第7話 初陣
一悶着ありながら、俺たちも森へと足を踏み入れる。
木が鬱蒼と繁る森だが、まだ日の高い時間だからか見通しは悪くない。
まだ入り口付近ということもあり、草が踏み荒らされていて歩きやすかった。
ティアは地図を見ながら奥へと進んでいく。
「あ、そういえばミユキさん。さっきの連中が言ってた『人喰い』って……」
ミラの介入で聞きそびれてしまっていたが、ミユキが『人喰い』と呼ばれていると、冒険者の男は言った。
空気を読んでスルーすべきかとも思ったが、さすがに気になるので尋ねてみる。
「ええと、それはですね……私冒険者をやる前は傭兵のようなことをやってたので、ただのあだ名と言いますか……」
「ミユキさんが戦場で強すぎて怖がられてただけだよ。疑問は晴れた? じゃあ黙って着いてきてね」
言い淀むミユキをティアがフォローし、ぴしゃりと釘を刺されてしまった。
確かに、いつ魔獣に襲われてもおかしくない状況でする話では無かった。
「ああ、うん。ミユキさんも余計な詮索してごめんね」
「いいえ。フガクくんを食べたりしないので安心してくださいね」
冗談めかして優しく微笑み返すミユキ。
正直何をすればそんなあだ名がつくのか気にならないと言えば嘘になる。
だが、彼女は押しも押されぬAランク冒険者。
いつか彼女の冒険譚でもゆっくり聞いてみたいものだ。
「フガク、ちょっと来て」
「うん? どうしたの?」
数m先を歩いていたティアが、小声で俺を手招きする。
「あれ、倒してみて」
ティアが指差した先には、赤黒い大きな猪のような魔獣がいた。体調は2メートルほどで、下顎から巨大な牙が2本生えていた。
餌でも探しているのが、1体でゆっくりと歩いている。俺は腰に携えた銀鈴に手を添えてごくりと唾を飲み込んだ。
「フガクをどれくらい当てにできるか見ておきたいし。死にそうになったら助けるから、とりあえずやってみてくれる?」
さらりと怖いことを言っているが、正直願ったりではある。
俺は自分でもどの程度魔獣に対して通用するのか分かっていないのだから。
「じ、じゃあ行くよ」
「フガクくん、スキルを使ってみてはいかがですか? ほら、私たちのスキルが見えたあれです」
おそるおそる足を踏み出した俺に、思い出したようにミユキがアドバイスを送ってくれる。
なるほど確かに。
早速、猪型の魔獣のステータス画面をスクロールしてみる。
―――――――――――――
▼NAME▼
ブラッドボア
▼SKILL▼
・突進 B
―――――――――――――
魔獣は人間と違って年齢は見えないらしい。
スキルは『突進』が使えるようだが、猪型の魔獣なのだからそりゃするだろうという感じだ。
確認しても大した情報は得られなかった。
「うーん、名前とスキルくらいか。もう少し色々と見えたらいいんだけどな」
「スキルが見えるだけでも十分規格外だと思いますよ」
「まあブラッドボアは大陸各所に生息してて、割と被害報告も多い魔獣だけど、対処法さえ分かっていればそう恐ろしくは無いわ」
ティアがそう言いながら、足元にある枝を拾って、何を思ったかおもむろにブラッドボアに向かって投げつけた。
「わああ! ばっか! ティア何してるんだよ!」
「ティアちゃん……」
「誰が馬鹿よ。不意打ちで倒してもフガクの実力が分からないでしょ。大丈夫大丈夫」
頭に枝をぶつけられ、お怒りのブラッドボアがこちらを認識するやいなや一直線に突進してきた。
「真っすぐしか進めないから、真横に逃げれば簡単に対処できるよ」
「ブモオオオオオオオオォォォ!!!」
吠え猛りながら細い木を薙ぎ倒す突進力は、真正面にぶつかれば何メートルも吹き飛ばされるか、そのまま牙に貫かれて内臓の損傷は免れないだろう。
「うぉぉおああああ!!!!」
と、分かっていたのに、思ったよりも速いブラッドボアの突進を、俺は直感的にかわしきれないと感じて真正面から受けてしまう。
鋭い牙を掴み、数百キロはありそうな巨体に、地面で靴底を削り取るような勢いで押し込まれる。
「フガクくん!」
「なんで正面から受けるの!? 横に飛びなさい!」
木々をなぎ倒しながらブラッドボアの突進を受け止めるが、その勢いはおさまらない。、
俺の想定外の動きに、ミユキもティアも驚きの声をあげた。
いや分かってる。
分かってるが、タイミングを逃してしまったのだから仕方ないだろう。
「止まれぇぇぇえええ!!」
奴の牙から手を離せば、俺の体は恐らくトラックに轢かれたような有様となるだろう。
だから俺は意地でも離してはならないと、必死で踏ん張る。
しかし、体重差がありすぎて止めるには至らない。
「フガク! 剣を抜きなさい!」
慌てて大剣を構えて駆け寄ろうとするミユキよりも先に、必死のティアの叫びが耳を貫いた。
そして俺は、腰の銀鈴を鞘から引き抜いてブラッドボアの脳天に突き刺した。
肉を貫く感触と共に、俺はブラッドボアの重さに耐え切れず倒れこむ。
と同時に、真横に飛んで何とか巨体に押し潰されるのは免れた。
「いてて……」
背中を強めに打ったが、他は擦り傷程度で済んでいる。
俺は起き上がって倒れ伏したブラッドボアの遺骸に近づき、突き刺さったままの銀鈴を引き抜く。
「ど、どうかな? 一応倒したけど」
刀身に付着した血を払いながら、二人を見る。
不細工な倒し方ではあったが、こちらに大したダメージも無く一撃で仕留めた。
前世では当然剣など使ったことは無いが、ある程度の取り回しができたのは剣術スキルのおかげだろうか。
俺の問いかけに、ティアは薄く笑ったままため息を吐いた。
「文句ないわ。ブラッドボアはミユキさん並みの馬鹿力でもないとまず人間には止められない。昨日あなたがベヒーモスを止めたのは、まぐれでも何でもなかったみたいね」
試してごめんねと、ティアが付け加える。
意外にも素直なティアからの賞賛に、俺は何と言ったものか言葉に詰まった。
「ティアちゃん馬鹿力は余計です……。でもすごいですね。一瞬危ないかもって思いましたけど、見事な一撃でした」
苦笑いしているミユキからも褒められた。
何とか認めてもらえたようだ。
「今日の晩御飯はブラッドボアのお肉で祝勝会だね」
「え、食べられるのこれ?」
「もちろん! 毒性も無いし、大陸北東部の群生地ではブラッドボアの牡丹鍋は名物料理だよ」
凶悪な顔の魔獣だが、意外にも味は美味しいらしい。
まあ二人とも食べたことがあるようだし、今日の夕食の楽しみにしておこう。
ミユキが手際よく肉を捌いていくのを眺めていると、ティアが近寄ってきて俺の頬に触れた。
「え、な、何!?」
「傷、治してあげる」
急に至近距離に人間離れした綺麗な顔が現れるのは心臓に悪い。
頬に触れるティアの細く白い指の感触にドキドキしていると、彼女の指先が青白く光った。
肘や頬などの擦り傷が見る見る塞がっていく。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。でも塞がる傷には限度があるから気をつけてね」
「限度って?」
「せいぜい擦り傷程度しか治せないってこと。骨折とか大火傷とかしちゃうとどうにもならないから、無茶はしないで」
言われ、ティアのスキルはどんなだったかと改めて確認してみる。
昨日に引き続き今日も傷を塞いでもらったスキルが気になったのだ。
―――――――――――――
▼NAME▼
セレスティア=フランシスカ
▼AGE▼
24
▼SKILL▼
・■■■■ SS
・聖女のカリスマ A
・ヒーリング D
・精霊召喚 D
・ポーション作成 D
・ホーリーフィールド E
・騎馬 B
―――――――――――――
回復はこのヒーリングというスキルだろうか?
ポーション作成というのもあるが。
「ティア、『ポーション作成』っていうのは?」
「また勝手に見てるわね。これは……」
ティアが答えを返そうとしたそのときだった。
「ギャアアアアアアアアア!!!!」
森の奥から、男の叫び声が聞こえてきた。
丁寧に猪肉の解体をしていたミユキが、作業を中断して慌てて駆け寄ってくる。
「ティアちゃん!」
「うん、行ってみよう」
ティアとミユキはすぐに声がした方向に駆け出した。
尋常ではない叫び声に、嫌な予感がする。
ティアやミユキと逸れないよう、俺も慌てて二人の後を追った。
声の主はすぐに見つかった。
先ほどミユキに絡んできたスキンヘッドの冒険者だ。
男はその場にへたり込み、ある一点を見つめている。
「どうしましたか!?」
ミユキが声をかけると、男は声にならない様子でソレを指さす。
そこにあったのは、男の仲間である弓兵の死体だった。
「ティア、これって……」
さすがに俺にも分かった。
その弓兵の死体には夥しい数の、不気味なほど白く細長い杭が突き刺さっていたのだ。
「ええ、間違いなくミューズね」
風で騒めく木々の音が、急に俺たちを襲う怨嗟の声のように聞こえてくる。
森の入り口付近で見つかれば苦労は無いと言ったのはどこの誰だったか。
俺たちはどうやら、来て早々に敵の狩場に入ってしまったようだった。
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