第62話 黒鉄の暗殺者②
ルキは、俺の空中からの一撃を鋼の拳で受け止めた。
愉しむように獣じみた笑みを浮かべ、俺に向かって爪を薙ぐ。
「どうしたフガク!!もっとオレを」
「"楽しませてくれ"とか言うなよこの変態がッ!!」
本当にこんな戦闘狂いるのかよと、信じられないと思いながら俺は少し距離を取って息を整える。
しかもこいつは思いのほかしぶとい。
『神罰の雷』に圧倒されつつも、怯むことはないし即死だけは回避してくる。
やりにくい相手だ。
「お前、ティアはいいのかよ」
思わず問いかけてしまう。
俺なんかに構っている暇があるのかと。
だがすぐに、俺は言うんじゃなかったと後悔させられるハメになった。
「あァー? 誰だそりゃー?」
ルキが興味無さげにそう言った。
駄目だこいつ。
まじで俺と戦うためだけにこんな戦場のど真ん中まで来やがった。
「ああー、思い出した。殺しの標的だっけか、なあ?」
そしてルキは身をかがめ、一気に俺との間合いを詰めてくる。
俺の眼前に顔を近づけて、ルキは俺にニヤリと笑いかけた。
「セレスティア=フランシスカを殺しゃあ、テメェはもっとヤル気になるかぁ?」
瞬間、俺の頭は真っ白になった。
バヂヂッ!!
至近距離でも俺は加速を付けられる。
膝をルキの鳩尾に雷速で叩き込んでやった。
「ガァッッ……!!」
胃液を吐き散らすのをかわしながら、俺は自分がどんどん冷静になっていくのを感じていた。
ティアを殺すなどと言ったこいつを、俺が許すわけがないだろうが。
「二度と来るなよストーカー野郎!」
俺は、頭を垂れたルキの首に向けて、銀鈴を振り下ろす。
「フガク! お前は本当に最高だぜッッ!!」
ルキはそのまま倒れ込みながら、俺の腹に向けて後ろ蹴りをくりだす。
まともに食らい、俺は思わず呻き声を上げた。
一撃一撃が重く、ヘビー級ボクサー、いやバッファローでも相手にしているようなイメージだ。
「ぐっ……!」
だが、俺もこんな奴に構っていられるほど暇じゃあない。
『神罰の雷霆』を使うべきか?
いや、ダメだ。
現状でこの激痛だ、ティアのホーリーフィールド無しでは下手をすれば意識が飛ぶ。
俺は再びルキの傍らを駆け抜けながら、その手足を切り裂いた。
奴は先ほど切り裂いた首からドクドクと血を流してなお、一切動きが鈍ることがない。
俺はすぐさま体制を切り返し、再度『神罰の雷』を発動し、ルキに銀鈴の切っ先を向けて突撃する。
「いい加減チョコマカかったりぃなぁあ!」
「え……!?」
ルキは俺の剣を避けなかった。
奴は自らの肩で銀鈴を受けている。
斬られたなんてレベルではない。
こいつは、自らの肩に剣を貫通させた状態で、左手で俺の二の腕を掴みやがった。
ルキは、鋭い犬歯の除く口を、真横に引き裂くように嗤う。
「捕まえたぜェェええ!?」
「くそっ……!」
ルキの金属で覆われた鋼の拳が、俺の顔面に炸裂した。
「ぐアッッ!!!」
俺は思わず叫ぶ。
鼻の奥に火花が飛び散るような熱と、遅れて痛みがやってくる。
俺の鼻から血が噴水のように噴き出るのが視界の中に映った。
さらにもう一発食らう前に、『神罰の雷』を発動させて後退しようとしたその瞬間だった。
「喰らえ……! 『鉄葬拳<獄門裂き>』ッッッ!!!!」
奴の爪が伸びてきた。
俺を上下に引き裂こうと、手の甲同士を合わせた貫手が腹に差し込まれる。
このまま下がれば、致命傷は免れる。
だが、俺は一瞬のうちに疑問が思い浮かんだ。
果たしてこのまま退くことが勝利につながるだろうか?
ルキは強い。
『神罰の雷』の速度自体にはほとんど対応できていないにも関わらず、致命傷はかわして的確に俺にダメージを与えてくる。
長期戦になれば多分俺は負ける。
こいつは戦いと狂気に囚われたどうしようもないクソ野郎だが、その技術は本物だ。
獣じみた勘か、数多の戦闘経験がなせる業なのかは分からないが、こいつは俺の次の動きを直感的に予測して対応していると考えた。
だからこそ俺は、普通ならここで有り得ない選択肢を取ることにする。
「おかえしだ、ルキ!!」
バヂィッと、俺の足が弾ける。
雷を帯びた雷速の蹴りが、奴の鼻っ面に叩き込まれた。
そのまま奴の肩から銀鈴を抜く。
瞬間、鉄葬拳とやらがズブリと俺の腹に差し込まれるが、内臓に届くよりも、あるいは俺を引き裂くよりも早く、ルキを彼方へと吹き飛ばした。
「ブバァッッ……!!」
ルキは俺と同様に鼻から大量の鼻血を吹き出し、地面を転がる。
先ほど銀鈴を突き刺していた肩からもおびただしい量の血が流れており、こいつが何故動けるのか不思議なほどだった。
だがこれで終わらせるつもりはない。
俺はこのまま、こいつを、ここで潰す。
「寝るには早いぞ変態ッ……!」
もう一度、俺は雷速の蹴りを倒れたルキに浴びせかける。
「ガァッッ……!」
胃液を吐き出しながら、ルキはそれでも起き上がる。
起きがけに再びアンダースローの構え。
そして
「―――『鉄葬拳<絶脈斬>』ッッッ!!!!」
開かれた五指が、大地をめくりあげながら俺の身体を抉り取ろうと迫りくる。
しかし、俺は『神罰の雷』にて再び間合いを詰めた。
俺の肩口を爪が掠め、肉と血液を抉り取っていくが、くれてやる。
「もう一度言うぞ――」
俺のブーツの底が、ルキの顔面に叩きこまれる。
「ゴガッ……テメフガクゥッッ……!!!」
後ろにのけ反り倒れていくルキに向かい、跳躍した俺は、最後の雷を発動する。
よく持ってくれた、俺の足。
中空から大地に向けて、光の路が一筋敷かれた。
皮膚が焼け焦げ血が沸き立つ痛みより、ここで負ける方が俺には痛い。
「―――二度と来るなよクソ野郎!!!」
そして雷鳴が轟き、魔王の審判が下された。
そして俺は、倒れ伏す奴の左肩から脇腹にかけて、赤い線を引くように銀鈴で切り裂いた。
「ァアッ……! ……次は……首、もらうッ……!」
最後に不吉な断末魔の捨て台詞を吐いて。
大柄なルキの身体は空を仰いで大の字に大地に叩きつけられた。
「絶対ごめんだね」
死んだかどうかを確認している暇はない。
ドクドクと溢れ出る血溜まりができているので、さすがに動けないと思いたい。
俺は倒れ伏したルキが起き上がってこないのを確認すると、すぐさま踵を返して走り出す。
あんな変態、頼むから二度と会いたくないもんだ。
俺は、ルキとの戦いに夢中で気づかなったが、周囲の青白い狼がかなり少なくなっているのを感じた。
同時に、犠牲となった冒険者たちの遺体や、重傷を負って仲間の手当を受けている者も見受けられる。
そして激闘の果てに見えたのは、もう一つの地獄だった。
遥か谷の向こう、嵐のような輪が取り囲む白き影と対峙する、ミユキの姿。
それはまるで神話の戦いのようだった。
俺はティアとどちらの方に向かうべきか一瞬迷ったが、ミユキならばミューズを必ず打倒するだろうと考え、俺はティアの元へと駆けていく。
俺はこれから、勇者の本当の力と恐ろしさを知ることになるとは、この時はまだ知る由もなかった――。
お読みいただき、ありがとうございます。
モチベーションにもつながりますので、もしよろしければぜひ評価や感想などいただけると幸いです。
評価は下の「☆☆☆☆☆」から行えますので、よろしくお願いたします。




