第67話 聖女の慟哭①
静けさに包まれる戦場。
ミューズの遺体が倒れた激戦地では、誰もが戦いの終わりの余韻に浸っていた。
ティアは馬に乗ったまま少し離れたところから、フガクがミユキをしっかりと”戻した”ところを見ている。
信じられないと思った。
詳しい原理など分かるわけもないが、ミユキの『聖餐の血宴』は深い集中によって勇者としての力を限界以上に引き出す能力だ。
一対多を実現させるためのスキルでもあると、ミユキから聞かされていた。
その彼女が、実質「時間の経過しか元の状態に戻る方法が無い」と言ったのだ。
にも関わらず、フガクは彼女の前に立つだけで戻してしまった。
何事か言葉を交わしていたが、ミユキの心の中に届くようなそんな声をかけたのだろう。
(なんだろう、この気持ち……)
ティアは、自らの胸の奥に渦巻く感情の名前が分からずにいた。
羨望。嫉妬。安堵。そのどれでも無い。
あるいは、そのどれでもあるのかもしれない。
あんなにも真っすぐに、躊躇いもなくそこに立てるフガクと、彼に身を委ねられるミユキが、途方もなく眩しく見えた。
「ティアー。フガクとミユキってさー……」
隣でレオナがポツリと呟く。
どこか呆れたような、それでいて見守るような、そんな声色だった。
「……そうね」
言いたいことは分かる。
”フェルヴァルム”という、ミユキの因縁の相手と出会って以降だ。
ティアも、あの二人の関係は特別なものに変化したと感じていた。
二人の運命は交わり、互いの命運を預け合う関係性。
それは二人が口づけを交わしたあの日。
フガクが『神罰の雷霆』を撃ったあの日。
そして、ミユキが『聖餐の血宴』を使った今日。
少しずつ、だが確実に二人の距離は縮まっている。
ティアの中には、彼らが遠いどこかに行ってしまうような、そんな焦燥にも似た感情が芽生えていた。
二人はまさに、運命共同体を体現していると思った。
ティアは先ほど、ミユキの元へフガクを送り出す際の言葉を思い返していた。
―――じゃあフガクは、私が復讐を頑張っても褒めてくれるの?
他愛もない自分のいつもの皮肉に、彼はただ一言当然のようにこう返す。
――当たり前だ
不思議な感情だった。
その言葉を思い返すと、胸が高鳴る。
自分を肯定してくれる人がいる。
それだけで、荒野を一人歩く自分に温かな何かが寄り添ってくれているような、そんな心強さを感じられた。
復讐なんて、誰も喜ばないという人もいるだろう。
復讐の果てに残るものなんてないと、分かったようなことを言う人もいるだろう。
そんなもの、ティアはクソ食らえだと思っていた。
そんなことははなから承知の上で、人生の全てを賭けると誓ったのだ。
―――復讐は正しく行われなければならない。
それは自分の中にある哲学と、誇り高く生きるための唯一の道標だ。
だが、その道の先に報いなどないことも分かっていた。
だからこそ、フガクの躊躇の無い言葉は胸に響いたのだ。
「……羨ましいな」
ティアはぽつりと呟いていた。
ハッとなって、ティアは自らの唇に指先で触れる。
「何が?」
レオナの問いかけに、ティアはうまく答えを返せなかった。
何故そんなことを言ったのか、自分でも分からなかったからだ。
「……さあね」
頑張ったことに報いてくれる人がいることが?
あれほどまでに己の全てを肯定してくれる人がいることが?
ティアは、フガクとミユキを見ていると、自分の中にこれまでには無かった気持ちが溢れてくるのを感じた。
復讐という過去への巡礼を続ける自分にとって、未来を目指して歩く二人の姿はあまりにも眩しかった。
「ティアもフガクに撫でてもらえば? きっとすぐやってくれるよ」
茶化すようにそう言うレオナ。
ティアはとぼけるように笑みを返した。
「馬鹿言わないで。そんなんじゃないよ」
ティアはどこか遠くを見るような眼で、フガクに抱きしめられて幸せそうに笑うミユキの表情を見つめていた。
彼女のその表情を見ていると、ここまで共に旅をしてきた甲斐があったようにも思えてくる。
この感情にまだ名前は無いけれど、きっとそれは尊いものだと感じた。
「さ、レオナ。とりあえず赤い石を回収しましょう」
らしくないなとティアは自嘲するように笑う。
ふっと息を吐き、仮面の微笑を顔に貼りつけいつものティア=アルヘイムに戻ることにする。
ティナは馬の手綱を奮い、レオナと共にミユキを労いに行くことにした。
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