Case6 失恋編①
【主人公/純也視点】
――初夏、再会は突然に
五月。
窓の外から入り込む風が、もう春じゃないことを教えていた。
少し湿っていて、でも重すぎない。
夏が来る前だけに存在する、あの中途半端な空気。
俺は純也。
高校二年生だ。
もっぱらゲームにハマってる。
眠い。
とにかく眠い。
机に突っ伏しかけたところで、
コツン、とシャーペンの先で額を小突かれた。
「純也。また欠伸してた」
顔を上げると、呆れた目をした女子が立っていた。
学級委員長、淳。
真面目。成績優秀。生活態度A判定。
そしてなぜか、俺の生活監視担当みたいになっている女子だ。
「ゲームやりすぎでしょ」
「良いじゃん。ランクマ昇級かかってんの」
昨夜の死闘が脳裏によみがえる。
あと一勝で昇格だったんだ。
あそこで寝れる人間はいない。
「その情熱、勉強に使いなよ」
「心配してくれてありがとう」
▶︎「うるせー」
「うるせー」
反射で返した。
淳は一瞬むっとして、それから小さくため息をつく。
「……あ、そう。今日はすぐ寝なさいよ」
怒ってるわけじゃない。
説教でもない。
ただ――本気で心配してる声だった。
だから不思議と、嫌な感じがしない。
こういう小競り合いが、
朝のルーティンみたいになっていた。
⸻
チャイムが鳴る。
担任が教室に入ってくる。
「はい席つけー。今日は連絡がある」
ざわついていた教室が少し静まる。
「本日から教育実習生が来る。この学校の卒業生だぞ」
へえ、と適当に聞き流していた。
その瞬間までは。
教室のドアが開く。
柔らかい足音。
光が差し込む。
「純連です。数年前にこの高校に在籍していました。教育実習生としてまた、この場に来れて感激しています。皆さんよろしくお願いします」
――時間が止まった。
「……うそだろ?」
喉の奥で声が漏れる。
胸が、一拍遅れて跳ねた。
(……あの人だ)
(俺の――)
初恋の人。
⸻
【四年前/中学一年】
あの頃の俺は、今よりもっとバカだった。
いや、今もバカだけど。
毎朝同じ時間の通学バス。
前の席に座る、少し年上のお姉さん。
制服の色が違うだけで、
やけに大人に見えた。
話したことなんてなかった。
ただ――
目で追っていただけ。
ある日。
空が急に暗くなった。
次の瞬間、ゲリラ豪雨。
アスファルトを叩く雨音。
跳ね返る水。
バス停に取り残された俺。
傘、忘れた。
終わった。
そう思った時。
「……入る?」
差し出された折り畳み傘。
距離が近い。
雨の匂いと、シャンプーの匂いが混ざる。
心臓がうるさかった。
「私、先生になりたいんだ」
何気なく言ったその言葉。
雨音の中で聞いた声。
夏の湿った空気。
肩が触れそうな距離。
――あの瞬間。
俺は、多分。
恋をした。
⸻
【現在】
(……先生になるんだ)
夢、叶えたんだ。
ぼんやり見つめていると、
「もしもーし」
目の前で手がぶんぶん振られた。
「……はっ!!」
現実に引き戻される。
淳だった。
「おかえりー」
完全に思い出旅行してたらしい。
(純連さん……やっぱ綺麗だな)
思い出って美化されるって言うけど。
違う。
現実の方が上書きしてきてる。
大人になってる。
笑顔も、声も、全部。
(付き合ってる人いるんだろうか…)
(いやでも…)
(ワンチャン…)
脳内で謎の可能性計算が始まる。
完全に危険信号である。
「鉄平、純也がおかしい」
淳が隣の席へ振る。
鉄平がちらっと俺を見る。
「あー、純也こういうのよくあるよ」
よくねえよ。
今回は違う。
これは――
運命イベントだ。
立ち上がった。
決意だけは一人前に。
「淳」
「鉄平」
二人が同時にこちらを見る。
胸が熱い。
根拠ゼロ。
勝算ゼロ。
でも止まらない。
「俺――」
深呼吸。
そして宣言した。
「教育実習期間の最後に、純連さんに告白する」
沈黙。
淳
「え?」
鉄平
「は?」
教室の空気が一瞬止まった。
でも俺だけは確信していた。
これはきっと――
青春イベントの最終ルートだと。
(※なお純也はかなりバカである)




