表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛請負人・鉄平  作者: 強炭酸
Case2 主人公 朝陽

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/27

Case2 SNS炎上 ③


五月の終わり。


窓の外では、夕方の光がゆっくり色を失っていた。


部屋の中は静かだった。


テレビの音量は最小。

机の上にはスマホが並ぶ。


二十台。


充電ランプが、小さく呼吸するみたいに点滅している。


俺は画面を見たまま言った。


「今日、野球の世界大会の決勝があるんだ」


指先が少し汗ばんでいる。


「準決勝でも相当盛り上がってた。……優勝したら、流れが変わる」


朝陽が頷く。


暁美も、小さく息を吸った。


「乗るぞ。バズりに」



試合終了の瞬間。


遠くの家々から歓声が漏れた。


どこかで誰かが叫んでいる。


テレビ越しの歓喜が、街全体を揺らす。


スマホが震えた。


通知。


通知。


通知。


トレンド更新。


俺は即座に指を走らせる。


「リポストだけはするな」


画面を見たまま言う。


「安易なリポストだと、アルゴリズムの関係で表示されにくいんだ」


「自分のポストを中心に攻めよう。引用ポストも有効だ」


暁美が慌てて打ち込む。


朝陽の親指も震えている。


タイピング音。


呼吸音。


時計の秒針。


――戦っているのに、やっていることはただの投稿だった。



――――――――――

 日本優勝キタァァァ!!! 世界大会マジ神大会だったわ。

 ◯谷のピッチングエグすぎる。みんな見た?


       18:00 既読 10人

  >> 見た見た! 最終回逆転ホームランで鳥肌立ったよ。

       18:02 既読 12人

――――――――――


既読が増える。


十。


十二。


十五。


波が生まれる。


――――――――――

 世界大会優勝おめでとう日本!! 村◯選手の打撃がMVP級。

 これで野球熱再燃だな。次はメジャー挑戦か?


       18:05 既読 15人

  >> 同意! 投手陣も鉄壁だった。日系外国人のNも最高。

       18:07 既読 18人

  >> みんなで祝賀パレード行こうぜ。学校休んでw

       18:08 既読 20人

――――――――――



誰も真宵の名前を出さない。


誰も、あの噂に触れない。


ただ、勝利の話をしている。


――――――――――

 日本世界大会優勝で、野球界の未来明るいわ。

 若手選手が増えて、高校野球も熱くなるはず。


       18:15 既読 30人

  >> うちの学校の野球部もモチベ上がってるよ。練習見に行こ。

       18:17 既読 32人

  >> 次大会も優勝狙えるメンバー揃ってる。楽しみ!

       18:18 既読 35人

――――――――――


画面の中の空気が変わる。


俺は静かに息を吐いた。


「……こんな感じで、匿名側も行こう」


朝陽が肩を回す。


「地道だな」


「近道なんてないよ」


「こんなものは、所詮気休めにしかならないんだ」


これは消火じゃない。


ただの――時間稼ぎだ。


でも。


それでもいい。


一日でも早く。


真宵が呼吸できる世界に戻れるなら。



スマホを伏せる。


次は、画面の外だ。


「朝陽」


顔を上げる。


「お前は、行け」


「え?」


「真宵のところだよ」


部屋が静かになる。


「スマホじゃ届かない」


今の彼女は、氷の中にいる。


疑いと恐怖で固まった場所。


「最後に凍溶いてどけさせるのは…」


「生きて寄り添う人の声だ」


少し笑う。


「それは俺じゃない」


朝陽の役目だ。


「内側と外側。両方から攻める」


朝陽が力強く頷いた。


「明日行く!あと、今日みたいな人手居る日は言ってくれよ」


その顔は、もう迷っていなかった。


俺は背中を叩く。


乾いた音。


「OK!!行ってこい、ヒーロー」


照れた笑いが返ってくる。



暁美が口を開いた。


小さな声だった。


「……私も動く」


拳を握っている。


「周りの人にさ、私が原因だって、ちゃんと話す」


逃げない目だった。


「真宵が戻ってきても大丈夫なように、みんなの誤解を解いておきたいんだ」


俺は頷く。

「暁美に任せるよ」


それが一番効く。

SNSより、人だ。




六月。


七月。


時間は、ゆっくり流れた。


アニメの話題。

配信者の炎上。

新しいミーム。


世界は忙しい。


人はすぐ次へ行く。


真宵の名前は――


少しずつ、端へ追いやられていった。


完全には消えない。


でも。


中心じゃなくなる。


それでいい。



ある日。


朝陽から連絡が来た。


短いメッセージ。


開いた


それだけだった。



真宵の部屋の前に朝陽が立っていた。


ドアの隙間から光。


「……髪ぼさぼさだから、見るなよ」


少し拗ねた声。


でも。


生きている声だった。


「もう、大丈夫」


沈黙。


「明日から行くよ」


朝陽の息が震える。


「ああ」

朝陽の涙がぽたぽたと床に落ちた


「明日、朝迎えに行くよ。一緒に学校行こう」

自分で発したその言葉で、

朝陽はやり遂げたことを実感した。



七月上旬。

教室には、ざわめきとも沈黙ともつかない空気が満ちていた。


真宵が戻ってくる。

それだけで、あちこちから視線が集まる。


暁美が前へ出た。

逃げずに、真宵の前で頭を下げる。


次の瞬間。


パァン!!


乾いた音が響いた。

教室の空気が一気に凍りつく。


頬を押さえる暁美。

叩いた真宵の手も震えていた。

その目には怒りだけじゃない、行き場のない痛みが滲んでいた。


「……っ」


真宵がもう一度、何かを言おうとして息を詰まらせる。

手がわずかに持ち上がる。


その手首を、朝陽がそっと掴んだ。


「もう十分だ」


低い声だった。

叱るでも、責めるでもない。

真宵だけに届くような声。


「でも……っ」


「分かってる」


朝陽は真宵から目を逸らさない。


「分かってるけど、これ以上はお前が苦しくなる」


真宵の唇が震える。

怒っているのか、泣きたいのか、自分でも分からない顔だった。


朝陽は一歩前に出て、今度は暁美を見る。


「謝るなら、ここで形だけで済ませるな」

「真宵が何を失ったか、ちゃんと背負え」


暁美は頬を押さえたまま、俯いて頷いた。


教室の誰かが息を呑む。

まだ誰も言葉を挟めない。


朝陽は周囲を見渡して、静かに言った。


「もう見世物じゃない。席つけ」


その一言で、張りつめていた空気がようやくほどけた。


真宵は俯いたまま、震える息を吐く。

朝陽はその横に立ったまま離れない。


夜を無理に消すことはできない。

でも、朝はこうして少しずつ来るのだと、

その背中が教えているようだった。



夏休み。


補習教室の熱気。


蝉の声。


汗の匂い。


四人並ぶ机。

真宵の補修に、朝陽と暁美と俺は自主的に付き合っている。


まだ噂は残っている。


完全には消えない。


でも――


大丈夫だ。


彼女はもう、一人じゃない。



夏祭りの夜。


提灯の光。


屋台の煙。


遠くの花火。


俺と暁美は、そっと離れる。


背中を押す役目は終わり。


朝陽の声。


真宵の沈黙。


そして。


小さな頷き。


告白成功。


歓声はない。


でも確かに、何かが成立した。


挿絵(By みてみん)



「ありがとう、鉄平。ここまで付き合ってくれて」


朝陽が笑う。


「何言ってんだ、友達だろ」


それだけだ。


夏の終わりの風が吹く。


少し涼しい。


「また新学期な。真宵も入れて四人で会おうぜ」


「ああ」


――こうして。


俺の役目は終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ