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Canna Suspicion7 - 四天王と呼ばれる者たち -





カンナは事務所のソファで横になってスマホを触っていた。


「おい、カンナ……。ラーメン作ってくれよ」


「ラーメン作るのも此処の仕事なんですか」


とカンナはゆっくりと身体を起こした。

面倒そうに言うカンナにタケルは腕を組んで言う。


「助手だからな。そりゃ飯の世話からシモの世話まで、何でもやるのが普通だろう」


カンナは手に持ったスマホをテーブルの上に置いた。


「シモの世話ってなんですか。完璧なセクハラじゃないですか。それに一日三食ラーメンって、食品メーカーに表彰でもされたいんですか」


とカンナはソファの上に置いたバッグを手に取る。


「何か買って来ますから、それまで待ってて下さい」


と言うと事務所を出て行った。


タケルは机の上のグラスを手に冷蔵庫へ向かった。

そしてアイスコーヒーをグラスに注ぐ。

テーブルの上に目をやると、其処にはカンナのスマホが置かれていた。


「あいつ、スマホ忘れてやがる……」


手に持ったカンナのスマホをテーブルの上に戻した。


「まあ、直ぐに帰って来るだろう……」


と机に戻った。






カンナはある事件を元に、タケルの事務所でバイトをする様になった女子大生で、バイトと言ってもする事など殆どなく、たまに経費の領収書の入力や、買い出しの御遣いに生かされるだけ。

インターネットでの調べモノ、本当にたまに来る客へのお茶出し、それから先程の様にタケルの食事を作ったり、コーヒーを淹れたり。

それでも破格の時給を貰っている。


「こんな事で給料もらって良いんですか」


と何度かタケルに訊いた事もあった。


「こんな仕事してちゃ、私、就職とか出来なくなっちゃう……」


とタケルに言うと、


「だったら、うちに就職すればいいさ」


とタケルは言う。


喜多川タケルはコンサルティング事務所とは名ばかりの「何でも屋」をやっていて、普段は何もしていない様に見えるが、実は伝説の天才詐欺師だったと噂されている。

たまにやって来る思い切り反社の男、「おっさん」と大量の現金の受け渡しをしている所をカンナも何度か目撃している。

どうやら水道工事とか逃げたペット探しとかをやっている何でも屋では無いらしい。

カンナも何度か見掛けたが、コンピュータを触らせると凄腕で、某国の国防相のメインフレームに侵入するくらい訳ない事らしい。


カンナは自転車で街へ出て、中華屋で売っている弁当を二つ買おうとしてバッグから財布を出す。

しかし財布の中にお金が入ってない事に気付き、ポケットのスマホを出そうとしたが、スマホを事務所に忘れて来た事に気付いた。

カンナな溜息を吐いて、


「お金、下ろすか……」


と向かいにあったコンビニに入り、ATMにカードを差し込む。

そして三万円程下ろそう画面をタッチする。

吐き出されたお金を取りながら、カンナは残高の表示に驚き、目を丸くした。


「え……」


その画面にゆっくりと顔を近付けた。


「えー」


と驚いた声を出した。






カンナは二人分の中華弁当を買って事務所に戻った。


「おお、何かいい匂いしてんな……」


とタケルは空かした腹を抱えてソファに座り、カンナが持って帰って来た袋を開ける。


「タケルさん」


カンナはテーブルの上に置いた自分のスマホを取り、画面を見せた。


「これってどういう事ですか」


タケルは弁当の蓋を開けながらチラとカンナのスマホの画面を見た。

其処にはカンナの銀行口座の残高が表示されていた。


「ん……、ああ、金の話か……」


「そうですよ。お金の話です。これってどう言う事なんですか」


カンナはスマホを脇に置いてテーブルをドンと両手で叩く。


タケルは弁当を口に入れながら、


「ああ、細かい計算が好きじゃないんだ」


「それでもおかしくないですか、毎月一千万の給料だなんて。どっかのIT企業の社長並みじゃないですか」


カンナの銀行口座には、一億円近い金額が表示されていた。


「給料の内訳を教えて下さい」


カンナはタケルの向かいで腕を組んだ。


「うーん。月の給料が一千万。特別手当が何回かあったかな」


カンナは大きく息を吐く。


「私、バイトなんですけど……。時給幾らなんですか。聞いてた話とも違うんですけど」


タケルは大きなから揚げを口に入れながら、


「良いじゃないか。有って困るモンじゃないだろうが……」


と言ってカンナから目を逸らす。


「時給六万二千五百円」


カンナのその言葉にタケルはゆっくりと顔を上げる。


「それで一日八時間、月に二十日働くと、一千万の月給になります」


タケルは指を一本出して言う。


「じゃあそれで行こう。お前の時給は六万二千円だ」


カンナはまた溜息を吐く。


「それに色々と手当を付けてだな……。ってか、お前、うちで働きだして数か月か経つけど、その間、一度も口座見てなかったのか」


タケルは箸の先でカンナを差す。


「危ないですから」


カンナはタケルの箸を奪い取り、テーブルの上に叩き付ける様に置いた。

タケルは、その箸を手に取り、また弁当を食べ始める。


「良いじゃないか、非課税だし。来年の税金が跳ね上がる事も無い。好きな事に使えよ。何なら投資でも始めるか。教えてやるぞ」


カンナはゆっくりと背もたれに寄り掛かって腕を組み、じっとタケルを睨む様に見る。

それを見てタケルは少し身を引いた。


「何だよ……。飯、食わないのか……」


「食べますよ」


とカンナは自分の分の弁当を手に取った。







「はあ、給料が多すぎるって文句言うだぁ」


とおっさんは言うと大声で笑った。


「笑い事じゃないですよ。私、これでも普通の女子大生なんですよ。一億円持ってる女子大生がこの日本に何人いると思うんですか」


オッサンはカンナが淹れたアイスコーヒーを一気に飲み干してお代わりと言わんばかりにグラスを出した。


「まあ、俺に言わせるとカンナちゃんはもっと貰っても良いと思うぜ。カンナちゃんのおかげで俺たちはこの数か月でかなり稼がせてもらったからな……」


タケルはソファで足を組んで座り、うんうんと頷く。


「その通りだ。それくらいじゃ安いくらいだ……」


今度はおっさんが頷く。


「そう言えば、おっさん。事務所移転するらしいな」


タケルはアイスコーヒーの一口飲む。


「おうよ。自前のビル建ててな。お前もうちのビルに入るか」


おっさんはお代わりのコーヒーをカンナから受け取りながら言う。


「遠慮しとく。反社とべったりのコンサルじゃ、仕事の依頼なんて来ねえだろうからな」


タケルはグラスをテーブルに置いた。


「そうか。まあ、同じビルに居るとこうやって俺もサボれねぇしな」


と言うとおっさんは大声で笑う。


「とうとう反社が自社ビルか……。世も末だな」


「頑張ったんだよ。おかげで本家からも目付けられてるよ……。ったく、稼いで嫌な顔されるなんてありえねぇよな」


タケルとおっさんはじっとカンナを見る。


「な、何ですか……」


カンナはその視線にたじろいだ。






カンナは風呂を出て、髪にタオルを巻いてリビングでスマホを開いた。

そして、アイスクリームにスプーンを差した。

すると下着姿の妹、一葉がリビングに現れる。


「お姉ちゃん。お風呂出たなら教えてよね」


と小さな声で言う。


「ああ、ごめん。ドライヤー終わったら言おうと思ってた」


カンナはそう言うと少し溶けたアイスを口に入れる。


「お姉ちゃんさ、お金ある……」


一葉はカンナの横にペタンと座る。


「今月ピンチなんだ……。一万円貸して」


とカンナに手を合わせる。


「あんた、バイト行ってないの……」


「前期の試験あったからさ。ちょっと休んでて……」


カンナはスマホで口座を開いて一葉の口座に入金した。


「はい、振り込んでおいたから。間違えても変なところから借りないでよ……」


一葉は自分のスマホを開いて、


「ありがとう。お姉ちゃん。愛してる」


とカンナの頬にキスをした。


「今月、もう一回お願いするかもしれない……」


そう言うとブラを外しながら風呂へと消えて行った。

それを見ながらカンナは息を吐いた。


「あの子、本当に裸族なんだから……」


そう言うとカンナは溜まったメールを見る。


《伝説の四天王 投資講座 選ばれた人のみが参加出来るスペシャルセミナー》


そんな見出しがあった。


「伝説の四天王……」


カンナはそのページをタップした。






翌日、目を真っ赤にしたカンナはタケルの事務所にやって来た。


「何だ、お前、目、真っ赤じゃないか」


とコーヒーを注いだグラスを持ったタケルが言う。


「ええ、ちょっと投資の勉強をしてたら朝になっちゃって……」


タケルは立ち止まり、カンナを見る。


「投資……。やるの……」


カンナはバッグをソファに置いて、アイスコーヒーをグラスに注いで、ソファに座る。


「やるって言うか……。どんなのかなって思って」


タケルもカンナの向かいに座った。


「俺が教えてやるって言ったのに……」


カンナは眠そうな顔で頭を軽く振った。

そしてバッグからスマホを出して、


「タケルさんは、大野庄平って人知ってますか」


タケルはコーヒーを飲むグラスを口元で留めた。

そしてゆっくりと顔を上げると、


「大野庄平だと……」


と言い、カンナのスマホを引っ手繰る様にして手に取った。


「ちょ、ちょっと……」


カンナはタケルの様子がいつもと違う気がして、タケルの表情をじっと見つめる。


「どうかしたんですか……」


タケルはそっとカンナにスマホを返し、自分のスマホを机に取りに行く。

そしてそれを耳に当てた。


「俺だ。調べて欲しい事がある」


そう言うとパソコンのキーボードを叩き始める。







「大野庄平が動き出しただと」


おっさんは事務所に入って来るなりそう言う。


「声がでかいよ」


タケルはパソコンを覗きながら言う。


「ああ、すまん……」


おっさんはソファに座りながら謝る。


「でも、それって本当なのか。表に出るなんてありえないだろう……」


タケルはグラスを手におっさんの向かいに座った。


「ああ、俺もあり得ないと思ってる。だが、少なくとも大野庄平を語る奴らが居るって事だ。ネットで調べて出て来る名前じゃない。存在を知っている奴が居るって事だ……」


カンナはおっさんのアイスコーヒーをグラスに注いでテーブルに置いた。


「誰なんですか、大野庄平って人……」


その言葉にタケルとおっさんは一度、カンナを見る。

しかし何も答えないまま視線を戻した。


カンナはそれを見て、タケルの横に割り込む様に座った。


「私にも教えて下さいよ」


二人の話に割り込む様にカンナは言う。

タケルは溜息を吐いて、小指で眉を掻いた。


「お前のメールに有った様に伝説の四天王だ」


タケルはそう言う。


「四天王……。他にも三人いるって事ですね……」


タケルはニヤリと笑う。

そして首を横に振った。


「みんなそう言うんだが、違うんだ……」


タケルの向かいでおっさんが背もたれに寄り掛かる。


「他に三人いる訳じゃない。大野庄平が一人で四天王なんだ」


カンナはおっさんの言葉に首を傾げた。


「ちょっと言ってる事がよくわからないんですけど……。四天王って四人だからじゃないんですか……」


タケルは横に座るカンナを覗き込む様にして言う。


「大木玄永、野村泰山、庄内観応、平木昭三。この四人が四天王なんだ。それぞれの一文字を取って、大野庄平って言うんだ」


タケルはテーブルの上のメモにその名前を書いて説明した。


「しかも、この四人は明治の時代に存在した。そして今も生きている」


「百歳超えているって事ですか……」


カンナの言葉におっさんは身を乗り出して首を横に振る。


「そうじゃないんだ。その名前は世襲されて、今存在しているとすれば何代目かになる」


カンナは小さく頷く。


「大木玄永は司法、野村泰山は経済、庄内観応は政治、平木昭三は公安……」


タケルは書いたメモに更に書き足す。


「それは……」


カンナはじっとメモを見て、顔を上げた。


「決して表に出ない人物……。それぞれの世界で院政を敷いていると言われる伝説の人物って事だ。勿論、誰も見た事も聞いた事も無い人物だ。その存在さえ怪しい。しかし、何年かに一度、その存在が噂される。火の無い所に煙は立たん。何処かでその存在が動き出したんじゃないかって思ったんだ……」


タケルの言葉にカンナは頷く。


「院政……。伝説……。ちょっとよくわからないんですけど……」


カンナは眉を寄せる。

その様子を見て、タケルとおっさんは顔を見合わせてニヤリと笑った。


「俺たちも同じだ……。その程度の話なんだ」


「ああ、まったくわからん……」


タケルとおっさんは二人でそう言う。


カンナはふと顔を上げた。


「で、お二人はその大野庄平を何故調べようとしてるんですか」


タケルはニヤリと笑った。


「金の匂いがするだろう……。何せ明治時代から生きてるんだからよ」


同じ様におっさんも笑っていた。






タケルはカンナに来たメールの発信先を調べる。


「フリーのメールアドレスだな……。発信元のIPは……」


ガチャガチャとキーボードを叩く。


「ちっ……。これは漫画喫茶だな……。用意周到じゃねぇか……」


タケルの後ろからモニターを見ていたカンナは独り言の様なタケルの言葉を聞きながらコーヒーを飲む。


タケルは漫画喫茶の場所を地図で確かめると、今度は漫画喫茶の防犯システムに侵入した。


「発信時間はと……」


カンナのメールから転送した文字を指で追いながら、その時間前後の防犯カメラの映像をハッキングした。

そして数人の人物の映像をキャプチャして保存する。


調べた内容をタケルは入力する。


《九月十六日 十九時二十六分 金沢文庫 漫画喫茶》


「うーん……。いまいちだな……。せめてもう一発メールが来たらな……」


そう言うと腕を組む。


「あ、だったら私、申し込みましょうか……」


とカンナはスマホの画面を開いた。

そのカンナをタケルはじっと見つめる。


「な、何ですか……」


カンナはタケルに言う。


「お前、頭良いな……」


タケルはそう言うとパソコンから、セミナーの申し込みページを開いた。

そして鼻歌を歌いながら入力を始める。


「見てろよ、大野庄平……」


タケルはガチャガチャと入力を始めた。







「サーバは北欧だった……。申し込み者はタナカ・ヨウスケ。日本に同姓同名がどれくらいいるかだな……」


タケルは向かいに座るおっさんに話し、手に持ったメモをテーブルに投げ出す。


「契約して金振り込んでみるか……」


タケルはスマホで契約画面を開く。


「やっぱり詐欺なんだな」


とおっさんはカンナが淹れたアイスコーヒ―を飲んだ。


「それは間違いない。セミナーも多分、存在しない。まずはセミナーに参加する権利を得るためにマニュアルみたいなモノを高額で買わされる。それが目的なんだよ」


おっさんはうんうんと頷く。


「よく有るやつだな……。そんな糞野郎は潰しておくに限るな……」


おっさんはグラスをテーブルに置く。


「とりあえず、問い合わせを入れてみるわ……。サーバの契約はカードだから、タナカ・ヨウスケは存在している。おっさんはそのタナカ・ヨウスケを当たってくれ……。俺はネットで接触してみる」


タケルはそう言うと立ち上がった。


「ああ、わかった。探させるよ……」


おっさんはコーヒーを飲み干して事務所を出て行った。


カンナは事務所を出て行ったおっさんの背中を見て、机の前に座るタケルに、


「これってお金になるんですか……」


と訊いた。


タケルは、じっとカンナを見て、


「金になるかどうかは別として、今回は大野庄平の情報が欲しい。少しでも大野庄平の事がわかれば価値はある」


そう言った。


「偽サイトでの数十万円は屁でも無い……」


タケルはまたガチャガチャとキーボードを叩く。


「そんなモンなんですね……」


「ああ、そんなモンだ。金を使えば、その分、使わされた奴も、使わせた奴も本気になる。そんなモンだ……」


タケルは顔をモニターの影から出してニヤリと笑った。






カンナはテーブルに買って来た弁当を置いた。

そしてペットボトルのお茶を置く。


「タケルさん。夕飯買って来ましたけど」


カンナは机でパソコンを触るタケルに声を掛ける。


「くそっ、気付いたか……」


とタケルは髪を掻き毟る。

そしてイラつきながらソファにやって来て、カンナが買って来た弁当の蓋を開ける。


カンナも向かいに座り、


「ダメでしたか……」


と弁当の蓋を開けながら言う。


「ああ、向こうも少しは頭が切れる様だ」


カンナは割り箸を割って頷く。


「私がやってみましょうか……」


カンナはスマホを開いた。

するとタケルは弁当を食べる手を止める。


「ああ……。そうだな。やってみてくれるか。ああ、契約しなくて良い、契約しようかどうか迷っているって問い合わせをしてやり取りを長引かせてくれ」


カンナはエビフライを口に入れながら頷いた。


その時事務所のドアが開いた。


「おう、悪い、晩飯だったか」


とおっさんが入って来た。

それでもズカズカと入って来て、カンナの横に座った。

カンナは弁当を持って移動してタケルの横に座り直した。


「金沢文庫の近くにいるタナカ・ヨウスケは四人いたが、二人は還暦を越えたジジイで、残りの二人は二十代、一人は食品会社のサラリーマンで、もう一人は理工学部の大学生だった」


おっさんは上着のポケットからメモを出して読み上げる。

そしてそのメモをテーブルの上に置いた。


「サラリーマンと大学生か……」


タケルは梅干しを口に入れて眉を寄せた。


「その二人……」


そうタケルが言いかけた時、おっさんは手を出してその言葉を止める。


「その二人は関東の組に手を回して押さえさせた……。もうすぐ連絡があると思うが」


とおっさんは自分の前にあったペットボトルのお茶を開けてグビグビと飲んだ。


「しかし、シケたモン食ってるな……。もっと良いモン食えよ。金持ちなんだから……」


と言っておっさんはニヤリと笑う。


「嘸かしおっさんは良いモン食って来たんだろうな……」


タケルは食べ終えた弁当箱に割り箸を投げ入れる。


「ああ、超豪華チャーシュー麺とニラレバ炒めだ」


そう言って笑う。


「ライスも付けたぞ」


カンナはコロッケを食べながらクスクスと笑った。







「そうか……。わかった。解放しろ……」


おっさんは電話を切った。

そしてソファに座る。


「違ったか……」


タケルが言うと、おっさんはコクリと頷いた。


「ああ、どっちも違うみたいだ……。その四人を外して金沢文庫に移動出来るタナカ・ヨウスケを洗い出している。少し時間はかかるかもしれん」


タケルは小さく頷く。

そしてふと顔を上げるとカンナを見た。


「カンナ、ちょっと出張できるか……。手当出すからよ」


とタケルは言った。


「あ、良いですよ……。まだ大学休みですし……」


とカンナは言った。


「なるほど、じゃあうちの若いの付けるか……」


とおっさんはアイスコーヒーを飲んだ。






カンナは新幹線のホームでスーツケースを引き摺っていた。

そしてホームの弁当屋で駅弁を選ぶ。

バッグから財布を出そうとすると、黒いスーツ姿の男が横から金を出した。


カンナはその男をじっと見ると、


「頭に言われて来ました、遠藤です」


と頭を下げた。


「あ、よろしくお願いします」


カンナも頭を下げた。

すると、スマホが振動した。


「はい」


カンナが電話に出ると、


「あ、カンナか。おっさんから連絡があった。一番使える若い奴を付けたって言ってたから。あんまり虐めるなよ」


そう言うとタケルは電話を切った。


「カンナさん。こっちです……」


と遠藤はカンナをグリーン車の番号の前に誘った。


「え、グリーン車なんですか」


「ええ、失礼のない様にって頭が……」


いつの間にかカンナのスーツケースを遠藤は引っ張っていた。


「ふぅん……。おっさんって偉い人なんだね」


そう呟いて、遠藤の横に立った。


新幹線がゆっくりとホームに入って来る。


「遠藤さんはお弁当食べないんですか……」


カンナは声を張り上げて訊く。


「あ、俺は食って来ましたんで……」


と遠藤も大声で言う。


新幹線が停車すると数人の乗客が下りて来た。

その後にカンナと遠藤は乗り込む。

遠藤はカンナの荷物を棚の上に上げて、


「俺はこっちに座りますんで、お嬢はそちらでゆっくりと休んで下さい」


と深々と頭を下げた。


カンナは自分が反社の関係者に見られる事に少し優越感を覚え、むず痒くなった。


カンナの横で遠藤は姿勢を正して座っていた。

ただ、濃いサングラスが新幹線の車内でミスマッチで、それを見てカンナはクスリと笑った。

タケルの事務所でバイトしてなかったら、反社の人間など知り合う事も無かったし、ましてや「お嬢」なんて呼ばれる事も無かった。

そんな反社の人間が隣に居ても平気になっている自分に、自分が大きく変わってしまった事を感じていた。


「東京に着いたら、菅波組が迎えに来ております。そのままお嬢をホテルにお送りして、その後、菅波組に挨拶に参ります」


遠藤は小声でそう言う。


「今日は、夜に菅波組の頭たちと会食。明日は三人のタナカ・ヨウスケ氏と会う予定です」


カンナは遠藤がメモを見ながら話す内容に小さく頷いた。


意外とちゃんとしてるわね……。


カンナも念のために持って来ていたサングラスをバッグから出して掛けた。

そしてホームで買ってもらった弁当を自分の前に広げた。


「戴きます」


と手を合わせて弁当を食べた。


温かい弁当も良いけど、冷えた弁当も良い。

元々お弁当って冷えたモノだから、私は駅弁が好きかな……。


幕の内弁当を口に入れながらカンナはニコニコと嬉しそうに弁当を食べた。


遠藤はそれを見て、ニヤリと笑った。


「どうしたんですか」


カンナは遠藤に訊く。


「いや、お嬢は食べている時は幸せな顔をしているって頭が言ってたんで、本当だったんだなって思って……」


おっさん……、そんな事まで教えてるのか……。


カンナはニコッと笑い、またお弁当を口に入れた。






カンナと遠藤は品川駅を下りて、駅前に立つ。

何度か東京にも来た事はあったが、品川で下りたのは初めてだった。


「以外に駅前は狭いのね……」


カンナはサングラス越しに集を見渡す。

すすろ列を成すタクシーに混ざり、黒塗りの数台の車がクラクションを鳴らしながら入って来るのが見えた。

そしてその車が一斉に止まると、スーツ姿の男たちが十人程、カンナと遠藤の周囲を囲んだ。

男たちは深々とカンナと遠藤に頭を下げた。


「お迎えに上がりました」


と一番偉そうな男が言う。


「菅波組の立花と言います。どうぞ、車へ……」


立花はそう言うと、遠藤が引いているカンナのスーツケースを手に取って若い男に渡した。


「遠藤さんの方が偉いの……」


カンナは小声で遠藤に訊いた。

遠藤は首を横に振って、


「うちの組の方が格上なんです。ですから客人扱いですね……」


カンナはよくわからなかったが、小さく頷き、男たちの後を付いて車に乗り込んだ。


「すみません。ホテルまでは直ぐですんで……」


と男が言うと、後部座席でカンナと遠藤は顔を見合わせて頷いた。


「狭いですが、辛抱して下さい」


カンナと遠藤はコクリと頷いた。


「ホテルには直ぐにチェックインできる様にしてあるので、ご安心下さい」


色々と手を回してくれてるみたいだね……。


カンナは少し優越感に浸っていた。


すると遠藤のスマホが鳴る。


「あ、頭からです」


と遠藤は電話に出た。


「あ、はい、今、車に……、ええ。はい、わかってます。今からホテルに向かいます。あ、はい、代わります」


遠藤は手に持ったスマホをカンナに渡した。


「頭がお嬢に……」


カンナはそのスマホを受け取り、


「はい」


と電話に出た。


「カンナちゃん。遠藤から説明したと思うが、菅波組はうちの組とは友好的な組だ。何も心配する事は無い。立花ってのは俺の舎弟だから、困ったら相談すればいい。今日は晩餐を用意してくれているらしいから、遠慮なく楽しんで来て」


おっさんは一気に捲し立てる様に話した。


「はい……。ありがとうございます」


カンナが礼を言うと、


「すまんが立花に代わってくれるか」


とおっさんは言う。

カンナは遠藤のスマホを助手席に座る立花に手渡す。


「すみません。立花さんに代わってくれって……」


立花はカンナに頭を下げるとそのスマホを受け取る。


「ああ、兄貴……。はい、はい。ええ、お任せください。はい、大丈夫ですよ。え……、ああ、そん時は俺が命に代えても……」


命に代えるって……、そんな危険なの……。


カンナはサングラス越しに焦っていた。






思ったよりも大きなホテルのエントランスにその車は横付けされる。

直ぐにドアを若い男が明け、頭を打たない様に後部座席のドアの縁に手を当てられ、エスコートまでされた。

そんな事をされた事が無いカンナは小さく頭を下げて、車を下りた。


ポーターに荷物を渡し、立花はフロントへズカズカと歩いて行く。


「立花様、お待ちしておりました」


とフロントに並ぶスタッフは一斉に頭を下げる。


「午前中からすまんな」


とフロントで立花はサインをすると、直ぐにカードキーが出て来る。


「広い部屋は準備出来ませんでしたが、快適に過ごせる部屋、用意しましたんで」


とカンナの前で立花は頭を下げた。

カンナも慣れてきて、自然に立花に微笑んだ。


高層階までエレベーターで上がると、荷物を持ったスタッフに続いて、カンナと遠藤、立花がフカフカの絨毯の上を歩く。


「こちらの部屋でございます」


とホテルのスタッフはドアを手で差した。

カンナは手に持ったカードキーでドアのロックを開ける。


「遠藤様はこちらになります」


と、隣の部屋をスタッフは案内した。

遠藤も手にしたカードキーで部屋を開けた。


「では私たちも遠藤の部屋で待機しております。時間になりましたらお迎えに上がりますので……」


立花はそう言うと遠藤と一緒に遠藤の部屋に入って行った。

カンナはスーツケースを持って部屋に入る。

そして大きなベッドに倒れ込む様に横になった。


ふと窓から外を見ると、すぐ傍に東京タワーが見えた。


「東京タワー……」


カンナは立ち上がり、窓に張り付く様に東京タワーを見る。


「高校の修学旅行以来だわ……」


デスクの上に置いていたバッグの中でスマホが鳴っているのに気付く。

取り出すとタケルからだった。


「カンナか、どうだ」


「ええ、何か凄いホテル用意してくれてて、私なんかこんなに良くしてもらって良いのでしょうか」


カンナは窓から見える東京タワーを見ながら言う。


「ああ、客人扱いだからな。あいつらの世界じゃ、客の扱いってのはそういうモンなんだ。しっかり接待してもらえ……。その代わり、ちゃんとタナカ・ヨウスケの件は頼むぞ」


タケルは電話の向こうで笑っている様だった。


「はい。それは任せて下さい。って言っても何すれば良いかいまいちよくわかってないですけど……」


「まあ、それは俺の指示通りにすればいい。心配するな」


カンナは声に出さずにコクリと頷いた。


「何かあったら連絡しろ」


そう言うとタケルは電話を切った。






お昼前に部屋の電話が鳴った。

横になっていたカンナは起き上がり電話を取る。


「お嬢、お昼食べに行きましょうか」


と立花が言う。


「あ、はい……」


カンナはベッドから下りて立ち上がる。


「このホテルの中の店、準備しましたんで、十分後に部屋を出て下さい」


立花はそう言うと電話を切った。


ちょうど十分でドアをノックする音が聞こえた。

カンナが部屋を出ると、遠藤と立花が立っていた。


「お二人なんですか……」


「ああ、若い奴らはその辺で適当に食ってるでしょうから」


立花はそう言うと廊下を歩き出した。

遠藤とカンナは立花の後ろを歩き出し、エレベーターの前で止まった。


「昼は和食を準備してますが、良かったですか……」


立花はエレベーターの階数表示を見ながら言う。

そして振り返った。


カンナはコクリと頷き、立花に微笑んだ。

エレベータに乗ると最上階のボタンを立花は押した。


「しかし、兄貴があんなに必死に丁重にもてなせって剣幕に言われたのは初めてですよ。確か、前にそう言われたのは広島の叔父貴が出所した時以来です」


広島の叔父貴の出所……。


カンナは顔を引き攣らせていた。


最上階に着くと、高級そうな和食の店の暖簾をくぐった。

その店の奥の個室に通されると、三人はテーブルに着いた。


すると直ぐに料理が運ばれて来た。


「ビールでも飲みますか……」


と立花はスタッフを呼び、ビールを頼む。

直ぐにカンナと遠藤の前にビールが運ばれた。

立花の前には烏龍茶が置かれる。


「立花さんは飲まれないんですか……」


立花は小さく頷くと、


「勤務中は酒なんて飲みませんよ」


と言う。


反社の人なんて隙あれば飲んでるモンだと思ってた……。


カンナは目を丸くして立花と遠藤を交互に見た。

そして、


「では私も……」


とカンナはビールの注がれたグラスをそっと前に押した。

それを見て遠藤も自分のグラスを遠ざけた。


「あ、すみません。俺が飲まないと飲みにくいですよね……。じゃあ私も戴きますよ」


立花はスタッフにもう一つビールを注文した。







「しかし、何ですか、そのタナカ・ヨウスケって奴は……。東京都内だけでも六十人は居ました。埼玉、神奈川、千葉、茨城まで入れると更に増えます。勿論、若い奴と年寄りは省いて行きますが……」


立花は食事をしながら言う。


「いや、兄貴に詳しい事訊こうとしたんですが、それはお嬢に訊いてくれって言われまして……」


カンナは遠藤を見ると、


「俺も良く知らないんですよ。同じ様にお嬢に訊けって言われました」


カンナはコクリと頷く。


「大野庄平ってご存知ですか……」


「大野……、庄平……」


立花と遠藤はお互いに首を傾げていた。


「誰ですか……」


立花はじっとカンナを見つめる。


「何か、私もよく理解出来てないんですけど、この日本で院政を敷いてる謎の大物らしいです」


二人はじっと考え来んでいた。


「そのジジイと今回のタナカ・ヨウスケと何の関係が……」


遠藤はビールを飲み干して言う。

カンナは小さく頷く。


「その大野庄平の名を語って詐欺をやっているのが、このタナカ・ヨウスケって人みたいで……」


二人は納得した様に頷いていた。


「今回の目的はその詐欺師を潰すって事で良いんですかね……」


「多分……、それが狙いだと思います」


カンナの言葉にまた二人は頷く。


「私も詳しくは聞かされてないのですが……」


「で、その詐欺ってのはどんな手口で……」


カンナは口の中に入れたモノを飲み込んだ。


「何か、投資セミナーなんですけど、そのセミナーに参加する前にマニュアル的なモノを高額で買わせるらしいんです」


「なるほどな……。その人集めにその大野なんとかって名前を使ったのか……」


立花はビールを飲み干した。


「ただ、大野庄平の名前を知っている事が問題らしくて、それを確かめたいらしいんですよね……」


カンナは料理を口に入れた。


立花と遠藤は納得した様に頷いた。






夕方、立花に連れられて菅波組へとやって来た。

近所であれば反社の事務所に入る事も躊躇われたかもしれないが、サングラスの助けもあり、堂々と事務所に入る事も出来た。


映画で見る反社の事務所のイメージとは違い、近代的な事務所だった。

おっさんが自社ビルを建てると言うのも少しわかる気がした。


「すみません。親父は今、九州へ行ってるんですが、頭が居ますので……」


立花はフカフカのソファに沈む様に座る。

少し強面の若い男がカンナと遠藤の前に冷たいお茶を出した。

カンナは頭を下げて礼を言った。


「いや、わざわざ遠くからありがとうございます」


そう言いながら部屋に男が入って来た。

すると、立花を始め、部屋にいた若い男たちも一斉に頭を下げた。

それを見てカンナと遠藤も立ち上がり頭を下げる。


「若頭の加茂です」


男はそう言うとカンナの向かいに座った。


「何か詐欺師を探していると聞いています」


カンナはコクリと頷く。


「はい。タナカ・ヨウスケという人物を探しています」


加茂はゆっくりと頷く。


「ええ、東京近辺のタナカ・ヨウスケは全て洗い出しました。うちの系列の組でガラとヤサは押さえてますんで、安心して下さい」


「ガラ……、ヤサ……」


「ガラは身柄、ヤサってのは住んでる場所の事です」


遠藤が横で説明した。


「ああ……」


カンナはコクリと頷く。


「まあ、どっちにしても明日からです。数日かかるかもしれませんが、根気強くやって行きましょう。うちはこの立花が立ち会いますんで……」


と加茂は横に座る立花の背中を叩いて声を上げて笑った。

カンナは頭を下げた。


「じゃあ、飯に行きましょうか……。すぐ傍の中華屋を用意してますので……」


そう言うと加茂は立ち上がった。






テーブルを回す中華料理。

高校受験合格のご褒美に親に一度連れて行ってもらった事がある。

それでも、今日の料理の方が豪華で、カンナはその料理に気を取られていた。


凄い料理……。


カンナは回転するテーブルの上に並ぶ料理を見ながら、加茂の話を聞いていた。

しかしその内容は頭に入って来なかった。

正直、昼の和食がまだ胃の中に残っている気分だった。


「大野庄平が絡んでいるらしいですね……」


その言葉で一気に引き戻された。

カンナは、


「はい……。加茂さんはご存知なんですか……」


加茂はゆっくりとコクリと頷く。


「私は元々金融系のサラリーマンでしてね。金持ち相手に投資を持ちかける仕事をしてました。いわゆる脱サラからのこの世界です。最近は多いんですよ。堅気の世界からこの世界に入って来る人間。まあ、やっている事は同じなんですけどね。今はこの世界も義理人情より金なんです。金の匂いがわからないとこの世界でもやっていけません……。人を殺すなんて血生臭い事は映画の中の話になってしまいましたね」


加茂は良く喋る。

カンナはニッコリと微笑む。


「昔、ある代議士と話をした時、大野庄平の話を聞いた事があります。まあ、私も実在するとは思ってないのですが、今でも大野庄平の亡霊に囚われているとはね……」


同じテーブルに座る立花と遠藤には少しわかり辛そうだった。


「まあ、つまらん話は後にして飯でも食いましょうか」


加茂は回転テーブルを回した。






夜遅くに、カンナと遠藤はホテルに戻った。

帰りに加茂に資料の入った封筒を渡された。

ベッドの上に座り、その資料を取り出す。


明日から調べるタナカ・ヨウスケは十六名。

菅波組の計らいで近くに住むタナカ・ヨウスケから会う事になっている。

タケルと同じ様に絞り込み、若すぎる、年寄りすぎる対象は除外していた。


その資料を見ると、怪しそうな人物に関して、カンナも数人に絞り込む事が出来た。


カンナはその資料をスマホで写真を撮り、タケルに送った。

すると、直ぐにタケルから電話が入る。


「はい」


「カンナか。資料受け取った。俺は三枚目の男と八枚目、九枚目、十一枚目が怪しいと思うんだが……」


言われる様にカンナも資料を捲る。

カンナが考えているのと十一枚目を除いては同じだった。


「おい、聞いてるか……、カンナ……」


「あ、はい……。私が絞り込んだのとほぼ同じです」


「そうか……。じゃあそんなところだな……。絶対に無い対象は会うだけ無駄だな……。菅波組に開放していいって伝えてくれ」


タケルはコーヒーを飲んでいる様だった。


「わかりました」


「それより今日は良いモン食わせてもらったか」


カンナは手に持った資料をベッドに投げ出して、


「ええ、お昼は高級な和食で、夜はテーブルが回る中華料理でしたよ」


「ほう、良いな。俺も回す中華食いたいな。今度付き合え」


カンナはベッドに横になる。


「タケルさん、外に出たがらないじゃないですか。中華弁当でも……」


「別に出たくない訳じゃない。無駄な事がしたくないだけだ」


そう言って笑っていた。


カンナは電話を切った。

そしてベッドに投げ出した資料を手に取り、立花に貰った仰々しい名刺を取り出し、電話を入れた。


「立花さんですか、すみません、遅くに。今日頂いた資料なんですが、今から言う人以外を解放して下さい」


そう言った。






翌日、カンナはホテルのブッフェで朝食を取り、昨日と違うジーンズとブラウスにジレを羽織って立花の迎えを待った。

昨日と同じ様に黒塗りの車が連なり、ホテルのエントランスに入って来た。

周囲に居た他の客の視線が一気にカンナに集中する。


「何、あれ……」


「見ちゃダメよ」


などと声が聞こえて来る。


立花はカンナの前で頭を下げて、


「お嬢、お迎えに上がりました」


と言う。

カンナは何故か堂々と胸を張ったまま、車に乗り込む。

完璧にそっち系の人に見られたに違いない。

カンナが乗り込むと、立花も車に乗り込んだ。


「昨日の夜の電話で数人に絞りましたんで、全員一か所に集めてあります」


カンナはコクリと頷き、背もたれに沈んだ。


昨日、あまり眠れなかった事もあり、カンナは少し頭が重かった。

その割には朝食は沢山食べる事が出来た。

それを考えてカンナは苦笑した。


車は菅波組へ向かうのかと思っていたが、道を逸れ、どうやら海の方へと向かっていた。


「あの、何処へ向かうのですか……」


カンナは身を乗り出して立花に訊く。


「あ、芝浦の倉庫です。どうですか、その方が感じ出るでしょう」


立花はそう言って声を出して笑った。


芝浦の倉庫街に近付くと、あちらこちらの黒塗りの車が止まっていて、その倉庫に近付いている事がわかった。


そして車は停まる。

その倉庫の前には十台近い車が止まっていた。


「此処ですか……」


カンナが訊くと、立花は振り返って「はい」と頷いた。






倉庫の重い鉄の扉が鈍い音を立てて開く。

外からの光りが倉庫の中に伸びて行く。

カンナはサングラスを指で上げるとその中に入って行く。

普段履かないハイヒールの音がコツコツと響く。

ジーンズのポケットからイヤホンを出して耳に付けると、タケルに電話を掛けた。


「始めます」


「ああ……。映像も頼むぞ」


「はい」


カンナは申し訳程度の置かれた長机の上にノートパソコンを広げた。

そして正面に置かれたパイプ椅子に向けてカメラを設置する。


「お嬢……、連れてきて良いですか」


と立花が小声で言う。

カンナはそれに頷く。


「三枚目の資料の男です」


と言われ、目隠しをされて後ろ手に縛られた男が連れて来られた。


「早く座れ……」


若い男にそう言われて、タナカ・ヨウスケはパイプ椅子に座った。

すると、パソコンの画面におっさんの顔が映り込む。


「カンナちゃん。その男だ。間違いない」


イヤホンにおっさんの声が入って来る。


「その男は以前にも同じ様な詐欺を働いている。いわゆる副業系の詐欺だ。スマホにアプリを入れるだけで月に百万になるっていう怪しい詐欺で荒稼ぎした様だ。結局、警察の手が伸びる前にそれを止めて、数年身を隠していた。そして今回、大野庄平の名前を使って新たに始めた様だ……」


おっさんは捲し立てる様に言う。


「証拠は……」


カンナは小声で訊いた。


「そいつの持ち物、見てみろ。プレミアムカードの番号をチェックしてみろ……。北欧で使われたカードと番号が一致する筈だ」


カンナはコクリと頷き、


「立花さん」


と立花を呼ぶ。

そして耳元で小声でおっさんに言われた内容を伝える。

立花は頷いて、タナカ・ヨウスケの前に立った。


「おい、持ち物を出せ……」


立花はタナカ・ヨウスケに手を出した。


「何のために……」


タナカ・ヨウスケは立花を睨み付けた。


「大体何なんだよ。いきなり拉致られて、こんな所に連れて来られて、それに持ち物出せって言われてもな……。まず、説明してもらおうか」


カンナはそのやり取りを聞いていた。

そしてイヤホンからタケルの声が聞こえて来る。


「こいつ、プロフィールには無いが、某国立大学の出身だ。大学を出て、悪い先輩に利用されて、詐欺サイトを作らされている。それが原因で道を踏み外し、転落する人生を歩んでいる。横浜辺りの半グレ集団と今もつるんでいるようだ。確かに稼いでいる様で、プレミアムカードを持つまでになっている」


立花は毟り取る様にタナカ・ヨウスケから持ち物を取り、それをカンナの座る机の上に並べた。


「おいおい。追剥かよ……。最近のヤクザはそんな事もするのか」


あまりに喋るタナカ・ヨウスケに立花は切れて拳を食らわせた。


「手荒な真似はしたくないんだ。少し黙っとけ……」


パイプ椅子ごとコンクリートの床に転がったタナカ・ヨウスケにしゃがみ込んで言った。

カンナはカメラをズームで転がったタナカ・ヨウスケをアップで映した。


カンナは机の上に置かれたタナカ・ヨウスケの財布を開けると、其処にあったプレミアムカードを抜く。

そのカード番号を見て、パソコンに打ち込んだ。


「カンナ、ビンゴだ」


とタケルの声が聞こえた。

カンナは立花を見てコクリと頷いた。

立花も頷き、椅子ごと転がったタナカ・ヨウスケを座らせた。


「ふん……。こんな事してタダで済むと思うなよ……。ヤクザなんて怖くも何とも無い。俺たちの組織の方が数段上だからな……」


タナカ・ヨウスケは口の端から血を流しながら言う。


「大野庄平を何故知っているのか、訊け」


タケルの声がイヤホンに入る。


「何故、大野庄平の名前を知っているの……」


カンナはタナカ・ヨウスケに訊いた。

その言葉にタナカ・ヨウスケは顔を上げた。


「ほう……、あんたも大野庄平を知ってるのか……」


と言う。


「質問してるのは私……」


タナカ・ヨウスケは露骨に嫌そうな表情をして、顔を背けた。


「会ったんだよ……。大野庄平を名乗る男にな……」


「大野庄平を名乗る男……」


カンナはタナカ・ヨウスケをじっと睨む。


「それはどんな男……」


タナカ・ヨウスケはニヤリと笑う。

白い歯に血が滲んでいた。


「鎌倉に住むと言う老人だった。私は四天王の一人、大野庄平だと言っていたよ」


カンナは目を逸らした。

タケルに聞いた話と違っていた。

タケルは、大野庄平は四人の姓の頭の文字を取ったと聞いたが、タナカ・ヨウスケは大野庄平に会ったと言った。

明らかにおかしい。


「なるほど……。見えて来た……」


タケルの声がイヤホンに飛び込む。

そしてキーボードをガチャガチャと叩く音が聞こえる。


そこに立花の電話が鳴った。


「はい。あ、兄貴……」


どうやらおっさんからの電話らしい。


「はい、はい……、え、良いんですか……。あ、はい。わかりました……」


立花は電話を切った。

立花は若い男を指を曲げて呼ぶ。

若い男は直ぐに立花の傍に走って来る。

その耳元で、小声で言うと若い男は走って倉庫を出て行った。


「他のタナカ・ヨウスケを解放させる。こいつだけは逃がすな……」


タケルの声は冷静だった。

カンナは無言で頷く。

そして立花はカンナの傍にやって来た。


「他の連中を解放します……。新宿辺りに捨てて来ますんで……」


と耳元で言った。

カンナはコクリと頷いた。


「カンナ、俺とおっさんもそっちへ行く。その男は菅波組に任せて、そっちで待ってろ」


とタケルは言うと通信を切った。






カンナと遠藤はホテルに戻った。

午後にはタケルとおっさんは東京に来る筈だった。


カンナはホテルを出て、近くにあるコンビニに入る。


「お嬢……」


息を切らして遠藤がコンビニに入って来た。


「外出するなら言って下さいよ……」


と遠藤は言う。


「お嬢の身に何かあったら、指どころじゃすまないですから……」


カンナはじっと遠藤を見た。


「下着、買いに来ただけだから……」


「あ、すみません……」


と遠藤はカンナに背を向けた。


「缶コーヒーとかいらない……」


遠藤はペコリと頭を下げていた。

カンナは缶コーヒーを買ってコンビニの表に出た。


「はい、コーヒー」


とカンナは遠藤に缶コーヒーを渡す。

その時、コンビニの駐車場に勢いよく黒いワゴン車が入って来た。

そして数人の男がその車から下りて来た。


「すみません。田中陽介の仲間です」


一人の男がそう言って、手に持った三弾警棒を振り下ろした。


「返してもらえませんかね……。陽介を」


遠藤は手に持った缶コーヒーをカンナに渡した。


「ちょっと持ってて下さい」


遠藤はカンナに微笑んだ。

そして男たちの方を見る。


「さあ、来いよ。本物を見せてやるよ」


そう言うと遠藤は数人の男を相手に暴れ始める。

流石に遠藤は場数を踏んでるだけあり、その男たち数人を相手に一歩も退かない暴れ方だった。


そこに黒塗りの車が数台、勢いよく男たちのワゴン車を囲む様に止まった。

そしてその車からは菅波組の男たちが下りてきて、一瞬でワゴン車の男たちを押さえ付けた。

アスファルトの上に押さえ付けられた男たちはじっと反社の集団を睨み付けた。


「横浜エッジの連中だな……」


立花がアスファルトに転がった男の頭を踏みつける。


「だったらなんだ……」


吐き捨てる様に男は言う。


「まあ、良い……。お前らも一緒に来てもらおうか」


立花は男たちを車に積み込むと直ぐに走り出した。


カンナは遠藤に缶コーヒーを再び手渡す。


「お疲れ様……」


遠藤は頭をペコリと下げて、


「ちょっと腹減りましたね……」


と言うと、二人はまたコンビニに入って行った。







「何だ、骨の無い奴らだな……。その横浜エッジってのはどのくらいの構成員が居るんだ」


おっさんはそう言うと腕を組む。


夕方にカンナたちが泊まるホテルにおっさんとタケルは現れた。

そのまま、ホテルのラウンジで話をしていた。

その中で今日の昼の話をしたところだった。


「横浜エッジか……、いわゆる半グレ集団だな。構成員は約四十人。その内の数人を菅波組が押さえているって事か……」


タケルはノートパソコンを開いて何かを調べている。


「とにかく行ってみるか……」


「何処に……」


おっさんはホットコーヒーを一気に飲み干して言う。


「横浜エッジのアジトだな……」


「先に菅波組に一報入れておく方が良さそうだな……」


おっさんはポケットからスマホを出して番号を押す。


「あ、立花か、俺だ……」


そう話しながら席を立ってラウンジを出て行った。


「タケルさん。田中陽介と先に会う方が良くないですか……」


カンナはタケルに言う。

タケルはパソコンの画面を見つめたまま、


「ああ、もうあの田中陽介の情報もいらないかもしれないな……」


カンナと遠藤は顔を見合わせた。


「どう言う事ですか……。結構回りくどい事したんですけど……」


タケルはニヤリと笑った。


「もう見付けたんだよ……。奥鎌倉で」


カンナは今一度、遠藤の顔を見た。


「何をですか……」


カンナはタケルに訊く。


「四天王の一人だ……」


タケルはそう言うとニヤリと笑った。






その日の夜、ホテルの前にまた菅波組の黒塗りの車が数台やって来た。


車から下りて来た立花は、両手を広げて、おっさんに、


「兄貴、久しぶり」


と抱き合っていた。


そして先に飯を食う事になり、ホテルの中にある鉄板焼きの店に入る事になった。


「で、連中は何処に……」


立花はニヤリと笑った。


「都内某所で、もてなしている」


「もてなしてるねぇ……。そりゃさぞかし喜んでいるだろうな……」


タケルは苦笑した。


「そう言えばタケルさんが見つけたって言うその奥鎌倉の老人ってのは……」


立花は身を乗り出す。

タケルは足を組んで背もたれに寄り掛かった。


「大野庄平が実は四人だって事は説明済みだな……」


タケルの言葉にみんなが頷く。


「俺たちはこの四天王が今でもちゃんと繋がっていて上手く回していると思ってた。しかし、それは明治時代の話で、今は仲違いしているって可能性もある。いや、多分、今は敵対しているって方が可能性も高い。権力者ってのは得てしてそうなるんだ。他を受け入れない。そうだろう……。で、今回はその四天王の一人が暴走した。互いに何処に居るかわからない四天王を引っ張り出そうとしたんじゃないのかな……。まあ、それは横浜エッジの連中に訊かないとわからんかもしれんが」


みんな黙ってしまってコクリと頷く。


「で、その奥鎌倉の老人ってのは四天王の内の誰なんだ……」


おっさんはじっとタケルの顔を見る。


「ああ、野村泰山……、の名を継ぐモノだ……」


「野村泰山……」


立花はそう呟く。

するとそこにステーキが運ばれて来た。


「とりあえず食いますか……。これから体力も使いますし……」


とみんなに微笑んだ。






車窓から流れる街の風景を見ながらカンナは少し考えていた。

横にはタケルが乗っていて、膝の上でパソコンを触っていた。


「しかし、何で野村泰山は自分が大野庄平だと名乗ったんですかね……。野村泰山だって名乗るだけで他の四天王を引っ張り出すのは出来たと思うんですけど……。タケルさんの仮説通りに四天王が不仲であれば……」


タケルは眉を小指で掻く。


「うん……。俺もそう思った。だが、他の四天王からしてみると、自分の名前を名乗られる方が動こうとするんじゃないかな……。腹立たしいだろう。自分の名を名乗る奴が現れるだけで……」


カンナは小さく頷く。


「奥鎌倉に居る老人が、野村泰山であるって確信はあるんですか……」


タケルはカチャカチャとパソコンのキーボードを叩き、画面をカンナの方へ向ける。


「これはどうだ……」


そこにはある老人が町に寄付をしたという記事が載っていた。

その家の表札には「野村」と書いてあった。


「ちなみに奥鎌倉に大木、庄内、平木の姓を名乗る者は居ない。一番有効なのが野村……」


カンナはその記事を見て頷く。


「現代でこの四天王の存在を知る人ってどんな人なんですか」


「一部の国会議員、一部の司法関係者、一部の経済界重鎮、そして一部の公安関係者……。それしかわからん。決して表に顔を出さない存在だ……。もしかすると……」


カンナはじっとタケルを見る。


「もしかすると……」


タケルは歯を見せる。


「日本、国内よりも海外の人間の方がその繋がりは強いのかもしれんな……」


カンナはまた視線を窓の外に戻した。


「日本って私たちが知っているよりも複雑なんですね……」


タケルはパソコンを触りながら、


「ああ、俺たちが知っている日本は表面だけだ。もっと深い所に本当の日本はある。そんなモン知ってしまうと日本が嫌になる」


「そうかもしれませんね……」


タケルはノートパソコンを閉じて、自分の横に置いた。


「さあ、とりあえず横浜エッジとか言う半グレ集団を潰すぞ……」


カンナはコクリと頷いた。






桜木町駅を少し北へ行ったところに廃墟と化したビルがあった。

菅波組の車はそのビルを囲む様に止まる。

そして十名程の組員は一斉に車を降りる。

その後からタケル、カンナ、おっさん、遠藤も車を降りた。


「使いますか」


と菅波組の若い男はおっさんと遠藤に木刀を差し出す。

遠藤はそれを受け取ったが、おっさんは断り、ポケットからタバコを取り出す。


「いつも得物は現地調達なんだ……」


そう言うと煙を吐いた。


「いくぞ」


立花の声に男たちは返事をして、その廃墟になったビルへと入って行った。


「タケルとカンナちゃんは此処で待ってろ……。十分で終わらせる……」


おっさんはそう言うとビルの中に入って行った。

するとカンナたちの傍に遠藤がやって来た。


「あ、お二人を護衛しろって頭が……」


遠藤は手に木刀を持って二人の前に立った。


「俺たちは大丈夫だよ……。中を手伝って来い」


タケルは遠藤の肩を叩く。


「中は大丈夫ですよ……。頭も居ますし、菅波組も……」


すると廃墟のビルの上で音が聞こえ始めた。


「始まったな……」


タケルはビルを見上げた。


「みたいですね……」


タケルは遠藤に、


「遠藤……、逃げ出て来る奴、やって来い」


と言って背中を押した。

遠藤はビルの入口に木刀を持って立つ。

案の定数人が階段を駆け下りて来るのが見えた。

それを遠藤が木刀で殴り付けた。

横浜エッジの連中は声を上げて倒れた。


「久しぶりに派手だな……。おっさん……」


タケルは普段吸わないタバコをポケットから出すと火をつける。

そしてゆっくりと煙を吐いた。


「そろそろ十分ですけど……」


カンナは時計を見て呟く様に言う。


「ああ、もう終わってるんじゃないのか……」


タケルは明るい空に向かって煙を吐く。

するとそこに幌付のトラックがやって来た。

幌には廃品回収屋のロゴが描かれていた。


「ほら、回収屋がやって来た……」


タケルはそう言うとカンナに微笑んだ。






翌朝、タケルとカンナ、そしておっさんと遠藤を乗せたワゴンは野村と表札の掛かった家の前に車を停めた。

助手席に座った立花が、


「此処ですね……」


と言って車を降りた。

スライドドアが開き、タケルたちも車を降りる。

運転手の男は皆が降りると車を少し先に広くなった場所に止めた。


「野村泰山か……」


タケルはゆっくりと歩き、野村と書かれた表札の掛かる屋敷の前に立った。

そして門の脇にあったインターホンを押した。


「はい。どちら様でしょうか」


そんな声が聞こえた。

向こうには顔も見えている。


「すみません。コンサル業をやっている喜多川と言います。野村さんにお会いしたいのですが……」


少し沈黙があり、


「申し訳ありません。アポイントの無いお方とは旦那様はお会いになりません。お引き取り下さい」


そう返事があった。


「この野郎……」


と後ろで立花がいきり立つが、それをタケルは手で制した。


「横浜エッジの件で少しお話がありまして……」


タケルはインターホンにそう言う。

また少し沈黙がある。

そして、


「門を開けます。二名だけお入り下さい」


と声がして、門が開く。


「カンナ……、ついて来い」


タケルはそう言うと振り返る。


「おっさんたちは此処で待っててくれ……」


そう言うとタケルは門の中に入って行く、それを追う様にカンナも門を潜る。

するとゆっくりと門がしまった。


玄関の前に行くと、執事らしき男がタケルとカンナに頭を下げた。


「旦那様が庭でお会いになるそうです」


と玄関を避けて庭の方へと歩き出す。


「やれやれ……、玄関からは入れないってか……」


タケルは小声でカンナに言うと執事の後ろを付いて歩いた。


敷石が綺麗に敷かれた庭には大きな池があり、高そうな錦鯉が泳いでいた。

その鯉に餌をやる和服の老人の姿が見えた。


老人はタケルとカンナの姿に気付かないのか、池の中に餌を投げ込んでいた。


そして手に付いた粉をパンパンと払うと、立派な縁側に座りお茶を飲んだ。

その老人に執事は近寄り耳元で何かを伝えている。

そこで初めて老人はタケルとカンナを見た。

執事がタケルたちの傍に来て、


「こちらへどうぞ……」


と老人の方へと歩く。







「横浜エッジとは何かな……」


老人はお茶を飲みながら言う。


「あなたが大野庄平の名前を伝えた相手だと認識しておりますが……」


タケルは老人に言う。

老人は顔色も変えずにお茶を飲む。


「すまんが……、私にはさっぱりわからんのだが……」


老人はそう言うと縁側に湯飲みを置いた。


「大野庄平とは何だね……」


タケルは奥歯を噛締め青い空を仰いだ。


「質問しているのはこちらなのですが……。野村泰山先生……」


老人はその言葉にピクリと動いた。

それに気付いたタケルはニヤリと笑った。


「あまり時間が無い。回りくどい話をしている暇はない……。簡潔に話をしてくれんか」


老人は階段になっている所から縁側に上がった。


「あんたと接触した横浜エッジと呼ばれている半グレ集団を昨夜一掃した。奴らは大野庄平の名を使って荒稼ぎしている詐欺集団だ。胸は痛みませんか……」


老人はタケルたちに背を向けたまま立ち止まった。


「奴らに資金援助したのもあんたですよね……」


タケルは屋敷の中を見渡す。


「私が、その何とかという半グレ集団と関係していると……」


老人はゆっくりと振り返った。


「それは何か確証があっての発言かな……」


タケルは視線を落とした。


「あんたが資金援助したせいで、大勢の奴らが騙され、大金を失っている。心は痛みませんか」


老人はやはり顔色を変えない。


「愚民たちの金など私には関係ない。大金……、そんなはした金など、何の問題も無い。騙される奴が悪い」


老人は淡々とそう言う。


タケルは拳を強く握る。


「昔、四天王と呼ばれる選ばれし者たちは、この国の行く末を憂いて院政を敷いた。今のあんたの様な人間を作るためじゃない……」


タケルは老人に背を向けた。


「今のあんたに人の心があるとは思えん。言葉が通じない様だ。改めて話をさせてもらう事にする。邪魔したな……」


タケルはゆっくりと歩き出す。

カンナは老人に頭を下げてタケルの後ろを歩いた。


「菊田……」


老人は執事に声を掛ける。

菊田と呼ばれた執事は縁側に上がり、老人の傍に立つ。

老人は菊田の耳元で何かを伝える。


「承知致しました」


菊田はそう言って老人に頭を下げた。






老人の家を出て、タケルは振り返った。

すると門が閉まった。


今に見てろよ……。

野村泰山……。


タケルはじっとその門の奥に立つ老人を睨み付ける様に見た。






事務所に戻ったタケルとカンナは二人でインスタントラーメンを鍋で食べていた。


「しかし、今回はありがとうな……。ゆっくり東京見物も出来なかったな……」


タケルはそう言うとラーメンを啜った。


「東京なんて見物する程田舎モンじゃないですよ」


カンナも同じ様にラーメンを啜った。


「手鍋のまま食べるラーメンが一番美味しい」


と言うタケルの言葉がカンナはわかる様になっていた。


「しかし、あの老人、本当に野村泰山なんですかね」


「さあな、其処に確信は無いからな……。ただ、野村の名前で横浜エッジの連中に数億の資金が流れていたのは事実だ。まあごっそり戴いたけどな……」


その時、事務所のドアが勢いよく開いた。


「よお、タケル。土産持って来たぞ」


とおっさんが入って来た。

手には「東京ばなな」の箱が握られていた。


「おいおい、おっさん……、一緒に行った東京土産持って来てどうするんだ……」


タケルは食べ終えた鍋をテーブルの上に置いた。


「ああ、これは余りモンだ。食ってくれ」


とその箱をテーブルの上に置いた。


「土産はこっちだ……」


おっさんはポケットからUSBメモリを出してタケルに渡した。


「これは……」


「ああ、横浜エッジのパソコンの中にあったデータだ。金の流れのデータなんかも入っている」


おっさんはソファに深く座り脚を組んだ。


タケルは大きく息を吐いて、USBメモリをテーブルの上に置いた。


「今回はどれくらいの金になった……」


おっさんは親指と人差し指の先を付けて金のジェスチャーをする。


「ああ、横浜エッジの口座を完全に吸い上げた。総額としては十億程だな……」


「十億か……。五億ずつってところだな」


おっさんはニヤリと笑った。


「今回は三億ずつにさせてくれ。俺と、おっさんと菅波組……」


おっさんはじっとタケルを見つめる。


「菅波には俺の取り分から渡すつもりだったが……」


そう言う。

しかしタケルは首を横に振った。


「今回は随分と世話になった。三分割でも良いだろう……」


カンナはラーメンを食べ終えて鍋を持ってキッチンスペースへと持って行く。

そしてアイスコーヒーを淹れて戻って来た。


「お前が良いのであれば……」


おっさんはカンナに礼を言ってアイスコーヒーを飲んだ。


「じゃあ決まりだな……」


タケルもコーヒーを飲む。


「ところで、田中陽介たちはどうなったんだ」


おっさんはポケットからタバコを取り出す。

カンナはテーブルの下に置いた灰皿を出した。


「ああ、菅波組に全て任せておけばいい。俺たちは知らなくていい事だ……。奴らもプロだからな」


タケルはその言葉に頷く。


「そうだな……」


「それよりもタケル……。お前はあの四天王の一人に喧嘩を売った。そっちは大丈夫なのか……」


おっさんはタバコに火をつける。


「ああ、問題ない……。そんなモンが怖くてラーメンが食えるかってモンだ」


おっさんはニヤリと笑った。


「それより……」


おっさんは内ポケットからメールを印刷したモノを出して見せた。


「また来たぞ……」


其処には《BLACK LOTUS》の文字があった。


それを三人はじっと見つめる。


「またか……」


タケルはそう呟く。


「もしかしたら、大野庄平はブラックロータスと繋がっているのかもしれんな……」


おっさんはコクリと頷く。


「四天王とブラックロータスの間に何等かの契約があって、お互いに援護し合う関係なら、俺たちの敵は世界規模って事になるな……」


おっさんはまだ長いタバコを折る様に灰皿で消した。


「そう言う事だな……」


タケルは小さく何度か頷く。


おっさんはゆっくりと立ち上がり、ポケットに手を入れた。


「タケル……。危険を感じたらすぐに言えよ。うちのモンを警護に付ける。勿論、カンナちゃんもだ……」


カンナはコクリと頷いた。

おっさんはニヤリと笑うと事務所を出て行った。


タケルは険しい顔でテーブルの上に置いたUSBメモリを見つめていた。








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