第80話 光導列車①
立食パーティの翌日、俺たちは帝都を発った。
アポロニアやガストン氏などに丁寧にお礼を伝え、帝都の南にある駅まで送ってもらった俺たちは、それぞれトランクを一つずつの軽装で旅に出る。
あまりに大量の荷物だと、国境での手続きで面倒が発生する可能性があるというのがティアの談だった。
「おおー、これはすごいね!」
時刻は間もなく昼。
俺は久方ぶりにテンション高く感嘆の声をあげた。
俺の目の前には、駅舎に停まる巨大な汽車があったからだ。
前世のものともかなり形は似ているが、蒸気機関車ではないため煙突や石炭庫などは無い。
代わりに先頭車両には光石が搭載された機構があるとのことだった。
光導列車とは、光石のエネルギーで動く列車だ。
駅舎の天井には光石の照明がずらりと並び、構内の床には光導路とよばれる線が走っている。
俺たちの前で停まっているのは、黒銀の装甲を纏った十数両の列車――その先頭には、魔力を収束する巨大な白い光石が脈打つように輝いていた。
駅のホームは4つほどあったが、現在車両が停まっているのは、俺たちが乗るホームだけだ。
「アタシも乗るの初めてー! ねね、早く乗ろうよ!」
「はは、子供みたい」
「子供でしょ」
同様にはしゃぐレオナを見た俺の呟きに、ティアがすかさず突っ込む。
帝都から国境の街『ティズカール』まではおよそ5時間の旅だそうで、東京ー博多間くらいの移動時間だろう。
速度はそこまで出なさそうなので、距離で言えばもう少し短いが、充分乗っていられる時間だ。
ちなみにお値段の方は一人1,800ゼレルで日本円換算だと50,000円くらいだろうか。
新幹線の倍くらいの値段だと考えると、かなり高いと言える。
馬車を借りた時にも思ったが、やはりこの世界は移動手段が限られる分料金も高くなる傾向にあるようだ。
「フガクくんの前の世界でも列車はあったんですか?」
「うん、色んな種類があってね。ただ昔満員電車にギュウギュウ詰めにされて会社行くのはきつかったなー……」
「満員ですか……それは辛そうですね」
前世で10年程度前にサラリーマンをしていた時の苦い記憶が蘇る。
ギュウギュウ詰めという言葉に、ティアも想像したのか嫌そうな顔をした。
「私ちょっと緊張しています。これって動くんですよね?」
「当たり前でしょ。あなたたち、少し落ち着きなさい。座ってれば着くから」
ミユキも初めてだと言っていたので、見た目はいつも通り楚々としているが実際だいぶテンションが上がっているのかもしれない。
ティアが俺たちをたしなめつつ先導してくれるので、前から3両目の客車に入っていく。
車内は白とブラウンを基調とした落ち着いた雰囲気で、通路の両側には4人掛け向かい合わせのベンチシートが複数並んでいる。
「アッタシ窓側もーらい!」
俺たちは真ん中あたりのシートを取ってある。
レオナはドタドタとかけていき、早々に窓際を陣取った。
乗客はまばらで、俺たちの前の席に座っていた上品な老夫婦が、レオナの無邪気な姿にクスクスと笑っていた。
すみませんうちの子が。
「フガクくん、窓際どうですか?」
「ううん、ミユキさん初めてなんでしょ。せっかくだからどうぞ」
まあ俺も光導列車とやらは初めてだが、なんとなくミユキがそわそわして座りたそうだったので普通に譲る。
「そ、そうですか? ではお言葉に甘えて」
譲って正解だったようだ。
俺たちは座席の上の棚と、座席下のスペースにトランクを入れ、席につく。
ミユキが窓際に座ったので俺もその隣に座り、向かいにティアが座った。
「駅弁みたいなのも売ってるんだね」
ふと窓の外を見る。
駅舎では駅員や乗客、見送りの人々などで活気があり、食料品や飲み物などの販売員も行き交っていた。
「駅弁ってなにー?」
レオナが興味津々と言った具合で食いついてくる。
「電車で食べる弁当のことだよ。旅の醍醐味だよね」
「何それ食べるー!」
「まったく、あなたたちといると退屈しないよ」
出発まで間もなくというアナウンスが流れ、乗客もポツポツと車内に入ってくる。
ティアは、物珍しそうに辺りをキョロキョロ見回す俺たちを見ながら、お決まりの皮肉を飛ばしている。
とはいえ、彼女も楽しそうには見えた。
「ティズカールに着いたら、すぐに別の列車への乗り換え手続きをするからね。列車で国境を越えるけど、みんなギルドカードはある?」
出発までの間に、パスポート替わりになるギルドカードを確認し合う。
俺も懐に入っているのをしっかりとチェックした。
ティアが気軽に作ってくれたギルドカードだが、かなり重要アイテムだ。
「ティズカールからセーヴェンまでは直通ってこと?」
「そう。ゴルドールとロングフェローは同盟国だしね。ちなみにどちらの国からも、列車でウィルブロードへの国境を越えられるよ」
そんな話をしていると、駅舎の中に汽笛が鳴り響いている。
蒸気じゃないから厳密には汽笛ではないのだが、出発の合図のようだ。
間もなくして、光石が唸るような低い振動を響かせ、列車がゆっくりと動き始める。
窓の外では、帝都の景色が少しずつ後ろへと流れていった。
家族との別れなのか、涙を流している人の姿や、笑顔で手を振る人たちの姿が何人も見られた。
隣でミユキも小さく息を呑み、窓の外をまじまじと眺めている。
「……すごいです。まるで空を飛ぶみたいですね」
その横顔は、普段の凛とした姿とは少し違って、どこか少女のように見えた。
「次はいつ帝都に来られるかしらね」
「またアポロニアの家に泊まれたらいいけどなー」
ティアとレオナの会話を聞きながら、やがて列車は速度を上げ、帝都を抜ける。
城壁に開けられたトンネルを潜り抜け、広い大草原へと列車が走り抜ける。
俺は窓の外を見ながら、新たな旅が始まったという実感がようやく湧いてきた。
第四章が本日より開幕となります。
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