第69話 聖女の慟哭③
ミユキは、何が起こったのかを理解するのに一瞬の時間を要した。
突如ミラのパーティメンバーが現れたかと思えば、赤い石を巡っての争いが始まってしまったのだ。
さらに、フガクがミューズについてリュウドウに問いかけると、彼は何かを覚悟したように頷いた。
それはつまり、自分たちがミューズのことを知るものだと白状したということだろう。
「彼らは、ティアちゃんの敵ということですか?」
ミユキはチラリとティアの顔を覗き込むと、思わず気圧されるほどの憎悪がその顔にあった。
「さあね。それはフガクが彼を捕らえてから聞き出すよ。どんな手を使っても、どんな苦しみを与えても……絶ッ対に吐かせてみせる」
口元には、相変わらずの笑みが浮かんではいるが、その眼はひたすらにリュウドウを睨んでいる。
「ティア、フガクを止めてくれないか。石の件はあたしたちも諦めるしかないと思ってる。こんなとこで殺し合いはごめんだよ」
「ミラ、あなたが彼を止めなさい。それとも、あなたもミューズを知っていると思っていいのかしら?」
「さて……何のことだかね」
一筋汗を垂らしならも、惚けるような素振りを見せるミラに、ティアは鋭い視線を向けている。
確かに、ミラとリュウドウたちは同じパーティだが、4人が全員ミューズのことを知っているとは限らない。
彼らがどう言った事情でパーティを組んでいるのかはわからないからだ。
可能性としては非常に高いが、確実とまでは言えないだろう。
もしティアが、残る3名も敵だという確信を得たら、自分はどうするべきかとミユキは思案した。
『聖餐の血宴』の反動により、勇者のスキルが使えない今、ミラ達と戦って勝てる保証はない。
骨身に染み付いた戦闘経験だけは別なので、それ一本で戦うことはできるだろうが。
「ティアどうするー? アタシがこいつら殺してもいいよー?」
レオナが、挑発的な笑みを浮かべてティアを煽る。
「そうね、最悪そうしてもらうわ」
「レオナ」
「ん? なにミユキ」
「……いえ」
今のティアの精神状態で、煽るのは危険だとミユキは思った。
だが、このパーティのリーダーはティアだし、雇い主も彼女だ。
彼女の判断は尊重されるべきだとも考えた。
「ティアやめな。フガクが死んじまう」
ミラは本当に心配しているような口ぶりでティアにそう告げた。
だが、ミユキはその点に関しては心配していなかった。
そして、次の瞬間ティアの口から飛び出た言葉に驚かされることになる。
「舐めないでくれる。フガクがそう簡単にやられるわけないでしょう」
ティアが、フガクの実力を完全に認めている。
その言葉に、こんな状況ではあるがミユキは嬉しくなった。
あのフガクが、強さを渇望している彼が、ティアのお墨付きをもらえるようにまでなったのだ。
だが、自分の中ではフガクを信じたい気持ちと、失う恐怖がせめぎ合っている。
技の反動で戦えないことへの歯がゆさを、これほどまでに感じたことはない。
ミユキはフガクの背中を見ながら、どうにかこの事態の収束を願うのだった。
―――
――ミューズを殺したのはお前か?
あのとき、エルルの森で俺にそう問いかけたのはリュウドウだった。
そして、ミューズのことを知っているのは、フランシスカ研究所の関係者だけ。
つまり、ティアの敵か味方だけだ。
俺は地を蹴り駆け出す。
リュウドウもまた俺に向かって走り出した。
「リュウドウ! お前はティアの敵なのか!?」
「話すことはない。石を回収する――それが任務だ」
こいつの赤い目には、一切なんの感情も見えてこない。
ただ冷徹に、機械のように任務を遂行しているだけだとでも言うのか。
「じゃあ捕らえてから聞くまでだ――!!」
俺は銀鈴を振り下ろすと、奴の軍刀とぶつかり合い火花が散った。
こいつがただの冒険者でないことは一目見たときから分かっている。
ふと見ると、奴の顔の横にある「―」が金色に光っている。
どうやらステータスが解放されたようだ。
俺は一度背後に飛んで奴のステータスを確認する。
―――――――――――――
▼NAME▼
リュウドウ=アークライト
▼AGE▼
25
▼SKILL▼
・剣術 A
・格闘 A
・バルタザルアーツ A
・魔人の瞳 B + NEW!
・魔人の肉体 B + NEW!
・深淵解放 S NEW!
――――――――――――
見えていなかった下3つのスキルが見えるようになっていた。
理由は分からないが、気になる文言が並んでいる。
「魔人……?」
ピクリとリュウドウが反応した。
「そうか、お前は俺のスキルが見えるのか?」
一瞬にして俺の能力を言い当てる。
だが、もはやバレたところで問題はない。
既にリュウドウと俺は敵同士。
「分かっているのなら、見せてやる『深淵解放』を――」
リュウドウの赤い瞳が、輝き稲妻を放ったように見えた。
次の瞬間、奴は俺の眼前に肉薄してくる。
「くっ――!」
あまりの速さに、俺は驚き咄嗟に剣を薙ぐが、避けられてしまった。
すれ違い様に斬りつけられ、俺の脇腹からは血が噴き出る。
「お前を殺し、あの3人を殺せば問題はない」
その言葉に、俺もキレた。
ふざけるな。
ミューズの中から出てきた石ころのために、4人も命を奪われてたまるものか。
「『神罰の雷』――!」
バヂッ!
という、雷の爆ぜる音と共に、俺は魔王の権能を開放する。
脚に焼けるような痛みが走る。
だが、次の瞬間俺の足にホーリーフィールドがかけられた。
チラリとティアの方を見ると、こちらに手を伸ばしてくれている。
「余所見とは随分余裕だな」
再び俺の傍らに刃を振りかざしながら接近してくるリュウドウだが、俺は雷のレールを奴の向こう側へと敷き、銀鈴を構えながらただ進むのみだ。
「……何?」
リュウドウもわずかながら驚きを見せた。
想定以上の速度だったのだろうか、俺に腕を斬られたことに驚いているようだった。
「行くぞリュウドウ。知ってることは全部吐いてもらう」
俺は再び跳躍し、雷となってリュウドウに突撃する。
ルキでも捌けなかったそれを、リュウドウは寸でのところで捌ききり、すぐさま次の攻撃へと移ってくる。
『深淵解放』といったか。
どういう能力かは知らないが、加速が尋常ではなく、俺との間合いを一気に詰めて斬りかかってくる。
恐らくではあるが、自身の速度か身体能力、あるいはその両方を一時的に向上させるものだろう。
直線的な速度ならば俺は負けることはない。
俺は足をジリジリと焼きながらも、『神罰の雷』を絶えず発動し続け、リュウドウに切りかかった。
「お前は今こう思っている――『深淵解放』は俺の速度を向上させる技であると」
気が付くと、リュウドウは俺が動き出すよりも早く、俺の剣先の到達位置よりも少しだけ逸れた位置にいた。
そして、軍刀で俺の腰を思い切り突き刺す。
「うぐっ……」
「フガクくん……!」
思わず顔が歪む。
ミユキの声を聞きながら、俺は何が起こったのか分からず思考を巡らせていた。
奴は今、明らかに俺の動きを読んでいた。
それは身体能力がどうとかという問題ではない。
もはや未来を見ているかのような動きだった。
奴の瞳孔は収束し、射抜くように俺の動きを追ってくる。
「終わりだ……」
振り上げられたリュウドウの軍刀が俺の首へと振り下ろされる。
その光景が、やけにスローモーションで見えた。
――このままでは死ぬ
死ねばミユキとの約束はどうなる。
俺は誓ったはずだ。
彼女と共に、"血塗られた運命"とやらを終わらせるのだと。
この無理無謀を超えてこそ、俺はミユキやティアと共に未来に行けるのだ。
だから。
ジジッ!!
俺の腕が、雷を帯びた。
後の先を取るには、これしかない。
「――――ッ!?」
「ここで死ねるか馬鹿野郎……!!」
ズシャッ!!
肉を裂き、体内深くに剣が食い込む感覚。
それは、リュウドウの軍刀が俺の首を狩り取るほんのコンマ数秒の差だ。
俺は腕に『神罰の雷』を宿し、肘から先がどこかへ吹き飛んでいくのではないのかという、筋肉と骨が軋む痛みを感じながらリュウドウに剣を薙いでいた。
銀鈴の刃は、リュウドウの脇腹から10cm以上も、下手をすれば奴の内蔵にまで食い込んでいる。
「ガハッ……!」
リュウドウは血を吐き、その場に崩れ落ちた。
「ぐっ……あぁああッッ……!!!」
俺の銀鈴を持っていた右腕の肘から下が、ブラリと垂れさがって動かなくなり、銀鈴も落としてしまう。
恐らくだが、脱臼している。
「フガクくん! 今行きます!」
「だ、大丈夫……! ぐっ……!」
俺は駆け寄ろうとするミユキと左手で制して、左手で右肘を無理やり入れた。
一瞬の衝撃はあったが、足が焼かれる痛みに比べればまだマシだ。
俺は銀鈴を拾いながら、倒れ伏したリュウドウを見る。
死んだか?
いや、奴の感情の無い目が、怒りを宿して俺を見上げている。
「おいリュウドウ!大丈夫か!」
「ミラ、まずい! すぐに治療を」
すぐにマルクとドロッセルが駆け寄ってくる。
だが。
「いらんっ……!」
リュウドウは半分刃が通った腹を抑えながら、口から血を吐き散らしながら叫び立ち上がった。
「まだ終わってないぞ、フガク!」
「ああ……望むところだ……来いリュウドウ!」
俺たちの視線は交錯する。
もはや戦う理由など忘れたかのように、俺も、恐らく奴も、目の前の相手を「絶対に殺す」という意思だけで立っている。
リュウドウはゆらりと軍刀を持ち、俺も銀鈴を構えて互いに向けて薙ぎ払おうとしたその時だった。
「そこまでだ……!! 二人ともやめろ!!」
ミューズの死体の確認にでも来たのだろうか、ビクトールとウィルが駆け寄ってきて俺たちの間に立った。
「チッ……!」
ティアの舌打ちが聞こえた。
なんで、と思ったが。
普通に考えれば当たり前だ。
まだ辺りには冒険者や帝国軍の連中がそこら中にいるのだから。
「何してんだお前ら。帝国軍管轄のクエストにおいて、冒険者同士の私闘は禁じられている。これは看過できんぞ」
「どいてください……ビクトールさん」
俺はリュウドウを睨みつけたまま、ビクトールにそう言う。
こんな幕引きで納得できるわけがない。
リュウドウもそれは同じようだ。
「それはできない。そもそも、こんなところで騒ぎを起こせばどうなるか分かるだろう。お前たち、冒険者資格をはく奪されたいのか……? いや、このままだと帝都にすら戻れんぞ」
「黙れ……俺はこいつを殺す」
リュウドウは腹からボトボトと流れ落ちる血に構いもせず、前に一歩出ようとする。
しかし、ビクトールもウィルは当然それを通すわけがない。
「それ以上続けるならお前たちを拘束する」
ウィルのその一言で、場に張り詰めたような沈黙が訪れた。
ギリッという、ティアの歯ぎしりが聞こえた。
どうする?
俺は今、ティアの剣だ。
ティアが斬れというなら、今すぐにでももう一度『神罰の雷』を発動してやる。
視線を、ティアに向けた。
ようやく見られた彼女の顔は、憎しみと、怒りと、悔しさを満面に表していた。
いつも冷静で、余裕の笑みを浮かべた皮肉屋の、人形のように整った顔立ちはあらゆる感情に歪んでいた。
「ちくしょう……!」
俺は思わず声が溢れた。
俺の剣がこれ以上振るえないことに、俺自身が気付いてしまったからだ。
だが、それでもティアが言うのなら、俺は―――。
<TIPS>




