「手紙」
タイムマシンはもう一台ある。と、ありがちな嘘で先輩を騙して未来へ飛んでもらった。七兆年より先の時間に着陸するのが安全だとコンピューターは判断するだろう。暴れ狂うエントロピーの暴風雨は世界を削り取りながらしばらく続く。このままこの研究プラントで怠惰に死を待つのもいいが、どうせなら手紙の一つでも送りたい。
デスクの上の書類をいくつかひっくり返し、見つかった便箋を手に取った。
「拝啓
過去を惜しみながら未来へ希望をはせるこの頃」
時候の挨拶が笑ってしまうほどおおげさだ。未来に季節があるのか知らないし、あったとしてどんな様子なのかわかりっこないのだ。万が一僕の知っている季節と寸分違わず同じだとしても、先輩がどの季節でこれを読むのかもわからない。だいたい、七兆年より先に文を出すのに大層にならないほうが難しい。それならいっそ、最大限に事々しく書いてやろう。
「拝啓
確定された事象から悠久の時を超えるのを惜しみ、無限の選択肢と可能性に希望をはせるこの頃」
ここまで書かれると逆に薄っぺらく感じてとても良い。しかし続きをどう書こうか。大抵の手紙では、お健やかにお過ごしのことと存じますと続く。だが、知らない。存じていない。先輩が未来で健やかかどうか分かるはずがないのだ。願うか?願っておりますとするか?
「拝啓
確定された事象から悠久の時を超えるのを惜しみ、無限の選択肢と可能性に希望をはせるこの頃
お健やかにお過ごしのことと願っております」
どうも違和感がある。マナー講師やら国語の教員などはとうに絶滅したので、この際形式などはどうでも良いのだが、気持ちが悪い物は気持ちが悪いのだ。そうは言っても読み物といえば論文ばかりである僕には、この違和感をどうすれば拭えるのかの具体的な庵などは簡単に浮かぶはずもない。適当な裏紙に意味もなく黒い渦巻を書き込む。手紙全部を書き終える頃にはなにか妙案を思いついている事を期待して、次に進む事にする。
さて本文だが、これもまた困った。書きたい事はたくさんあるが、何からかけば良いのか検討もつかない。あまりに困ったものだから、デスクまわりの掃除を始める始末である。どうせこの後滅んでしまうので意味は無いのに清掃をしているのである。よっぽどだ。散らかったゴミを片付け、書類の順番を揃え、引き出しの中のいらない物を捨てる。そうすると、引き出しからちょうどよい物が見つかった。お菓子の空箱である。旅行に行ったときに皆へのお土産として買ったクッキーが入っていたのだ。金属でできていて、丈夫そうだ。できた手紙はこの中にいれよう。そう思って空箱をデスクの上へカタンと置いた。ハッとした。
こんな箱では意味がない。そうだ。ことごとく滅ぶのだ。先輩が降り立つ未来は、少なくとも七兆年よりは先で、下手をすればその何十倍も先の可能性だってあるのだ。そんな未来に、遠くの未来に、耐えられるわけは無いのだ。
だからと言って諦めたのでは学者の恥だ。もちろんなんとか方法を考える。一般的に、情報媒体は大きければ大きいほど長持ちする。これは一つの情報あたりの大きさだ。つまり、小さく細かい情報を敷き詰められる磁気記録機よりかは、一つずつ彫刻を施す石板のほうが長持ちするという事だ。タングステン等の重金属に書き込めば、さらなる時に耐えられるだろう。しかしそれでも限界はある。半減期、酸化、疲労などを考えると万に一つも未来へ届く可能性は無い。
物質をそのままの状態で未来へ送り出すのは難しいだろう。タイムマシンをもう一台つくれば良いが、あんな物はオーパーツだ。僕一人で完成させられるなら、先輩に手紙なんて出さずにそれに乗り込んでいる。
やはり複製能力のある記録機を作るべきだろうか?周りにあるあらゆる物を材料に、自分のコピーを作る能力を持っていれば、朽ちてなくなる事はないだろう。なにせそのコピーもコピー能力を持っているからね。ただ、これだけでは十分とは言えない。もし何かの事故があって装置が壊れたらオシマイだ。
ではコピーをありったけ作っていく方法ならどうだろう。つまり、装置が朽ち果てるその瞬間まで作れる限りのコピーを作り続ける方法だ。指数関数的に装置の数は増えていく事によって、事故でいくつかが壊れたとしてもきっと一つぐらいは正しいメッセージが届くだろう。しまった。複製途中に何かあってメッセージが書き換わろうものなら目も当てられない。せっかく届いた手紙の中身が読めないのは意味がない。もし書き換わったメッセージの装置が、元のメッセージの装置を材料にしてコピーを作り始めれば、元々のメッセージは駆逐されてしまう。これではメッセージが事故で書き換わった際の対策ができていない。
コピーを作るという能力のみだから失敗するのだ。それ以外にも特殊な能力を組み込もう。大体、材料がない宇宙空間に対応できなかったら、星が爆発した時にすべて消える事になる。宇宙空間だけでなく、あらゆる状態に対応して、適切にコピーを作るなんてできるのだろうか?
よく考えれば、そちらのほうが随分簡単な気がしてきた。この先ずっと変化しない物を作るよりも、グニャグニャと生まれるたびに変化しまくる装置のほうが幾分現実的だ。しかし、その場合だと肝心のメッセージもグニャグニャと変わってしまいそうだ。それでは本末転倒だ。 装置はコピーのたびに少しずつ変化し続ける事で情報の劣化を逆手に取るとして、メッセージはどうやって伝えようか。
僕は立ち上がって、残り少ないプラント内のエネルギーを節約するために切っていたプリンターの電源を上げに行く。僕の生命維持だけなら一年ほど持つだろうエネルギー。万能のプリンターは四時間あればそのすべてを使い切るだろう。未練はあるが、プリンターを起動しなければ未練だって残せないのだ。
メッセージの方法は思いついた。磁気テープの内容は劣化しても、磁気テープの形が変わる訳では無い。光学機器が内容を書き換えられても円盤でなくなるわけではない。つまり、装置の記録情報は変化しても、装置の記録方法は変化しないということだ。
先輩ならきっと僕のメッセージに気がつくだろう。僕はプリンターに設計図を書き込んでいく。プリンターには少し偏った二重螺旋が映し出される。
無粋なので読まなくてもいいよ
少し偏った二重螺旋って、我々の体にあるな。




