第93話 異変の鐘の音①
突如鳴り出した時計塔の鐘の音。
不自然に開いた扉を前に、入ってみようとした俺たちの背後に現れた獅子のような男は、鋭い眼光でこちらを見据えている。
「おっちゃん誰? アタシらは突然でかい音で鐘が鳴りだしたからビックリして来ただけだよ。昨日からさっきまで1回も鳴ってないよねこれ」
レオナは快活な少女を演じながら、男に問いかける。
その男は黒いブーツで草を踏みつけながら一歩前に歩み寄ってくる。
警戒し、俺たちは思わず身構える。
「試験中は鳴らんだけだ。授業が休みの日もな」
「んん? あ、そうなのか……ってことは?」
俺と同じタイミングで首を傾げたアギトが頭に疑問符を浮かべている。
「あ、あの……もしかしてあなたは……」
ティアがおずおずと問いかける。
俺たちは何かを勘違いしていたのかもしれない。
するとその時時計塔の扉がさび付いたような重苦しい音をあげながら開いた。
「アルカンフェル先生、何をなさっているんですか?」
そこには、陰険メガネことシュルトが立っていた。
時計塔の中で何をしていたのか知らないが……と言いたいが多分鐘の音が鳴るようにしていたのだろうな。
俺たちと目の前のアルカンフェルと呼ばれた男、交互に視線を移している。
「せ、先生って……?」
俺はもう一度アルカンフェルを見る。
嘘つけあんたのような教師がいるか。今まで見た中で一番殺し屋みたいな顔をしているぞ。
とはさすがに面と向かって言えないが、俺が戦った中で最も大柄だったルキよりさらに一回り大きく、シャツから見える上腕二頭筋なんか丸太のようだ。
「アルカンフェル=ガレオンだ。短期だが、ここで白兵技能の講師を務めることになっている」
「なんだよビックリさせんなよー。殺されるかと思ったぜ」
「アギトお前な」
気の抜けたアギトがガックリと肩を落としながら、アルカンフェルに恨めしそうな視線を送っている。
どう見ても冗談の通じなさそうな見た目をしているのにこいつ命知らずだな。
威圧感のあり過ぎる容貌に、無駄に警戒しすぎた俺たちが悪かったようだ。
しかし、それはそれとして余計面倒そうなメガネが後ろから現れたことの方が、俺たちにとっては厄介だったかもしれない。
「はあ、また君達か。この時計塔に何の用ですか? 試験とは無関係なはずですが」
メガネをクイクイしながら俺たちを順番にねめつけていくシュルト。
こいつよくこんな分かりやすい悪役ムーブできるなと思いつつ、俺たちに落ち度があることも事実なので素直に謝罪する。
「申し訳ありません。帰り際急に大きな音が鳴り、驚いて何かあったのではと駆けつけてしまいました」
ティアが状況説明という名の言い訳をしつつ、深々と頭を下げる。俺たちもそれに倣った。
レオナだけは頭を下げたくなさそうだったので、俺が押さえつけて無理やり下げさせる。
「やれやれ、どうしたものか……これは試験結果に大きく影響するでしょうね。私としては、命令を無視する騎士を学内に置いておく理由など見当たりませんが」
俺の前にティアが拳を握っているのが見える。
ピリついた空気が流れ、場が一触即発となったその時。
「シュルト教諭。まだ受験者が数多く残る時間帯に、鐘の設定を戻したあんたにも落ち度はあるぞ。それに”騎士として”というなら、いち早く異変を察知して現場に急行したこいつらはむしろ優秀だと俺は思うが」
淡々と、冷静に獲物を狩りに行く肉食恐竜のような目で、アルカンフェルはシュルトにそう言った。
シュルトの冷徹な眼光と矛先が、そちらに向かう。
俺たちも意外な展開に誰も何も言えなくなった。
「ほう、アルカンフェル先生。今日ここに来たばかりのあなたが、騎士のなんたるかを語るのですか」
「そうだな。だが俺は、ここに騎士道を教えに来ているわけではないのでな」
シュルトとアルカンフェルの視線が交錯する。
しばし対峙し合ったあと、シュルトは顎を挙げてフンッと鼻で笑う素振りを見せた。
「ふん、まあいいでしょう。あなたも新任教師として生徒の人気取りは必要でしょうしね。君達も早々に立ち去りなさい。ここは教職員以外立ち入り禁止だ」
シュルトは冷たく俺たちに言い放ち、時計台の入り口前で腕を組んで立ちはだかった。
俺たちはこれ以上難癖をつけられないよう、そそくさとその場を立ち去る。
特にこちらに視線を向けることもなく、同様に立ち去ろうとするアルカンフェルとすれ違い。
「ありがとうございます……!」
俺は一言小さな声で礼を言っておいた。
”どう見ても敵”扱いしたことへの罪悪感もあったのかもしれないが、俺は単純なのであの状況で助け船を出してくれたアルカンフェルへ好感を抱いたのだ。
「試験を見ていた。お前が来るのを楽しみにしている」
特に表情を変えなかったが、アルカンフェルは俺をチラリと見下ろしてそう言い、校舎の方へと消えていった。
立ち止まり、思わずその背中を見送る。
「何してんのフガク? シュルトがまた何か言ってくる前に行くよ」
「あ、うんごめん」
ティアに急かされ、俺はシュルトの視線を背中に受けながら足早に校門へと急いだ。
試験は終わった。
あとは翌々日の結果発表を待つばかりだ。
俺はすでに遠い記憶となっている前世の受験を思い出しながら、宿への帰り道を歩くのだった。
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