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魔王、いいから力を寄越せ!~転生した俺が美人勇者と復讐聖女を救うまで~  作者: 裏の飯屋
第三章 狂気の勇者編

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第77話 ガウディス機関③


 リュウドウは、15分ほど部屋で待機した後、招集を受けた。

 向かうのは、第1ラボ──バルタザル国立研究所の最深部に位置し、国家の最重要機密が集められた研究施設だ。


 後ろには、いつものようにユリナが着いてきていた。

 「着いてくるな」と言っても、彼女は言うことを聞かない。

 だがユリナには、この研究所の外に出ることこそ許されていないが、内部であればどこを歩いても良いという特例がある。


 それは、彼女の重要性を物語っていた。

 同時に、ここが彼女の檻であることも意味している。


 リュウドウは目的の部屋で到着し、大きな両開きの白い扉を開けて中に入る。


 円形の部屋を取り込むようにいくつかの机が置いてあり、その一つにはドラクロワが座っていた。

 こちらに向かって手を挙げる彼を無視し、リュウドウは部屋の中心へと進む。


 ……部屋の片隅には、年端もいかぬ少女が椅子に腰かけていた。

 色素の薄い、青白く長いウェーブの髪。

 まるで場違いな花冠を頭に乗せてただ微笑んでいる――その違和感だけが、妙に目に残った。


 リュウドウは一瞬少女と目が合ったが、特段気にすることも無く、正面へと進み出る。 

 部屋の奥の壁に設置された巨大なガラスは、スモークのように透明度が無く何も見えなかった。


 そして、そのガラスの前に立ち、こちらに背を向けている白衣の男。

 彼が、リュウドウを呼び出した張本人であり、この研究所のトップでもある。


「ご苦労だったね、リュウドウ君」


 軍服の上から白衣を纏い、サイドを刈り上げた髪を撫でつけた、40代半ばくらいのその男は、リュウドウを見るなり冷徹な声でそう言った。

 太い黒ぶちの眼鏡をかけ、理知的ながら冷たさを感じさせる。

 だが、リュウドウは特に怯むこともなく真っすぐに見据える。


「問題ない。(くだん)のミューズと『赤光石(しゃっこうせき)』について報告をしたい、ガウディス局長」


 その男こそ、アンドレアル=ガウディス。

 聖女、ミューズ、赤光石といった、人知を超えた領域の研究にその人生の全てを捧げる怪人だ。


 彼がこの研究所の責任者であり、ゆえにここは『ガウディス機関』と呼ばれることもある。


 リュウドウの後ろに控えるユリナを、感情のこもらない眼差しで一瞥した後、ガウディスはかぶりを振った。


「不要だ。既にミランダ君達から聞いている。君たちが任務を失敗し、赤光石をまんまと奪われたこともね」


 リュウドウは責任を問われても致し方ないと考えていた。

 そもそもの原因は、フガクに対してミューズの名前を出した自分に起因する。

 悪くない賭けだと考えたうえでの行動ではあるが、結果として作戦失敗に繋がったのだ。


「返す言葉もない」


 覚悟というほどでもない。

 リュウドウは、軍人である以上命令は絶対。

 達成できなければ、何らかの罰を受けるものだと受け入れていた。

 それが死だと言うのならば、愚かなことだとは思うが、一定の理解もできる。


「ああ、勘違いしないでくれ。私は君を咎めるために呼び出したのではない。伝わっていないかね? まずは傷の具合を見るためだ」


 人間の身体を知り尽くし、そのうえで数多の怪物たちを作り出してきた男だ。 

 身体を預けるのはいささかの不安もあったが、治療に関する技術と知識も間違いなく本物だ。


「問題ない。俺は『魔人』。あんたならよく分かっているだろう」


 リュウドウの言葉に、ガウディスは一寸たりとも表情を変えることはない。


「リュウドウ君。魔人とはなんだ」


 ガウディスの言葉に、リュウドウは眼を鋭く細めて睨みつける。

 だが、一応は上官であるガウディスの問いには答えなければならない。


「天使の権能の一端を扱う人間のことだ。本質的には、ミューズや聖女と同じものだと認識している」

「いいや違う」


 リュウドウの言葉を、ガウディスはただちに否定した。

 背後からは、ユリナの不穏な気配が感じ取れる。


 ユリナはガウディスを嫌っている。

 当然だ。自分の身体を怪物へと変えた研究者、彼の調整が無ければ周囲に災厄をまき散らし続ける身体にされているのだから。


 リュウドウは気に留めないようにしながら、ガウディスに問いを返す。


「ではなんだと言うのだ」

「『魔人』とは、天使の肉体を再現した人間のことだ。聖女のような権能はなく、君はただの少し頑丈なだけの、半端な怪物なのだよ」


 ガウディスの冷淡なもの言いに、リュウドウは奥歯をギリリと噛んだ。

 それを知ってか知らずか、ガウディスは言葉を続ける。


「天使とは神の端末。その力の一端を再現したものが聖女だ。対する魔人は、あくまでも物理的に肉体を強化された人間であり、ただ“神の燃料”を用いた人間強化。似て非なる、滑稽な模倣品に過ぎない」


 ガウディスはただただ真実を告げているだけだが、リュウドウはわずかながらに苛立った。

 自分を出来損ないの生物だと言われたように感じたからだ。

 だが、どこまでも事実である以上リュウドウは何も言い返すことはない。


「ああ、気を悪くさせたのであればすまない。ゆえに、君は治療を受けねば死ぬぞと言いたいだけなのだ。君のアイデンティティを否定しているわけではない」

「気遣いは不要だ。承知した」


 スモークガラスで見えない窓の向こうが、天井からアームが伸び、人体を弄り回すための手術台などが置かれた実験室であることをリュウドウは知っている。


 普通の人間の精神であればどう考えてもあの向こうには行きたくないであろうが、リュウドウはそうではない。

 治療が必要であれば、そこで地獄が待っていようと受けるのみだ。


「その前にリュウドウ君。セレスティアには会ったかね」

「ああ」

「彼女を活かすべきか、殺すべきか、少し迷っていてね。実際に目の当たりにした君の意見を聞かせてもらいたい」


 この男が迷うなどあり得ないということを、リュウドウはこの2、3年ほどの付き合いでよく知っていた。

 どういうつもりかは知らないがその話題には乗らない。


「それは俺が決めることではない。任務とあらば殺すし、必要ならば生かして捕らえよう」

「これはただの世間話だ。君の眼にセレスティアはどう映った?」


 セレスティア=フランシスカ。

 リュウドウもそう多くを知っているわけではないが、ユリナと同じ『災厄の三姉妹』の一人だ。

 10年以上前、ガウディスがレッドフォートで聖女の研究をしていた結果生まれた産物の一つだと聞いている。

 

 多少異様な雰囲気はあったが、一見すれば普通の女にしか見えなかった。

 ユリナと”もう一人”とも違い、人間的な感情を持っているように見えた。


 本来備わるはずの権能を彼女はほとんど使えない。

 それゆえ“出来損ない”と呼ばれているということも聞いていた。

 その代わりに人間性を維持しているならば、何とも皮肉な話だと感じる。

 すると、リュウドウの背後で今まで黙っていたユリナが代わりに声をあげた。


「脆弱で哀れな姉です。生きていても何も成せないのだから、殺してしまえばいい……それが唯一の救いのはずです」


 ユリナは憎しみではなく、本当に憐れむようにそう言った。

 その身に不幸を宿して生まれてしまった哀れな姉は、安らかな死こそが優しさであり救いであると。

 リュウドウは彼女の言葉に微かに視線を伏せた。


「ユリナ。君の意見は聞いていない」


 その言葉を、ガウディスは淡々と否定する。

 ユリナはリュウドウの背中に隠れるようにして押し黙った。


「……正直なことを言えば、放っていても問題ないのではないかと思った。発端となった俺が言えたことではないが、悪戯に接触をしなくてもよかったのではと今では思う」


 リュウドウも、命令であるためフランシスカの特定を行ったが、彼女自身には特別な力があるようには見えなかった。

 フガクやミユキと呼ばれていた女と比べても、非力なただの女であると判断した。


「君の意見も、ユリナの言うことも分かる。確かにセレスティアは、本来あるべき権能が極端に弱い欠陥だらけの聖女だ。だが……」


 ガウディスは持論を展開していく。

 リュウドウは大して興味も無かったが、既に敵対している以上情報は入れておいても損は無いだろうと考え、黙って聞く。


「だが、彼女には一つ、私が他の検体でも再現できなかった権能が備わっている」

「それが、先日あんたが言っていた"死を超克する力"のことか?」


 リュウドウは、エルルでの任務を終えたあとの定時連絡の際の言葉を思い出した。

 「死にゆく定めを超えてこそ価値がある」と言っていた、フランシスカの力とは一体何を示すのか。


「そうだ。したがって、彼女には引き続き死を贈り続けよう。それでも私の元に辿り着くと言うのなら、彼女の権能は本物だと逆説的に証明されるのだから」


 ガウディスの淡々とした言葉の奥には、確かな狂気があった。


「俺の任務はセレスティアを殺すことか」


 リュウドウはガウディスを真っすぐに見据えながら問う。

 だがガウディスは首を横に振った。


「いいや、君達は引き続き赤光石を追ってくれ。セレスティアと接触せぬよう、アレクサンドラ方面へ出立してもらう」

「では奴らはどうする」


 リュウドウには正直、セレスティア=フランシスカよりも気になる人物がいた。

 フガクの顔を思い浮かべながら、問いかける。 

 すると、ガウディスではなくこれまで自席に座っていたドラクロワが声をあげた。


「ちょうど今、別件でロングフェロー方面にゼファーが行ってる。ボクも少ししたら後を追うつもりだから、任せておけばいいよ」


 お前には聞いてないと、リュウドウはそちらを一瞥もしない。

 ゼファーは、ドラクロワと同じくガウディスの部下だ。

 軍属で比較的まともな人間の感性を持っているミラ達と比べると、人格的には破綻している。

 確かに、死を贈りつけるには丁度いい人選かもしれないと思った。

 だが……


「さて、話は以上だ。では治療に移ろうか」

「待て、俺も話がある」


 踵を返して実験室に向かおうとするガウディスに、リュウドウが声をかける。

 

「何だね?」


 ガウディスは振り返った。


「俺には力が必要だ。『魔人』の力を強化することは可能か?」


 リュウドウは、それが任務に必要であるならばと、ガウディスを真っすぐに見据える。

 フランシスカを守る二人の人物は、どちらもこれからさらに恐ろしい程の進化を遂げると、直感的に感じさせられた。


 フガクとミユキという二人の異物は、今後手の付けられない化け物に変質する可能性を秘めていると。

 そしてリュウドウにとって、今回の件は彼らと戦うための力が不足していると痛感させられる出来事だった。


「リュウドウ様……駄目です」


 ユリナが、リュウドウの軍服の裾を指でつまんだ。

 振り返ると、ユリナの瞳が行くなと告げていた。


「そうそう、止めときなリュウドウくん。さすがのボクでもそれは勧めないよ。君、人間じゃなくなりたいのかい?」


 ドラクロワのあまりにも軽い調子の物言いに、リュウドウは嫌悪感を覚える。

 ユリナは無感情のようには聞こえるが、彼女なりに引き留めているつもりではあるらしい。

 だが、リュウドウに迷いは無かった。

 

「リュウドウ様……」


 ユリナの小さな声を振り払うように、裾を掴む指から軍服の端がスルリと抜けた。


「……よかろう。調整はしてみよう。"人間を捨てる覚悟"があるのなら」


 ガウディスはただただ冷徹に、リュウドウを見据えてそう言った。

 実験室へと向かっていく背中。

 リュウドウもまたその背を追うべく、足を進める。

 そして、ガウディスに向けて一つの問いを投げかけた。


「局長、あんたの目的は何だ。赤光石を集めてどうする」


 ガウディスはリュウドウの言葉にピタリと足を止め振り返る。

 人差し指を立て、顔の横で天を指さし、ただ一言こう言った。


「―――神に挑むためだ」


 それが何を意味するのかリュウドウには分からなかった。

 だが、ガウディスはくだらない冗談など言わない男だ。

 だから彼の言葉は全くの本気で、何かを成そうとしているのだろう。


 そしてリュウドウは、人間を超えるため扉をくぐった。

 実験室へと消えていくその背中を、ユリナがどこか寂しげに見つめていたことに、リュウドウは最後まで気付かなかった。


<TIPS>

挿絵(By みてみん)


お読みいただき、ありがとうございます。

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