Case5 マッチングアプリ&コスメ④
【ヒロイン:瑠璃視点】
最初は、本当に――なんとなくだった。
マッチングアプリ。
講義の合間、スマホを眺めていて。
広告が流れてきて。
指が止まって。
気づいたら、登録していた。
期待なんてしていなかった。
写真も地味。
メイクもほとんどしていない。
服だって無難なものばかり。
どうせ誰からも声なんてかからない。
そう思っていたのに。
晶くんは、違った。
誰でも分かるくらい、嬉しそうに話しかけてきて。
言葉の端々が明るくて、まっすぐで。
まるで尻尾を振って近づいてくる犬みたいで――少し、可愛いと思った。
同年代なのに、壁を感じさせない人。
でも。
(……私なんか)
鏡に映る自分を思い出す。
垢抜けない髪。
自信のない表情。
人混みでは埋もれてしまう存在。
きっと。
好きになってもらえるはずがない。
だから――距離を取ろうとしていた。
そんな時だった。
「……瑠璃さん」
背後から名前を呼ばれた。
振り返ると、晶くんの友達だという鉄平くんが立っていた。
心臓が跳ねる。
知らない男性に呼び止められるなんて経験がなくて、一瞬身構える。
でも。
晶くんの友達。
それに――。
彼の目は、妙に真剣だった。
押し付けるでもなく、探るでもなく。
ただ、本気で。
「助けたい」と言っている目。
そして告げられた言葉。
「勇気と自信の魔法をかけたい」
……魔法?
思わず瞬きする。
冗談みたいなのに、不思議と笑えなかった。
真剣だったから。
近所の美容室しか行ったことがない私にとって、
知らない美容室へ行くなんて、それだけで冒険だった。
しかも――付き添い付き。
(なんでこの人、こんなに場慣れしてるんだろう……)
少し不思議に思いながらも、私は頷いていた。
変わりたい。
その気持ちだけは、本物だったから。
♢
扉を開けた瞬間。
ふわり、と甘くて清潔な香りが広がった。
シャンプーと香水が混ざったような空気。
ドライヤーの低い音。
鏡に反射する光。
全部が、少し眩しい。
「本日担当させて頂きます、美玲です」
現れた女性は――綺麗だった。
金髪のミディアムレイヤー。
背筋の伸びた立ち姿。
ラフな服装なのに、自然と目を引く存在感。
私より少し背が高くて、全体がすらっとしている。
緊張しているのを察したのか、美玲さんはすぐに柔らかく笑った。
「ふふ、自分が変わりたいって聞いてるわよ」
優しい声。
逃げ場を作ってくれるような口調。
「どうなりたいか希望ある?」
喉が乾く。
でも――言わなきゃ。
「……あの……」
勇気を振り絞る。
「美玲さんみたいになれますか?」
一瞬、時間が止まった気がした。
しまった、失礼だったかもしれない。
そう思った次の瞬間。
彼女は、ふっと笑った。
「ありがとう」
まっすぐな笑顔。
「“私みたいになりたい”って、最高の褒め言葉よ」
そして。
「じゃあ――変身の魔法をかけましょうか!」
⸻
ハサミの音が軽やかに響く。
髪が肩を離れて落ちていく感覚。
ブリーチ剤の少し刺激的な匂い。
温かいタオルが首元を包む安心感。
鏡の中の自分が、少しずつ変わっていく。
その間も、美玲さんの講義は続いた。
パッチテストの重要性。
肌質に合った化粧品選び。
下地、ファンデーション、コンシーラー。
工程ひとつひとつに意味がある。
「メイクってね、“隠す”じゃなくて“整える”なの」
その言葉が、胸に残った。
パウダー。
アイメイク。
チーク。
頬に触れるブラシがくすぐったい。
リップを塗った瞬間、
鏡の中の顔に――血色が宿った。
最後にミストがふわっと降りかかる。
「これで完成」
鏡を見る。
……誰?
本気でそう思った。
「これを10分でできるように練習ね。慣れよ慣れ!」
動画まで撮ってくれるという。
これを参考に…頑張ろう!!
「ありがとうございます……!」
胸の奥が熱くなる。
変われるかもしれない。
初めて、そう思えた。
横を見ると、鉄平くんが感心したように呟いた。
「すごいな……メイクって」
でも彼の顔は少し困っていた。
たぶん、全然覚えられていない。
その様子が少し可笑しくて、思わず笑ってしまう。
美玲さんが手を叩く。
「じゃあ次はコーディネートね!」
夏の服の話が始まる。
鏡の中の私は、まだ少し戸惑っている。
でも。
ほんの少しだけ。
胸を張って座れていた。
――魔法なんて、本当はないと思っていた。
だけど今。
確かに、何かが変わり始めていた。




