女の子はボソッとつぶやいた。


 以前、はつゑが居候していた部屋に、妻が女の子を連れて行った。

 小杉は考え事をしていた。

(髪が白いということだったが、服装といい、お腹が空かないことといい、あの子は赤シャグマではないか)

 妻が戻ったので話した。

「私も、それ考えてたのよ。変種かなあ。何かワケありの赤シャグマに違いないわ」


 その3 シカト


「おはよう。眠れた? あなた、なんていうお名前?」

 妻が話しかけた。

「アタシ、おせつ」

 とだけ答えた。

「おせつちゃん、おはよう」

 小杉が挨拶しても、おせつは無言だった。


 はつゑが保育所に出勤する前に立ち寄った。

 おせつに気付いたようだった。

「はつゑちゃん、この子、おせつちゃんよ。仲良くしてあげてね」

 妻が引き合わせた。

「よろしく!」

 いつもの、はつゑの声だった。おせつの声はなかった。

「おばあちゃん。行ってくるわ。夕方、みんな集まるけんな」


 はつゑが出かけた後、妻がはつゑたちのことをおせつに話して聞かせている。その間、おせつは何の反応も示さない。

(おせつは心に、深い闇を抱えているのではないか)

 小杉は滅入ってしまった。


「ということなの。今日ね、女子会があるのよ。おばあちゃんは若いけど、仲間に入れてもらってるの。いい機会だから、おせつちゃん、みんなに紹介するね」

 天然な妻の声が、小杉には虚しかった。


 その4 おせつの変節


 女子会が始まった。小杉はエヴァンの散歩に出かけた。

しばらく歩いていると、エヴァンがしきりに後ろを気にする。小杉は立ち止まって振り返った。

「あのお、一緒に行ってもええ?」

 おせつだった。

「ああ、いいよ」

 おせつはエヴァンと小杉の散歩に付き合った。


「アタシ、これまで犬が怖かったんよ。けんど、エヴァンはもう怖(こお)うのう(怖くなく)なった。目の不自由なおじいちゃんのために働いてとるなんて、偉い」

 歩きながら、おせつは身の上話を始めた。


 おせつも赤シャグマになりたての時は、赤い髪をしていた。

 おせつの棲みついた家は、貧しいながらも明るい一家だった。おせつの念が通じ、家は豊かになった。主人が病没し、息子が跡を継いだとたん、一家の運命は暗転した。

 道楽息子の本性を露(あら)わにした。息子は酒と博打(ばくち)に明け暮れ、家を再び元の貧乏一家にしてしまった。おせつは心を鬼にして、愛着のある家を出た。ところが、息子は飼い犬に追跡させておせつを連れ戻した。


「おらの家をもういっぺん、村一番の分限者(ぶげんしゃ)にするまでは、おまえを逃がさん」

 と、おせつを犬小屋に監禁したのだった。


 息子はさらに、おせつを畑、田んぼに連れ出し、こき使った。犬が見張っているので、おせつは逃げ出せなかった。

 おせつは息子を憎みに憎んだ。


 息子は家屋敷、田畑をカタに借金していた。息子の不運は続き、ついに夜逃げをするまでに落ちぶれてしまった。

 おせつは万歳を叫んだ。村人に、犬小屋から解放された時には、自慢の赤髪が白髪に生え変わっていた。

 幸いにして、おせつは路頭に迷うことなく、次の寄宿先が見つかった。しかし、いくら祈っても、家は裕福にならなかった。それどころか、輪をかけて貧しくなった。

「なんや、家が金持ちになるちゅうのはウソじゃないか。こいつはニセシャグマじゃ」

 と、おせつは行く先々で追い出された。ついには、お寺や神社の床下で寝泊まりする境遇に落ちてしまった。


(ちくしょう、こんな村なんか離れ、都会に出て行ってやる。裕福な家がいっぱいあるはずやけん、手あたり次第、貧乏のドン族に叩き込んでやる!)

 おせつは復讐心に燃えて、街道を歩いていた。


 語りながら、おせつは泣いていた。

 小杉は優しくおせつの肩を抱いた。

「つらかったね」

 家が近づいてきた。

「おじいちゃんの部屋で休んでてもいいし、みんなのところへ行ってもいいよ」

 小杉はおせつの気持ちを尊重した。


 その5 バス停の別れ


 女子会はやはり、おせつの話題で持ちきりだった。

「おばあちゃん。何よ、あの子!」

「ツンツンして、可愛げがない」

「今度みんなでとっちめてやろうか」

 非難ごうごうだった。


 小杉の妻は説いた。

「きっと、何かあったのよ。神様があんな赤シャグマをつくるはずがないでしょ。本当なら、みんなのように赤シャグマのエリートコースを歩んでいたはずなのよ。そこを分かってあげなきゃ」

 妻の話は不思議な説得力があった。みんな黙ってしまった。


 ハアハアというエヴァンの喘(あえ)ぎ声が聞こえた。散歩から帰ったのだ。

 リビングのドアーが空いた。

 おせつがおじいちゃん、エヴァンとともに入ってきた。

「みんな、さっきは、ごめんな」

 おせつが頭を下げた。小杉の妻はおせつの髪が赤くなっていることに、いち早く気が付いていた。


 小杉は自室に入り、パソコンをオンにしてメールをチェックした。画面を白黒反転すると、文字情報はなんとか読める。

 リビングで赤シャグマと妻の声が弾む。時々、幼児期を思い出したのか大泣きしている赤シャグマもいた。


「おじいちゃん、おばあちゃん。お世話になりました。アタシ、秘境に帰る。秘境で人生を再スタートするけんな」

 おせつが小杉夫婦にかしこまって言った。

 妻が、クルマで送ろうと申し出た。

「おばあちゃん、ありがと。けんど、これ以上親切にされたら、決心が鈍るよ。アタシ、そこの道路走っとる、大きなクルマで帰る。あれ、山の上からいつも見とったやつや」

 おせつが言っているのは、路線バスのことだろう。


 みんなそろって、おせつを見送った。

 おせつはなかなかバスに乗り込もうとしなかった。妻が抱いてバスのステップに上げたようだった。


この作品はフィクションです

登場する人物・妖怪等は実在のものとは関係がありません


[注]『令和妖怪譚 続♡赤シャグマ』(Amazon電子書籍 二〇二六年)第4話 白シャグマ に加筆したものです

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