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溺愛してくる領主様は前世の宿敵でした  作者: 二階堂まりい


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1話 領主様に拾われた日

 陸で死んだ海鳥を仲間が悼む

 哀れな海鳥の魂は五〇年を四回数えて

 故郷に帰ってくると恋人を見つける

 


 町の外れの川岸で、十八歳になる少年——ルリウスは歌っていた。

 長い黒髪と粗末な着物が、五月の風に揺れる。

 王都の五月といえば木々の緑が眩しい頃と聞くが、島国の最北端であるここ「エイカ国」ではようやっとの雪解けの季節だ。


「君! その歌は……」


 背後から突然、男の声がした。

 ルリウスは驚いて振り向く。この男、全く気配が無かった。


 背後に立っていた男は、若木のようにすらりと立つ青年であった。

 少し伸ばした金髪を艶のある油でスタイリングしており、鮮やかな青で染められた「ラケル人」の民族衣装を着ている。彼が裕福であることは一目で分かった。


「陸で死んだ海鳥を仲間が悼む……。

 どこでその歌を?」

 近付いてきた男に真顔で問われ、動揺していたルリウスはつい馬鹿正直に答えてしまう。

「あ、あの、母が教えてくれた秘密の歌で……。母は俺が十五の時に亡くなったんですけど」

 秘密だというのに、うっかり喋ってしまった。


 ルリウスが己の粗忽さを恥じて頭を掻いていると、目の前の男はハッとした顔になってルリウスの顔を覗き込んだきた。

「済まない、興奮してしまって。

 歌どころではなかったな。

 君、その顔はどうしたんだ」


 ルリウスの顔には、いくつもの痣があった。

「これ? 賭けで負けた義父が、憂さ晴らしに殴ってきたんですよ」

 目の前の男に解決を期待した訳ではなく、単に愚痴るようにルリウスは言った。

 実父はとうの昔に死んでおり、実母も義父と再婚してから死んだため、ルリウスの家族は義父だけだ。

 母が生きていた時の義父は優しかったのにな、と上の空で思い出す。


 それを聞いた男はぴくりと眉を上げた。

「賭け……そんなもの私の領地では許可していないはずだが」

「ええと……さぞ貴いお方だとは思っていましたが、もしかして……?」

 ルリウスが恐る恐る訊ねると、男が答えた。

「私はジェミール・リンドート。領主の次男で、領主補佐をしている」

「そ、そうとは知らずに愚痴を聞かせてしまって申し訳ありません」

 ルリウスは姓の無い庶民で、港の雑用と屑鉄拾いでどうにか日銭を稼ぐ身分だ。

 とても、ジェミールと馴れ馴れしく話して良い立場ではなかった。


 しかしジェミールは怒っていないようで、静かに話しかけてくる。

「ちなみに賭場はどこにある?」

「ドーニー通りの、靴屋の縄張りを曲がった細い路地に」

「情報をありがとう。君の名は?」

「ルリウスです」

「ルリウス、私に仕えないか?」

「えっ」

 ジェミールの申し出はあまりにも唐突だった。


「殴られてばかりの生活より、私の侍従として暮らすことを選ばないか?

 身の回りの世話や予定の管理をして……たまに歌を聴かせてほしい」

「で、でも」

「勿論、お義父さんを放ったらかしにはしない。

 生活が荒れているというのなら、彼にもどこか職を紹介しよう」

「凄く嬉しいのですが……どうして私なんかを」

「最近侍従が辞めてしまったので早く後任を見つけたかったのと、ルリウスの歌が気に入ったからだ」


「……喜んで、お引き受けします」


 ルリウスに断る理由など無かった。


 ジェミールは、ふっと微笑む。

「詳しくは言えないが……この出会いは運命なのかもしれないと、私は思うのだ」

 瞬間、ルリウスの胸が高鳴る。

 運命。初対面のはずなのに、その言葉が妙にしっくりくるのは何故だろうか。

 


 そうしてルリウスはジェミールの侍従になった。



 


 エイカは北部にツンドラ、南部に魔物の出る森を擁しており、人は自ずと中部の平原に住まう。

 決して広い領地ではなく、全体が庭のようなものだ。

 だから勿論、ルリウスは領主の城を見たことはある。


 しかしその城壁の中に入るのは初めてのことだった。



「まずは私の家族に面会してほしい」

 ジェミールはルリウスを小さめの謁見室に連れて来た。

 城内はどこも飾り気がなく、質実剛健という言葉が似合う。


 ルリウスは深みのある緑色の着物に着替えさせられていた。

 エイカの民族衣装だ。

 領主家はラケル人だというのに、使用人の出自に合わせてわざわざ用意してくれているらしい。


 

 暫く待つと奥の扉から、中年の男女一組、ルリウスと同世代の男女一組、そして男児の計五人が現れた。

 皆ラケル人の民族衣装を着ている。


 ジェミールが跪こうとするのを制し、五人は近付いてくる。


「お待たせ。君がジェミールの新しい侍従になってくれるんだね」

 中年の男性が言う。

「お初にお目にかかります、ルリウスと申します」

「そんなに緊張しなくて良いよ。

 私はアルトゥール・リンドート。エイカの現領主だ」


 領主アルトゥールが名乗った流れで、中年の女性も自己紹介する。

「私はサミラ・リンドートと申します。アルトゥールの妻です。

 使用人の管理は私の仕事なので、これから話す機会も多いでしょう。よろしくね」


「私はイルズ。私も家のこと仕切ってるから、よろしくー。で、私の夫が……」

「アリアス・リンドート。長男で、次期領主です。

 弟をよろしくね」

 おっとりとやや砕けた話し方をした若い女性イルズと、温厚そうな青年アリアスが、領主家の長男夫婦らしい。


「自己紹介出来るかな?」

 イルズが男児に促すと、男児はジェミールを見上げながら辿々しい発音で言った。

「おしぇらむ」

「……です。オセラム・リンドート。

 私とアリアスの息子よ。気軽に遊んであげてね」


「はい。これからリンドート家のために誠心誠意努めさせていただきます!」


 義父に殴られたのが遠い日のようだ。

 リンドート家は皆仲良く、上品で、ジェミールが母の死と共に失った幸せをもう一度与えてくれる。

 自分はここで幸せになるのだとルリウスは思った。





 夜、侍従は主君の風呂を手伝う。

 ジェミールの私室の浴室にて、ルリウスは緊張に震える手でジェミールの服を脱がせていた。



 ルリウスが着ているエイカ人の民族衣装は、前を紐ボタンで留めるワンピース状のものだ。

 寒冷地に合わせてワンピースも、その下に着るインナーも、下に穿くズボンも、全て綿を詰めている。

 


 一方でジェミールが着ているラケル人の民族衣装は、二重のチュニックにズボンが特徴で、脇や背面、袖口などを紐で編み上げて脱ぎ着する。

 一人で着脱することが前提ではないのだ。

 そしてその上から、権威的な文様の散りばめられたジャケットを羽織る。


 ラケル人は元々温暖な王都の民なので、エイカに住むラケル人の民族衣装には毛皮の飾りが足されて独自に進化している。

 とはいえ、エイカ人の文化と完全に混じり合った訳ではない。

 なのでエイカ人のルリウスからすれば、紐だらけのラケル人民族衣装は複雑この上なかった。



 時間をかけて、やっとルリウスはジェミールの服を全て脱がしきる。

「た、大変お待たせいたしました。すぐ慣れますので、どうかご容赦を」


 ルリウスの言葉に対して飛んできたのは叱責、呆れ、許しのどれでもなかった。

 逞しい肉体を晒しながら、ジェミールはルリウスの手を取る。

「その緊張は貴人に対するものか?

 それとも、男として見てくれているから?」

「え、えっと……」

 頬が熱くなるのをルリウス自身感じていた。


 男色自体は珍しくもない。ジェミールのように次男という立場なら、男だけを侍らせて生涯を終える貴族も少なくはないらしい。

 養子を取ることにも寛容な時代になった。


「もの欲しげな目をしているように見える。

 今までの侍従にそんな者は居なかった。

 私の気のせいなら、気のせいと言ってくれ」

 ジェミールの手は温かく、優しかった。


「気のせいじゃない…….です」

 もごもごと答えると、額にジェミールの唇が触れた。


 ルリウスが顔を上げると、今度は唇同士が触れ合う。




 その時、胸に疼痛が走った。

「!?」

 目の前のジェミールが裸体ではなく、甲冑姿に見えた。

 そして記憶が流れ込んでくる。


 自分の前世はルトレフ・ヴィオレツク。

二百年前に生きた、エイカの商人出身の将軍。


 そしてジェミールの前世はグラーリド・リンドート。

 ルトレフと敵対していた、王都ラケルの騎士出身の将軍。


 顔だって面影がある。



 ルトレフとグラーリドはここエイカのツンドラの一部、リンデバルという地でぶつかった。

 世に言う「リンデバルの戦い」だ。

 その戦いでルトレフはグラーリドと一騎討ちの末に殺されたのだ。



 ジェミールは二人の出会いを「運命」と言ったが、本当にそうなのかもしれない。



 胸を押さえたルリウスを、ジェミールは心配そうに覗き込んでいる。

 どうやら彼には前世の記憶は戻っていないらしい。



 しかし万が一、ジェミールに前世の記憶が戻ったら?

 前世であれだけ嫌いあった仲なのだ、処刑されても仕方ない。

 何より、このまま愛し合うなんてルリウスが屈辱で憤死する!

 これなら義父に殴られていた生活の方が万倍マシだ!



『ジェミールがグラーリドだった時のことを思い出す前に、わざと嫌われて解雇されて、さっさとエイカを出ていくしかない……!』


 この夜、ルリウスの嫌われ作戦が始まった。

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