第83話 ロングフェロー入国②
俺たちの列車の旅は無事に完了した。
ティズカール発の光導列車の乗車時間は約12時間、といっても夜通し走っていたので大半は寝て過ごせた。
さすがに少し寝にくくはあったが、他の乗客たちも寝ており車内が静まり返ったため他にやることも無かったのだ。
「うーん! ようやく着いたね。寝てれば国境越えて街に着くのはいいね」
レオナが太陽に向かって伸びをしながら言った。
「まだ早いのに、活気がありますね」
現在は朝の8時、セーヴェンの街に降り立つと、そこは確かにゴルドールとは少し雰囲気が違った。
木造建築が多かった帝都やエルルとは異なり、セーヴェンは石造りの建物が多くて全体的に茶色っぽい。
日焼けした煉瓦に、苔の這った石壁。
重厚な造りの建物が整然と並ぶ通りは、どこか昔ながらの職人街のような空気を漂わせていた。
白く霞んだ朝の陽光が、低い建物の合間を照らしては長い影を落とす。
舗装された石畳は固く、馬車の車輪の音が乾いた音を立てて遠くまで響いている。
軒先には干されたハーブや布地が揺れ、店先の看板や細工に施された意匠からは、手作業の温もりが感じられた。
華やかさこそないが、しっかりとした基礎の上に根付いた堅実な街。
それが、俺の目に映るセーヴェンの第一印象だった。
「何かいい匂いするね。店ももう結構開いてる」
早朝の市場には既に商人や買い物客の姿がちらほらと見え、パンを焼く香ばしい匂いと、香辛料の刺激的な香りが鼻をくすぐる。
俺はカレーのような匂いに食欲を刺激されつつ辺りを見渡した。
駅舎から出てきたところだが、人々が行き交い生活を営む様子がよく見える。
「早速ギルドに、と言いたいところだけど、とりあえず宿を取らないとね」
荷物もあるので拠点となる宿探しから始まる。
ゴルドールの帝都ではずっとアポロニアの屋敷にお世話になったが、今回はそうは行かない。
ティアの現在の方針では、刺客の可能性なども考慮してあまり一つの街に長居する気はない。
とはいえ何泊かするなら、高すぎず安過ぎない、程よく快適な宿を探すことになる。
「とりあえず街を歩いてみようか」
ティアの提案を受け石畳の通りを進むと、街の奥に大河がゆったりと流れているのが見えてきた。
川沿いには荷揚げ場や倉庫が立ち並び、朝から荷馬車や船が忙しく行き交っている。
また対岸には高台の上にそびえる騎士学校の尖塔も見えた。
「あれが騎士学校か」
「そう、『ノルドヴァルト騎士学院』。大陸中から若い冒険者や騎士が戦技、戦術なんかを学ぶ歴史ある学院だよ」
「っていうか入学するのはロングフェローの騎士だけじゃないんだね」
ティアの解説にレオナが疑問を口にする。
「もともとこのノルドヴァルトは、数十年前に結ばれた大陸間軍事同盟をきっかけに創設されてるからね。冒険者も、軍人も、貴族も、分け隔てなく学べる場として当時の偉い人たちが作ったみたいだよ」
彼女の説明によれば、2年制の学園で、年齢は16歳から25歳まで広く入学を受け付けている。
軍事的なことだけではなく、教養など貴族の子女教育の場としても活用されていたとのこと。
一応、推薦状か試験は必要なようで、この学校を卒業したというのが一種のステータスになるのだそうだ。
「箔付けに通う貴族や軍人も多いってことか」
「そういうこと。中は中立地帯で、貴族も冒険者もみんな同列っていうのが建前みたいだしね」
建前というのが気になるところではあるが、まあ外での関係をいきなり断ち切ってみんな平等ってわけにもいかないのは分かる。
騎士学校に限らず、こうした異世界の学園はラノベでも人気の高いジャンルと言えるだろう。
俺も前世で書いたことがある。
大体、入学試験なんかで凄まじい力を発揮した主人公が、周囲の度肝を抜くっていうのがよくある展開だ。
そしてめっちゃ強い学園長とか、権限が恐ろしく強い生徒会あたりに目をつけられて何やかんやイベントに巻き込まれていくのだ。
アギトたちはこの学校の編入試験を受けると言っていたが、どんなことが行われるのだろうか。
「そういえば、みんなは学校って通ったことあるの?」
「ないよ」
「ないですね」
「あるわけないじゃん」
お、おう。自分で聞いておいて俺は返事に困った。
その割には3人とも知識とか教養ちゃんとしてるよなと思っていると、それぞれ説明してくれた。
「私は修道院が学校の代わりでしたね」
「私も研究所と、あとは聖庁で勉強したかな」
「アタシは『トロイメライ』で教えてもらったー」
教育機関というのは学校には限らないらしい。
「フガクくんは学校に通われたことあるんですか?」
「うん、僕の世界では、子どもは9年間義務教育があるし、その後高校3年大学に4年通ったよ」
「じ、16年も通うの……? すごいわね」
ティアも珍しく目を丸くしている。
実際は大学院とか、もっと通う人もいるわけだか、
「の割りにはアホだよねフガク」
「ほっとけ」
レオナに馬鹿にされるのをあしらいつつ、4人と学校の話をすることになるなんてなかなか新鮮だと思う。
学校に通っていたのなんてもう何年も前だけど、なんだか懐かしい。
「フガクくんの通っていた学校はどんなことを学ぶんですか? 16年もあると学ぶこともすごく多そうですよね」
ミユキも驚いたように質問を投げかけてくる
正直レオナに16年も通っているのにアホだなと言われるのを、真っ向から否定できない自分がいる。
特にティア辺りと比べると、絶対俺の方が知識も無いと思うし。
「文字の読み書きや簡単な計算から始まって、英語に歴史、物理とか、美術にスポーツとか、本当色々だよ」
「英語って何ですか?」
「あー……僕の世界の言語のひとつかな」
全然通じてるから気にしたことも無いが、そもそもこの世界には公用語とかあるんだろうか 。
ティアも興味があるようで、質問を返してきた。
「へえ、戦術とか馬術とかは無いの?」
「それは無いかな……」
「建国史は? フガクの国は誰が興したの?」
「……な、無い」
「じゃあ16年も何の勉強するの?」
まさかこのタイミングで、旅が始まって以来の文化的ギャップを感じる俺。
なかなか説明の難しさに四苦八苦してしまい、学校の魅力をうまく伝えられていない。
「あーでも! 学校といえばほら、クラスメイトとの甘酸っぱい青春とか、部活にかける熱い青春とか! そういうのも楽しみの一つだから! 楽しいこともあるよ」
「へえ、フガクくんは甘酸っぱい青春を過ごしたんですね。楽しんだんですねクラスメイトの女の子と」
ハッとなった俺。
ミユキが少し冷たい目で俺を見下ろしている気がする。
カルナヴァーレしたときみたいな目になっている。
気のせいだとは思いたいが、ティアやレオナがニマニマしているので、完全な失言だったようだ。
「ち、違うよほら! 一般的な話! 僕なんかもう部活で忙しくて女の子と遊んでる暇もなかったし!」
「いいんですよ別に。昔の話ですし」
あれ? これミユキに焼きもち焼かれてる?
「あーあ、フガクってそういうデリカシーないよねー」
「ねー、ミユキさんに謝ったといた方がいいんじゃない?」
レオナにデリカシーとか言われたくない。
俺があたふたしていると、プィッとそっぽを向いていたミユキがクスクスと笑った。
「……ふふっ、冗談ですよ。そんなことで私は怒りません。ちょっとからかっただけです」
「えー」
どうやら冗談だったらしい。
俺はほっと胸を撫でおろしながら、俺たちの間に和やかな雰囲気が流れる。
ふと思ったのは、これこそがまるで学校の帰り道のような青春なのではないだろうか。
ハートフルな雰囲気になったところで、俺はもう一度遠くに見える騎士学校を眺める。
もし何かのタイミングでもあれば、みんなで学校に通うなんてイベントが起きないものだろうかと、俺は叶わぬ夢を見てしまう。
しかし、まさかその夢が現実のものとなり、血生臭い青春がこの後待っているとは、俺はこの時夢にも思わなかった。
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