第68話 聖女の慟哭②
ミューズ討伐の大規模クエストを終えた戦場では、怪我人の救助や撤収作業などが急ピッチで進められていた。
辺りは暗くなりつつあり、夜に差し掛かる時間帯だ。
しかし、帝国軍が用意した光石による照明器具や、いくつものかがり火が周囲を煌々と照らしており、視界は良好だった。
「クリシュマルド殿、見事だった。やはりあなたは、我らの戦女神に相違無い」
「い、いえそんな大げさです……」
俺とミユキはミューズの遺体から少し離れたところで座り込み、手当を受けながらウィリアムや他の冒険者たちに囲まれていた。
特にミユキの神話じみた戦いぶりは、最後に見せたやや恐ろしい一面を差し引いてもその場にいた者の記憶に鮮烈に残ったようだ。
もともと『人喰い』というあだ名で”恐れ半分敬い半分”といったところだったので、多少殺気を向けられてもイメージとはそこまで変わらなかったらしい。
ミユキは多くの冒険者たちから話かけられて困ったように笑っている。
「すごいなあんた! あんな戦い、俺じゃ一生かかっても無理だ」
「そちらの男性とはどんなご関係で?」
「なあ、うちのパーティに助っ人で入ってくれよ。なかなか攻略できないダンジョンがあってさ」
「ねー私もあなたたちのパーティに入れてよ」
矢継ぎ早に話しかけられて困惑している姿が少し可愛かったので、俺はしばらく眺めていることにした。
「フガク、お前は大丈夫なのか。暗殺者に狙われたと聞いたが」
「ほんとだよまったく。しかもとんだ変態だった」
「? それは災難だったな」
ウィルと話しつつ、ルキの顔を思い出すだけでも悪寒が走る。
殺気が強すぎるうえ、どれだけ刻んでもゲラゲラ笑いながら向かってくる奴なんて怖すぎるだろ。
心の底から二度と会いたくないと願った。
「二人ともお疲れ様。特にミユキさん、大活躍だったみたいだね」
そんな俺たちの前に、ティアが一人姿を現した。
レオナの姿が無いが、一人で歩いていて大丈夫かと若干心配になる。
「ティアちゃんも大丈夫でしたか? かなりの数の狼に追われたのでは……」
「レオナもいたし、王子が騎士の人を何人も着けてくれたからね。二人の姿見てると言いにくいけど、ほぼ無傷だよ」
ティアは俺たちの姿を見て苦笑した。
俺はルキに散々やられた傷があるし、それ以前の怪我もまだ完治していない部分がある。
ミユキもミューズの咆哮が胸に直撃したらしく、ズキズキと痛むとのことだ。
「そりゃ何よりだ。あ、そうだティア、例の確認に行こう」
俺は立ち上がり、ミューズの名前の確認に向かうことにした。
ティアも薄く笑い了承の意思を示した。
「ごめんお願いできる?」
「あ、では私も」
ミユキも立ち上がって一緒に行くことになった。
他の冒険者や騎士たちは名残り惜しそうにしていたが、「またあとで」と声をかけながらキャンプなどに戻っていく。
聞けば、レオナが先に石を回収しに行ってくれているらしい。
これだけ大規模なクエストではあるが、魔獣を討伐したのはミユキなので、魔獣本体から採取できる素材の権利は彼女にある。
冒険者同士がかち合って、最後に誰がとどめを刺したかで揉めることもたまにあるそうだが、大型の魔獣であれば分け合ったりすることも多いとのことだ。
今回は目撃者も多く、明らかにミユキ単独での討伐、おまけに他の冒険者たちが手も足も出なかった相手なので、特に誰も権利を主張しなかったそうだ。
まあ、帝国騎士団も絡んだ大規模なクエストだから、冒険者にとっても相場よりはるかに高い報酬をもらっているらしい。
とはいえ、俺たちもミューズから皮を剥いだり爪を採取したりすることはないので、赤い石だけを採取して後はギルドにお任せとなった。
「お、レオナだ」
俺は、ミューズの胸元にナイフを突き立てて作業を行っているレオナを見つけた。
「おーミユキお疲れ様ー。平気ー? あんま見てる余裕なかったけどすごかったみたいだね」
レオナは頬などに飛び散った血を拭いながら、こちらに手を振っている。
血みどろでなければ長閑にすら見える光景で、戦後の弛緩したこの雰囲気は嫌いじゃない。
地獄から一気に平穏な日常に還ってきた気がするからだ。
「いえ、レオナたちが狼を引き付けていてくれたおかげですよ」
「レオナ、回収できた?」
「バッチリ。しかも2個ある」
レオナは血まみれの手に二個の赤く輝く石を持っていた。
ティアは綺麗な布でそれを受け取り、拭っていく。
俺もレオナに手を拭く布を渡してやりながら、ステータス確認の作業に映った。
――――――――――――――――――
▼NAME▼
ミューズ/ライカンスロープ=ドミニア
▼SKILL▼
・獣神咆哮 SS
・迅雷脚 S
・瞬断爪撃 S
・戦場感覚 A+
・獣王の肉体 A+
・眷属召喚 B
・統率 A
――――――――――――――――――
スキルのレベルが軒並み高く、ミユキでさえ苦戦したのが頷ける。
しかし見れば見るほど凄まじい死に様だと思った。
獣の耳が生えた白い女の姿をしたそのミューズは、左腕が肩から切り落とされている。
そして切り落とされた腕が、彼女の心臓部分に爪の先端から突き刺さって貫通しているのだ。
ミユキの力の凄まじさと、敵の切り落とした腕すら使わなければならなかった激闘が目に浮かぶようだった。
「ティア、名前はドミニアだ」
俺はティアにミューズの名前を教えてやる。
「そう……ドミニアか」
ティアは名前を聞いて、思い当たる節があるのか、ミューズの遺体の傍らに跪いた。
「知っている方ですか?」
「ドミニアは、そうだね……お姉さんみたいな人だったかな。年はあまり変わらないけど、下の子の面倒をよく見ていた」
慈しむように、ティアはそう語った。
先日地下水道で倒したシェリアはティアの知り合いではなかったようだが、今度は顔見知りだったらしい。
ちなみに、シェリアの核は先日帝都の共同墓地に埋葬した。
今回も恐らくそうなるだろう。
ティアは、自らの水色の剣を抜き、シェリアの残った腕から人差し指を切り取った。
「これを埋葬する。多分、帝国もドミニアの遺骸を調査したいだろうし、あとは置いていくよ」
「実際他の魔獣みたいに、爪とか牙とか回収したら売れるのかな?」
レオナが不謹慎なことを言っているが、特にティアは気にする素振りもない。
「どうだろうね。需要があるかだけど、まあ普通の魔獣じゃないし。ギルドである程度では買い取ってくれるかもね」
ティアは冷静にそう答えた。
「おいレオナ、ちょっとはティアの気持ちも考えたらどうなんだ」
さすがに俺はレオナを咎めた。
ドミニアはティアの顔見知りでもあるわけだから、死体をそんな言い方されたら不快に思うんじゃないかと感じたためだ。
「えー? そう? ごめんティア。ちょっと気になったから聞いただけ。本当に売るつもりじゃないからさ」
「大丈夫だよ。フガクもありがとう。私も、さすがに"これ"を自分の知り合いと結びつけるのはちょっと難しいし」
「ティアがいいならいいよ」
というわけで、やるべきことも終わったところで、俺たちもキャンプに戻ろうかという話になった。
もう辺りが暗いので今晩はキャンプで一夜を明かし、明日には帝都に向けて出発できるだろう。
するとそこへ、冷たく重苦しい声がかかった。
「おい」
俺たちが振り返ると、リュウドウが立っていた。
その後ろからはミラやマルクたちも現れる。
「リュウドウ……」
相変らず感情の読めない顔だが、彼もそれなりの激闘をくぐり抜けたらしく、全身の傷や口から血を吐いたような跡が生々しい
「待ちなリュウドウ。さすがにそれは……!」
ミラは何故かリュウドウを止めようとしている様子だ。
何事だろうかと、俺とミユキは顔を見合わせる。
「お前たちが今しがた回収した『赤光石』を渡してもらいたい」
リュウドウは特に取り繕うこともなく、はっきりとそう言ってきた。
「嫌よ。権利はうちのミユキさんにある。なのであなたに渡す道理はない。以上、お帰り下さい」
ティアが冷徹にノーを突きつける。
ここまできっぱりと断ると、話くらいは聞いてやったらどうだという気にもなるが、ティアにも渡せない事情はあるから仕方ない。
「そのうちの一つは、ミラが戦闘のさ中に魔獣に奪われたものだ。また俺たちはその石を持ち帰るのが任務だ」
「お断りよ。私たちはギルドの規約に基づき、魔獣の体内から出てきた素材を取得したの。あなたたちから奪ったものでもなければ、その辺から拾ったものでもない。そもそも2つの石のうちどちらかが、ミラが落としたものだとどう証明するの?」
当然の主張ではあるし何も間違ってはいないのだが、ティアにしてはまくしたてるように言葉を放つ。
ティアにしては珍しく、やや冷たい対応だと思った。
「テ、ティアちゃん、私はお一つお返ししても……」
「ミユキさんは黙ってて」
「は、はい」
もしやと思った。
ティアは相手の出方を伺っているのではないだろうか。
ミラ達は、ティアの仇敵ガウディスと繋がっているのではないかという予想がある。
先ほどリュウドウが『赤光石』と呼んだこの石が、彼らにとって重要であるということにも、何か意味があるのだと考えているのだ。
しかも、それがミューズの体内から出てきたものであるならなおさらだろう。
「取引だ。今回のクエストで得られるギルド側からの報酬、全てをお前たちに渡そう。だからその石を渡せ」
「お、おいリュウドウ何勝手なモガ!」
「待ちなマルク」
流石に報酬全額は勘弁してくれと思ったのだろうか、マルクが何か言いかけたがミラに口を抑えられた
取引を頼む側の態度でもないと思うが、まあどっちもどっちだなと思う。
「断る。私にとっては、お金よりもずっと価値のあるものだから」
ティアの視線は一切ブレない。
リュウドウは、吊り上がった鋭い目をさらに細めた。
「ならば仕方ない……力ずくで奪わせてもらう」
「リュウドウ待て! お前何を……!」
「リュウドウやめな……!」
仲間からも止められるほどの決断の速さ。
ミラやドロッセルが思わずリュウドウの肩を掴むが、彼はそれを振り払った。
リュウドウはマルクの腰に刺さっていた軍刀を抜き、俺たちの方にゆらりと歩いてくる。
おいおい、報酬を巡ってこんな争いになるのかよ。
レオナやミユキも身構える。
しかし、先に俺がリュウドウと3人の間に立った。
「ねえ、リュウドウ」
俺は真っすぐにリュウドウを睨みつける。
こいつには、聞いておかなければならないことがある。
「なんだ」
「君ミューズって知ってる?」
俺の発した問いに、ミラやその仲間たちが息を飲むのが見えた。
また、ティアからの視線も感じる。
リュウドウは一度目を伏せ、俺と同じようにこちらを真っすぐに見据えてきた。
「ああ、そこに転がってる死体のことだろう」
「フガクッッ!! そいつを殺さず捕らえてッッ!!!」
これまでに聞いたことも無いほどの、激しい憎悪を宿した声でティアが叫んだ。
彼女の仇敵に繋がる手がかりが、今目の前に現れたのだ。
そして俺は、誰が何と言おうとティアの"剣"だ。
だから俺はティアからの指示に、一片の躊躇いもなく頷いた。
「任せて」
交錯する俺たちの視線。
俺たちはこの時、ようやく倒すべき敵の姿を捉えたのだった。
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