Case6 失恋編③完
【女神様パート/女神様視点】
「はい、お疲れ様ー……」
いつもの調子で声を掛けた。
軽く。
明るく。
近所のお姉さんみたいに。
――そのつもりだった。
けれど。
目の前に現れた鉄平を見た瞬間、言葉が少しだけ鈍る。
「……浮かない顔してるわね」
いつもなら違う。
ミッションを終えた鉄平は、どこか誇らしげで、
「やり切った」という静かな達成感をまとっている。
でも今は。
肩が落ちている。
視線が定まらない。
呼吸すら、どこか重い。
成功した人間の顔じゃない。
――誰かを救って、自分だけ傷ついた顔。
神である私には、理由なんて聞くまでもなかった。
「……まあ原因は分かってるわよ」
小さくため息をつく。
「それにしても。わざとフラれさせるなんてね。そこで失敗扱いで即消滅とは思わなかったの?」
少し冗談めかして言ったつもりだった。
けれど鉄平は、真面目な顔で答える。
「それは最初から無いと思ってました」
迷いがない。
合理的な判断。
「“運命の可視化”で見えたヒロインとの成就がクリア条件ですから。それ以外は影響しないと判断しました」
……本当に、この子は。
他人のためなら、驚くほど冷静になれる。
そして同時に。
驚くほど――弱い。
「でも、それであなた自身がダメージ受けてるじゃない」
言った瞬間。
鉄平の視線がわずかに揺れた。
沈黙。
空間が静まる。
やがて、搾り出すような声。
「……あいつのためなんです」
胸の奥が、少し痛んだ。
「未来のあいつらのために、“今”を傷つけることを選びました」
言葉が重い。
神の試練を受けている人間とは思えないほど。
「正しさが全てじゃないって分かってます。でも……辛い」
その一言が。
妙に、人間らしくて。
――ずるい。
思わず、深く息を吐いた。
「はあー……」
鉄平って、本当に。
他人のためなら迷わず地獄に降りるくせに、
自分の責任になると途端に壊れそうになる。
だから。
放っておけない。
私は指を鳴らす。
空間が柔らかく歪み、
白いソファーが静かに現れる。
「はい、ここ座って」
少しだけ優しい声になる。
「隣で背中貸してあげるから。泣いて吐き出しなさい」
神命ではない。
命令でもない。
ただの――お願いに近かった。
「次の試練は、それからじゃないと行かせないわよ」
鉄平は小さく頷く。
「……ありがとうございます」
その声が、少し震えていた。
⸻
ソファーに腰掛ける。
背中合わせ。
本来なら感じるはずの体温はない。
私たちは触れられない。
高次元存在と人間。
背中越しにあるはずの温もりは、
ただ光の輪郭として透けているだけ。
それなのに。
鉄平の呼吸が伝わる気がした。
小さく震える背中。
押し殺した嗚咽。
……ああ。
泣いてる。
胸の奥が、きゅっと締まる。
神であるはずの私は、
人間の涙に慣れているはずなのに。
なぜか、今回は違った。
(……今なら)
そっと。
気づかれないように。
手を伸ばす。
鼓動が速い。
あり得ない。
神に心拍なんて概念はないはずなのに。
頬が熱い。
指先が震える。
鉄平の手の位置を確かめて、
重なるように、自分の手を置いた。
当然。
触れられない。
すり抜ける。
光が重なるだけ。
――それでも。
隣にいる気がした。
(……よかった)
触れられなくて。
もし触れられたら。
きっと私は――
神としての距離を、保てなくなる。
鉄平は気づかない。
ただ静かに、背中を預けている。
私は視線を逸らしながら、小さく息を吐いた。
この感情の名前を、まだ認めないように。
でも。
もう分かっていた。
これは――
試練を見守る神の感情じゃない。




