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プロローグ:最後の打ち上げ


「ウェンディの引退コンサートの大成功と、そして門出を祝しまして…かんぱーい!!」


「かんぱーい!!」


音頭に合わせてその場に集まる皆がガチャン!とジョッキをぶつけ合い、ビールを喉に流し込む。もちろん、わたしも同じようにしている。最初は慣れなかったものの、今となってはこの口の中いっぱいに弾ける泡の舌触りと喉越しの虜になってしまっていた。


この酒場は貸し切りになっている上、外には護衛も控えている。更には時間が来れば迎えの馬車がやって来るので部外者から邪魔はされず自分達も大きな迷惑をかけることもない、この後の帰りも問題ないと誰も彼もが思っている。


ただ街の酒場で食事をするだけなのにどうして貸切にして、王族貴族のように護衛を雇い、迎えまで頼んでいるのか。


それは、このわたし…ウェンディは、少なくともこのアルゼイン王国で名前を知らない人はいないであろう、《アイドル》だからだ。今の所は聞こえていないけれど、わたしを応援してくれているファンの人たちが最後にひと目わたしの姿を見ようとこの酒場の外に押しかけ、入口や窓…果てには煙突から侵入しようとしているのを、護衛が阻止している頃かもしれない。兄だった貴族がわざわざ選んで付けてくれた精鋭だから、心配は全くしていないけれど。

金品やこの身を狙った盗賊でも、わたしの存在を疎ましく思う貴族が雇った刺客でもなく…ただ別れを惜しみ、感謝や熱意を伝えたいが為に頭に布を巻いたり法被という服を羽織ってピカピカ光るだけの棒やわたしの名前を書いた扇を握りしめた民衆を、高級な鎧で身を固めた貴族の護衛が取り押さえている……だなんて絵面は、アイドルという存在の力を人々に知らしめることでしょう。それにしても…アイドルが生まれる度、こんな事が起きるのかしら。


わたしと一緒に酒場にいる人たちは、わたしのアイドルとしての最後のお仕事を共に成し遂げた同業者である仲間たち。わたしの向かいに座り、仲間たちと笑い合っている女性が、この集まりの中心人物にして、わたしをアイドルにした《プロデューサー》である、カレンだ。

カレンはお酒に弱いというのに、ひと口目で勢いよくジョッキをあおってしまったせいで、お顔は真っ赤な上に長い黒髪を乱して大声で笑っている。


「ウェンディ、もっと飲みなって!」


切れ長の黒目を細めてカレンが上機嫌に笑いかけてきた。わたしはもう五杯目だから、貴方よりは飲んでいるのよ。


「そんなに飲んで大丈夫?貴方…病み上がりでしょうに」

「いいのいいの、明日からしばらくはお休みするから!」


ヘラヘラと返事をした後、わたしの心配を他所にご馳走をよそって食べてはビールで流し込むカレン。そのお休み、いつも通りわたしが介抱しているのでしょうね。大きなお仕事をやり切った後の、《打ち上げ》という名の宴はこれで最後だから今回は許してあげるけれど。


「いやぁ、カレン…お前はホントにすげーヤツだよ!」

「ホントだよ!最初は頭オカシイと思ってたけど…いや今もおかしいわ!」

「こら!誰のお陰でアンタの家が儲かってんだ!」


カレン…いや、ヒナタ・ミヨシ。彼女は、ただの貴族の落ちこぼれだったわたしを、人々に愛されるアイドルにした事だけが凄いのではない。お金を持った貴族や商人ではない平民という、国の人口を多く占める裕福とはいえない人々が、のびのびとアイドルを愛し応援し…そして彼らから新しいアイドルが生まれ育つようにと、魔法や魔物を活かした様々な道具や組織を創り、そしてこれまで頑張ってきた人々を巻き込んだ大きな商売を可能としたシステムを生み出したのだ。彼女の存在は、歴史に残るのだろう。それも、たったの10年程の間に起きた事ともなれば、王族貴族だって認めざるを得ない…そんな確信がわたしにはあった。



けれど、そんな後世に残る歴史の始まりは、彼女とわたしだけしか知ることはないのでしょう。




「あなた、アイドルを目指してみない?」




10年前。カレン・モラレスはそのひと言で、ウェンディ=ローリア・ヴァールマンをアイドルという未知の世界へ誘い込もうとしたのだ。


勿論、なんの事かさっぱりだった。何せ、アイドルなんて言葉はその時初めて聞いたのだから。

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