第91話 編入試験③
試験はものの5秒で終わった。
『神罰の雷』を発動後、俺はユリウスの頭を掴み、地面に叩きつける勢いでフィールドを走る。
「あ……あ……」
もちろん本当に叩きつけたりはしない。
彼の頭を抱え、受け身を取るようにスレスレでカバーした。
頭から大地に鮮血の華を咲かせる寸前だったユリウスは、口をパクパクさせて顔を青ざめさせている。
ユリウスは当て馬にして申し訳ないが、これも俺たちの目的のためだ。
誰も真似できないようなやり方で実力を示せば、あとから俺がミユキの仲間だとバレてもやっかみの声を封じられるだろうというティアからの提案だった。
「文句があるならかかってこい」を地でやるための仕込みというわけだ。
その一瞬のできごとに、Aフィールドにいる受験者だけでなく教員たちも口をポカンと開けて俺を見ていた。
一番端のDフィールドにいるヴァルターが、感心したように見ているのが視界の端に映る。
「ミユキさ……先生! 僕、勝ちでいいですか?」
ミユキでさえ驚いた様子を見せており、呆けていたので声をかける。
そこでようやくハッとなっていた。
「そ、それまで! フガクくんの勝ちです!」
その宣言から一瞬の静寂の後に、なんと周囲からは拍手が起こった。
あとミユキさん、フガク”くん”って言っちゃってるから。
「あいつ……武器も使ってねぇのに……」とか「雷鳴ったけどあれ魔法か?」といった周囲のざわめきが聴こえてくる。
俺は一瞬とはいえ焼き焦げそうになった脚をさする。
ホーリーフィールド無しなのでかなり痛いが、多少威力を制御できるようになってきたのか、いつもよりはマシだった。
「すげーぞフガクー! なんだそりゃ!」
「試験中だ! 囃し立てるな!」
アギトが煽るので、教員が注意している。
その後教員たちは、評価ボードにさらさら何かを書き込んでいる。
おっと、これは騎士道を問われる試験だ。
俺は腰が抜けて倒れこんでいるユリウスの元へ歩み寄る。
「驚かせてごめんね。大丈夫?」
俺は膝をつき、対戦相手へのリスペクトも忘れない騎士としてのマインドをアピールしておく。
さすがにやり過ぎたか?
と思い、できるだけ爽やかな笑顔を浮かべてユリウスの手を取ってやると、彼はポッと顔を赤らめた。
おや?
「だ、大丈夫さ! なかなかやるじゃないか君」
「ありがとう」
そう言って、俺はユリウスを起こしてやると、再び周囲からは拍手が起こった。
なかなかポイント稼げたんじゃないだろうか。
あとはこれがどういう評価をされるかだ。
「めっちゃわざとらしい」とかで不合格になったらどうしよう。
「ようフガク、あれ何? 魔法?」
「内緒。アギトもすごかったよね」
「まあこれでも従軍歴長いからな」
余裕の笑みを浮かべているアギト。
さて、文字通り身を削って試験に挑んだのだ、これならティアもご満悦だろうと彼女がいるDフィールドをチラリと見る。
すると、どういうわけかティアは顔を引きつらせて俺を睨んでいる。
あれ?思ってた反応と違うぞ。
そして彼女は俺を殴るような仕草で拳を軽く突き出しながら何か言っている。
なになに?
ティアの唇の動きを読むと、こう言っているようだった。
そこまでやれとは言ってない
―――
ティアはフガクの実技試験を見てからというもの、若干イライラしていた。
確かに"ねじ伏せろ"とは言った。
教員であるミユキが自分たちと知り合いであることが、後々他の生徒からのやっかみなどに繋がらないように。
誰がどう見たって実力で受かっているようにしてほしいと。
(……やりすぎだってば)
『神罰の雷』を使わなくても十分倒せる相手だったはずだ。
まあ確かに、フガクの前にアギトが場を沸かしていたので、その中で突き抜けるにはあれくらいしたいと思ったのかもしれないが。
それ以上にティアをいら立たせていること。それは。
(っていうか、私があれほど『神罰の雷』使うなって言ったの忘れてるよね)
『神罰の雷』は、フガクの肉体に大きな負荷をかける技だ。
ホーリーフィールド無しではできるだけ撃つなと以前口酸っぱく注意したはずだ。
緊急事態ならともかく、ポンポン気軽に使うようなもんではない。
「ティア=アルヘイム、ラルゴ=ローガン! 前へ」
名前を呼ばれたので、ティアは木剣を持ってDフィールドの中央へと歩み出る。
ちなみに、レオナの試験も隣のフィールドで今しがた終わったのをチラリと見た。
あの身体能力だ。
何の心配もしていなかったが、フガク同様相手を余裕で地面にねじ伏せていた。
ただ「ザァコ」とか言ってたのが減点になりそうなので心配だが。
「あ? 女かよ。怪我させたら減点かあ?」
大柄で赤髪を逆立てた彼は、確か先ほど試験の甘さをあざ笑っていた男だ。
編入試験を受けられるくらいだから無能ではないのだろうが、やや自信過剰で粗忽なタイプなようだ。
手には長い木製の槍を模した棒を持っている。
「そうよ大減点。手加減してね」
「はっ!」
ティアの返しに、男は愉快そうに笑った。
ちなみに、こういう手合いはティアの一番嫌いなタイプである。
「それじゃ、準備はいいかい?」
「はい」
「いつでもいいぜ」
ヴァルターが丁寧に確認し、上げた手をさっと振り下ろした。
「はじめ!」
「おらぁっ!!」
合図と同時に男は、ティアの体に向かって木槍を薙いだ。
ティアよりも40㎝近く大きく、力も比べ物にならないほど強いだろう。
こんなものが当たったら、普通の女性なら間違いなく骨折する。
「ま、当たんないけど」
ティアはその単調な横薙ぎを、身を屈めてかわしてラルゴに向かって迫る。
「はっ! かかったな!」
ラルゴは後ろ足をひねり、木槍の柄の部分をかがんだティアの側頭部に向けて振るう。
一撃目が囮で、二撃目で仕留める連打の技術なのだろう。
「はぁ……」
ティアは、ため息をついた。
入学後にこういう風に舐められないよう、フガクにねじ伏せろという指示をしたのだ。
まあ仕方ない。自分はどう見たって強そうには見えない。
フガクも先日、剣を抜いて戦っているティアを見て驚いていたくらいだ。
ただ、舐められること自体は悪いことばかりでもない。
相手がこうやって、本気を出すタイミングを逃してくれるから。
ティアは自分の身体能力がフガクやミユキ、レオナに比べれば遥かに劣っていることを正しく理解している。
だが、それは”あの3人に比べれば”の話だ。
「あん?」
ティアは、木剣で二撃目を受け止めていた。
完全に仕留めた気でいたラルゴは何が起こったのか理解できないという顔をしている。
そしてすかさず、その剣をラルゴの向う脛へと叩きつけた。
「ギャッ……!!」
ラルゴは顔を激痛に歪め、たまらず声をあげている。
ティアは、この騎士学校を天才エリエゼルと張り合い次席で卒業した義姉、ミクローシュ=アルヘイムに憧れた女だ。
義姉と同じ訓練を積み、義姉と同じ聖庁の警護騎士として勤めるに至るまで。
「ああ言っとくけど私、別に弱いわけじゃないから」
ティアの声は淡々としていた。
だがその一撃は、情け容赦なく敵の急所を突きにいく軍人的な戦い方だった
さらにそのままティアは肘を固め、ラルゴのみぞおちへ叩き込む。
「うごっ……!!!」
ティアは、もはや人間を超えているミユキ達に比べれば弱いだろう。
身体能力だって、人間の領域を出ることはないだろう。
だが――
それでも彼女は今日に至るまでの数年間、さまざまな敵や魔獣と戦ってきた。
くぐった修羅場の数なら、ミユキやレオナにだって匹敵する。
ティアの口元には、いつもと変わらぬ仮面のような微笑みが浮かんでいる。
「ま、待……!」
膝をついたラルゴの首筋に向けて、ティアは一切の躊躇なく木剣を振り抜き――
「そこまで!!」
――ピタリと首筋で止めた。
膝を屈し、恐ろしいものを仰ぐようにラルゴの視線がティアに向けられていた。
観客席は一瞬沈黙し、次いで低いどよめきが広がった。
ティアは肩をすくめる。
フガクやレオナにだけ要求したわけじゃない。
「勝者、ティア=アルヘイム!」
自分だって、この試験をねじ伏せる気満々だったのだから。
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