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魔王、いいから力を寄越せ!~転生した俺が美人勇者と復讐聖女を救うまで~  作者: 裏の飯屋
第三章 狂気の勇者編

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第60話 獣たちの咆哮


「ティアちゃん!! 走って……!!」

「ごめんミユキさんお願い!」


 ティアは言葉を残し、馬を走らせて他の騎士たちと共に駆けていく。

 同時に大量の狼たちをティアが引き連れて行った。


 これで幾分か戦いやすくなったとミユキは、突如現れた巨大な獣型のミューズに躊躇いなく大剣を叩きつけた。


 標的の巨躯は4メートル超え。

 前脚は樹木のように太く、歩くだけで地面が波打つ。

 獣の胴体は白く染まりきっており、血や泥すら染みつかない。

 それはあまりに清浄すぎる異常性であり、死と同じ匂いを放っていた。


 だが、ミューズは大剣の勢いをまるで意に介さないように、下半身の前足を振り回してミユキを体ごと吹き飛ばす。

 しかもその勢いで周囲にいた騎士たちは馬ごと数mも吹き飛んでいった。


 地を這うような獅子の胴体からは、顔のない白い女の上半身が生えている。

 その女の顔面には、眼がない。

 だが、見られているという錯覚が、皮膚の内側を這い回る

 呼吸が、胸の奥で詰まるかのようだ。


「ミユキッッ!!」

 

 バランスを崩して膝をついたミユキに、レオナが援護としてナイフを2本投げる。

  ミユキは剣を抜いた。

 だが、獣ミューズは一切の警戒を示さず、ゆっくりと首のない顔をレオナへと傾けてきた。


 そして――


「ギィィィィヤアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 響いたのは絶叫でも咆哮でもない、“絶望の音”だった。

 それを聞いた瞬間、数頭の馬が泡を吹いて倒れ、冒険者の何人かは耳を抑えて悶絶した。

 

 まるで鼓膜に氷の杭でも打ち込まれたかのような痛みが、鼓動に同期して脳を殴る。

  

 直後、地面が盛り上がり、獣ミューズの足が大地を叩いた。

 そして後ろ足だけで立ち上がり、大地に強烈にスタンプを押し付けるかのように前足を叩きつけた。


 ズンッッ!!


 大地が陥没する。その一撃で、5メートル四方の地盤が破砕されていた。


「……なんという質量……!」

 

 大地を簡単に破壊するストンピングに、周囲の騎士や冒険者、眷属であるはずの狼までまるで紙屑のように吹き飛んでいった。

 だがミユキもまた真っ当な物理法則の外にいる人間だ。


「レオナ! ティアちゃんを頼みます!」

「おっけー!!」 


 すぐさま体勢を戻し、レオナが狼たちと引き連れて駆けていくティアを追いかけていくのを横目に見ながら、ミユキは飛び上がって切りかかった。

 鉄塊のようなその剣は、振るうだけで遠心力もはたらき叩きつけられたものを破壊する威力を秘めている。

しかし。


「ギャァアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」


 とにかく咆哮が凄まじく、なかなか近づけない。

 まるで暴風が吹き荒れるかのように、こちらの吹き飛ばそうとしてくるのだ。

 ミユキの刃はせいぜいミューズの体表を傷つける程度に留まり、決定打を与えるには至らなかった。


「クリシュマルド殿……! 加勢する!」

「ありがとうございます!」


 ウィリアムと幾人かの騎士が、ミューズの周囲を取り囲む。

 馬上槍を持っている騎士が3名いたため、彼らは背後からミューズの胴体に槍を突きさす。


「よしっ!」


 一人の騎士が手ごたえを感じた瞬間、ミユキにはミューズの顔が怒りに歪んだように見えた。

 そして、ダメージなどまるで受けていないかのように、その巨体をぐるりと一回転させて騎士を吹き飛ばす。

 地面に叩きつけられ、失神してしまった彼を、眷属の狼たちが容赦なく襲い掛かった。


「大丈夫か!」


 ウィリアムと何人かの騎士がすぐフォローに回る。

 すると、当然ミューズは両手を広げて空に向かって祈るように声を上げ始めた。

 先ほどまでの咆哮とはうってかわって、美しい女の声だった。


「ァァァァアアアアアアーーーーーー……!!!」


 まるで天使の歌声であるかのように。

 嫌な予感がしたミユキは、再び飛び掛かって斬り付けるが、今度はミューズも前足の爪を立てて真っ向から切り結ぶ。


(何かをしようとしている――!?)


 ミユキは服の端を切り裂かれながらも、ミューズの胴体に一撃を食らわせた。


「ガァァアッッ!!」


 だが次の瞬間、ミューズの周りには青白い光と共に大量の狼が姿を現す。


「精霊召喚……!」


 ミユキは咄嗟に、ティアが扱う精霊召喚が頭に思い浮かんだ。

 青白い光と共に現れるのが、鳩と狼という違いはあるが、現象自体はよく似ている。

 やはり、聖女を模した異形の怪物であることの証明だった。


 現れた狼たちは、一直線にミユキの元へと突撃してくる。

 まるで意思を持つ一つの生物のように、四方八方から爪や牙が襲い掛かってくるのを、ミユキは着実に処理していった。


「ァァァァアアアアアアーーーーーー……!!!」

 

 ミューズの精霊召喚は続く。

 無数の狼が戦場を埋め尽くしている。

 100匹、200匹と際限なく増えていく狼たちに、周囲の騎士や冒険者たちは唖然とした顔をしていた。

 そこに。


「くだらん。本体を殺せば終わりだ」


 ミューズの背後から、リュウドウが飛び掛かり、心臓を剣で貫いた。

 黒い軍刀で躊躇なく背中から胸にかけて風穴を通す。


「よっしゃリュウドウ! 完璧だ!」


 近くで狼の処理をしているマルクが叫んだ。

 リュウドウは相変わらずの無表情だが、確かな手ごたえを感じたらしい。

 しかし。


「なに?」


「ギィィィィヤアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 心臓を貫かれたはずのミューズは、何事もないかのように咆哮した。

 激しい暴風に、リュウドウも吹き飛ばされてしまう。


(心臓を貫いても死なない……? いえ、あるいは……2つあるのかも?)


 ミユキはその様子を見ながら思案した。

 女の体と獣の体、どちらにも心臓があったとしたら。


 試すより他ない。

 だがその瞬間、目の無い女の顔が、笑みを浮かべた気がした。


 狼たちが、ミューズを中心に円を描くようにぐるぐると回り始める。

 土煙を巻き起こしながら、周囲の狼を巻き込み、倒れた騎士たちを踏み荒らしながら、その円は次第に広がっていく。

 巨大な一つの回転する円環を形成した狼たちは外にはじき出されるミユキ。

 接触時に何体かは斬り捨てられるが、次から次に走ってくるため内部へと入れない。

 それはリュウドウやウィリアム達も同様だった。


 さらに、その輪の中を巧みに駆けていく1体の狼がいる。

 その口には、ティアが持っていた赤い石が咥えられていた。


「――あれは……?」


 そしてその狼はミューズに向かって飛び掛かり、彼女の胸に飛び込むようにして光となって消えた。

 あの赤い石だけが残り、スーッとミューズの豊満な女性の胸へと吸い込まれていく。

 まるで、新たな心臓を手に入れたかのように。


「マルク、援護しろ……!」


 逆方向にいるリュウドウは回転する狼の群れの中に飛び込む。

 ミユキも、それに倣うようにほぼ同時に飛び込んだ。

 何かが起ころうとしている。

 それも、自分たちの生命を脅かす危険な何かだ。

 

 瞬間、ミューズの体が一回り小さくなった。

 4足歩行だった体は2足歩行の人間の女性のように変化し、その胸には赤い石が突き刺さっている。

 輝く赤い爪は禍々しくその存在感を示し、血のように赤い口元からは牙が覗いている。


「これは……何ですか」


 空気が、急に重くなった。

 肺に吸い込んだ息が鉛のようにのしかかり、胸の奥でじわりと熱がこもる。

 白い羽がひらりと広がった瞬間、温度が数度下がったかのような冷気が戦場を撫でた。

 それは氷の風ではなく、死骸を長く放置した場所から立ち上る“死の冷たさ”だった。


 そして、彼女は嗤った。


「アァァァァァアアアアーーーーー!!!!!!!!」


 それは獣ではなく女性の咆哮だった。

 これまでの周囲にまき散らすような暴風ではなく、指向性を持った、まるで砲弾のような威力の叫び。


 咄嗟に、ミユキは剣を構えて防御の体勢を取る。

 しかし、なんと鉄塊のように幾重にも鉄板を束ねたその剣が、いとも簡単に砕け散った。


「えっ……!?」

「クリシュマルド殿!!」


 その威力は留まることを知らず、ミユキの胸を強く打つ。


「あァぅ……! がはッ……!! 


 胸骨を砕かれたような痛みを感じながら、ミユキは血を吐き地面を転がった。


「アァァァアアアアーーーーー!!!!!!!!」


 猛攻はそれでは終わらない。

 狼の群れを抜けたリュウドウがミューズに飛び掛かる瞬間、ミユキと同じように、いや、さらに至近距離での直撃を受けた。


「ぐッッ……!!!!」

「お、おいリュウドウっ!!」


 群れの外まで放り出され、リュウドウは血を吐きながらどうにか身体を起こそうともがいている。


(赤い石で……強くなっている……?)


 ミユキは心臓が破裂しそうな痛みをこらえながら、ゆっくりと立ち上がり、ミューズを見据える。

 獣の耳と尾を持ち、白い羽を生やした彼女は、歪で異形ながらまさに天使のごとき力の片鱗を振るっている。

 ミユキはその姿を見つめながら、一つの覚悟を決めるときが来たのだと自覚した。


<TIPS>

挿絵(By みてみん)


お読みいただき、ありがとうございます。

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