ツカサちゃん
その日の朝、教壇に現れた転校生は、顔まで髪が垂れ下がった陰気な女だった。漆黒の幕からちらと世界を覗く黒い瞳が、冷たく見据える。誰かの事を見ているようで、誰をも見ていなかった。
朝から転校生が来るという話、しかも女だと聞き、男子勢は妙に浮ついていた。仮想世界でのシチュエーションで考えれば美少女や美少年がやって来るのはほぼ定石である事から、現実と空想の境界が曖昧である高校生という年代では誰しもが絵空事を現実に当てはめていた事だったろう。
だが実際はどうか。現れた女は愛想を振りまくどころか、全てが黒で塗り固められたと言っても過言ではない不気味な容姿。血管が浮き出そうなほどの青白い肌に、痩せすぎな色気の無い身体付き。ブレザーは全てのボタンをきちんと留め、チェックのスカートも膝の下辺りまで長さがある。社交的な女子高生とはお世辞にも言い難い見た目。
男子の目からは一気に興奮が冷め、女子の目からはニヤリとする獲物を見つけた獣のような眼差しが浮かんだ。
「ねぇねぇ、あいつキモくない?」
一番後ろの席で両足を机の上に投げ出している女は、振り向いてきた前の席の女子に小さな声で話しかけられた。その女は不貞腐れてつまらなそうな目をしながら、ガムを噛みつつ携帯電話を片手でいじっていた。話しかけられた事により、アイシャドウのキツイ瞳は細目を開けて黒い女を視界に捉えた。だが軽く笑いを浮かべると、すぐに携帯電話に視線を戻す。
脱色のし過ぎで白茶けた髪の毛を空いているもう片方の手でこねくり回す。濃いピンクの口紅が、全身スウェット姿とちぐはぐであった。
「じゃ、やっちゃっていい? ユウカ」
小さく頷いた。そのケバい外見からは想像も付かない綺麗な名の少女からは、女らしさの欠片も感じられない。そして、唇を歪めて床にガムを吐き散らした。
彼女の名前は『佐藤ユウカ』。優しそうな名前とは裏腹に学校一番の超問題児であり、警察にも何度お世話になった事か分からない。男子顔負けの底意地の悪さと、ろくでもない人脈が引き起こす暴力問題に学校側も度々手を焼いている。退学にしようにも、校長すら彼女に弱みを握られており下手に手出しする事も出来ない。
ある意味彼女がこの学校を掌握しているようなもので、彼女を下手に刺激しない事が学校関係者にとって一番の平和を保つ秘訣となっていた。
気の小さい担任が、転校してきた女の名を黒板に大きく書き出した。『田中ツカサ』。
「じゃあ田中さんは、池田君の隣に座ってください」
ツカサは無言のまま、席に向かって髪を大きく揺らしながら歩き出した。
(やれ)
離れた席に座った友達に向かって、ユウカは合図を出した。直後、出された足がツカサの足に引っかかり、小さく声を上げて倒れ込む。良くある転入生へのからかいに、クラス中から哂い声が上がった。だがツカサの表情は髪の毛で伺えなかった。無言のまま立ち上がると、スカートの裾を軽く払って歩き出す。
クスクスと哂う彼らであったが、少々ツカサの感情の無さに不気味さを感じ取ったらしく、すぐに哂いは引いた。髪の毛の間から放たれる感情の伺えない視線と、逆に心の奥まで見透かされそうな立ち振る舞いに、クラスは何となく居心地の悪さを覚えていた。
(チッ)
ユウカの舌打ちが、しんと静まり返った教室に響いた。
その日の帰宅途中。ツカサに足をかけて転ばした女子は真っ暗な夜道で何者かに襲われ、右足を鋸のような物で引き裂かれて失った。
ユウカは気が立っていた。友人の話を聞き、落ち着かない苛々に襲われていたのだった。片足を切断したというのは本当らしく、もうまともに学校にこれるかどうか分からないという。昨日の内に電話の向こうでショックのあまり友達は泣いており、精神的に不安定になっていた。
しかも、事故は帰り道にあのツカサとかいう女の見ている前で起きたという。彼女は一部始終を見ているのだ。教室に入るなり、話でも聞いてやろうかとツカサの姿を探した。
(いた)
まだ朝礼が始まるまではけっこうな時間があるというのに、ツカサは既に一時間目の教科書とノートを広げている。そして脇目も振らず一心不乱にノートに何かをカリカリと書いている。静かな教室の中にあってシャープペンの音というのは耳に付く。口からは一言も発さずにノック音をカチカチと立てる姿は異様であった。
その姿を見ているだけで、何故か彼女は苛立った。もうすぐ夏になろうというのに、全く人を寄せ付けない陰気な暗さ。しかも転入生だというのにちっとも誰かと話をしようという気も感じられない。まるで人も何も全てを拒否しているようにも見えた。
(ッケ)
何故か姿を見ただけで萎えてしまったユウカは、話しかけもせず教室を後にしてトイレに煙草を吸いに行った。
一時間目が始まっても教室に戻らず、不良仲間とグラウンドの日陰で授業をバックレながら馬鹿話に舌を弾ませていた。教師が探しに来る事も無い。日頃からこれが当たり前なのであり、彼女らを無理矢理連れ戻そうとしても無駄である事が分かっているからであった。
その内二時間目、三時間目と次第に時間は経過していった。学校の敷地内をぶらぶらするのにも飽きて仲間らと一緒に「遊び行くか」という話になりかけていた頃。それは彼女の目の前で起こった。
外のグラウンド用の汚いトイレがあるのだが、その中から女生徒数人の声がする。それが笑いこける声だけでなく罵声なども混じっていたため、ユウカらは関わる気は無いもののこっそりと覗き込んだ。
中には黒の髪を乱れさせた女が咳き込みながら汚物塗れの床に倒れ込んでいた。それを取り囲んでいるのは数人の女生徒。ユウカほどではないが学校の中では問題児と言われている中途半端に悪い不良達だった。彼女らは馬鹿笑いをしながらツカサをいじめているのが、その様子から容易に想像できた。
(あんな奴、いじめるだけ馬鹿馬鹿しい)
ユウカはそう思っていた。あの反応の無ささはいじめ甲斐が無い。叩かれても感情の無い瞳を返されるだけ。全くウンともスンとも言わないし、それが苦しいというような表情一つしない。
だが中途半端な馬鹿達にはそれが面白く感じられているらしい。ツカサはやはり一言も何も返さず、汚れた床に這い蹲らされてただ行為を一身に受けるだけ。気が済んで終わるのを感情を見せずにひたすら耐えているような。
金のバケツには掃除し終わった後の濁った水が蓄えられていた。女生徒の一人はそれを見つけると、馬鹿笑いをしながら両手でつかんでツカサの頭からそれを被せた。様々な汚物が浮かんだそれが髪の毛の間を浸透し、制服を汚し、耳にも鼻にも口にも入る。自身の身体から立ち上る悪臭にさすがに耐え切れないらしく、髪の間から覗く瞳には薄く涙が浮かんで激しく咳き込んでいた。
「お前さー、キモイんだよね。ギャハハハ」
二人目はモップで顔を掃除した。吐き気を催す悪臭と、行為への拒否反応ゆえに塞がれた口でもがもが言っている。
「なんか喋れよー!」
三人目は唾を吐きかける。転入のために新調した真新しい制服は汚れきってしまった。
「悔しかったら死んじゃえば? アハハハ。楽になるよぅ」
変わり果てた姿となったツカサはどろりと瞳孔を動かし、光の差さない視線を女生徒達に投げかけていた。
(こいつ)
ユウカは咄嗟に覗き込むのをやめた。そして仲間達を引き連れて足早にその場を離れた。
その後は近くの安いファミレスで仲間達と食事をして、午後は気まぐれに学校の教室に戻った。教師ももう何も言わない。ノートも何も広げておらず、携帯電話をひたすらいじっているが注意も何もしなかった。
(いねぇな)
ツカサの机は空っぽであった。当然かもしれない。いじめによってあれだけ身体中汚物塗れにされて、平気で教室に戻ってこれるはずが無かった。恐らくプールのシャワーかどこかで身体を洗ってでもいるのかもしれない。どこから通っているのかは知らないが、まさかあの姿のまま途中帰宅するとは思えなかった。
いじめていた三人は同じクラスの不良。同じ不良でもユウカとは仲が良くない。だから彼女らがどうなっても知った事ではなかった。
その夜、三人は変わり果てた姿で発見された。中央林間駅前のゲームセンターの建物の裏で転がっていたのを、たまたま掃除しに行った店員が見つけて警察に通報された。三人は衣服を引き裂かれて何者かにレイプされた上、身体の一部が欠損していた。一人は両手首が。一人は右腕が肩から。三人目は口を鋭利な刃物で切り裂かれて大量出血を起こしていた。
発見時、彼女らは既に意識が無かったらしい。レイプか、身体を傷付けられた痛みのショックでか。
三人は心的ショックが大きく、病院に担ぎ込まれて廃人同様になっているらしい。犯人は不明。三人をレイプした男の体液はDNA鑑定の結果、ホームレス生活を営んでいる者一人だったという。男は別の誰かから頼まれて三人を乱暴したらしいが、それ以上の事はやっていないという。頼んできた人間の名前を言おうとした瞬間、男は突然体調が悪化して取調室で血を吐き散らして死んだ。
人体を欠損させた犯人は別に居るという事であった。
(やっぱりあの女は何かおかしい)
ツカサに関わった人間には良くない事が起こる。それはすぐに学校中に広まった。余計にツカサに関わろうとする者は居なくなった。転入してきた時から誰とも話さず一人ぼっちではあったが、三人の女生徒の一件は更に拍車をかけた。
ユウカも、話しかける事は無かった。どこかこの女はおかしかった。雰囲気だけではない。何か関わってはいけない予感がしていたからだ。脅しをかける言動も効果が無く、単なる身体を痛めつける暴力ではこの女を屈服させる事は出来ない。そして関わった事によって既に四人の女生徒が手足を切断するなどの重傷を負っている。何かの因果か、単なる偶然か。
ならばどうすればいい。簡単だ、関わらなければいい。
夏が近付き、蒸し暑さが服と肌の間に纏わりつき始める時期になっていた。この頃になるとツカサに関わる者は本当の意味で居なくなっていた。彼女はいつも一人で行動しているし、誰と話す事も無い。転入してきた時から鬱陶しかった長い黒髪は更に伸び、夏が近いために暑苦しくも見えた。
日曜日の午後。ユウカはその日、珍しく体調が芳しくなかった。生理が来ている事もあり、苛々が募る頭痛に悩まされて早めに買い物を終えて家に帰ろうとしていた。あざみ野駅にて、偶然ホームに停まっていた東急田園都市線に飛び乗ったのだった。
初夏の兆しが見える日差しは暑く、気温は三十度を超えていた。珍しく車内は空いており、目に留まった優先席に悠々と腰を下ろした。ハーフパンツだからいいだろうと、すぐさま股をだらしなく開いて携帯電話を取り出した。両耳にはめられているユウカお気に入りのピンクのヘッドフォンからは、最近流行っているグループのトランスが垂れ流されて周りにまで漏れていた。
周りの乗客達が呆れる視線を投げかける中、ユウカは持ち前の図太い神経によりそんなものは全く介せず、ガムをくちゃくちゃと噛んでは湿った音を撒き散らした。
ふと、ユウカは何かの視線を感じた。何か自分だけを執拗に見つめる一対の瞳の存在があった。視線を上げると、反対側の優先席にはどこかで見た覚えのある黒い女が座っていた。ぼさぼさの長い髪は妙に癖があり、お世辞にも美しいとはいえない。鬱蒼と茂る髪の間から見え隠れする光の宿らない黒い瞳。その一対の瞳が、確実にユウカの姿を射抜いていた。
(田中ツカサ――)
だった。例にもよって、全く彼女は一言も発しない。恐らくツカサの方も、今ここに居るのが佐藤ユウカだというのは分かっている。分かってて何も言わない。それが更に不気味だった。何も言わずとも視線だけは投げ続けているのだから。底の知れない漆黒の瞳は何も映さない。軽く目の下にクマも浮かんでいる。血色の悪さが更に瞳を濁らせて見せた。
『田中ツカサに関わるとろくな事が起こらない。不良だろうが例外は無い』。これが通例となっていた。ツカサが目の前に現れた事に動揺を上手く隠せず目が泳いだが、すぐに呼吸を整えて精神を落ち着ける。だが乱れた心は更に乱れを誘う。心臓が高鳴るのが分かった。もしかしたら次の標的は――。
音楽プレイヤーの電源を切り、携帯電話と共にショルダーバッグに仕舞う。両手が開くよう、邪魔になる物は全て片付けた。心の中で早く早くと唱え続け、車内アナウンスを待った。
「次は溝の口。溝の口です」
幸い、人が少ないために降りるのは数人だけだった。電車が停止し、ドアが開くまで長く感じる。一秒が五秒にも、五秒が二十秒にも思えた。ドアが開くと同時にユウカは早足でホームに降り立ち、階段を下りる。背後から迫ってくる気配は無い。
(振り切れた)
安堵したのは、駅から百メートルほど離れた場所に位置するコンビニのトイレに駆け込んだ後だった。
(冗談じゃない)
悪い夢かと思われた。避け続けてきたはずの女に、休日ばったり出くわすとは。だがもう大丈夫であった。ゆっくりと息を整えてついでだからと用を足し、何でもなかったという表情でトイレの扉を潜ってエアコンの効いた店内へと戻った。
「百四十円でございます」
陳列棚の向こうからは会計している店員の声が聞こえる。姿は見えない。ふと視線を上げると店の角に設置されている鏡が見えた。誰も映っていない。店員はどうやら今、カウンターに立っている一人しか居ないようだ。客も他に居ない。
ユウカに突然、悪戯心が芽生えた。妙に口の端を歪ませる。
(ちょっと腹も減ったし、万引きでもしちゃうか)
慣れていた。鏡の映り込む角度も熟知し、店員の動きの死角を突くなどの事はお手の物だった。バッグが鏡に反射して映らないように身体の向きを調整し、隙を見て棚から新発売の菓子パンを一つまみすると素早く放り込んだ。続けて二個、三個と。飲み物とプリンも欲しかったが、それは角度からしてバレる可能性が高いためにやめておいた。
万引きのコツは適度な所でやめる事。調子に乗ると必ず見つかる。そこまで分かった上でやっているのだから性質が悪い。最初の頃は私服警備員に見つかったりなどもしたが、最近ではそれすらも簡単に欺く技術を身に付けてやった。相手もプロだが、こっちだってプロ。そう簡単に見つかるわけがない。
(よし、見つかる前に逃げよ)
足早にレジに遠い方の通路から出口に向かう。店員は全く気付いていない。
「ありがとうございました」
会計を済ませた客が、同じように出口へと向かい始めた。
(ったく、ぶつかるだろ)
見つからないため、ユウカは足を止めた。棚から顔を出した女は、ぎょろりと視線をこちらに向け、ユウカの心を突き刺した。
黒い女。射抜くような視線。
(――ツカサ)
目の鼻の先に、あの感情の無い視線がある。ユウカは口をパクパクさせた。もしかしたらこの女は、自分のやっていた事の全てを見ていたのではないか。そんな気持ちが頭の中に渦巻いた。そしてユウカが取った行動は、足の神経をフル回転させる事だった。
走った。ただこの目の前の女から逃げたい一心で。人をさんざん苛め落としてきた女が今している事は、友達もいない、誰とも話さない陰気な女の呪縛から逃れようと走る惨めな行動だった。
駅前の商店街を駆け抜ける。角を曲がった所で立ち止まり、肩で息をした。
(ここまで来れば……)
だが、角から視線が覗いた。黒い眼が。壁に青白い手が這っている。今にも首を絞めてきそうに伸ばして。
再び走った。無我夢中で。ツカサは走らない。ただその場に立ち止まっている。だが角を曲がった所で再びツカサは瞬間移動したかのように現れた。日は既に傾いている。ツカサの背後からは黒い影が魔物のように長く伸び、更にユウカの焦りを煽った。
(な、何だこいつ!)
ツカサの口の端が哂った気がした。商店街を抜け、人気の少ない住宅街へと入った。思えば商店街の誰かに助けを求めるべきだったかもしれない。だがそれでは万引きした事も一緒にばれる危険もあった。贓物はまだバッグに入っている。リスクを考えると、混乱した頭では冷静な判断は下せなかった。
(やっぱりあいつだ。あいつが生徒達を――)
疑惑は確信に変わった。だが次の標的は自分。逃げられない恐怖。不良になってからというもの、人の泣き顔や苦しむ顔はいくつ見たか覚えていない。だが自分がその立場になって、初めて惨めな気分になった。
逃れたい、逃れたい。ただひたすら。それだけしか今のユウカには無かった。角をいくら曲がっても、ツカサは瞬間移動してくる。今何処を走っているのかも分からなかった。
(痛っ)
サンダルのピンが折れ、右足の親指の爪を地面のタイルに引っ掛けた。マニキュアを塗った赤い爪が剥がれ飛び、爪があった箇所からは生々しく血が流れ出る。だが痛みなど恐怖で掠れ、血塗れの足を引きずりながらもう片方のサンダルを捨てて走った。
ツカサの目はまるでピエロのように細く吊り上がり、この世の人間とは思えぬ形相であった。それが電柱の影からぬるりと出て視線は貫いてくる。
(行き止まり!)
高い塀に囲まれた袋小路。ユウカはとうとう追い詰められ、腰を抜かしてへたり込んだ。激しく咳き込み、息をする肩には震えが出た。目には涙が浮かび、股間には人肌に暖められた温い湯気と黄色い染みが広がってゆく。
日中だというのに袋小路には光が届かなかった。影に同化したかのように、ツカサは電柱の影から全身を現した。真っ黒なワンピースに身を包んだ黒い女は、一歩一歩ユウカに近付いた。
「や、やめ……。あたしを殺さないで!」
ツカサの青白い手は、恐ろしいほどに血管が浮き出ている。静電気でも起きているかのように逆立ってぼさぼさの髪の毛。そこから覗く瞳は、足元にまで迫ったユウカを見下ろした。
「嫌ぁっ――」
何かをつかんだツカサの右手が、ユウカの眼前に突き出された。
「女子高校生連続傷害事件の犯人が逮捕されました。犯人は神奈川県横浜市に住む『岩山 遼』容疑者。二十歳です。調べによると岩山容疑者は、六月の中旬から七月の上旬にかけて神奈川県内に住む女子高校生計八名を帰宅途中に襲い、刃物や鋸などの凶器で身体の一部を切断するなどの犯行に及んだ模様です。
岩山容疑者は容疑を認めており、神奈川県警は他にも余罪があると見て捜査を続けていく方針です」
放課後のファミレスのテレビには、ニュースが流れていた。それをだらだらと流し目で見ながら、どうでもいいとばかりにメニューに目を向ける。髪を切った黒い女は、脱色しすぎの白い髪の女と向かい合わせに座っていた。白い髪の女はテーブルに倒れ込みながら携帯電話をいじっている。
「あーだるい。ツカサ、アイスでも食う? あんたが財布拾ってくれたんだし、恩人だからちっとくらいだったら奢ってやるけど」
ツカサと呼ばれた少女は、人形のように切り揃えられた髪が可愛らしかった。彼女は相変わらず真面目すぎて寡黙だが、少しずつ人と話をするようにもなってきた。
「バニラ」
気だるい不思議な笑いが、二人の間には静かに流れ続けていた。