Case3 ファッション①
【主人公:研磨視点】
梅雨が明けた。
朝の空気が、ほんの少し軽い。
湿った風の奥に、アスファルトが熱を持ち始める匂いが混じっている。
――ああ、もうすぐ夏だ。
校門をくぐった瞬間、そんな予感がした。
僕の名前は研磨。
高校二年生。
身長は178センチくらい。痩せ型。
特別運動ができるわけでも、目立つわけでもない。
ただ――少し、見た目にルーズだ。
髪を切るのが面倒で、伸びた前髪が目にかかっている。
授業中だけヘアピンで留めて視界を確保するのが、いつものスタイルだ。
先生に当てられる時だけ、世界がはっきり見える。
それ以外は、まあ……適当でいいや。
⸻
その日。
靴を履き替えようとして、違和感に気づいた。
靴箱の奥。
白い封筒が、ぽつんと差し込まれている。
……手紙?
周囲を見回す。
誰もこっちを見ていない。
取り出すと、紙は少し湿気を吸って柔らかかった。
開く。
放課後 体育館裏まで来て
短い文字。
名前もない。
告白?
いや、まさか。
果たし状?
それも違う気がする。
胸の奥が、妙にざわつく。
▶︎ 行く
行かない
……結局、行った。
行かない理由を考える方が面倒だったから。
放課後。
体育館裏の空き地は、人の気配がほとんどない。
風に揺れる雑草の擦れる音だけが耳に残る。
夕方の光が長く伸びて、地面を橙色に染めていた。
そこに――
立っていた。
同じクラスの珊瑚。
気づけば、いつも目で追っていた人だ。
成績上位の優等生。
なのに、ギャルグループとも自然に笑っている。
住む世界が違う人。
だから最初から、諦めていた。
……なのに。
「……研磨くん」
名前を呼ばれる。
心臓が、変な音を立てた。
その瞬間――
木の影に、人影が見えた。
二人。
隠れているつもりのシルエット。
……ああ。
なるほど。
理解した。
これ。
罰ゲーム告白だ。
「……研磨くん、私と付き合ってくれない?」
珊瑚の声は震えていた。
視線が揺れている。
申し訳なさが、露骨に伝わってくる。
だから僕は、
空気を読む。
「……はい、喜んで」
一拍。
そして――
「ドッキリでしたーー!! ごめんね巻き込んでー!!」
ギャル二人が雪崩れ込んできた。
大げさな笑い声。
スマホを構える仕草。
うん。
知ってた。
全部。
胸の奥が、少しだけ冷える。
でも表情は崩さない。
「やめてよ本当に、こういうの良くない」
珊瑚が小さく怒る。
帰り際。
みんなが去ったあと。
珊瑚が、少しだけ立ち止まった。
笑っていない。
さっきまでとは違う温度。
「……ごめんね巻き込んで」
一瞬、言葉を探して。
「でも――研磨くん、イメチェンしたらカッコよくなるかもよ」
風が吹く。
前髪が揺れて、視界が半分隠れた。
イメチェン。
……か。
その言葉が、妙に残った。
▶︎ 変わりたい
このままでいい
変わりたい。
でも。
どうすればいいのか、分からない。
何を変えればいい?
髪?服?性格?
そもそも――
自分を変える方法なんて、誰も教えてくれなかった。
夕焼けの帰り道。
スマホを取り出す。
連絡先一覧。
指が止まる。
鉄平。
唯一、相談できそうなやつ。
少し迷ってから、通話ボタンを押した。
コール音が、やけに長く感じた。
夏が始まる匂いの中で。
僕は、初めて――
「変わりたい」と思った。




