第90話 編入試験②
訓練場で実技試験が行われるので、俺たちは移動した。
石畳が敷かれた巨大な体育館のような場所で、壁には木剣など訓練に使用する道具などが立てかけられている。
バスケットコートが4面ほど入りそうな広さで、それぞれリングのように白線で区切られていた。
そこには複数人の教員が待ち受けていて、昨日のヴァルターやシュルト、一番端っこにはミユキの姿もあった。
彼女は俺たちに気づくと、そっと手を振ってくれたので俺もデレデレしながら振り返した。
「随分余裕だこと」
ティアの笑い混じりの皮肉に、俺も少し調子が戻ってきた。
筆記試験では何人の受験者がいるのか分からなかったが、約200人程度が訓練場に入り、思ったよりも人数が多いことに驚く。
「元気出るよ」
「そりゃ可愛いミユキさんだし?」
君の皮肉のことだよとはあえて言わない。
俺たちは目立つ赤髪ツインテールを見つけたので、そちらに歩いていく。
レオナが一足先に試験会場に到着していたようだ。
「やっほーフガク、無事試験突破できそ?」
「ティアにも聞きなよ」
「アタシやティアがあんな問題で落ちるわけないじゃん」
こいつ意外と無駄に知識あるんだよなと思いながら、レオナと軽口を飛ばしあう。
遠くの壁際には、アギトとバロックを見つけることができた。
アギトも、俺のことを見つけたのか、ウインクを返してくれる。
別に嬉しくはないが、あれを素でできるイケメンぶりには正直憧れる。
「全員揃ったかな。では只今より実技試験を始めよう! 試験は模擬戦だ。受験者同士で戦い、身体能力、技術、スキルなどを見させてもらう」
ヴァルターが前に出て高らかに宣言する。
手に評価用紙らしき紙を挟んだボードを持っており、他の15名ほどの教員も同様だ。
続いて、別の男性教員が言葉を続ける。
「くれぐれも言っておくが、試験結果に勝敗は関係ない! 過度な暴力的行為、悪意のある行為を行った場合は不合格だ。あくまで”模擬戦”、”騎士道”の観点から評価が行われることを忘れるな!」
受験者同士でわずかだがざわめきが起きた。
「へっ、おめでたいこったぜ。戦場で同じこと言えんのかねえ」
俺たちの近くにいた大柄の受験者が、ボソリと呟いた。
そちらをチラリと見ると、赤茶の髪を逆立てた、筋骨隆々の大男が皮肉っぽく笑っている。
「武器は真剣は禁止だ。そこにある木剣や木槍などを使え。何か質問のある者はいるか!」
教員が声を張り上げると、一人の女子が手を挙げ発言した。
眼鏡をかけた紺色の髪のおさげの彼女は、確かに騎士というよりは魔法使いと言われたほうがしっくりくる見た目だった。
「魔法の使用は許可されますか?」
「もちろんだ。だが評価基準はあくまで”騎士としてどう在るべきか”が問われる。周囲を巻き込むような大規模な術は許可しない」
「わかりました」
ある程度は受験者の安全確保も考えなければならないからな。
ただ名門の騎士学校だけあり、入試で受験者同士が戦うとはかなり厳しい内容に感じる。
弱いものは試験を受ける資格すらないと言っているようなものだ。
「他に無いようであれば始める! 呼ばれた者はそれぞれの対戦場に行くように」
そして、訓練場内に用意された4面の対戦場へ受験者たちが振り分けられていく。
俺たちは今回もバラバラにされてしまったが、多分これは作為的に分けられているのだろう。
とはいえ協力して戦うわけでもないので、自力で試験は突破しなければならない。
俺は50名ほどの生徒たちと一緒に、Aのフィールドの周りに並んだ。
なんと、5名ほどいる教官の一人にミユキが混じっていた。
まさか勤務日初日に彼女も評価するのだろうか?
と思ったが、他の教官と違い評価用のボードを持っていないので、審判として駆り出されているだけのようだ。
「え、えーと……それでは始めさせていただきますね。レイモンドさんと、アギトさん。前に出てきていただけますか?」
紙に書いてある内容を読み上げるミユキは、ここから見ているだけでも目立っていた。
周囲の受験者たちからもその評判は上々だったが、中には「細いし、俺の方が強いんじゃないか?」とか言っている奴もいた。
だったら挑んでみると良い。1秒で地面に沈められるから。
「ん? あれ、君ミユキちゃんじゃん。ここのセンセーだったん?」
フィールドの真ん中にアギトが出てくると、ようやく列車で会ったミユキの存在に気づいたらしい。
ちゃんを付けるな「ミユキさん」と呼べチャラ金髪。
「こら私語をするな!」
別の教員に怒られているアギト。
こいつほっといても普通に落ちるんじゃないかと思った。
「へーい、すんませーん」
アギトは特に武器を持っておらず、相手の受験者は木剣を構えている。
「では始めてください」
ミユキの声に、レイモンドと呼ばれた受験者が一気に距離を詰め、上段に構えた剣を素早く振り下ろした。
それをアギトはヒラリとかわし、後ろに回る。
「んじゃ悪いけど、俺合格しなくちゃなんないんでっ」
アギトはレイモンドの背後から当身をして、バランスを崩させる。
さらに倒れ行く彼の腕を極めて地面に押さえつけた。
「ぐっ……!」
ドンッ!
という鈍い音と共に、アギトは一瞬に早業でレイモンドを制圧した。
さらに手に持っていた剣も奪い取り、手近に放り投げた。
「はいおしまーい。ミユキちゃんもういいっしょ? これ以上は折るしかなくなっちまう」
「そ、そこまで!」
アギトの動きは実に鮮やかだった。
さすがは正規の軍人と言ったところだろうか。
一応もう一人の男のスキルも見てみたが、剣術Bと騎馬C+のスキルだけだったので、アギトには対抗できなかったようだ。
「どうよフガク。つーか言えよなー、ミユキちゃん先生だったんかよ」
へらへら笑いながら、アギトは俺の元まで歩み寄ってきてまたもウインクしてきた。
チャラチャラはしているが、イヤミな感じがないのが良いところでもあるのだろう。
とはいえ、ミユキの"ちゃん付け"を止めない限りこいつとは仲良くならないことに決めた。
ていうかこいつ俺にめちゃくちゃ慣れ慣れしいというか、女子扱いしてるところがある。
俺を最初に女性だと思ってたことで、変な癖に目覚めたんじゃないだろうな。
「まあ色々あってね」
「ふぅん。センセーが自分の女だと後々贔屓だなんだ言われるぞ? 大丈夫なのかよ?」
「で、では続いてフガク……さん! ユリウスさん! 前にどうぞ」
アギトの言葉を遮るように、俺の名前が読み上げられた
もはや否定する気も起きないが、俺は一歩前に出て、アギトに笑いかける。
「大丈夫だよ―――」
他の受験生の間を縫うように、俺はフィールドへと歩み出ていく。
「――誰も文句なんか言えない」
俺は真ん中に立つミユキを真っすぐに見つめながら、そうアギトに告げた。
安心しろ。
ミユキが教師として潜入すると決まった時から、ティアと対策は打ってある。
「お、おいフガク武器いらねーの!?」
アギトの声が響くが、もちろん不要だ。
ウィルと殴り合ったときだって使ってないのだから、さすがにやめておいた方がいいだろう。
「やあ初めまして。僕はユリウス。ベルダイン侯爵家の者だが、気にしなくていいよ、ここは身分を競う場じゃ」
「うん。僕はフガク。よろしくね」
「あ、ああ」
ユリウスとかいう貴族の息子は、長々と講釈を垂れだしたので遮って挨拶をしておく。
恨みを買わないように、握手もした。
先ほどのアギトの鮮やかな体捌きは教師たちも唸ったほどだ。
ここから先、俺達がこの学院で動きやすくするためには、余計なやっかみを受けないことが重要だ。
だから――
「さあ、胸を貸そうじゃないか」
ユリウスはやや構えが高い。どこか、習いたての剣術の型のようだ。
「はじめてください」
戦いを告げるミユキの声は、凛と張り詰めて鈴の音のように心地よいものだった。
そうして彼女が俺たちの真ん中に腕を振り下ろした瞬間だった。
――学院の目を欺くには、むしろこの試験で他を圧倒するしかない。
「―――『神罰の雷』!!」
ユリウスが構えた瞬間――会場の空気が震え雷鳴が轟く。
俺は全力をもって、この試験をねじ伏せることにした。
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