第73話 魔女と三極将①
ロングフェロー王国への旅程を確認するパーティ会議のさ中、ティアが「絶対に敵対してはいけない」と言った4人の人物。
ミハエル=ヴァルター。
オーギュスト=ガレオン。
エリエゼル=メハシェファー。
そして魔女メルエム=メハシェファー。
メハシェファーが二人いるのも気になるが、それ以上に――どうして彼らと敵対してはいけないのか。
その理由の方が重要だ。
「名前は聞いたことあるけど、実際どうヤバいのかはあんまり分からないんだよね」
レオナが頬をかきながらそう言った。
他の国でも名前を知られているということなので、知名度はある人物たちようだ。
ただ当然も俺も、彼らのことは知らない。
「私も全員と会ったことがあるわけじゃないけど、共通しているのは”とにかく強い”ということ。ロングフェローはゴルドールとは違って貴族の権力が強く、王室との権力争いが絶えない国だけど、それを力で抑え込んでいるのがその3人だと言われているの」
『三極将』は全員軍属ということは、トップは王様ということになるのだろう。
いかに権力闘争が激しくても、強大な武力を王が掌握しているなら、そう簡単に崩れることはないはずだ。
「この3人は大陸最強の三騎士とも呼ばれている。それが1つの勢力に固まっているというだけでも危険性が伺えるわね」
個人の武力でいえば大陸で最もヤバい三人が、一つの国の一つの軍隊に固まっているということだ。
幸いというべきか、内政の派閥争いにより全ての武力が外敵に向いていないことで、どうにかバランスが取れているらしい。
とはいえ俺たちは、多少ランクが上がったとはいえただの冒険者だ。
軍の上層部と関わる機会なんて、本来ならないはずなんだが……。
もっとも、俺もヴァンディミオン大帝をはじめビクトールやアポロニア、王子のウィルなど国の中枢にいる面々と顔見知りになってしまっている。
今さらそんな希望的観測に説得力などないのかもしれない。
「ティアちゃんは、エリエゼルさんという方とは顔見知りだと仰ってましたか? 確かアポロニアさんのお屋敷でそんなお話をされていたような……」
ミユキが確認するように問いかける。
俺も思い出した、アポロニアがエフレムを撃退するときに名前を挙げていたのもエリエゼルだ。
エフレムの姉で、アポロニアの騎士学校時代の同期だったとか。
ということは年齢としては30手前の若い女性ということか。
それでそこまで名前が知られているとは、相当な猛者なのだろう。
俺は筋骨隆々としたマッシヴな女性を想像しながら、ティアの言葉の続きを待つ。
「そう。一応知り合いではあるけど、気をつけて。ガレオン公爵のご令嬢でもあるから、貴族だしね」
どうやらエリエゼルは"公爵令嬢"らしい。
俺の前世の知識では、公爵令嬢といえば『悪役令嬢』というイメージが強い。
乙女ゲー世界における主人公のライバル的存在であり、度々陰湿な嫌がらせをして最後にはイケメン王子と一緒に彼女を断罪するのが王道のストーリーだ。
本当に悪役の場合もあるし、ラノベなんかでは逆に主人公として扱われ、悪役令嬢に転生した主人公が破滅の未来を回避するために奮闘するケースもある。
その公爵令嬢が、ティアがそんなに危険視するほどの人物なのだろうか。
俺の中では、エリエゼルはマッシヴから金髪縦ロールのイメージへと差し変わった。
「まあ、普通にしてたら出会うことも無いはずから、名前だけ憶えてくれてたらいいよ」
ティアのそれはフラグでしかないと思っているが、不安ばかり抱えていても仕方がない。
『三極将』は一旦脇に置いて、もう一方も気になる。
「ティアちゃん、魔女メルエム=メハシェファーという方は、エフレムさんが仰ってた"お母さま"のことでしょうか?」
俺の代わりにミユキが切り出してくれた。
リリアナを勧誘していたエフレムが、「話をすれば皆賛同する」と言っていた。
洗脳のスキルでも持っているのだろうか。
絶対に近づきたくない存在ではある。
「そう。『回帰派』のトップで魔女の自治区『フレジェトンタ』の代表でもある女性よ。つまり、エリエゼルの母親であり、ガレオン公爵の正妻でもあるということ」
何が恐ろしいって、一つの血族が"ロングフェローのヤバイ奴ランキングトップ4"のうち3つを占めているということだ。
どんな家だと思いながら、俺はもう一つ疑問を口にする。
「フレジェトンタはどこにあるの?」
俺は以前ミユキにもらった地図を広げ、ティアにフレジェトンタの場所を確認する。
「ロングフェローの王都がこの真ん中あたりで、フレジェトンタは北部、ウィルブロードに行くとき近くを通る必要があるわね。近づかなければ大丈夫だけど、正直『三極将』よりも関わりたくない相手だよ」
ティアの言葉を聞きながら、俺は地図に視線を落とし、これからのルートを整理する。
①帝都から列車にて国境を越え、セーヴェンを目指す
②セーヴェンからロングフェロー王都を経由
③王都からフレジェトンタの傍を通りウィルブロードへ
ロングフェロー経由とは言いつつも無駄な寄り道は極力抑えつつ、ウィルブロードに向かう。
もちろんリリアナの時のように予定通りにはいかないことも多いし、どこでミューズと遭遇するかによっても旅程は大幅に変わってくるだろう。
また、ティアに刺客が差し向けられる可能性や、フェルヴァルムの件もある。
あくまでも現段階での予定であることは留意しておかなければならない。
「何か頭こんがらがってきた……あ、そういえば、ミユキは力は戻ったの?」
状況の整理も終わったところで、レオナがミユキに問いかける。
すっかり忘れていたが、昨日『聖餐の血宴』の反動で一時的に力を失ったと言っていたミユキ。
しかし、先ほど馬車にポイポイ荷物を積み込んでいたので、特に問題なさそうに見えたが。
「はい、一晩眠れば戻るので。あ、そういえばまだお礼を言ってませんでした! フガクくん、昨日はありが……とうございました……」
俺がミユキの意識を”戻した”ことについてだろう。
だが、お礼の言葉を言い切る前にミユキは真っ赤になって俯いてもにょもにょ言っている。
多分、これは昨日自分から俺に抱き着いたことを思い出して急速に恥ずかしくなったやつだ。
「お礼なんかいいよ。無事に力も戻ってよかった」
昨日はティアの件もあったので、その件については特に話もしていなかった。
俺も忘れていたのに、ミユキの様子を見てこっちまで恥ずかしくなってきた。
「あー見てたよー。ミユキフガクにめっちゃ抱き着いてたもんねー」
「め、めっちゃは抱き着いてません! ちょっとです!」
「ちょっととかある?」
「あります!」
レオナの茶化しとミユキのいつものやり取りがまた始まった。
やれやれと、ティアも肩をすくめて俺をチラリと見たので目が合った。
俺たちは笑い合い、次の旅へと思いを馳せながら帝都へと戻る。
明日にはもう帝都を出て新しい国へと歩みを進めるかと思うと、なんだか感慨深いものがあった。
この国での旅は、俺たちみな挫折と再起があった。
俺とミユキはフェルヴァルムへの敗北を経て、来たる日のために魔王や勇者の権能を扱う覚悟を決めた。
ティアはあと一歩のところで仇敵へ手が届かなったが、それでも諦めず前に進むと誓った。
レオナも組織を追われたが、俺たちと共に新しい旅路へ向かう。
果たしてロングフェロー王国では、どんな試練が俺たちを待っているのだろうか。
4人でウィルブロードに辿り着ける日を目指し、俺たちの旅はまだ続いていくのだった。
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