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恋愛請負人・鉄平  作者: 強炭酸
Case1 主人公 春秋

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2/24

Case1 二者択一 ①


挿絵(By みてみん)


 俺の名前は春秋はるあき。高校二年生だ。


 季節は春。

 満開だった桜はもうほとんど散ってしまって、駅へ向かう道には薄桃色の花びらが雨のように残っている。新学期の朝の空気はまだ少し冷たく、制服の袖口をくすぐる風に、冬の名残がわずかに混じっていた。


 電車がレールを軋ませながら駅に滑り込む。扉が開くと同時に、人の気配と柔軟剤の匂い、誰かの香水、缶コーヒーの甘い香りが一気に流れ込んでくる。


 俺は吊り革につかまり、ぼんやり窓の外を眺めた。


 次の駅で扉が開く。


「春秋、おはよう」


「おー、鉄平。おはよー」


 いつもの声。

 鉄平は、いつも一つ先の駅から乗ってくる。


 少し癖のある髪をかき上げながら隣に並び、当たり前みたいに笑う。こうやって並ぶのも、すっかり馴染んだ。


 春。新生活の季節。

 車内の顔ぶれは少しだけ変わっていて、新しい制服、新しい鞄、不安そうな表情。そんな空気の中で、見慣れた友人がいるだけで妙に安心した。


 その次の駅で――ふと、視線が引き寄せられた。


 ひとりの女の子が乗ってくる。


 黒髪。肩より少し長い、まっすぐな髪が揺れるたび、光を柔らかく反射していた。身長は160センチくらい。派手さはないのに、妙に目を惹く。清楚という言葉が似合う、静かな存在感。


(……うちの制服だよな)


 胸のバッジの色は同じ学年。

 なのに見覚えがない。


「何? あの子気になる?」


 鉄平が肘で軽くつついてくる。


「バカ言え、たまたま見てただけだよ――って」


 言いかけて、喉が詰まった。


 彼女の背後。

 スーツ姿の男が、不自然な距離で立っている。


 混雑を理由にしているようで、明らかに違う。


 視線が合う。鉄平も同じものを見ていた。


 ――痴漢だ。


 車輪の音が、急に遠くなる。


 心臓が一拍、遅れて強く鳴った。


(どうする)


▶︎助ける

 見ない振り


「鉄平。二人で止めるぞ」


「おう。次の駅でドア開く。その前に決める」


 短い会話。

 それだけで、もう覚悟は決まっていた。


 電車が減速する。

 ブレーキ音が金属を擦るように響き、車内がわずかに前へ揺れた。


「すいません。次の駅で降りてもらえますか」


 男が振り向く。


「なんだお前ら!?」


「証拠写真あるから。言い訳みっともないよ」


 実際には撮ってない。でも勢いで言った。男の顔色が変わる。


 扉が開くと同時に、俺たちは男の腕を掴んだ。罵声が飛ぶ。ネクタイが乱れる。周囲のざわめき。


「ふざけんな!会社クビになるだろ!」


(だったらやるなよ。馬鹿なんじゃねえの)


 怒りで耳が熱い。


 男をホームへ引きずり出す。革靴が床を擦る音がやけに大きかった。


 彼女も、少し遅れて降りてくる。


 駅員におっさんを引き渡す

▶︎彼女に付いてあげる


「春秋、俺は駅員呼んでくる。お前、彼女についてやれ」


「了解」


 鉄平はすぐに走り去った。


 女の子は肩を小さく震わせていた。顔色が悪い。


「……大丈夫?」


「……うん。なんとか」


 声はかすれている。

 まだ怖さが抜けきっていないのが分かる。


 春の朝なのに、ホームに吹く風は少し冷たかった。


「震え、落ち着いた。ありがと」


 小さく笑おうとして、うまく笑えていない。


「朝の電車、怖かったら一緒の車両乗ろうよ。俺と鉄平、二人いるしさ。ボディーガード代わりに」


 冗談半分で言うと、彼女は少しだけ目を丸くした。


「……うん。考えとく。また明日ね」


 その言葉が、不思議と耳に残った。


 結局、痴漢騒ぎで全員遅刻。

 教室に着いたときには、もう朝のホームルームが始まっていた。




「聞いたよー、痴漢撃退したんだって? このヒーローども」


「うるせーよ、夏海」


 ボブカットで活発な印象の少女――夏海なつみは、ニヤニヤしながら机に肘をつく。


 中学からの腐れ縁。

 俺と鉄平、そして夏海はボードゲーム部所属だ。とはいえ部員は三人だけ。活動はゆるく、オセロ大会に出ても記念参加みたいなもの。


「はいはい、仲良しだこと」


 鉄平が手をひらひらさせる。


「春秋、今日部活来るでしょ? 今日は負けないよ」


▶︎「もちろんだ!」

 「今日はサボって帰ろうかな」


 即答すると、夏海は満足そうに笑った。


 ……実際、仲はいい。

 最近は、目が合うと軽口を叩き合って、少し照れたような空気になることも増えた。


 そんな中――


「遅れたけど、転校生の紹介だ」


 担任の声で教室が静まる。


 ドアが開く。


 そこに立っていたのは――


 朝、電車で助けたあの少女だった。


「よろしくお願いします」


 静かな声が教室に落ちる。


 名前は、千冬ちふゆ


 彼女は俺を見て、ふっと笑った。


「短い別れだったね」


 その言葉に、胸の奥が小さく跳ねる。


▶︎「良かった笑えて」

 「……そうだね」


 言葉を返すと、千冬は目をぱちくりさせて、少し嬉しそうに笑った。


 その一方で――


 夏海が鉄平越しに「むむむっ!?」と分かりやすく反応していることに、俺はまったく気づいていなかった。



  その後、俺は千冬の通学を気にかけるようになった。


 朝の電車は相変わらず混んでいて、扉が閉まるたびに車内の空気が押し潰される。柔軟剤の匂いと、誰かの整髪料、ブレーキの焦げたような金属臭が入り混じって、息苦しい。


 電車が大きく揺れた瞬間、隣にいた千冬の肩がぴくりと強張った。


 そのわずかな変化に気づいて、俺は何も言わず立ち位置をずらす。千冬と、押し寄せる人波のあいだに入るように。吊り革を握る腕に少し力を込めると、車体の揺れが肘から肩へ鈍く伝わってきた。


「……ありがと」


 消え入りそうな声だった。


「ん? 何が?」


 本気で分からず聞き返すと、千冬は一瞬だけ目を丸くして、それから小さく視線を逸らした。


「……別に」


 窓から差し込む朝の光が、黒髪の先をやわらかく透かしていた。まだ少し強張りの残る横顔が、けれど前よりはほんの少しだけ穏やかに見えた。


 向かい側では、鉄平がなんとも言えない渋い顔をしていた。


 その日の放課後。


 西日でぬるくなった廊下を抜けて、自販機の前に立つ。部活帰りのざわめき、遠くで鳴るボールの音、缶が落ちる乾いた響き。春の夕方の空気は少し汗ばんでいて、制服の襟元に熱がこもる。


「夏海、今日なんか機嫌悪くね?」

「別に?」

「いや、別にの声が低い」


 そう言うと、夏海はむっとしたままそっぽを向いた。


 俺は自販機の光るボタンを見つめて少しだけ迷ってから、ミルクティーを押した。機械の奥でごとん、と鈍い音がする。取り出し口から出てきた缶は、ひんやりと冷たかった。


「ほら」

「……なんで分かったの」

「お前、機嫌悪いと甘いやつ飲むじゃん」


 夏海は缶を受け取りながら、少しだけ黙る。指先が缶の冷たさを確かめるように止まって、それから、拗ねたみたいに小さく唇を尖らせた。


 それを少し離れたところで見ていた千冬が、ほんのわずかに目を伏せる。

 千夏は千夏で、面白くなさそうに口を尖らせていた。


 その場にいる俺だけが、誰の胸の奥にどんな波が立ったのか、まるで分かっていなかった。


 このときの俺は、まだ知らない。


 無自覚なまま選び続けた“誰にでも優しい選択”が、

 やがて静かに火種を積もらせて、逃げ場のない修羅場を呼ぶことになるなんて。

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― 新着の感想 ―
こういう感じの、あんまり読んだことないので、なんだか新鮮ですなぁ('ω')
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