令和妖怪譚異聞 白シャグマ
プロローグに代えて
小杉が関東から四国にUターンして嬉しかったのは、まだ妖怪が生き残っていたことだった。かつての顔見知り以外に、新たな友達もできた。その中で異色中の異色だったのは、赤シャグマだ。
赤シャグマは神様によって妖怪にされた、ということだった。さぞかし神を恨み、わが身を嘆いているだろうと思った。しかし、事情は違った。
赤シャグマは全員が女だ。前世はごく普通の百姓、農民の子だった。多くは江戸時代の生まれだ。当時、幕府の「百姓は生かすな殺すな」という政策により、百姓はカツカツの状態で生きていた。このため、ひとたび飢饉になれば餓死する者が後を絶たなかった。
親はいたいけない我が子を餓死させるに忍びなく、神仏に祈った。神に願いが届き、女児には空腹を知らぬカラダ、不死の生命と引き換えに、姿かたちはそのまま、一般の女児と区別するため、髪を赤くされた。また、世過ぎのため、気に入った家があれば棲みつき、裕福にするという特技も授かった。
赤シャグマが小杉家に出入りするようになっても、裕福になっているという実感はない。ただ、よく社会奉仕はする。無償でお年寄りのヘルパーをし、保育所にも出向いて幼児の世話をしている。純真な赤シャグマを見るたび、心を痛める小杉だった。
その1 山越え
小杉の妻はドライブが好きだ。なかでも秘境の峠が気に入っている。知り合いの赤シャグマ・おのぶは、この近くの生まれである。
峠の下方は「国選定重要伝統的建造物群保存地区」であり、急斜面に昔ながらの民家が建ち並ぶ。秘境の入り口の村に生まれ育った小杉にとって、馴染みの農村風景だ。それを、わざわざ、保存地区に指定しなければならないところまで、過疎化、農村破壊が進行しているのである。
峠を下っていて、妻がクルマのスピードを緩めた。
「あら、小さな女の子が歩いてる。きものを着て、ぞうり履いてるの」
言われても、視覚障害者の小杉には実感が湧かない。
「じゃあ。赤シャグマじゃないの」
小杉はおのぶたち、小杉家に出入りしている赤シャグマを想像した。
「だけど、髪の毛は真っ白よ」
追い付いたのか、妻はクルマを停めた。
「どこまで行くの?」
「都会」
元気のない声だった。
「歩いて行くのは無理よ。危ないし、乗って行かない」
昔、秘境の人々は山越えをして町に行った。大人の足でも、早朝に出発して用事を済ませ、戻ると夜になっていた。子供の足ではとうてい無理なはずだ。それに最近、県内でもクマの目撃情報がある。小杉も声をかけた。
「そうよ。危ないよ。送ってあげるから、乗りなよ」
小杉が後部ドアーを開けてやった。
「ギャーッ! 犬、怖い」
盲導犬だから怖くないよ、と言っても頑として乗ってこない。妻が助手席のドアーを開けた。
女の子は後方の盲導犬・エヴァンをしきりにうかがっている。盲導犬を始めて見るみたいだった。
「エヴァン見て震えてたのに、いつの間にか眠ったわ」
なんだかんだ言っても、あどけない幼児である。
その2 可愛げのない子
小杉の家に着くと、女の子は目を覚ました。
「疲れたねえ。ちょっと休んでいかない?」
妻が女の子を家に上げた。女の子は不機嫌だった。
「クルマに酔ったの?」
妻が飲み物を出しながら、話しかけた。
「あれ、クルマって言うん。アタシ、クルマ嫌い。馬か駕籠がええ」
はっきりモノを言う子だった。小杉はエヴァンと、聞くともなしに聞いていた。
「都会に行くって言ってたけど、どこなの。知ってる人でもいるの?」
「アタシには知り合いなんておらん。ここは都会じゃないん?」
「都会っていうか、まあ、郊外ね。都会はねえ、ここの何十倍も家があって、高い建物も建ってるのよ。たくさんの人がいて、クルマとか電車とか、いっぱい走ってるの」
妻は懸命に説明している。馬や駕籠くらいしか乗ったことのない子には理解できないはずだ。
「じゃ、この町でもええか。どこぞ気に入った家を見つけて棲みつこう」
それにしても投げやりな態度だった。
「遅くなったから、夕ご飯、食べて行く?」
もう、そんな時間になっていたのだ。
「アタシ、お腹なんか空かん。もう、行くけんな」
女の子は立ち上がったみたいだった。
「行く当てがないのなら、ウチで泊ってもいいんだよ」
小杉は引き止めた。妻も同意した。
「じゃあ、泊まっていくか」
女の子はボソッとつぶやいた。
以前、はつゑが居候していた部屋に、妻が女の子を連れて行った。
小杉は考え事をしていた。
(髪が白いということだったが、服装といい、お腹が空かないことといい、あの子は赤シャグマではないか)
妻が戻ったので話した。
「私も、それ考えてたのよ。変種かなあ。何かワケありの赤シャグマに違いないわ」
その3 シカト
「おはよう。眠れた? あなた、なんていうお名前?」
妻が話しかけた。
「アタシ、おせつ」
とだけ答えた。
「おせつちゃん、おはよう」
小杉が挨拶しても、おせつは無言だった。
はつゑが保育所に出勤する前に立ち寄った。
おせつに気付いたようだった。
「はつゑちゃん、この子、おせつちゃんよ。仲良くしてあげてね」
妻が引き合わせた。
「よろしく!」
いつもの、はつゑの声だった。おせつの声はなかった。
「おばあちゃん。行ってくるわ。夕方、みんな集まるけんな」
はつゑが出かけた後、妻がはつゑたちのことをおせつに話して聞かせている。その間、おせつは何の反応も示さない。
(おせつは心に、深い闇を抱えているのではないか)
小杉は滅入ってしまった。
「ということなの。今日ね、女子会があるのよ。おばあちゃんは若いけど、仲間に入れてもらってるの。いい機会だから、おせつちゃん、みんなに紹介するね」
天然な妻の声が、小杉には虚しかった。
その4 おせつの変節
女子会が始まった。小杉はエヴァンの散歩に出かけた。
しばらく歩いていると、エヴァンがしきりに後ろを気にする。小杉は立ち止まって振り返った。
「あのお、一緒に行ってもええ?」
おせつだった。
「ああ、いいよ」
おせつはエヴァンと小杉の散歩に付き合った。
「アタシ、これまで犬が怖かったんよ。けんど、エヴァンはもう怖うのう(怖くなく)なった。目の不自由なおじいちゃんのために働いてとるなんて、偉い」
歩きながら、おせつは身の上話を始めた。
おせつも赤シャグマになりたての時は、赤い髪をしていた。
おせつの棲みついた家は、貧しいながらも明るい一家だった。おせつの念が通じ、家は豊かになった。主人が病没し、息子が跡を継いだとたん、一家の運命は暗転した。
道楽息子の本性を露わにした。息子は酒と博打に明け暮れ、家を再び元の貧乏一家にしてしまった。おせつは心を鬼にして、愛着のある家を出た。ところが、息子は飼い犬に追跡させておせつを連れ戻した。
「おらの家をもういっぺん、村一番の分限者にするまでは、おまえを逃がさん」
と、おせつを犬小屋に監禁したのだった。
息子はさらに、おせつを畑、田んぼに連れ出し、こき使った。犬が見張っているので、おせつは逃げ出せなかった。
おせつは息子を憎みに憎んだ。
息子は家屋敷、田畑をカタに借金していた。息子の不運は続き、ついに夜逃げをするまでに落ちぶれてしまった。
おせつは万歳を叫んだ。村人に、犬小屋から解放された時には、自慢の赤髪が白髪に生え変わっていた。
幸いにして、おせつは路頭に迷うことなく、次の寄宿先が見つかった。しかし、いくら祈っても、家は裕福にならなかった。それどころか、輪をかけて貧しくなった。
「なんや、家が金持ちになるちゅうのはウソじゃないか。こいつはニセシャグマじゃ」
と、おせつは行く先々で追い出された。ついには、お寺や神社の床下で寝泊まりする境遇に落ちてしまった。
(ちくしょう、こんな村なんか離れ、都会に出て行ってやる。裕福な家がいっぱいあるはずやけん、手あたり次第、貧乏のドン族に叩き込んでやる!)
おせつは復讐心に燃えて、街道を歩いていた。
語りながら、おせつは泣いていた。
小杉は優しくおせつの肩を抱いた。
「つらかったね」
家が近づいてきた。
「おじいちゃんの部屋で休んでてもいいし、みんなのところへ行ってもいいよ」
小杉はおせつの気持ちを尊重した。
その5 バス停の別れ
女子会はやはり、おせつの話題で持ちきりだった。
「おばあちゃん。何よ、あの子!」
「ツンツンして、可愛げがない」
「今度みんなでとっちめてやろうか」
非難ごうごうだった。
小杉の妻は説いた。
「きっと、何かあったのよ。神様があんな赤シャグマをつくるはずがないでしょ。本当なら、みんなのように赤シャグマのエリートコースを歩んでいたはずなのよ。そこを分かってあげなきゃ」
妻の話は不思議な説得力があった。みんな黙ってしまった。
ハアハアというエヴァンの喘ぎ声が聞こえた。散歩から帰ったのだ。
リビングのドアーが空いた。
おせつがおじいちゃん、エヴァンとともに入ってきた。
「みんな、さっきは、ごめんな」
おせつが頭を下げた。小杉の妻はおせつの髪が赤くなっていることに、いち早く気が付いていた。
小杉は自室に入り、パソコンをオンにしてメールをチェックした。画面を白黒反転すると、文字情報はなんとか読める。
リビングで赤シャグマと妻の声が弾む。時々、幼児期を思い出したのか大泣きしている赤シャグマもいた。
「おじいちゃん、おばあちゃん。お世話になりました。アタシ、秘境に帰る。秘境で人生を再スタートするけんな」
おせつが小杉夫婦にかしこまって言った。
妻が、クルマで送ろうと申し出た。
「おばあちゃん、ありがと。けんど、これ以上親切にされたら、決心が鈍るよ。アタシ、そこの道路走っとる、大きなクルマで帰る。あれ、山の上からいつも見とったやつや」
おせつが言っているのは、路線バスのことだろう。
みんなそろって、おせつを見送った。
おせつはなかなかバスに乗り込もうとしなかった。妻が抱いてバスのステップに上げたようだった。
この作品はフィクションです
登場する人物・妖怪等は実在のものとは関係がありません
[注]『令和妖怪譚 続♡赤シャグマ』(Amazon電子書籍 二〇二六年)第4話 白シャグマ に加筆したものです




