第65話 祝祭は君のために①
「ティア! 大丈夫!?」
俺はミユキが戦っているであろう戦場に向かう途中に、ティアと出会うことができた。
馬上で剣を振るうティアと、その周りで騎士やレオナ、幾人かの冒険者たちが狼を狩っている。
「何とか無事! フガクこそ平気!?」
「どうにかね!」
ティアは額に汗を流して泥だらけだったが、ほぼ無傷の状態だった。
地上で戦うレオナががんばったのもあるのだろう。
「フガク……! ルキは!?」
レオナが狼を制圧しながら声をかけてきた。
「ボコボコにしといた! 当分起き上がれないと思う」
というかまともな人間ならあの出血量だと2回くらいは死んでる。
が、俺はおそらくルキは生きていると思っていた。
あの体格にあの体力、あのしつこさだ。
ゴキブリ並みの生命力があると思った方がいい。
「まじ? やるじゃん! あいつそこそこ強いのに!」
よく言うよ。
肉弾戦なら明らかにレオナより強いし、神罰の雷が無かったら普通に負けてたレベルだぞ。
俺はジトリとレオナを見るが、気づいてももらえなかった。
「ごめんねフガク、私の刺客だったのに」
ティアは申し訳なさそうに言ってくれたが、俺はもちろん気にしていない。
別にティアが謝ることでもないし、ルキはそういう問題じゃない気がする。
奴は生粋の戦闘狂で、もはや刺客というより交通事故に出くわしたようなものだ。
「いやー……どうかな。アレ多分僕目当てだったと思うよ」
いや本当に。
ルキは嘘か真か、最初ティアのことを忘れていた。
あいつは俺への興味本位で帝都から馬車で3日もかかるこんな何も無い荒野までやってきたのだ。
アホを通り越して狂っているとしか言いようがない。
「フガクの? なんで?」
「こっちが聞きたいくらいだよ。……あれ?」
ルキとの戦いで受けたダメージや、『神罰の雷』で焼けた脚をかばいつつ、周囲の狼を処理していく。
かなり数が減ったなと思っていると、何の前触れもなく突如全てが光の粒子となって消えていった。
「な、なんだ急に?」
「消えたね。ミユキがやったんじゃない!?」
レオナがようやく終わったとばかりに、伸びをしている。
眷属が一瞬にして消えたということは、本体が死んだと思っていいのだろうか。
俺は咄嗟に、ミユキとミューズが戦っていた方向を見る。
少し遠くに見えている光景では、ほんの1.2分前にはミユキが善戦していた。
いつの間にかミューズの形状が変わっているが、スライムも似たようなもんだったし、ミユキが勝ったならそれでいい。
やはり彼女は埒外に強いと思った。
誰も戦いに介入できないのか、周囲を取り巻いている光景は少し異様だったが、現場には現場の空気感があるのだろう。
俺はまだ、そこで何が起こっているのかを正しく理解できていなかった。
「ミユキさんが勝ったみたいだね!」
ティアやレオナにそう言って笑いかける。
ミユキは勝利の余韻にでも浸っているのか、あるいは激しく消耗したのか、倒れ伏したミューズの体を前に静かに佇んでいるように見えた。
「ミユキさん……カルナヴァーレを使ったのね」
「どしたのティア? 早く行こうよ。赤い石を回収しよ」
「待って」
俺とレオナがミユキの元に歩いて行こうとすると、ティアがそれを引き止めた。
「ティア?」
唇を噛み締めているティアを見て、俺は首を傾げた。
「今のミユキさんは、多分私たちが見えてない。迂闊に近づいたら危ないと思う」
「ど、どういうこと!?」
言っている意味が分からない。
遠目からだからいつも通りのミユキのようにしか見えないし。
いや、言われてみれば、確かに雰囲気や佇まいが少し異なる気もする。
どこか虚ろで、まるで周囲を取り巻く人々をジッと見定めているような……。
「『聖餐の血宴』。私も見るのは初めてだけど、ミユキさんから聞いたことがある。とにかく埒が開かなくなったとき、なりふり構わず目の前の敵を葬るため、集中力を極限まで研ぎ澄まして勇者の力を全開放する奥義だって」
それを聞いて俺は、先日ミユキが俺に告げた一言を思い出した。
――もう私もなりふり構いません
あのミューズがそれほどの相手だったということか。
暴走に近いそんな技を、周囲にウィルや他の冒険者がいる状況で使ったということは、それだけ彼女が追い込まれていたということだろう。
「つまり、ミユキはアタシ達のことも敵にしか見えてないってこと?」
「敵味方の概念が無くなるってこと。集中力が高まり過ぎて、区別ができなくなるって言ってたけど……」
よく見れば、ミューズの周りには多くの人間の死体が転がっており、いかに激しい戦いだったかがよくわかる。
遠くで佇む彼女は、まるで生きている人間ではなく、ただ敵を探すためだけに動く装置のように見えて来た。
「……ティア、ミユキさんが元に戻るにはどうすればいい」
「わからない。私は二人で旅をしていたとき、カルナヴァーレを使ったらとにかく離れてと言われた。体力が底を尽きるか、敵を殺し尽くすか、あるいは恐らく自分が死ねば元に戻るからって」
ミユキのを取り巻く人の群れは、それ以上近づくことも、背を向けて逃げることもできないのかもしれない。
ポツンと一人、ミューズの死骸の前で皆と対峙するミユキは、周囲から孤絶した悲哀を感じさせた。
「仕方ない。止めに行ってくる」
俺はティアとレオナにそう言い残し、ミユキの方に向けて歩き出した。
俺の行動に、ティアは呆れたようにため息をつく。
「話聞いてた? 離れるしかないって言ったでしょ。それができれば苦労はないから、今もあそこでは王子たちがミユキさんを遠巻きに見てるんじゃないの?」
「なんとなくだけど、そんなことないと思うよ?」
「なんで?」
ティアが首を傾げる。
特に何かが思い当たっているわけではないが、俺にはそう思えてならなかった。
この世界ではどうだか知らないが、俺の勇者のイメージは、多くの人を守る正義の味方のようなものだ。
目の前の敵を倒すために力を解放するのは分かるが、目の前の生命を全て殺し尽くすまで戻れないなんて、勇者のイメージとは少し異なる気がする。
勇者はどんな困難にも挫けない、自分を見失わない。
そんな不屈の心があるから勇者なんじゃないのか。
まあ俺の勝手なイメージなので当てはまらない可能性もおおいにあるわけだが。
とはいえ、何かしら試してみてもいいだろうとは思った。
「勘でしかないよ? でもさ……」
それに、俺は思うのだ。
「でも、何?」
勇者っていうのは、多分一番先頭で体張って誰かを守る人間のことを言うのだと思う。
俺は前世でラノベ作家をやっていたから、その手の創作ものはよく読んだ。
勇者が戦いの後報われず、失意のまま死んだり人間たちから虐げられる終わりを迎えたりすることがある。
現実世界だってそうだ。
頑張った奴が報われるなんてのは幻想だって、子供だって知ってる。
ただ俺は、正直見ていて辛くなるんだよな。
頑張った人間が報われない話も、誰も報いてやらないことも。
エンタメの創作物なんだから別にいいんだけど、まあ好みの話だ。
ティアたちには言っても伝わりっこないから、言わないが。
「一番頑張った人が、報われないなんて間違ってるでしょ? 僕たちくらいは、真っ先にミユキさんを褒めてあげないとね」
だからせめて、俺たちくらいは、仲間の成果に賞賛と敬意を示すべきだと思ったのだ。
振り返ってティアとレオナにそう言う。
ティアは、目を丸くして俺を見つめていた。
「まあその無駄な前向きさは嫌いじゃないよーフガク。チューでもしたら目が覚めるんじゃない? 骨は拾ってあげるから、行ってきなよ」
レオナが呆れたように笑い、肩をすくめた。
「無駄な」は余計だが、一応褒められているということにする。
そしてティアは。
「分かったよ……じゃあフガクは、私が復讐を頑張っても褒めてくれるの?」
悪戯っぽく笑ったティア。
それはいつもの彼女の皮肉だろうけど、俺はそれには乗らない。
ただ俺は、当然のようにこう返すのだ。
「当たり前だろ?」
俺の言葉に、ティアは少し寂し気な微笑みを返してくれた。
そして俺は、地獄の中心で敵を探し彷徨う悲しき勇者の元へ歩みを進めるのだった。
この胸に恐れは一片たりともない。
ただ最前線で身体を張り、命を削って勝利をもぎ取った彼女に、「よく頑張ったね」と手放しの賞賛を伝えるために。
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