Canna Suspicion2 - 複顔の女 -
「はあ……」
亜希はカンナの横で溜息を吐いた。
今日何度目の溜息かわからなかった。
「亜希……。どうしたのよ」
カンナは安いイタリアンのチェーン店でパスタを食べながら亜希の溜息が気になった。
「カンナは良いよね。可愛いし……」
カンナには亜希が何を言ってるのか理解出来ず、黙って亜希を見ていた。
「悩みあるなら言ってみ。解決出来るかどうかはわかんないけど、聞く事くらいできるよ」
カンナはスプーンとフォークでパスタをクルリとまとめると口に入れた。
「ああ……。良いよ。解決出来ないんじゃ、話したって」
亜希はそう言うと何度も何度もパスタにフォークを突き刺していた。
パスタも突き刺されて食べてもらえないんじゃ浮かばれない。
今日は亜希に呼び出されて街に出たが、その亜希がずっと溜息を吐いている。
女と言うモノは悩みを打ち明けるだけですっきりする生き物だとカンナは感じていたが、亜希はその悩みさえ話そうともしなかった。
「私さ、整形しようと思うんだ」
亜希の言葉にカンナは手を止めた。
「え、せ、整形……」
「うん」
「何で、整形」
思いの外、自分の声が大きかった事に気付き、カンナは声のボリュームを落す。
「整形なんてどうしたのよ……」
亜希はフォークを皿の上に置いて、椅子に寄り掛かってまた大きな溜息を吐く。
「アイツがさ、また浮気してさ」
亜希の言うアイツとは付き合っている彼氏の事で、カンナも亜希の彼氏の浮気の話はもう何度目かもわからない程だった。
「またなの……」
カンナのその一言で亜希は関を切った様に話し始めた。
「そうなのよ。今度は高校の同級生。同窓会の後、意気投合しちゃってそのままだって。そんなの酷くない。だって昔の付き合いなんて私の知らない世界じゃん。そんな事言われたってさ、もうどうしようもないよ」
カンナは黙って頷く。
「もう六度目だよ。仏の顔も三度までって言うじゃん。もう六度目の私の顔は阿修羅だよ」
「それと整形って……」
亜希はまた溜息を吐いて、
「どうせなら誰もが美人とか可愛いとかって思える顔に整形してさ、私も思いっ切り遊んでやろうかと思って」
カンナはじっと亜希の顔を覗き込む。
「何よ……」
「亜希は可愛いよ……。私が保証する」
カンナはそう言って二度強く頷いた。
「カンナ」
亜希は目に涙を溜めながらカンナに抱き着いた。
カンナは亜希と別れて、タケルの事務所にやって来た。
「おはようございます」
特に朝と言う訳では無いが、出勤時の挨拶は「おはようございます」だとカンナは教わって来た。
カンナがタケルの事務所でアルバイトをはじめて、ひと月程が経った。
「おお、カンナか」
タケルは奥の小さなキッチンでインスタントラーメンを作っていた。
「飯食ったか」
カンナはバッグをテーブルの上に置いて、
「あ、はい、友達と食べて来ました」
と答えた。
「良いモン食ったんだろ。良いな女子大生は」
タケルはラーメンの入った手鍋を持ったままソファに座った。
「良いモンなんて食べてませんよ。ファミレスのパスタです」
カンナはそう言うと冷蔵庫からお茶を出して、タケルの分と二つのグラスに注ぐ。
タケルはカンナに礼を言うとラーメンをすすった。
「友達が整形するって言うんですよ」
タケルは興味無さそうにラーメンを食べ続けている。
「整形なんてみんなしてるだろ。そんな騒ぐことじゃない」
タケルはそう言うとまたラーメンを食べる。
「みんなが美人だとか可愛いだとか思う顔にするって……」
カンナはお茶を飲みながら言う。
「みんながそう思う顔なんて無いよ。それはアニメとかゲームの世界の話だろ」
熱い鍋の縁に口を付けてスープをすすった。
カンナはスマホを出して、何かを検索し始める。
そしてその画面をタケルの前に置いた。
「これ、見て下さいよ……」
カンナは動画をタケルに見せた。
えらく美人な女が美容整形について語っている動画だった。
「顔を変えるだけで人生が百八十度変わる」という謳い文句だった。
「ふん……。つまらん。男も女も顔じゃない。それがどうしてわからんかね……」
タケルはラーメンを食べ終えて鍋を持ってキッチンスペースへと向かうが足を止めた。
「その美容整形の女……。名前は」
「え、私の友達ですか」
「違う。その動画の女だ」
カンナはスマホを手に取り、画面を切り替える。
「確か、沖鶴令子って医者ですね」
タケルは天井を見て考える。
「沖鶴か……」
そう言うとキッチンスペースに鍋を持って入った。
「タケル」
そう言いながら男が事務粗に入って来た。
明らかに反社の男だが、タケルとはビジネスパートナーで、良く事務所に出入りしていた。
タケルは男の事をオッサンと呼んでいて、カンナもその男の名前は知らなかった。
「何だよ、暇なのか……」
タケルはパソコンの画面を覗き込んだまま男に言う。
「ああ、暇で暇で……。何か儲け話が無いかと思ってな」
カンナは男に頭を下げるとコーヒーを淹れる。
そして砂糖を三杯入れたいつものコーヒーを男の前に置いた。
「カンナちゃんも何でこんな所で働いてるんだ。前回の報酬もたらふくもらっただろう」
男はそう言って笑った。
前回、この街の半グレ集団を一掃する事件を手伝い、タケルはカンナに一億の報酬を渡そうとしたが、カンナはそれを断り、二千万円だけもらった。
これでしばらくは親の援助無しでも妹と二人、生活が出来ると考えた。
しかし、タケルは破格の時給でアルバイトをしろと提案して来て、カンナもその話に乗った。
「そうだ、オッサン……。沖鶴って美容整形の医者、知ってるか」
タケルは立ち上がってソファに座る。
「沖鶴……。何か聞いた事あるな」
カンナはタケルの前にもブラックコーヒーを置いた。
カンナもタケルの横に座り、スマホでタケルにさっき見せた動画を流し、男に見せた。
「顔を少し変えるだけであなたの人生は百八十度変わります」
その女医は動画の中で何度も何度もそう言う。
「そんな顔変えるだけで人生が三百六十度変わる訳無いだろう」
男は大声で言うと声を出して笑った。
「百八十度だよ、三百六十度変わると元に戻っちまうだろうが」
タケルはコーヒーを飲みながら言った。
男は咳払いをしてその動画の続きを見る。
「うーん……。見た事ある様な気はするが、どうだろうな」
男はポケットからタバコを出して咥える。
カンナはテーブルの下に置いたバカラの灰皿を出して男の前に置いた。
男はカンナに礼を言うと背もたれに寄り掛かって脚を組んだ。
「昔、伝説の美容整形医がいたんだ。ほら、俺たちの世界は顔を変えて逃亡する奴が少なからずいるからな。どんな顔でも作れるって女医だった。だけど、この十年くらい話は聞かないな……」
タケルは小さく頷く。
「俺もそれは知ってる。確か穴井千鶴子だったかな……」
「そうそう。穴井だ、それに感じは似ているが……」
男は身を乗り出してスマホの画面に映る女医を見た。
そして顔を上げてタケルと見た。
「何だ、金になりそうか……」
タケルは鼻で笑うと、
「まだわからんが、犯罪者の顔を変える様な仕事をしていたら、荒稼ぎしてるだろう」
男は小さく何度か頷くと、
「なるほどな……」
男はそう言うと立ち上がった。
「少し調べてみるか……」
そう言うと事務所を出て行った。
「どうするんですかね……」
カンナはタケルに訊く。
「さあな、蛇の道は蛇、俺たちには関係ない事さ」
タケルは立ち上がって、机に戻った。
カンナは翌日電話で起こされた。
「はい……」
カンナは無理矢理脳を起こして電話に出た。
「カンナ……」
電話の相手は亜希だった。
「亜希……。どうしたの、こんなに朝早く」
そう言ってカンナは壁に掛けた時計を見る。
既に時計の針は十一時を回っていた。
「早くもないか」
そう言うと上半身を起こして、ベッドに座る。
「カンナ……。私やっぱり整形する事にしたから」
え、整形……。
「待って、亜希。それって昨日の……」
「うん。沖鶴先生の所。さっき行って来たんだ」
亜希の声は気のせいか少し沈んで聞こえた。
「ちょっと高いんだけど、仕事も紹介してくれるって言うから……」
仕事……。
「だからさ、大学は辞める事にした」
え……、大学を辞める……。
カンナは一気に流れ込んで来る情報を処理出来ないでいた。
「ちょっと待ってよ、亜希……」
少し沈黙があり、
「もう決めたから。アイツとも別れる事にしたし」
亜希……。
「亜希、ちょっと待って、もう一回話しよ」
「ごめんね。今から紹介してもらった仕事の面接なんだ」
カンナは亜希にこんな行動力がある事を知らなかった。
もしかしたら、整形したいって気持ちから急いでしまっているのかもしれない。
「待ってよ、亜希、亜希」
カンナはそう言ったが、既に電話は切れていた。
「どうしたの……」
カンナの部屋のドアが開き、下着姿の妹、一葉が立っていた。
「何かあったの……」
カンナは一葉の姿を見て微笑むと、首を横に振った。
「あんた、何て格好してるのよ。そんなエッチな下着……」
一葉は自分の姿を見て、
「そう……。普通だけど」
と言うと部屋を出て行った。
カンナは切れたスマホをじっと見て我に返り電話を掛けた。
カンナは自転車に乗ってタケルの事務所にやって来た。
駐輪場に自転車を入れると、階段を駆け上り事務所のドアを開けた。
「おお、カンナか。友達から連絡は」
さっき亜希との電話の後、タケルに直ぐに電話を掛け、事情を説明した。
それから亜希の電話を鳴らし続けたが電源が切られていて繋がらなかった。
タケルはパソコンの前に座り、パソコンで何処かにオンラインを繋ぐ。
直ぐに相手が出て顔が表示された。
「おお、タケルか」
と声を発したのはあの男だった。
「何かわかったか」
タケルは椅子に座るとそう訊いた。
「ああ、色々とわかったよ。あの女はやっぱり穴井千鶴子だ。自分も何度か顔を変えて今は美容整形をやっているみたいだ。だけどやっている事は昔と同じで、美容整形のための費用を稼がせるためと言い、風俗店に女を売り捌いている。いつまで経っても返済が出来ない程の利息を付けてな。まあ、それを買う風俗店の方も問題だけどな」
男はそう言うと鼻で笑った。
「カンナの友達がどうやら売られたみたいだ。探せるか……」
タケルの後ろからカンナが覗き込み、男に頭を下げた。
「そりゃ、最悪だな……。探してみるよ」
「頼む」
タケルがそう言うとオンラインの画面が切れた。
「どう言う事……」
カンナはタケルに訊く。
「どうもこうも、今聞いた通りだ。高額な整形費用を吹っ掛けて、それを返済させるために風俗店を紹介する。そこで働いても働いても返せない程の利息を付けてな。更には薬、変な男なんかを付けて、更に借金を背負わせて、稼げる間は完全に風呂に沈めるってのが、穴井千鶴子の手口だ」
カンナは拳を握り震えていた。
「亜希を……。亜希を助ける事出来る……」
タケルは天井を見て少し考えた。
「まあ、無傷って訳にはいかないかもしれないが、やってみようか……」
タケルはパソコンのモニタに何かを打ち始めた。
「カンナ、悪いけど、ラーメン作ってくれ」
カンナはソファから立ち上がり、振り返った。
「ラーメンばっかじゃ身体に悪いよ。何か買って来るよ……」
タケルは顔を上げてカンナを見た。
「何でも良い。腹が減った」
と言うとまたパソコンのキーボードをカチャカチャと鳴らし始めた。
気が付くとタケルの机の上にサンドイッチが置いてあった。
カンナが買って来てくれた様だ。
カンナもサンドイッチを食べて、ソファで眠っていた。
「良く寝るな……」
タケルはそう言うと微笑み、マグカップにインスタントコーヒーの粉を入れるとお湯を注いだ。
そして机に戻り、サンドイッチを口に入れるとコーヒーで流し込む様に食べた。
「なるほどな……。見えて来た」
そう言うとまたキーボードを叩く。
「タケル」
そう言って男が事務所に入って来た。
その声にカンナは立ち上がった。
タケルはモニタの陰から顔を出して男を見た。
「よお、オッサン」
「よお、じゃねえよ。どれだけ電話鳴らしても出ねぇから直接来たんだよ」
男はソファにドカッと座り、足を組んだ。
「あ、カンナちゃん。コーヒーをくれ」
とカンナに微笑み掛けた。
「すまんすまん。集中してたんで気付かなかったよ」
男は視線を落として溜息を吐いた。
「大体の目星は付いたんだけどな。肝心のどの組織が絡んでるのかがわからなくてよ」
カンナは男の前にマグカップを置いた。
そして男の向かいに座る。
「それならわかったぜ……」
タケルがそう言うとプリンタが動き始め、一枚の顔写真が印刷されて出て来た。
それを手に取ると、テーブルの上に置いた。
「五十嵐商会の辰巳だな」
男はその紙を手に取ると、睨む様に見る。
「五十嵐組か……。しかし、辰巳は五十嵐本家の人間じゃないぜ……」
カンナが横にずれて、そこにタケルが座った。
「それだ。辰巳がそんな事をやっているのを五十嵐の本家は知らない筈だ」
男は手に持った紙をテーブルの上に投げ出した。
「ったく、どいつもこいつも、勝手な事やりやがって……。これじゃ極道も終わりだな」
男はそう言うと熱いコーヒーを一気に飲み干した。
「カンナちゃん、ありがとう。コーヒー美味かったぜ」
と言うと男は出て行った。
タケルは男が出て行った後のテーブルの上をじっと見つめていた。
「あの……」
カンナはタケルの横顔を見ている。
「私に出来る事はないかな……」
タケルはカンナに微笑む。
「今回はヤクザ同士のもめ事になる。半グレみたいな奴らとは少し違うからな……。少し静観しようか」
そう言うと立ち上がり、机に戻った。
「俺たちは俺たちが出来る事をしようか」
そう言うとまたキーボードを叩き始めた。
翌日の朝、風俗店が火事になったニュースと美人美容整形医が無免許で営業していた件が大々的に流れた。
そして、一人のヤクザの死体が運河に浮いていたニュースも申し訳程度に報道された。
「何か悪かったな……。今回は金にならなくてよ……」
男はソファに座ってタケルに頭を下げた。
「でも、店にあった金だけは引き上げて来たぜ」
男はそう言うとテーブルの上に二千万程の金を積み上げた。
「それはオッサンの取り分だろう」
タケルはそう言った。
「いや、うちはあの焼けた店を引き継ぐ事になったんだ。風俗店への斡旋は今回は泣いてやった。しかし、薬に関してはうちも見逃す訳にはいかんのでな。五十嵐から店の権利をもらう事になったよ」
タケルは無言で頷いて、男に微笑んだ。
「そうか……。じゃあ貰っとくか」
タケルはテーブルの上の札束をトントンと揃えて、自分の前に積み直した。
「しかし、あの女医なんだけどよ……」
タケルは顔を上げた。
「幾らなんでも、自分の顔を自分で弄る訳にはいかんだろう。あの女医の顔を整形した奴ってのは一体誰なんだ」
男はそう言うとカンナが淹れたコーヒーを一口飲んだ。
「ああ、それな」
タケルは立ち上がって、机の上から一枚の資料を取り、テーブルの上に置いた。
「これが伝説の美容整形医だよ……」
そこには顔が崩壊し始めた穴井千鶴子の写真が写っていた。
「これは……」
「そう、これが今の穴井千鶴子だ」
タケルはそう言うと、自分のコーヒーを手に取り口にした。
「あの女医の顔は穴井千鶴子が施術したんだ。穴井は自分が一番美しかった時の顔を、他人の顔を使って再現しようとしていたんだろうな。だから何処と無く穴井千鶴子の顔に似ているんだな……。女ってのは幾つになっても綺麗でいたい。そんな生き物なんだな……」
男はじっとその写真を見ていた。
「穴井は十年前に医師免許を剝奪されている。だけど、モグリで美容整形をしていたんだな。その中には犯罪者の顔を変える手術も含まれている。未だに荒稼ぎしていのだろうな」
男はゆっくりとソファの背もたれに身体を沈める。
「悲しいモンだな……。それだけ金があっても、自分の顔にメスを入れる事は出来ないのか」
タケルは小さく頷く。
「既にメスを入れる場所さえない程に、今まで手術を繰り返している。もう、人前に出られない程に崩壊しているんだろうよ……」
カンナはタケルの横でその写真を見て、眉間に皺を寄せていた。
「その穴井は今何処に居るんだ……」
男はタケルに訊いた。
タケルは微笑むと首を横に振った。
「今、調べている。しかし、本当に世間との交流を断っているんだろう。何処のデータベースにも穴井千鶴子の名前は存在しない」
男はその言葉に頷くと立ち上がった。
「じゃあ聞かなかった事にするよ……」
そう言うと事務所を出て行った。
土曜日の朝、カンナはタケルからの電話で目を覚ました。
「悪い、寝てたか」
カンナは首元を搔きながら、
「いえ、勿論起きてましたよ……」
と寝ぼけた声で言う。
「良い女の身支度ってのはどのくらい時間が掛かるんだ」
タケルはクスクスと笑いながら言う。
「良い女はそんなに化粧する事もないから、多分十五分もあれば……」
とカンナは答えた。
「じゃあ三十分後に家の前に迎えに行く。直ぐに支度しろ」
タケルはそう言うと電話を切った。
「十五分って言ったのに、なんで三十分なんだろう……」
ブツブツ言いながらカンナは顔を洗い身支度をした。
「お姉ちゃん、何処か行くの……」
妹の一葉がやっぱり下着姿で部屋から出て来た。
「バイト……。あんたまた下着。誰か居たらどうするの……」
「お姉ちゃんの彼氏とか……。その時はちゃんと服着るか、邪魔にならない様に外に出てるから心配ないよ」
そう言うとカンナを押し退ける様に洗面台の前に立って歯ブラシを咥えた。
タケルの車はちょうど三十分後にカンナの家の前に到着した。
「何で家まで知ってるんですか……」
と言いながらカンナはタケルの隣に乗った。
「家くらい直ぐにわかる。舐めるなよ……」
カンナがシートベルトをするのを見て、タケルはアクセルを踏んだ。
車は山の中へと入って行く。
「何処に行くんですか」
カンナは少し気持ち悪くなりながら言う。
「ああ、穴井千鶴子の家だ」
「え、わかったんですか」
タケルは微笑むと頷く。
「友達はどうなった」
カンナは微笑むと視線を窓の外に向けた。
どうやら風俗店に連れて行かれた後、何人かの客を付けられたらしく、文字通り無傷とまでは行かなかったが、とりあえず風呂に沈められずには澄んだ様だった。
今は、まだ立ち直れずに家に籠っているらしい。
「女ってのは大変だな。綺麗でいたい、可愛くいたいって常に考えているんだな。男がそんな事考え始めると頭がおかしくなるよ」
タケルはそう言って細い山道に入って行く。
「男の人だって、カッコよくいたいとかダンディでいたいとかあるんじゃないですか……」
カンナは周囲の景色を見ながら言った。
「どうかな、少なくとも俺には無いな」
タケルは林を抜けた所にある、古い洋館の前で車を停めた。
「此処ですか……」
車を下りたカンナはその大きな洋館を見上げる様に見つめる。
タケルはチャイムを鳴らすが返答がなかった。
「連絡しておいたんだけどな……」
カンナがふと庭を見ると庭のテーブルの上に大きなスーツケースが一つ置いてあった。
「あれ……」
カンナはタケルの肩を叩いてスーツケースを指差した。
二人はそのスーツケースの傍に行くと、封筒が一つ置いてあった。
タケルはその封筒を開けた。
中の手紙を開くと、
「全財産をくれてやる。だから会う事は勘弁して欲しい」
と綺麗な字で書いてあった。
タケルは溜息を吐くと、その手紙をクシャクシャにしてポケットに入れた。
「帰るぞ……」
とタケルはカンナに言い、スーツケースを持って車へと戻った。
「会わないんですか」
カンナはそう言いながら車に乗り込んだ。
後部座席に押し込んだスーツケースの大きさから見て、数億の金が入っているに違いない。
タケルはエンジンを掛けると勢いよく来た道を戻った。
「武士の情けだよ……。幾つになっても女は女なんだな」
そう言って山道を走る。
大きな通りに出た頃、洋館のあった場所で爆発音がして、大きな炎が上がり始めた。
「伝説の女らしいな……」
タケルはそう呟いた。




