第89話 編入試験①
そんなこんなで、俺たちは編入試験の当日を迎えることになった。
制服の試着をしているときに、ミユキが騎士学校の年齢制限を超えていることに気づいた俺たちは、再度慌ててシゼルに連絡を取った。
ミユキは制服を着損に終わって釈然としない表情をしていたが、とりあえずの方向性が決まった。
俺、ティア、レオナは生徒として編入。ミユキは教員として潜入する運びとなる。
しかも俺たちの編入試験はこれからだが、意外にもミユキの採用は一瞬で決まった。
彼女は元々ゴルドールを中心に名の知れた傭兵『人喰い』であり、Sランク冒険者だ。
もはや実績は申し分ないどころかお釣りがくるレベルである。
加えてあの美貌なので、生徒集めの広告塔として、学院としても是が非でも手元に置いておきたい人材だったに違いない。
ウィルブロード経由で翌日には宿に連絡があり、採用試験に赴いたミユキの面接は5分くらいで終わったらしい。
一応受けさせられた筆記試験の結果は惨憺たるものだったようだが、何の問題もなく採用されている。
「ミユキ先生……いい響きだ」
俺は朝、編入試験に向かう多くの受験生たちの流れに乗って、騎士学校の門をくぐった。
俺の呟きに、ティアとレオナが口元を引きつらせて引いている。
「フガク、変態がバレて落ちたらナイフで切り落とすよー」
レオナが「うわぁ」と言いたげな表情でそう言った。
何を?とはあえて聞かないが、変態とは失礼な話である。
俺は年上お姉さんの最上位の職業の一つだと思っている、"先生"と化したミユキに想いを馳せているだけだ。
あれほど”先生”という単語が似合う女性がいるだろうか。
「いやいな」
「分かったから。筆記試験、大丈夫なんでしょうね?」
「……無理かも」
実は俺はほぼ2日間寝ていない。
ノルドヴァルト騎士学院の編入試験は大きく分けると二つある。
筆記試験と実技試験だ。
実技はいいとして、問題は筆記だった。
ティアがギルド経由で手に入れて来た編入試験の過去問では、数学や物理など前世における高校入試レベルの問題が見受けられた。
俺の知識で対応できるものは半分程度。
残り半分は大陸史や王国史などの歴史、他にも戦術理論など俺が過去に触れたこともない内容だったのだ。
「ちょっとしっかりしてよ。フガクもいてもらわないと困るんだから」
ティアからのスパルタ教育は約2日に及んだ。
どんな方法を使ったかは知らないが、シゼルが俺たちを編入試験の候補者にねじこんでくれたまではいい。
だが、試験自体は他の候補者たちと競って突破しなくてはならないのだ。
そこからはもう、徹底した一夜漬けだ。
窓は目張りされ、ティアは教鞭を握っていた。
……もはや牢獄である。
シゼルが必ず俺たちが受験できるようにしてくると信じていたティアは、返答を待つより早く、つまり制服を試着したその直後から宿に俺を閉じ込めたのだ。
そして、ティアに朝から晩まで付きっきりで暗記をさせられていたのである。
「大丈夫、何とかする………」
ただまあ、二徹にはティアも付き合ったので、俺は何も言えない。
校舎に入り、フラフラと階段を上って本日の筆記試験会場へと足を運ぶ。
「ミユキがこっそり答えとか教えてくれたらいいんだけどねー」
「無理でしょ。今日から教員の人が試験監督なんかしないと思うよ」
ミユキは編入試験の準備の手伝いとかで、俺たちより先に出発していた。
ノースリーブの白いシャツに黒いタイトスカート、知的なメガネ姿は徹夜明けの俺にはあまりにも刺激的だった。
まあつまるところ、俺のミユキ先生に対する妄想は現実逃避と二徹によるハイテンションによるものだ。
一応出発前に2時間だけ寝かせてもらえたが、今は覚えた知識が頭からこぼれないよう慎重に歩くので精いっぱいだった。
「しっかりねー!」
「寝るなよー」
二人の声を背中で聞きながら、どうにか教室の扉を開けて入る。
残念ながら、テイアやレオナとは違う教室になってしまったようで、教室に入るときに別れることになった。
前世の学校に比べるといくぶんか重厚でしっかりした木製の机と椅子が、20席ほど整然と並んでおり、既に席についている受験生も多くみられた。
「お、来たなフガク」
自分の席につくと隣にはアギトがおり、暇だったのか気さくに声をかけてくる。
「お前大丈夫か? なんか顔色悪くない?」
「徹夜で勉強してたからね……」
「そりゃご苦労さん。でもお前、筆記なんてあってないようなもんだぜ?」
え、そうなの?
俺は愕然となったが、だからといって無勉強で挑めるほど俺の『精神力SS』は強くはない。
「まあせっかくだし一緒に合格できるといいよな、がんばろうぜ」
そう言ってアギトは屈託なく笑った。
とりあえず聞かなかったことにして、俺は詰め込んだ知識で破裂しそうな頭を抱えて試験に臨んだ
―――
「フガク! どうだった?」
筆記試験が終了し、実技試験の会場に移動する際、ティアが俺の教室に飛び込んできた。
レオナとも教室がバラけたようで、実技試験会場で合流することになっている。
正直なところ、よくできたとは言い難いが、知識問題は思ったよりも答えられた気がする
「思ったよりはできたよ。でもジェラルド王の騎士団改革なんてまるで分からなかった」
「あー……それ過去問になかったもんね。というか騎士団改革の最後、『内外騎士団分離制』なんて今年できた制度だからわからなくても無理ないよ」
ティアも少し苦い顔をしている。
やはり一夜漬けでは無理があったか。
「まあもう終わったことだし、切り替えよう。次は実技、むしろこっちが本番だから」
今さら悔やんでも仕方ないと、ティアが前向きな言葉で元気づけてくれる。
「フン、その程度の問題も分からないとは、ノルドヴァルトのレベルも落ちたものだ」
と、何ならムカつくことを言いながら俺たちの横をメガネの男子受験者が通り過ぎて行った。
昨日のシュルトとは無関係で、生真面目そうな見た目をした陰険メガネ2号だ。
おいおい、キャラがかぶってるぞ。
「気にしなくていいよ。フガクが勉強始めたのなんて2日前なんだから、知らなくて当たり前だし」
「気にしてないよ。ティアは試験大丈夫だった?」
腹は特に立たない。というか、絵に描いたような嫌みメガネっぷりが面白かったくらいだ。
ティアに笑いかけながら問いかける。
彼女だって俺のために徹夜をキメたのだから、体調は若干心配だ。
「多分ね。ただ私は実技の方が問題。3人より明らかに身体能力は劣るから」
「そういえば教室でアギトにも言われたよ。筆記はあってないようなもんだって」
「それは言い過ぎね。点が悪かったら普通に落ちるよ。まあ実技が重視されるのは本当だけど」
などと喋りつつ、俺たちは実技試験会場である訓練場に向かった。
筆記がイマイチであろう俺には、実技で結果を出す必要がある。
眠たいなどと言っている場合ではないので、俺は両手で頬をパチンッと叩き気合を入れなおした。
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