第75話 ガウディス機関①
リュウドウはミラ達と共にバルタザルへと帰還した。
現在、バルタザル国内にある『国立研究所』にリュウドウはいる。
場所が秘匿されており、王都からもかなり離れた場所にリュウドウたちの拠点はあった。
清潔感のある白い壁と天井。
窓のない廊下に、無数の無機質な扉が並んでいた。
そこに温かみはなく、まるで生き物の匂いがしない施設。
不安になるほどの静けさは、研究施設というより“監獄”に近かった。
リュウドウは深い負傷に加え、セレスティア=フランシスカに正体を見破られ、赤光石の奪取にも失敗。
もはや任務続行は不可能で、帰還するほかなかった。
リュウドウは冒険者に偽装しているが、バルタザル軍所属の兵士であり、任務として赤光石の回収を行っていた。
失敗した場合は報告を行い沙汰を待つことになる。
軍法会議にかけられ即処刑といったことにはならないだろうが、任務から外される可能性はあった。
リュウドウは今から傷の治療、今回の任務の報告の2つを行わなければならない。
傷についてはミラによる応急処置と、痛み止めが効いているため今は平気だ。
現在は治療に入る前に、先に報告を済ませようと歩いているところだった。
「やあ、おかえりリュウドウくん。長旅大変だったね、疲れただろう」
廊下を歩いているリュウドウを、金色の髪を三つ編みにした長身の男が出迎えた。
ヒールの高いブーツを履き、一見すると女性にも見えるその男は、エメラルドグリーンの鮮やかな瞳に人好きのするような笑みを称えている。
彼は十年来の友人を迎えるかのような大仰な仕草で、廊下の真ん中に立っていた。
「ドラクロワ……何の用だ」
彼の名は、『エレナ=ドラクロワ』。
このバルタザル国立研究所の研究員の一人であり、ガウディス直属の部下でもある。
赤いシャツとタイトなパンツの上からは白衣を羽織っていた。
「ケガをしたんだってね? 大丈夫かい? 君がそんなになるなんて中々見られるものじゃないからね。労いと、興味本位さ。救護室には行かなくても平気かい? ボクが薬を用意して」
「黙れ」
朗らかに、まくしたてるように言葉を繰り出してくるドラクロワに、リュウドウは鋭く目を細めて言い放つ。
彼の口は、蛇口の壊れた水道のように止まらない。
内容は有害無益で、ただ神経を摩耗させるだけだと施設内でも有名だ。
「いやあ相変わらずつれないなー。で? 今回の首尾は? その分だとこっぴどくやられたみたいだね。ねえねえどこの誰に」
「貴様に報告する義務はない。隊長か副長はいるか」
リュウドウは怒りや苛立ちを露わにすることもなく、無表情にドラクロワをあしらいながら廊下を歩いていく。
「ハウザーさんもオルタニアも王様に呼び出されて王都さ。嫌になるよねえ、無知蒙昧なくせに領土的野心だけは人一倍なの」
「では局長は」
ドラクロワの世間話には一切付き合うつもりが無いとばかりに、リュウドウは話を断ち切って質問を続ける。
「いるけど、ミラたちが報告に行ったよ。というか、局長が”後で傷を見るから報告が終わるまで部屋で待機してろ”って」
「チッ……!」
だったら先にそれを言えと、リュウドウはとうとう舌打ちをした。
帰路ではミラに投与された麻酔の影響で眠りに落ちており、目が覚めるとパーティメンバーは誰もいなかったのだ。
リュウドウは踵を返して、別の通路に入っていく。
ドラクロワは着いてこない。
どうやら、待機命令を伝えに来ただけだったようだ。
なおさら前置きの長さに腹が立ってくるリュウドウだった。
「ねえ、リュウドウくん……」
背後から、ドラクロワの声がかかる。
リュウドウは足を止めない。
「……君がそんな顔をするなんてね。まるで、自分の弱さを初めて知ったみたいだ」
ピタリと足を止め、リュウドウは振り返る。
ドラクロワの表情には笑みが浮かんでいる。
だが、その鮮やかな瞳の奥には嘲笑か、あるいはもっと悪意に満ちたものが感じられた。
「貴様には関係の無いことだ」
「だね。まあ何かあったら言ってよ。ボクら、仲間だろ?」
すぐにいつもの朗らかな笑顔へと表情が戻った。
リュウドウは再び振り返って部屋に向かって歩き出す。
ドラクロワは一見すると人畜無害な研究員だ。
だが、リュウドウは常日頃から思っていた。
”あの男”の部下が、そんなまともなわけがないだろうと。
だからこそリュウドウは、ドラクロワと必要以上に話さず警戒していた。
ふと振り返ると、既にそこにはドラクロワの姿が無かった。
まるで死神の残り香のように、現れるだけで不吉と不愉快を残していく奴だと感じた。
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