第70話 聖女の慟哭④
ティアは、ビクトールと推し問答をしているフガク達を見ながら、決断を迫られていた。
ここで無理やりにでも強行突破して、リュウドウを殺すか。
……だが、その後どうなる?
自分たちは拘束され、冒険者資格を失い、旅はそこで終了だ。
本当に倒すべき敵には届かず、復讐を果たせない。
そこにいるのがリュウドウではなくガウディスであったなら、迷いなくフガクに殺害を依頼しただろう。
だが、相手はガウディスと繋がっている確証すらない一冒険者だ。
限りなくクロに近いが、証明できるものが無い。
事情を説明したところで、ビクトールやウィリアムが信じてくれるとは限らない。
そもそも復讐など、ティアの完全に私的な事情であり、彼らには何の関係もない。
「ティア、いいよー。命令しなよ、アタシに。全然やるよ」
隣で軽い調子でそうレオナが囁く。
小悪魔的な微笑を浮かべているが、そんな生易しいものではない。
まさに悪魔の囁きというやつだ。
ミユキが『聖餐の血宴』の影響で全力を出せない以上、残る戦力はレオナだけだ。
確かに、レオナならできるかもしれない。
この場には死にかけのリュウドウと、その仲間が3人。
そしてビクトールにウィリアム、それ以外にも騎士が3名ついていた。
「いけるいける。やっちゃおうよティア、そいつら仇なんでしょ。せっかくアタシみたいなのがいるんだしさー」
レオナの笑みは、到底少女のものとは思えなかった。
だが、ティアはそのプランだと実際どうなるのかを検討する。
計7人、いや、リュウドウは捕らえるとして、6人を強行突破するか?
しかし、その後どうする。
戦力がどの程度残っているかは分からないが、帝国軍を敵に回すことになる。
「ティアー。早くしない終わっ」
「ちょっと黙って……!!」
「あー、ごめん」
ティアは自分でも驚くほどの熱量で、レオナに向かって声を荒げてしまった。
レオナ自身も、やってしまったという顔で押し黙った。
駄目だ、冷静じゃないと思った。
こんなこと、考えるまでも無いことなのにと、ティアは歯噛みする。
「ティアちゃん?」
「どうした?」
ビクトールたちの視線もこちらを向いた。
「いえ……何でもありません……」
ティアはこれ以上何もできないと悟った。
それ以前に、ここにいるビクトールたちを殺すという選択肢を一瞬でも挙げた自分に憤った。
―――復讐は正しく行われなければならない
偉そうにフガクたちには講釈を垂れておいて、いざその時がくればなりふり構わなくなる自分のこの体たらくはなんだ。
誇りはどこへ消えたのだ。
復讐を終えたとき、晴れやかな気分で終わりたい、誰の泣き顔も思い出したくないと言ったのは自分じゃないかと。
分かっていたはずなのに、今確かにブレかけた。
感情は理性の仮面の下に隠したはずだ。
なのに、自分はどうしようもなく人間だと気づいてしまった。
それがティアには、何よりも許し難いことだった。
「そうか。何があったかは知らないが、まずは治療だな。今救護兵を……」
この中で一番重傷なリュウドウを見て、ビクトールは部下にすぐ救護兵の手配を依頼しようとした。
すると、ミラがひらひらと手を振る。
「いやあ、必要ないよ」
「なに? いやしかし……」
「待てミラお前……」
リュウドウもギロリとミラを睨みつけている。
しかし、ミラはまるで意に介さず軽い調子でビクトールに応えた。
「こいつは頑丈だし、この程度かすり傷みたいなもんさね。もう帰りの馬車を手配してるし、あたしは救護兵として従軍経験もあるから、問題ないよ」
その言葉に、ティアはギリリと歯噛みした。
ここから離脱され、手がかりを失ってしまうことが、今確定したのだ。
「ミラ貴様ァ……!」
リュウドウもミラに飛び掛からんばかりの剣幕だ。
確かに、状況としてはリュウドウは斬られて石も奪われた敗者でしかない。
そして、そんなリュウドウに向かってミラは冷たい視線を向けた。
「敗者は黙って俯いてな。それにあたしは一応上官だよ。命令には従えリュウドウ」
「……っ!」
リュウドウは返す言葉も無かったようだ。
ギリリと奥歯を噛み、軍刀をマルクに返して振り返る。
マルクとドロッセルに肩を担がれ、引きずられるようにして暗闇に覆われた谷の奥へと消えていく。
「ティア……」
ミラが、振り返らずに声をかけてきた。
淡々と、彼女にしては珍しく感情のこもらぬ声色だった。
ティアはただその背中を睨み続ける。
「……石は預けておくよ。リュウドウが悪かったね」
言い残し、闇の中へ4人は消えていった。
奴らの持っていた石を手に入れ、フガクはリュウドウを倒した。
悪くない戦果だ。
それでも、ティアの胸に残るのは――決して勝利の余韻などではなかった
何よりも自分の哲学と信念を曲げそうになった。
それは、ティアの心を折るのに十分な出来事だった。
拳を強く握り込み。
天を見上げて、ティアは腹の底から叫ぶ。
「うわぁああああああああああッッッーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
天に向かってこれまで上げたことの無い叫び声をあげる。
嗚咽で声が裏返り、喉は張り裂けてちぎれそうだ。
これまで溜めに溜めたフラストレーションが、爆発するかのような咆哮だった。
「ティア……」
「ティアちゃん……」
レオナとミユキ、二人の心配そうな声を聞きながら、ティアは絶叫し続けるのだった。
握った拳に爪が食い込み、いつも仮面の笑みが張り付いたその整った顔は、苦痛と憎悪、そして悔恨に歪む。
フガクは何も言わずに、ただ彼女の隣に立って空を見上げている。
ミユキはティアの傍らに寄り添い、その肩に触れるべきか迷うかのように指先に戸惑いを見せている。
そして星のない夜空には、己の無力を嘆く聖女の慟哭がいつまでも響きつづけていた。
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