Case6 失恋編②
【鉄平暗躍パート/鉄平】
初夏だった。
窓から入り込む風はぬるく、まだ夏になりきれない湿気を含んでいる。
教室の空気もどこか緩みきっていて、純也はいつもの調子で笑っていた。
俺は鉄平。
純也の友達。
そして――
人の“運命”が見える。
誰と結ばれる可能性があるのか。
どれだけ想いが積み重なっているのか。
好感度という形で、視界の端に浮かび上がる。
……そして、ごく稀に。
その先の未来まで。
⸻
視界が、歪んだ。
「……ぐっ!!」
こめかみの奥を、焼けた針で突き刺されたみたいな痛みが走る。
反射的に目元を押さえる。
光が、うるさい。
教室の蛍光灯の白が裂けるように滲み、
誰かの笑い声が遠くから水の中を通したみたいに歪んで聞こえた。
未来が――流れ込んでくる。
純也。
笑っている純也。
誰かと付き合い、調子に乗り、
「俺って昔モテてたしさ」と笑う姿。
その先。
泣いている淳。
崩れる関係。
取り返しのつかない後悔。
――やめろ。
頭の奥で何かが軋む。
「え、大丈夫?鉄平」
現実に引き戻される。
「……気分、悪い。保健室行ってくる」
立ち上がると、床がわずかに揺れた。
未来を見るたび、身体が現実を拒絶する。
これは“ただの情報”じゃない。
苦痛そのものだ。
⸻
廊下を歩く。
足音だけがやけに響く。
呼吸が浅い。
保健室へ向かう途中、職員室の前を通り過ぎた。
そのときだった。
開ききっていないドアの隙間から、
明るい声が漏れる。
「教育実習終わったら、遠距離で付き合ってる彼氏と久々に会えるんですよー」
純連先生の声。
楽しそうで、少し照れた声。
胸の奥が、静かに沈んだ。
(……やっぱりな)
“運命の可視化”で知っていた。
最初から分かっていた。
それでも。
現実の言葉として聞かされると、
妙に重かった。
純也の初恋は――
始まる前から終わっている。
⸻
♢
翌日の放課後。
ファミレスの冷房が強すぎて、肌が冷える。
氷の溶ける音が、やけに耳についた。
「純也が告白する件について話があるって?」
淳がストローを回しながら言う。
俺は少し間を置いてから口を開いた。
「……100%で純也はフラれる」
言葉にした瞬間、胃の奥が重くなる。
「職員室で聞いちゃってさ……付き合ってる人、いるみたい」
嘘じゃない。
でも、本当でもない。
本当は――
最初から見えていた。
純連先生の名前の横に、
“攻略対象外”の表示が。
運命の線が、一本も繋がっていなかった。
⸻
「だから、純也に告白止めさせるってわけね」
淳が言う。
俺は首を振った。
「……いや。告白は、そのまましてもらう」
空気が止まる。
「え?」
当然だ。
フラれると分かっているのに、
友達を止めない。
それはもう、優しさじゃない。
未来が脳裏に蘇る。
勘違いした成功体験。
歪んだ自信。
いつか誰かを傷つける純也。
――ここで終わらせないといけない。
「俺、今から変なこと言うよ」
「どうぞ」
淳はストローを加えながら話す
「……俺、時々未来が見えるんだ」
喉が乾く。
「淳って純也好きでしょ?」
淳がむせる。
「…ちょ!!何を」
でも、続ける。
止まれない。
「もしさ。もし未来で、純也が浮気するとしたら?」
言いながら、自分の胸が痛む。
「……は?◯すけど??」
「……そうならないように、
初恋の亡霊にここで決着つけたい」
言葉にすると、
それは作戦みたいに聞こえた。
でも違う。
これは処刑だ。
純也の幻想を、俺が殺す。
淳は静かに頷いた。
「…なるほど。あいつバカだからね。
ここでわからせないといけないのね」
救われた気がした。
理解してくれる人間がいるだけで、
罪が少し軽くなる。
「……そう、あいつ、止めても告白するタイプだからさ」
自分への言い訳みたいに呟く。
淳が笑う。
計画は決まった。
純也は告白する。
フラれる。
淳が支える。
未来は修正される。
全部、予定通り。
全部、正しい。
なのに。
「……鉄平、辛そうな顔してる」
心臓が跳ねた。
気づかれていた。
「私も共犯だからさ。“恋愛・幽霊バスターズ”ってとこかな」
「ああ、よろしく。…って、それ昔の映画じゃない?よく知ってるな」
重い空気だが、話が脱線する事で多少緩む。
「親が映画好きでさ、サブスクで昔の映画やドラマをよく見てるよ。あとその作品、数年前に新作出てたしね」
「そうなんだ、あとで見てみようかな」
少しだけ気が紛れた気がした。
「どう?雑談で少しは気が解れた?その罪悪感、半分持ってあげるから、そんな顔しないでよ」
顔に出ていたらしい。
「…ありがとうな」
ほんの少しだけ胃が軽くなった気がした。
⸻
そして――
純也は告白した。
結果は当然、撃沈。
泣き笑いの顔で戻ってきた純也を、
淳が隣で支える。
数ヶ月後。
二人は付き合うことになる。
未来は、修正された。
正解だった。
……なのに。
胸の奥に残った痛みだけが、
いつまでも消えなかった。




