第87話 学校に行こう①
俺たちはヴァルターにお見送りという名の強制連行をされ、『ノルドヴァルト騎士学院』校内見学は終了となった。
今は門を出て丘を下りながら、互いの所感を共有し合っているところだ。
「あれがヴァルターさんですか。聞いていたよりは、お若く見えますね。ただ、やはり佇まいというか、身のこなしには隙がありませんでした」
「いや、ていうかあのおっさん激ヤバだよ。アタシらの息づかいまで全部見られているみたいだった」
俺たちが感じていた視線や嫌な感じというのは、あのヴァルターの気配だったのだろうか。
そんな風には見えなかったが、確かに穏やかなのに妙な威圧感があり、達人のような雰囲気をまとっていた。
「学校の中には何かありそうな感じではあったけど、具体的に何かがおかしいとかは無かったよね」
俺たちの会話を聞いていたティアが、口を開いた。
「そうだね。ヴァルターが出てくるのは想定外だったけど、話が通じなさそうな雰囲気でもなかったし、彼の回答自体は誠実だったようには感じた」
俺も同意見だった。
ヴァルターは、生徒らの失踪自体は認めたうえで、考え得る理由と対策も示してはくれていた。
逆に言えば、彼にも正確な原因は掴めていないということでもあるのだが。
また、当然彼が真実と本心を語っていればの話だ。
「でもどうしましょうティアちゃん。学院に入るのは簡単では無さそうです。このままでは調査もままならないのでは」
誰でも気軽に入れるというわけではなく、門は固く閉ざされていた。
毎回アポを取って見学申し込みというのも不自然だし、強行突破もヴァルターがいると難しいだろう。
「あのシュルトってメガネ、アタシらのこと敵みたいに見てたしね」
「いくつか方法はあるけど……」
ティアは少し迷っている様子だった。
俺も正直手が思いつかないわけではない。
というか、既に何度も提示されていた方法がある。
「僕たちも入学しちゃう……とか?」
そう、俺たちもここまで散々フラグを立ててきたが、編入試験を本当に受けてしまういうやり方がある。
実際に生徒になってしまえば、誰にはばかることもなく学内を調査できるのだから。
だが俺の発言に、ミユキとレオナが困惑したような視線を向けて来た。
「いやー……アタシも思ったけどさー、無理じゃない?」
「そもそも今日言って明後日の編入試験に参加できるものなのでしょうか?」
だよねー。
まあ言ってみただけだ。ニ人の懸念は俺も真っ先に思いついたことである。
「いや……できなくないんだよね。ただ……あまり取りたくはなかった方法でもあるというか」
意外にも、ティアは俺の意見に賛同した。
俺の考え無しの言葉に呆れた目でため息交じりに皮肉を飛ばし、軽く心をへし折りにくるかと思っていたので驚いた。
「え、で、できるんですか?」
ミユキも目を丸くしている。
「ううーん、多分? ちょっと相談してみる」
ティアが頭を抱えて唸っているのは久しぶりに見る。
こんなに要領を得ない答え方をしているのも珍しいことだ。
「相談って誰に?」
「まあ緊急事態だし、みんなにも紹介しとくよ」
というわけで、今までになく歯切れの悪いティアの態度に若干の不安を覚えつつ、15分ほどかけて橋を越え街に戻ってきた。
そしてどういうわけか、俺たちは再びギルドの建物へと舞い戻る。
中に入ると、ティアは無言でカウンターへ向かい、手慣れた様子で何やら書類に記入している。
その後、俺たちは言われるがまま別室に通されることになった。
「ティア、何ここ?」
通されたのは、無機質で静かな空間だった。
壁は厚く、外の喧噪が一切届かない。
窓ひとつないその部屋の中心に、木製の机と数脚の椅子。そして机の上には灰色の筐体が鎮座している。
「通信室。光信機で通話ができるんだけどね、傍受の危険があるからあまり使わないんだよ」
ティアはそう言いながら、無造作に機械のスイッチを入れた。
本体には、澄んだ青色の光石が数個埋め込まれており、起動とともに淡く青白い光を放ち始める。
そういえば、ドミニアと戦った『神域の谷』でギルド職員が慌ただしくこいつを使って連絡を取っていたのを見た気がする。
「ええと……どちらと通話されるんですか?」
アポロニアとかにもう一回推薦状でも書いてもらうのだろうか。
「ウィルブロード」
ティアの口から告げられたその名に、俺は思わず首をかしげた。
彼女の故郷であり、旅の起点でもあったウィルブロードに連絡してどうするのだろうか。
そう疑問に思う暇もなく、ティアは本体の側面からスライドパネルを引き出し、ずらりと並んだ数値ボタンを迷いなく押していく。
数字を押すたび、高音でカチリと反応音を返した。
静まり返った室内に、光の脈動と共鳴音だけが響く。
「はい、こちらアリギエリ宮殿第一執務室。通信を確認しました」
ザラザラとしたノイズ交じりにややくぐもった、しかしどこか威厳のある女性の声が光信機から響いた。
音質は悪いが、確かに電話のように活用できる。
便利な代物ではあるが、俺が前世で使っていたスマホのようなサイズ感ではないため、一般にはあまり普及していなさそうだった。
「シゼルさん、私。ティアだけど」
「まあティア様。ご無沙汰しております。お元気でしたか」
通信機の向こう側にいる女性、シゼルはティアの声を聞くなり少し声のトーンが上がった。
聡明そうな声で、穏やかな雰囲気だ。
「うん、久しぶりだね。ねえ、シグいる?」
「申し訳ありません、王子は今会談の最中で、戻られるのは夜になるかと」
"シグ"というのは、恐らくだがティアの旅を支えているという『シグフリード』王子のことだろう。
「ティアちゃん、こちらの方は?」
「あらティア様、お仲間の方がいらっしゃるんですか?」
ミユキの問いに、シゼルは朗らかなトーンで言葉を返してきた。
「も、申し遅れました。私はミユキ=クリシュマルドと申しまして、ティアさんの護衛といいますか、旅のお供をさせていただいております」
通信機で話すのに慣れていないのだろう、どこに視線をやればいいのかイマイチ分からないといった様子で、ミユキが機械に向かって頭を下げていた。
なんだか友達の母に自己紹介してる感じになっているのが可愛い。
「今喋ったのがミユキさんで、あとフガクって男の子と、レオナって女の子がいる」
「はじめまして、フガクです。いつもお世話になってます」
「レオナでーす。天才アサシンやってまーす」
俺たちも機械に向かって頭を下げながら挨拶しておく。
「まあまあ、皆さまご丁寧に。私はシグフリード王子殿下と共にティア様の旅の支援をさせていただいております、『シゼル』と申します。お顔が拝見できないのが残念です」
通信機の向こうの女性は、包容力と知性を感じさせるような語り口調で、優しそうな雰囲気が溢れていた。
「ごめんシゼルさん、今ギルドの光信機使ってるから、あんまり長くは喋れないんだ。用件を伝えても? シグにも言っといてほしい」
「承知しました。どうぞ」
シゼルは声のトーンを幾分か淡々としたものへと戻し、ティアに続きを促す。
「ノルドヴァルトの編入試験に私たち4人をねじこめる? 明後日なんだけど」
つまるところ、ティアはウィルブロードからの政治的圧力によって、俺たちを編入試験の対象者にしようとしているということだ。
特に考える間も空けず、シゼルからはただちに返答があった。
「可能です。王子には少しゴリ押ししていただく必要がありますが、多分喜んでやってくださいますよ」
「ええ? なんでよ?」
「ティア様からの珍しいお願いごとですから」
シゼルの声を聞いていると、難しいことでもまるで簡単なように聞こえてきて不思議だった。
「っていうか、シゼルさん。”何でそんなことを?”くらい聞いたら?」
ティアの苦笑に、俺たちもつられて笑った。
「ティア様は無駄なことがお嫌いですからね」
「はいはい悪かったよ。じゃあお願いできる?」
「承知しました。至急取り掛かりますので、明日の10時ごろまたご連絡いただけますか?」
「分かった、シグにもよろしく言っといて」
「王子もお喜びになられます。それでは皆様も、失礼いたします」
それっきりプツリと音声が途切れ、本体に取り付けられた光石の輝きも治まった
通話が終了したようだ。
「ほんとにできるんだね」
「まだ確定はしてない。でも、ほんと嫌なんだよね……」
ティアはげんなりした顔をしている。
何故だろう。
まあ確かに、倫理的に必ずしも褒められた手法では無いかもしれない。
仮に俺たちが受かったとすれば、それによって誰かは落ち、人生が変わってしまうかもしれないのだから。
さすがはティアだ。
彼女ができれば取りたくないといったこの方法、それほどまでに思い悩んでいたことも頷ける。
ということを伝えてみると、彼女は眉をひそめた。
「まあそれもあるけど、制服……着るんだよ?」
「確かに……私もちょっと遠慮したいかもです」
え、そこ?
まあ確かに16歳の子とかが着る制服を、24歳で着させられるのは若干屈辱を感じるのかもしれないが。
いや見たいよティアとミユキの制服姿。
成人して数年経つ大人の女性である二人が、羞恥に顔を染めながら制服を着させられる姿なんて見たいに決まってる。
やだやだやだ!見たい見たい見たいー!!
と、心の中で精神年齢4歳くらいの駄々をこねつつ、俺はどう反応したものか少し迷った。
俺のリアクション次第で今後の彼女らの態度が変わりそうな気がしたからだ。
多分下手な反応をするとカルナヴァーレされる。
「なんで? 別によくない?」
と言ってあっけらかんとしているレオナ。
そりゃ君は16歳だからね。制服が普段着だってなんの違和感もないよ。
でも大人には大人のプライドというものがあるのだ。
「ただ25歳まで入学できるんでしょ? だったら変な感じにはならないんじゃない?」
一応無難にフォローは入れておく。
そもそもこの世界における制服というのがどんなものなのかは知らないが。
「まあそうかもしれないけど……」
「街で制服を販売しているお店があるはずですよ。行ってみましょうか」
ミユキのありがたすぎる提案により、俺たちはとりあえず商店街に向かうことになった。
ティアはしぶしぶ、レオナは乗り気といった感じだった。
どうせシゼルからの返答が来るまで俺たちは待機だ。
セーヴェンの街の雰囲気を掴む意味も込めて、俺たちはギルドを出たのだった。
<TIPS>
お読みいただき、ありがとうございます。
モチベーションにもつながりますので、もしよろしければぜひ評価や感想などいただけると幸いです。
評価は下の「☆☆☆☆☆」から行えますので、よろしくお願いたします。




