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恋愛請負人・鉄平  作者: 強炭酸
Case3 主人公 研磨

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Case3 ファッション④


【主人公:研磨視点】


美容室を出た瞬間、

夕方の空気が肌に触れた。


さっきまで室内に満ちていたシャンプーと整髪料の香りが、夏の湿った風にゆっくり溶けていく。


ガラス越しに見た自分とは違う。

歩いているのは確かに自分なのに、どこか借り物みたいな感覚が残っていた。


髪が軽い。

額に風が当たる。


視界が――広い。


隣では鉄平が満足そうに頷いていた。


その時だった。


少し先、駅へ続く通りの角で、人だかりができている。


笑い声。

低くて、粘つくような男の声。


視線を向けて――気づく。


「あれ……珊瑚じゃないか?」


塾や予備校が並ぶ通り。

今の時期は夏休み前の夏期講習だろうか。

帰宅時間。制服姿の学生が多い場所。


だから余計に目立った。


壁際に追い詰められるように立つ珊瑚。

その前に、だらしなく立つ数人のヤンキー。


「……すいません、困ります」


小さな声。


逃げ場を探すような目。


「いいじゃん、メシ奢ってあげるから!」


笑い声。

距離が近い。


――どうする。


▶︎助ける

 無視する


足が止まる。


心臓が、嫌なくらい速い。


ドクン。

ドクン。

ドクン。


喉が乾く。


逃げろ、と頭が言う。

関わるな、と本能が言う。


だって俺は――

喧嘩なんてしたこともない。


でも。


鏡の前で見た自分が、脳裏に浮かぶ。


隼人さんの声。


「清潔感」


「自信」


あれは髪型の話じゃなかった。


外見じゃない。


背中を押すための――強化魔法バフ


今の僕なら。


……やれる。


足は重い。

膝が震える。


それでも、一歩踏み出した。


「その子、僕の連れなので失礼します」


できるだけ自然に。

震えを隠すように一礼して、珊瑚の手を取る。


温かい。


驚いたように彼女が息を呑む。


そのまま歩く。

振り返らない。


「なんだよ、男連れかよー」


背中に投げられる声。


追ってこない。


――助かった。


肺の奥に溜まっていた空気を、一気に吐き出す。


鉄平が少し後ろでスマホを握ったまま立っているのが見えた。


いつでも通報できるようにしてくれていたんだろう。


だから動けた。


改札前まで来て、ようやく足を止めた。


「ここまで来れば大丈夫でしょ」


珊瑚がこちらを見る。

「あ、ありがとう……。最初、研磨くんだって気づかなかった」


少し照れたように笑ってから、彼女の視線がふっと俺の手元に落ちた。

つられて見れば、ヤンキーたちの前に出たときの緊張がまだ残っているのか、指先がわずかに震えている。


その震えを見た珊瑚が、一瞬だけ目を見開いた。

さっきまで怯えていた表情が、やわらかくほどける。


「髪、切ってきたんだ」


珊瑚はそう言ってから、少しだけ黙った。

ただ感想を言うだけなのに、言葉を選んでいるみたいに。


「う、うん」


「……いいよ」


その一言のあと、彼女は視線を逸らした。


「そのほうが、似合ってる」


少しだけ上ずった声。

 

夕方の光のせいだけじゃなく、耳までうっすら赤い気がした。


 珊瑚の視線がふと俺の手元に落ちる。


つられて見れば、指先がまだ少し震えていた。


その震えを見た瞬間、珊瑚の表情が変わった。

怯えが消えた、というより――胸の奥をやわらかく掴まれたような、そんな顔だった。


たぶん彼女は、今さら気づいたのだ。

僕が平然としていたわけじゃないことに。

怖くなかったわけでも、慣れていたわけでもないことに。


それでも、手を取ったのだと。


「……ありがとう」


さっきとは違う声だった。

助けてもらったことへの礼だけじゃない。

もっと別の何かが混じった、熱のある声だった


電車の接近音。


風がホームから吹き抜ける。


言葉が続きそうで、続かない。


「じゃあ、また学校で」


珊瑚は何か言いかけて、

 

結局飲み込み、小さく手を振った。


扉が閉まる。


走り去る電車。


胸の奥だけが、まだ熱かった。




週明け。


教室に入った瞬間、空気が変わった。


「お前そんな顔だったの!?」


「普通にかっけーじゃん!」


男子が騒ぐ。


女子たちの視線も止まる。


「髪切ると人変わるって言うけど……変わりすぎじゃない?」

「身長高いし、原石だったんだね」


居心地が悪い。

でも――嫌じゃない。


「あのさ」


振り返る。


珊瑚だった。


振り返ると、珊瑚がいつもより少しだけ落ち着かない様子で立っていた。


「この前のお礼、したくて」


「え?」


「いや、お礼っていうか……その、ちゃんと話したいなって」


一度そこで言葉を切ってから、少しだけ照れたように笑う。


「週末、時間ある? ファミレスだけど」


これは……デート?


胸が跳ねる。


▶︎「良いよ!行こう」

 「ダメダメ、忙しいの」


これは――始まりだ。




デート当日、待ち合わせ前。


白T。

デニム。

スニーカー。


鏡の前。


「身だしなみヨシ」


歯磨き確認。

髪セット確認。


少し早く家を出た。


駅前オブジェの前。

夕方の人混み。


「お待たせー」


「大丈夫、まだ五分前だもの」


ファミレスの柔らかい照明。

氷の溶ける音。


珊瑚が静かに言う。


「この間はありがとう。それと……その前はごめんなさい」


罰ゲーム告白。


気にしてたんだ。


「いいよ」


ファミレスで向かい合って座っても、珊瑚はときどき不意にこちらを見た。

目が合うと、なぜか少し気まずそうに水を飲む。


「どうしたの?」


「……別に」


そう言いながら、ストローの先をいじる。


「ただ、あの時のこと思い出してただけ」


「あの時?」


「研磨くん、すごく普通っぽいのに」


「普通っぽいって何」


「褒めてるの」


少し笑ってから、珊瑚は視線を落とした。


「なのに、ちゃんと来てくれたから」

 

息を吸う。


勇気。


▶︎映画に誘う

 帰る


「この後、映画行かない?」


一瞬の沈黙。


「……いいよ。私も見たかったやつある」


笑った。


映画館。

喫茶店。

感想を語る時間。


帰り道。


「また学校で」


「うん。面白いのあったら教えてね」


距離が、少し近くなっていた。



その後。


二度目のデート。


夏祭り。


提灯の光。


夜風。


そして――告白。




帰り道。


「隼人さんの魔法と、紹介してくれた鉄平のおかげだよ」


鉄平は肩をすくめる。


「俺は途中から何もしてない。研磨自身の力だよ」


「研磨、オーラが変わったよ」


「オーラ?」


「自信に満ちてるってこと」


「言うじゃん、鉄平」

背中を叩く。


「ほらほら、こんなキャラじゃなかったじゃん」

笑い合う。


気づけば、自然に歩いていた。


もう下を向かずに。


魔法は、確かにあった。


でもそれは――

誰かにかけられたものじゃない。


自分で使えるようになった

強化魔法バフ


その効果は、まだ続いている。

 

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