表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛請負人・鉄平  作者: 強炭酸
Case3 主人公 研磨

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/25

Case3 ファッション③

【主人公:研磨視点】


美容室の自動ドアが開いた瞬間、

知らない世界の空気が流れ込んできた。


シャンプーの甘い香り。

ドライヤーの低い風音。

ハサミが規則正しく鳴る、乾いた金属音。


鏡。光。整えられた空間。


――場違いだ。


そう思った。


僕は研磨。

人生で「オシャレな場所」に自分から来たのは、たぶん初めてだった。


緊張で肩が固い。


だから今日は、特別に鉄平についてきてもらっている。


隣を見ると、鉄平は落ち着いた顔で店内を観察していた。

……なんでこいつ平気なんだ。



「本日担当させて頂きます、隼人です」


声と同時に現れた男性。


短く整えられたツーブロック。

顎髭は綺麗にラインが揃い、

ポロシャツにジーンズというラフな格好なのに――妙に存在感がある。


“プロ”だ。


そう直感した。


僕の緊張を察したのか、隼人さんはすぐに口調を柔らかくする。


「聖夜くんから聞いてるよ。オシャレ、勉強したいんだって?」


クロスを首に巻かれる。

布が触れる感触だけで、心拍数が上がる。


「……はい。自分を、変えたくて」


少し声が震えた。


隼人さんは笑った。


「よし。じゃあ――」


ハサミを軽く鳴らす。


「魔法使いに任せなさい」


その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。



ふわり、と香りが漂う。


森の中みたいな匂い。


湿った木。

スパイス。

落ち着くのに、どこか大人っぽい。


「……森みたいな香りですね」


「あ、気づいた?」


隼人さんが嬉しそうに笑う。


「ブランド香水なんだけどさ。好きならアトマイザーで試してみる?」


「ぜひ……参考にしたいです」


「いいね。その姿勢」


鏡越しに目が合う。


「頑張りたまえ、学生くん」



シャキ、シャキ、とハサミが動く。


落ちていく髪。


今まで放置していた自分が、床に積もっていくみたいだった。


ドライヤーの温風が頬を撫でる。

指が髪を持ち上げる。


自分が“素材”として扱われている感覚。


少し怖くて、少し楽しい。



「――できたよ」


クロスが外れる。


恐る恐る、鏡を見る。


……。


……え?


思わず声が漏れそうになる。


そこにいたのは、


見慣れているはずなのに、

知らない顔の自分だった。


隣で鉄平が無言で親指を立てている。



「研磨くん、178cmあるんだよね?」


「は、はい」


「だから縦のラインを活かしてセンターパートにしてみた」


鏡越しに説明が続く。


「服はね、まず基本から。

白、黒、グレー、ネイビー――自然色」


「近い色で統一すると失敗しない」


メモ帳を取り出す。


カリカリ、とペンの音。


気づけば鉄平も同じように書いていた。


「シルエットも大事。トップスがルーズならボトムスは細く。逆もアリ」


「研磨くんなら白Tにスリムジーンズ、スニーカーでも成立するよ」


成立する。


その言葉が胸に残る。



「また来るなら雑誌貸すよ」


「え、本当にいいんですか?」


「もちろん」


そして。


隼人さんが少し真剣な顔になる。


「最後に、一番大事なこと」


僕と鉄平は自然と前のめりになる。



「清潔感」


店内の音が遠くなる。


「朝、少し早く起きる」


「鏡を見る」


「どう見られてるか確認する」


シンプルすぎる言葉。


でも、不思議と重かった。


「歯磨き、洗顔、日焼け止め」


「若いうちは気づかないけどね。ダメージは後から来るんだよ」


少し遠い目で笑う隼人さん。


きっと、経験者なんだろう。



「――魔法使いの指導はここまで」


ハサミを閉じる音。


「健闘を祈る!」



店を出ると、夏の空気が肌に触れた。


さっきまでと同じ街なのに、景色が少し違って見える。


「……隼人さん、すごい人だったな」


思わず言う。


鉄平が頷く。


「ああ。ファッションって魔法みたいだよな」


魔法。


確かにそうだ。


でも――


「解けない魔法だ」


鉄平が続ける。


「清潔感。身だしなみ。毎日の積み重ねで自分を変えるんだ」


胸の奥が熱くなる。


「ああ、鉄平……!」


思わず笑って、拳を差し出す。


コツン。


軽い音。


その瞬間。


僕は少しだけ、

昨日までの自分と決別した気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ