Case7 修学旅行①
【女神様パート/鉄平視点】
初手から女神様パートだ。
たぶん、初見の読者は意味が分からないだろう。今まで読んできた読者にとっても変化球だ。だから軽く説明しておく。
俺は鉄平。
“恋愛請負人”として、誰かの青春を裏から支えている。
そして今、俺たちは京都にいる。
五月。
初夏の風が、まだ湿りきらない空をゆるく揺らしていた。
梅雨の気配は遠く、空は少しだけ白い。
観光バスの窓越しに差し込む光が、座席のビニールを照らし、ほのかに温かい匂いを運んでくる。
関東から新幹線で来た、修学旅行の真っ最中だ。
今回の主人公は、一真。高校二年生。
俺はその友人として同行している。
バスはゆっくりと京都市内を進み、
クラスメイトのざわめきと、スマホのシャッター音が車内に散らばっていた。
うちの学年は「バス移動+自由行動」のカリキュラム。
そして今、マイクを握っているのは――
「金閣寺ってね、正式には鹿苑寺。足利義満の“権力の完成形”なのよ。三層それぞれ建築様式が違うでしょ?武家・公家・禅宗文化を全部乗せしてるの。つまり『俺が日本そのものだ』っていう建築マウントなのよね」
……声が妙に生き生きしている。
「申し遅れました。バスガイドの輪廻です。よろしくね!」
「博識ー!!」
「写真一緒に撮ってくださいー!!」
学生ウケは抜群だった。
当然だ。
金髪で、目がやたらと澄んでいて、
歴史オタク特有の熱量で語り、
なのに笑うと近所のお姉さんみたいに柔らかい。
――我らが女神様である。
マジかよ。
(……でも、女神様が“直接”こっちに来るなんて、初めてのパターンだな)
いつもは空間の向こう側から干渉するだけ。
今回は違う。
物理的に、同じ世界線にいる。
バスが止まり、金閣寺に到着する。
観光客のざわめき。
砂利を踏む音。
松の匂い。
池の水面に反射する金色の光。
その中で、俺はそっと女神様に近づいた。
「女神様、しれっと現世来てますけど……そんなのアリなんですか?」
女神様はにやっと笑う。
「認識をズラせばセーフよ」
軽く俺の肩に触れようとして――
すり抜けた。
空気だけが、わずかに揺れる。
(……やっぱり触れないか)
女神様の瞳が、ほんの一瞬だけ真剣になる。
(……もっと力を抑えて“封印”しないと駄目か。それこそ“人に成る”か……)
「……あの?」
俺が呼ぶと、女神様はいつもの調子に戻る。
「触れないとかで不都合あれば、俺もフォローしますよ?」
正直に言えば、前回の件がある。
俺がダメージを負ったとき、女神様は黙って見ているだけだった。
たぶん、今回はその“助け舟”なんだろう。
だから俺も――
少しは支えたい。
「ああ、気にしないで。私、歴史好きだから個人的な観光目的なのよ」
さらりと笑う。
(半分本当で、半分は顕現テストだけど)
その言葉は声にならない。
遠くから、
「バスガイドさん写真ー!!」
と呼ぶ声が飛ぶ。
女神様は振り向き、プロの笑顔を作る。
太陽の下で、その金髪がきらりと光った。
「女神様が良いなら、俺は本来の恋愛サポートに移りますけど……」
小さく呟く。
胸の奥に、ほんの少しだけ引っかかるものがある。
現世に降りてきた女神様。
触れられない距離。
“人に成る”という言葉。
砂利の上を歩く音が広がる。
観光のざわめきが混ざる。
修学旅行が、始まった。
そして俺は――
恋を作る側に戻る。




