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魔王、いいから力を寄越せ!~転生した俺が美人勇者と復讐聖女を救うまで~  作者: 裏の飯屋
第三章 狂気の勇者編

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第71話 誇りと矜持


 その夜、ティアは憔悴しきった様子で一言も話さなかった。

 俺にはティアが魂を抜かれるような絶叫を挙げた本当の理由はわからないが、仇に繋がる手がかりを目の前で逃した悔しさはなんとなく理解できる。


 ティアにかける言葉も見つけられず、その日は俺もミユキも救護テントで一夜を過ごした。

 レオナもティアを煽った責任を感じたようで、その夜はティアには近づかないと言ってどこかへと姿を消した。


 翌朝、俺は空が薄らと明るくなる早朝に目が覚めた。

 同じテントの中では、並んだベッドに数名の負傷者が寝かされている。

 ミユキもその一人で、俺の隣のベッドで静かに寝息を立てていた。

 他の負傷者もいるので、昨夜はほとんど話を出来なかったが、彼女もティアを心配していた。 

 俺と出会う以前の二人旅の中でも、あんなにティアが取り乱すことは無かったらしい。


 俺はベッドを降り、ミユキをチラリと見る。

 穏やかな寝顔だった。

 かけられた毛布がはだけていたので掛け直し、物音を立てないようにテントの外に出る。

 雨が降りそうな曇り空だ。


 まだ早朝ということもあり、人の気配はまばらだ。

 警備に巡回する帝国兵や、帰り支度を始めている冒険者が少し。

 そして昨夜飲み明かしたのか、そのまま地面で寝ている者がわずかにいるばかりだ。


 俺は静けさに包まれた救護テントから、数分ほど歩いたところにある自分たちのテントに向かった。

 中にはティアはいるのだろうか。


 テントの前に立ち、物音に耳を澄ませてみる。

 ティアらしき寝息や物音は聴こえてこなかった。


「ティア? 入るよ?」


 俺は小さめの声をかけて、テントの幕を開けて中に入る。

 俺たちの荷物がここに来た時のまま置かれているばかりで、こには誰もいなかった。

 俺達が昨日テントを出たときから変化が無いため、ティアもレオナも戻っていないようだ。


 ティアはどこに行ったのだろう。

 昨夜のどこか虚ろな瞳と、いつものような余裕が消えた表情を思い出し、不安になった俺は辺りを探すことにした。


 しばらく歩くと、簡単にティアの姿を見つけることができた。

 彼女はキャンプから少し離れた谷の上、昨日ミユキがミューズを討伐した決戦の地を見下ろせる場所にいた。

 切り立った崖というわけではないが、それなりに急な坂と岩肌に、身を投げれば無事では済まない地形だ。


 俺はギョッとなったが、ティアは膝を抱え込んで座り込んでいる。

 一先ず変な気は起こしていないようで安心したが、放ってもおけず、彼女に近づいていく。


「……ティア」


 俺が声をかけても、ティアは反応が無かった。

 ただ、いつもの堂々と大きな胸を張っている彼女の佇まいではなかった。

 背中を丸め、抱えた膝に俯いている。

 眠っているのだろうか。

 その顔を覗き込むと、虚ろな目は開いており、俺にも気づいていない様子だった。


「ティア!」


 俺が大きな声で呼びかけると、ティアはビクンッと肩を跳ね上げてこちらをゆっくりと見た。

 目には生気が無く、艶やかだった唇も渇いている。

 表情は憔悴しきっており、いつもの彼女とはまるで別人のように見えた。


「……ティア、大丈夫?」

「フガク……どうしたの? ああ……ごめん、帰る準備しないとね」


 ティアは力なくそう言って、立ち上がろうとするが、一晩中その姿勢でいたのだろう。

 バランスを崩しそうになり、俺は慌ててその肩を支えた。


「いいから。まだみんな寝てる時間だ。そんなことより、らしくないよ。どうしたの?」


 俺はティアをそのまま座らせる。

 訊き方を間違えたかもとは思った。


 どうしたもこうしたも、理由は分かっている。

 だが、それにしたって落ち込み方が尋常ではない。

 復讐相手をみすみす逃したことの悔しさは理解できるが、いつものティアならばここからどうするかを速やかに考えて行動に移すはずだ。


 俺たちを導くように、いつだってティアはそうやって道を示してくれた。

 だから、そんな状態の彼女を俺は見ていられなかったのだ。


「……折れそうになった」

  

 ティアはか細い声で、下を向いたままそう言った。


「え……?」

「私は、自分の信念を曲げそうになった。あの時、王子やミラたちを全員殺してでも、リュウドウを捕らえる選択を、本気で考えてしまったの……」


 それは、ティアにとってどうしても許しがたいことだったようだ。

 正直俺には、理解ができない感情だった。

 目の前が真っ白になるほど怒りに我を忘れた状態なら、普段とは異なる考えが思い浮かんで当然だ。


 ましてティアはあのとき、一瞬の間に非常に難しい選択を迫られていた。

 あと一歩で仇に届くかというときに邪魔が入れば、ふと頭の中で悪魔が囁くように、ありえない選択肢が思い浮かぶことだってあるだろう。


「でも、実行には移さなかった。ティア、君は踏みとどまったんだ」

「だけど私は誓ったの。誇り高く、気高く生きるって。なのにあの時……私は、超えてはいけない一線を、本気で越えようとした! 私は……自分が許せない!」


 ティアはこれまでになく感情が爆発したように、そして絞り出すように叫んだ。

 自分で自分が許せないという、どうしようもない怒りがそこにはあった。

 俺はただ、その吐き出される言葉をじっと聞いていた。

 そして、ティアの中にある覚悟と矜持を甘く見ていたことに気づいた。


 彼女は、自分の中にある絶対的なルールに従い生きているのだ。

 復讐という道を選び、それが自己満足だと分かっているからこそ、人間としての正しさや道理から外れることを決して良しとしない。


 だからこそ一瞬でも、その道を外れようとした自分が何より許せない。

 リュウドウを逃がしたことも、敵を前にして邪魔が入ったことも、ティアをここまで追い詰めるものではないのだ。

 彼女はただ、理性と秩序で雁字搦めにしたはずの自分の心が、すべてをふいにしても構わないと叫んだことを受け入れられないのだろう。

 

「私は……どうしようもないほど、自分の怒りも憎しみも抑えられなかった……。こんな私が……胸を張って復讐を果たせるのか……分からなくなったの」

「じゃあ……やめるの?」


 俺は考える前に、言葉が口をついて出ていた。


「え……?」


 ティアは驚き、その赤く透き通った、どこまでも透明な美しい瞳で俺を見る。


「それなら復讐なんかやめればいいじゃないか。全てを忘れて生きればいい。もう何も我慢なんかしなくていい。君がそれでいいなら、構わない」


 俺は、ティアの眼を真っすぐに見つめてそう伝えた。

 思わず魅入ってしまうほどの輝きから、俺は決して視線を外さない。


「選ぶのは君だティア。僕も、ミユキさんも、レオナだって、僕たちをここまで連れて来たのは君だ。だけど……」


 俺の言葉が、ティアにとってどう聞こえているのかは分からない。

 彼女の苦悩や信念の深奥は、きっと俺には理解できちゃいないのだろう。

 だが俺は、成り行きで始まったこの旅の中で、ティアの考え方、生き方はそれなりに見て来たつもりだ。


 どこまでも冷静で皮肉屋のくせに、誰より他人のことを考えている。

 自分のためだってうそぶきながら、彼女はいつだって俺たちを導いてくれたのだ。

 

「だけど……なに」


 言葉に詰まった俺に、ティアは言葉を返す。

 俺は、ティアの心の奥にまで届いてほしいと願いながら、その続きを口にした。


「君が望むなら、俺は地獄の底までだって付き合う。信念も矜持も、君のルールは何のためにあるんだ。 君が願いを叶えるためじゃないのかよ!」

 

 本当は、もっと彼女の気持ちに寄り添うべきだと思った。

 だけど、俺は見ていたくないのだろう。

 俺たちをここまで連れて来た彼女が、道半ばで折れて膝をつく様を、俯き立ち止まる無様な姿を。


 これは俺のワガママで、ただ彼女に自分の中のティアを押し付けているだけだ。

 だが、言わせてもらう。


 俺が人間を辞めても構わないと思えたのは、ミユキのためでもあり、ティアのためでもある。

 俺たちは仲間だが、互いの目的のために互いを利用し合う関係でもあるはずだ。

 だから、ティアの心が折れそうだというなら、俺は絶対にそれを許さない。


 俺をここまで連れて来た責任は、彼女にだってあるはずなのだ。

 ティアは目を見開き、信じられないものを見るような目で俺を見ている。


「立てティア――」


 俺は立ち上がり、ティアに手を差し出した。


「君にはそうやって俯いている暇なんかないはずだ。考えろ、次はどうする? 僕たちを使え。雇い主は君だろ? 必要なら、一緒に考える! あの日君は言ったはずだ―――」


 ティアの眼に、涙が溢れていた。

 唇を嚙みながら、それを決して零さないように、俺を真っすぐに見上げている。



「―――復讐は必ず、最後まで、正しく行われなければならないって!」



 正しさとは何か、そんなこと俺には分かりはしない。

 だが、一つだけ言えることがある。

 彼女の復讐は、ようやくスタートラインに立っただけだということだ。

 見えなかった敵の影が、やっと掴めたところだ。

 こんなところで折れるのはもったいないと思うのだ。


 そして俺も彼女を聖女として、特別視しすぎていたのかもしれない。

 いつだって間違わず、俺たちを正しく導いてくれるのだと、盲信していたのかもしれない。


 そんなわけあるか。

 彼女は普通の、24歳の女性。いくら人工の聖女だからって、結局ただの人間だ。

 間違いの一つや二つ、心が折れそうになるできごとの一つや二つあって当然だ。


「……フガクくん、ティアちゃん」


 俺たちの間に沈黙が流れる中、俺の後ろからミユキの声がした。

 話に夢中になって、足音や気配にも気づかなかった。

 よく見ると、ミユキの影に隠れて赤いツインテールがぴょこぴょこ揺れている。

 レオナも一緒らしい。


 ティアは、眼を泳がせながら、二人に視線を移す。

 ミユキはティアの前に両膝をつき、同じ目線で彼女を見据える。


「ティアちゃん。すみません、聞いてしまいました……でも、私もフガクくんと同じ意見です」


 ミユキはティアの手を取り、胸に抱き、優しく諭すように声をかけた。


「ミユキさん……」

「ティアちゃんの苦しみも憎しみも、きっと私たちの想像よりずっと深いものなのでしょう」


 ミユキの視線は彼女の全てを受け入れるように、優しく細められ、互いの赤い瞳が交錯する。


「だけどティアちゃん……私たちはそれを本当の意味で理解することはできませんが、一緒に悩むことはできます。迷いを抱えたまま、前に進むことはできます」


 ミユキの声は慈愛に溢れていて、ティアへの信頼に満ちていた。

 彼女もまた、ティアに連れられてここまで来た人だ。

 俺よりも遥かに長く、二人で旅路を歩んできたはずだ。

 彼女らの間にも、歪であっても確かな絆がある。


「一緒に考えましょう。あなたの言う正しさとは何か、この復讐の果てに何があるのか、私も見届けたい。だから、何があっても、最後の瞬間あなたと共にいることを約束します」


 そう言ってミユキは微笑んだ。

 彼女にはフェルヴァルムの件がある。

 その約束を果たすことが、並大抵のことではないことも分かっていた。

 でもそれは、確かに誓いであり、覚悟を口にしたのだ。

 

 ミユキの言葉に、俺も感じ入るものがあった。

 俺はティアを無理やり引きずり起こそうとしたが、ミユキはティアに寄り添おうとしている。

 どちらが正しいのかなんて知らない。


 だがどちらもティアの再起を心から願っている。

 仲間として誰かが引っ張って、誰かが寄り添って、俺たちはそうして前に進む形がもうできている。

 あとはティアが、それを受け入れるかどうかだ。 


「あの、ティア……」


 その場に立ち尽くしていたレオナもおずおずと語り始めた。

 

「レオナ……」

「ごめんティア、昨日は余計なこと言った……。アタシの所為でティアが余計な選択肢を抱えて悩んでるんなら、気にしないで。その……アタシはああいう言い方しかできないし、誰かを殺すことくらいしかできないだけだから……ごめん」


 レオナは思いのほか、ティアにあの場にいた者たちを殺すか煽ったことに罪悪感を抱えていたらしい。

 普段とは違い、しおらしい態度で頭をかきながら謝罪した。

 ティアは深く息を吸い込み、その膨らみ肩が上がる。

 そして


「……まったく、みんなひどいよ」


 ティアは俯き、ポツリと囁くように言った。


「ティア……?」


 そう言いながら、ティアの目尻には一粒の涙が残っていた。

 それでも、その口元には確かに微笑みがあった。


「落ち込ませてもくれない。傷ついてる私に、もっとがんばれって言ってる……」


 そう言ってティアは、顔を上げる。

 憔悴しきっていた表情はもうどこかに消えて、その瞳には再び輝きが戻っていた。


「まったく、次から次に。落ち込んでる暇もありゃしない」


 ティアは左手をミユキに握られたまま、右手で俺の手を取った。

 そして、ゆっくりと立ち上がり、俺たちに視線を向ける。


「……3人ともありがとう。"もう迷わない"なんて言わない。きっとこれからも、私は私の中にある矛盾に縛られながら、生きていくんだと思う」


 ティアの表情は晴れやかだった。

 迷いを吹っ切ったわけでもなければ、後悔が消えたわけでもないのだろう。


 だが―――


「これは私が始めた物語だ。あなたたちを巻き込んだ私には、結末を描く義務がある。約束するよ……――」


 零れ落ちる最後の涙を拭うこともなく、ティアは深く息を吸う。



「――私は絶対、諦めない」



 そしてティアは、そう俺たちに宣言した。


 微笑みは理性と秩序の仮面だった。

 しかし、今の彼女の笑顔は少し違う。

 雲間から差し込む朝日に照らされ、俺たちに誓いを立てたティアの表情は以前の彼女にも増して輝いて見えた。


 ティアは、誇りも矜持も折られても、何度でも立て直して前に進み続ける。

 復讐の果てに、彼女の心の中に突き立てられた剣がどんな歪な形になっていたとしても、”最後まで立っていた”というただ一つの事実を描くために。


 ティアは俺とミユキの手を離し、レオナの頭をクシャクシャと撫でまわして颯爽と歩いて行った。

 俺たちは視線を交わして笑い合い、その堂々たる背中を追っていくのだった。

 


お読みいただき、ありがとうございます。

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