第6話 波乱の森へ
乗り心地の悪い荷馬車に3時間ほど揺られて、俺たちは拠点となるキャンプへと到着した。
ギルドが用意したキャンプでは、20程度の大きなテントが張られており、冒険者パーティの姿もチラホラ見られた。
道中ティア達から聞いた話によると、広域で募集されているクエストでは今回のように拠点が設置され、冒険者のサポートを行ってくれるらしい。
情報共有をしやすくして円滑に依頼を達成させるためでもあり、現場で冒険者同士がかち合って余計ないざこざを起こしにくくする目的もあるようだ。
俺たちはギルドの管理テントに足を踏み入れ、依頼で来た旨を伝えると、拠点となるテントを一つ与えられた。
1パーティにつき1つのテントが与えられ、数に限りがあるためか、さすがに男女別にといった配慮まではしてもらえないようだ。
「まあこればっかりは仕方ないんじゃない。同じパーティになるわけだし、これから毎回宿で二部屋取れるとも限らないしね」
「僕は外で野宿でもいいけど?」
「そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ。お互い気を付けて過ごしましょうね」
優しいミユキの言葉をありがたく受け取っておく。
まあ別に間違いを起こすつもりなど毛頭ないわけだが、ラッキースケベ的なイベントが起こるかもしれないわけで。
ただ、何か起こったときに俺の命が割と本気で危ないわけで。
なのでとにかく気を付けようと思う。
テントの中は特に何もなく、簡易な布が敷いてあるため最低限地面には直接寝なくていいという程度の造りだった。
俺たちが持ち込んだ荷物を拠点に置き、装備の再確認を行っておく。
水や食料、傷薬のポーション、毒対策の薬もいくつか腰回りのバッグに詰めるようティアから指示があった。
ちなみにここまでの道中で知ったのだが、このテントも宿屋の部屋も、錠前代わりに魔法による特殊な封印を部屋丸ごと施せるとのこと。
部屋の主以外が施錠中に侵入すれば警告と記録が残る仕組みらしく、意外にも防犯性能は高いようだ。
クエストで手に入れた貴重なアイテムなどを置いておいても、盗難の可能性は低いらしい。
「さて、じゃあ出発しよっか。とりあえずもう昼過ぎだし、夕方まで軽く散策して本格的な調査は明日からにするね」
ティアが今後の方針を決め、俺とミユキは首肯する。
俺は命綱となる銀鈴が、しっかりと腰のベルトに結び付けられていることを改めて確認した。
「でもミューズが見つかったら、戦闘になるんだよね?」
「そりゃあね。ただ、こんな森の入口で見つかるなら誰も苦労はしないんじゃない? とはいえ、くれぐれも油断しないように」
「フガクくんは初めてですし、とりあえず私の傍から離れないようにしてくださいね」
ミユキが優しく微笑みながらそう言ってくれる。
冒険者ランクが遥か上の二人なので頼もしいが、男としては何とも情けない話だ。
命には換えられないのでその申し出を突っぱねることも無いのだが。
「おい、あれクリシュマルドじゃねえか?」
「本当だ。嫌な奴に会っちまったな」
テントを出たところで、少し離れたところに立っていた2人組の男性冒険者からそんな声が聞こえてきた。
クリシュマルドというと、ミユキのことだろうか。
彼女の方を見ても、特に無反応だ。
「なんだあいつら」
「無視無視。高位ランクにはつきもののやっかみよ」
ティアが気にすることは無いといった様子で森の方へと足を進める。
そんなもんかと思い後に続くが、意外にも相手の冒険者たちがこちらに近寄ってきた。
「おい、テメェクリシュマルドだろ? ここは戦場じゃなくてギルドの依頼区域だぜ? 殺す相手はいねえと思うがね」
「おいやめとけよ」
スキンヘッドで筋骨隆々とした、いかにも小物そうな剣士風の冒険者が、小馬鹿にするような様子でミユキに声をかけてきた。
その後ろから、弓を持った少しだけ話の分かりそうな男がスキンヘッドを止める。
「お気遣いなく。私もギルドの依頼で来てますので、あなた方と目的は同じですよ」
「ああ? んなこと言ってんじゃねえよ。てめえみたいな頭のおかしいデカブツ女がいたんじゃ、俺たちゃ背後にまで気を配らねえと不安で夜も眠れねえっつってんだよ」
おいおい、穏やかではなくなってきたぞ。
ミユキは表情を崩さないが、隣にいるティアの方がイラ立ち始めているのが見てとれた。
「そうですか。ではテントの中で震えていればよろしいのでは? 」
「んだとテメェッ!!」
笑顔で丁寧に煽り返すミユキも意外だったが、激高した男はミユキの胸倉を掴もうと手を伸ばす。
「いい加減に……!」
ティアが言うより先に、俺はミユキのシャツの襟に掴みかかろうとする男の腕を掴んでいた。
「えーっと……よく分からないんですけど、僕たち先急いでるので……その、やめてもらえますか?」
「フガクくん……」
正直自分でも意外な行動だった。
だが、何となくこの男がミユキの身体に触れるのが嫌だったのだ。
とりあえず揉めている場合ではないと思うので、しどろもどろになりながらなんとかその場を取りなそうとしてみる。
そしてさらに自分でも意外だったのは、俺の倍の太さはあろうかという男の腕が、俺が片手で掴んでいるだけなのに微動だにできずにいることだ。
「おいガキ……! 何してやがる……!」
スキンヘッドは頭のてっぺんまで真っ赤になりながら俺を睨みつけるが、不思議と腕が動かせないようで怒りを口に出すことしかできない。
お、これもしかしてスキル発動してる?
昨日ミユキに取り押さえられたときとはまるで違うぞ。
と思っていたら、見かねてスキンヘッドの仲間の弓兵が割って入ろうとする。
「おいお前らやめろって! テメェも手ぇ離せ!」
「はいはいあんた達その辺にしときなよ」
と、そこへ一人の女が駆け寄ってきた。
グレーの外套を羽織り、腰に剣をぶら下げたプラチナブロンドの女が、言い争っている俺たちを見かねて声をかけてきたようだ。
「こんなとこで言い争ってどうすんだい。その元気は森の中で魔獣を倒すのに使いな。それとも、ギルドに報告してどっちもクエスト放棄するかい?」
姉後肌といった印象の、金髪碧眼のお姉さんの介入に、場の空気が少し緩んだのを感じる。
「チッ! 腹の立つ奴らだぜ。お前ら、その女が『人喰い』って呼ばれてること知ってんだろうな? 行くぞ!」
「お、おう待てよ」
そう捨て台詞を残して男たちは去っていった。
人喰い? これまた随分と物騒なあだ名だ。
隣でバツの悪そうな表情をしているミユキをチラリと一瞥すると、視線が合ってしまった。
「あ、あの。フガクくん、ありがとうございます。私のこと庇っていただいて……」
「え、あ、うん全然」
まずお礼を述べてくるのがミユキらしいところであり、物騒なあだ名とはますます結びつかないと感じる。
「フガク意外とそういうところもあるんだね。感心しちゃった」
ティアからも褒められた。
背中がむず痒くなりながら、間に立ってくれたお姉さんに視線を移す。
なかなかの美人で、口元には笑みを浮かべている。
「確かに、やるじゃないか。あたしはミランダ。まあ見ての通りの冒険者だよ。みんなミラって呼ぶから、あんたたちも気軽に呼んでおくれ」
ミラと名乗った冒険者は、気さくに告げて俺の肩をポンと叩く。
女性陣からの評価が上がったようで、勇気を振り絞った甲斐があったようだ。
「あんた達は見たところ、今日ここに着いたパーティだろ?」
「ええ、つい今しがたね。あなたはいつから?」
「2日前さ。命に係わることだから教えといてやるけど、2日前にここを出発したパーティのうち、何組かが戻らない。初日で攻略してやるって息まいてた奴らだ」
めちゃくちゃ嫌な情報だった。
それってもう十中八九死んでるだろ。
いや待てよ、森が広いからまだ探索してたり、迷ったりしてる可能性もあるか。
「まだ探索中なんじゃない?」
ティアがミラに俺と思っていたのと同じことを尋ねる。
「かもね。まあ、あたしは五分五分だと思ってるけど」
「ミラ、何してる。行くぞ」
その時、ミラの向こう側から男の声がかかった。
仏頂面に、ダークグリーンの髪で片目を隠した、俺と同い年くらいの男だ。
彼もまたミラと同じグレーの外套を羽織っていることから、彼女のパーティメンバーと思われた。
「あいよ、今行く。じゃあね、あんた達も気を付けて」
「ええ」
「ありがとうございます」
ミラは足早にその場を去って森の方へと入っていく。
奥の方にはもう2名仲間がいるようだったが、顔は見えなかった。
最後にチラリとこちらを一瞥したミラの仲間の男の視線が、何となく頭に残る。
敵意や殺意とまではいかないが、こちらを値踏みするような目つきだった。
そして、男の瞳の色が、俺やティア、ミユキと同じ赤い色だったことも、俺の記憶に残った理由のひとつだったのかもしれない。
<TIPS>
呼んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ励みになりますので、評価やブックマーク等いただければ幸いです。