第58話 ミューズ/ライカンスロープ②
ミラもまた、青白い狼たちの襲撃のさ中にいた。
マルクやリュウドウと共に襲い掛かる狼を切り伏せ、ドロッセルの魔法による範囲攻撃でせん滅していく。
決して押されているわけではないが、次から次に敵が現れるこの状況はうまくないと思っていた。
倒している手ごたえも薄く、死体が積みあがるどころか粒子となって消えてしまうのだ。
恐らく召喚魔法の類だ。
術者を倒さなければ下手すれば無限に相手をすることになる。
「こりゃ何とかしないとまずいねえ……ウォーターアロー!」
ミラの手から水魔法が矢のように迸り、こちらに飛び掛かってくる狼を貫いた。
「ファイアーランス!」
ドロッセルの炎の槍が、5体の狼を一度に焼く。
ほんの少しの小休止とばかりに、深呼吸しながらミラは周囲に展開する仲間たちに声をかける。
「一旦ズラかるかい?」
「無駄だろう。こいつらはミラ、お前を追っている」
リュウドウと背中越しに声をかけられ、ミラは驚きを露わにした。
「あたし? なんで!」
「知らん。が、その赤光石が原因じゃないのか?」
「え……?」
ミラは言われ、脇腹が赤く光輝いていることにようやく気付いた。
外套の内ポケットを縫い付けて入れていた、赤光石が光を放っているのだ。
「なんだいこりゃ!」
今まで赤光石が勝手に光るという、このような現象は確認できなかった。
明らかに異常事態だ。
リュウドウは片刃の軍刀のような剣で狼の首を断ちながら、言葉を続ける。
「分からんが、赤光石はミューズの体内から出てきたものだ。ミューズがそれに反応している可能性は推察できる」
リュウドウは寡黙な男ではあるが、それは必要なこと以外話さないだけだ。
必要なことはいくらでも話す。
つまり、今自分たちは選択を迫られているのだとミラは理解した。
今日のリュウドウの饒舌ぶりは、この3日で聞いた彼の口数より多いんじゃないかと思いつつ、ミラは歯噛みする。
「どうするミラ! このままじゃジリ貧だぞ!」
「魔力も無限ではない。退くか進むかだ」
マルクとドロッセルも、狼を駆除しながら声を荒げる。
だがミラの中には選択肢は一つしかなかった。
”退く”はない。
ならば進むのみだ。
「手放すわけにもいかないしねえ……。仕方ない、パーティを二つに分けるよ! リュウドウ! マルクと一緒にミューズの心臓から2個目の石をかっぱらってきな!」
ミラは狼達が自らを狙ってくるのならば、あえてそれを利用しようと考えた。
「我らは囮というわけか」
皮肉っぽい笑みを口元に滲ませながら、ドロッセルが言う。
ミラもオレンジ色のリップが塗られた形の良い唇を、ニヤリを釣り上げる。
二人の額には、わずかながらの冷や汗が浮かんでいた。
「観念しなドロッセル。 リュウドウ! マルク! やれるね!?」
「任せろ! 持ちこたえろよ!」
「了解した。すぐに戻る」
リュウドウとマルクは二人とも即座にその場を離れていく。
多少狼達が追いすがるが、あの程度の数ならば問題ないだろうと見送る。
ミラは、周囲の冒険者たちの数が幾分か減ってしまったことを感じながら、赤光石に向かって走ってくる狼達に精悍な笑みを浮かべて向かい合った。
―――
「囮!? さすがに危険ではないか!?」
ティアはミユキと共にF班の先頭部分まで辿りつき、ただちに指揮官であるウィリアムに進言した。
この辺りにも狼はいたが、機動力に優れる騎馬兵である彼らは、狼を上手くかわしながら戦えたため善戦している様子だ。
また、伝えた内容はいたってシンプルだ。
敵の群れは、ある理由により自分を追ってきている。
自分が囮になるから、ミューズ討伐と狼の駆除に部隊を分けてもらいたいと。
ウィリアムは渋い反応を見せた。
囮と分かっていて、女性冒険者を放り出すのは彼の騎士道に反するのかもしれない。
だが迷っている時間はない。
「お願いします! 私は大丈夫ですから!」
「ウィリアム王子、私からもお願いします。できれば露払いとして騎士の方を少しと、馬を一頭ティアちゃんにつけていただければ! その間に私が必ず『ビースト』を討伐します!」
「クリシュマルド殿……!」
目の前で、ティアに飛び掛かってくる狼を切り捨てながらいうミユキの言葉に、ウィリアムも唸り声をあげた。
その強さに憧れる者としては、頼まれては断りにくいのだろう。
もちろん全ての狼がティアを狙っているわけではない。
個体ごとに多少の認識の違いがあるのか、周囲の味方の数を減らすことも命令であるのかは分からないが、いずれにせよ明らかに意図的な行動だ。
「ティア無事!?」
すると、レオナが3人の前に現れる。
「レオナ、フガクくんは?」
「『トロイメライ』の暗殺者が来た! フガクが食い止めてる!」
こんなときにと、ティアは珍しく舌打ちをして怒りをあらわにした。
だがレオナをこちらに寄越してくれたのはフガクのファインプレーだと思った。
これなら、狼達からもかなり長時間持ちこたえられる。
「ティア殿、この少女は……」
「王子どうすんの! ティアが囮になるっつってんだろ! さっさと決めてくれる!? 全員死にたいの!?」
レオナの剣幕に、ウィリアムは一瞬驚く素振りを見せたが、すぐに頷いた。
「わかった、いいだろう! 副官! 騎士を半数ティア殿に着けよ! それから馬を一頭彼女に! 残りは私と共に『ビースト』討伐に向かう!」
「はっ!」
ウィリアムの背後を守っていた副官らしき騎馬兵が、命令を伝達するためすぐにその場を離れていく。
「ありがとうございます!」
ティアは笑顔でウィリアムに礼を言うと、彼は照れたように頬をかいた。
「君を死なせてはまたフガクに殴られそうだからな」
「大丈夫、殴られません。私は死にませんから。レオナ、私と来て」
「了解ボス!」
ティアは力強く笑い、レオナもそれにこたえる。
そしてティアは、騎士が連れてきた馬に跨った。
彼女には『騎馬』のスキルがある。
いざとなれば戦線を離脱し、狼達を撒きながら撤退選をこなすこともできるだろう。
「クリシュマルド殿、貴女は我々と?」
「はい……ですが、お願いがあります」
ミユキは頷き、神妙な面持ちで馬上のウィリアムを見上げた。
「なんだ」
「私の様子がおかしくなったら、できるだけ私から離れるよう部下の方にお伝えください」
「どういうことだ……?まさか、君はあのときのように一人で……」
かつてミユキが『人喰い』と呼ばれるようになったザムグ戦役。
ウィリアムは、その時一人でミユキが敵兵の砦へと乗り込んだときのことを思い出しているようだ。
「ミユキさんそれって……」
ティアは、覚悟を決めたような表情をしているミユキを見て、驚いた。
”それ”が何を意味しているのか、ティアにもあらかた見当がついたためだ。
ミユキはティアを真っすぐ見据え、深く頷いた。
「いざとなれば……”カルナヴァーレ”を使います」
その言葉に、ティアはミユキが何をしようとしているのかを悟った。
止めることはできない。
だが、せめてその選択肢は外したいという気持ちだけは伝えておくことにした。
「後始末どうするの」
「フガクくんに、託してください。それに、先日彼に恰好をつけたことを言ってしまいましたので」
ミユキはティアに微笑みかけ、ウィルと共に踵を返した。
一瞬、ほんの一瞬だけティアの胸の奥にざわめきが広がった。
そして、いつの間にか狼達がやけに静かなことに気付いた、その瞬間だった。
「ギィャアアアァアアアアアアァアアアアアア!!!!!!!!!!」
鼓膜を貫くかのような咆哮と共に、土煙の中から巨大な影が現れた。
ウィリアムの周囲にいた何人かの兵が、咆哮を受けて落馬し、馬たちもパニックに陥ってしまった。
「うそ……でしょ」
ティアは思わずつぶやいた。
目の前に現れたのは、体高4mはあろうかという、巨大な人影。
青白い肌の、女の上半身が、羽根の生えたライオンの胴体の上に乗っている。
頭から耳が生え、ふわふわとした長い髪が、その激烈な咆哮に似つかわしくなく不気味な違和感を生んでいた。
それはまぎれもなくミューズ。
獣の姿をした歪な天使が、ティア達の前に突如姿を現した。
ティアの胸元の赤光石は、まるで心臓が脈打つように輝いていた。
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