第57話 ミューズ/ライカンスロープ①
「これは……」
ティアが胸元から取り出した小さな巾着の中では、先日ミューズ=シェリアの体内から取得した赤い石がうっすらと光り輝いていた。
「ティア! あとにして!」
一体の青白く眼の無い狼が、冒険者たちをすり抜けて俺たちの側まで迫ってくる。
レオナはティアに向かって飛びかかってきた一体にナイフを投げ、動きが鈍ったそいつの首に飛びついて掻き切った。
死体を残すでもなく、その狼は青白い光の粒子となって消えていった。
「ごめん! そうする! ……なるほどね」
ティアは消えていく狼の死骸を見ながら何かを納得している様子だ。
「ごめん僕がギリギリで言ったから!」
俺も言ったタイミングが悪かったと謝る。
すでに狼の群れは俺たちF班300名の集団の中に入り込んできている。
まずはこの状況をなんとかするのが先だ。
「大丈夫だよ! 多分この事態と無関係じゃない!」
ティアも腰の淡い水色の美しい剣を抜き放ち、狼を切り捨てた。
俺はティアが剣を抜いて敵を切っているところを初めて見たが、意外にも綺麗な剣筋だ。
少なくとも素人ではないのは俺でも分かった。
「っていうかティア、剣使えたんだね!」
俺は地を蹴り、砂塵の向こうからこちらに牙を剥き出しながら襲いかかってくる狼を斬る。
ただ命令をなぞる機械のように襲ってくる様は、普通の魔獣にはない不気味さがあった。
「馬鹿にしてた? これでも最初は一人旅だったんだよ!」
「頼りになるよ!」
俺はティアの背後をカバーするように立ち回り、こちらへ飛び掛かってくる狼達を処理する。
「悪いけどあんまり期待しないで! 前も言ったけど、フガクたちほどは役に立てないから!」
ティアもそう言いつつ、さらに迫り来る狼を斬り伏せて光の粒子へと変えていった。
「死体が残んないのは何で!?」
レオナが狼の顎を蹴り上げ、くるりと一回転しながら鮮やかにナイフで切り捨ててティアに問いかける。
「多分私の精霊召喚と同じだと思う! こいつらは本体の眷属の一種だから、本体が生きてればまたいずれ召喚されちゃう!」
周囲は大混戦の様相を呈している。
ミユキが大剣を振り回し、一度に3体の狼の体をへし折った。
「本体を討つしかないということですか!?」
「一度にどれくらい召喚できるかだけど、まあそういうこと!」
どこを見渡しても青白い群れ。まるで包囲網のように広がっていた。
まじかと思いながら、俺はウィルの姿を集団の中に探す。
この狼達はほったらかしにもできないが、構い続けるのはこちらが消耗するだけだ。
そのことを告げに行きたいが、人と獣が入り乱れる状況に加えて砂煙で周囲が見えにくい。
「ティア! ウィルに進言した方がいい! こいつらに構っているのは時間の無駄だ!」
俺は近くで剣を振るうティアに声をかける。
ミユキが周囲の群狼を薙ぎ払いながら近づいてきた。
「王子は前方にいらっしゃいます! 目視できていますので、私についてきてください!」
ミユキの視力はスキル『勇者の瞳』によって常人よりも遥かに優れている。
彼女には既にウィルの居場所が見えているようだった。
「フガク! アタシと殿! ミユキとティアは走って!」
「わかった!」
「二人ともよろしく!」
レオナが狼を蹴飛ばしてナイフで首を斬りつつ、俺の傍に並ぶ。
ティア達はその言葉を受け即座に前方に向けて走っていった。
俺たちF班の動きは完全に止まってしまっている。
このままではじわじわと物量に押されるだけだ。
せめて部隊を二つに分け、この狼達を食い止める部隊と、ミューズを討伐する隊に分ける必要があるだろう。
「こいつら……! どう考えてもティアを追ってるよな!」
走っていくティアを追いかけながら、迫ってくる狼達を処理していく。
確かに一体一体はそう強くないが、単純な物量が厄介過ぎる。
俺たちの体力だって無限では無いし、早いところ離脱して本命を叩かなければならない。
「何なのまったく! あの赤い石!? それともティアの方かな!」
「どっちもじゃないか!?」
俺とレオナは会話をかわしつつ、もう何体目か分からない狼を屠った。
だが、本当にキリがない。
果たして俺たちはミューズの元に辿りつけるのだろうか。
その時だった。
「おーようやく見つけた可愛い子ちゃんッッッ!!」
何者かが、俺の背後に立った。
あまりの殺気に、俺の全身を悪寒が駆け抜けていった。
咄嗟に、振り返りざまに銀鈴で薙ぎ払う。
ガキィィィイイイインッッッ!
俺の一撃を、そいつはいとも簡単に黒鋼の手甲が装着された腕で受け止めた。
「あン? あーお前男か。まあどっちでもいい! いやむしろ僥倖ォッ! こんな地獄みたいな場所まで来たんだ、がっかりさせんなよォッ!!」
そいつは俺の一撃を受け止めたまま、身体を捻って飛び蹴り、ソバットを繰り出してくる。
男の全体重の乗った一撃に、俺は思わず吹き飛ばされてしまった。
「なんだお前は! 状況を分かってるのか……!」
吠えながら、俺はようやく男の姿を確認する。
首元で赤い髪をバッサリと切り落としたその男はかなり大柄で、筋肉に覆われた身体と獰猛な獣のような顔つきだ。
赤いジャケットに赤いパンツと、レオナの兄妹のような見た目だが、その手には禍々しく鈍色をした黒鉄の手甲が装着されている。
「状況だぁ? 知るかそんなもん」
男は飛び掛かってきた狼達を、鉄の拳による貫手の一突きで絶命させた。
一瞥もくれることなく、こちらに歩いてくる。
「フガク何やっ……あんた、何でこんなとこにいんの」
俺がいないことに気付いたのか、レオナが近づいてくるが、彼女は男を見るなり驚嘆の表情を見せた。
「テメェの尻ぬぐいだクソガキ。邪魔すんならテメェも殺す」
どうやらレオナの知り合いらしい。
鋭い犬歯の生えた口に笑みを浮かべながら、男は俺を見据えている。
まあ聞かなくても大体分かるが、一応聞いておく。
「レオナ、こいつは誰?」
「ルキ……『ルキアン=ダラス』。『トロイメライ』の暗殺者だよ」
俺は驚いた。
まさかこんな戦場のど真ん中にまで、レオナのような刺客が差し向けられるとは思ってもみなかったからだ。
しかし『トロイメライ』の暗殺者は赤い服を身にまとわなくてはならない決まりでもあるのかと、俺は辟易しながらどうでもいいことを考える。
周囲を狼に囲まれ、ティア達をウィルの元まで送り届けなければならないこの状況で、この襲撃は最悪だ。
「レオナ、先に行ってくれ」
「大丈夫? こいつはアタシほどじゃないけど強いよ」
「じゃあ余裕ってこと?」
俺は、ルキと呼ばれた男から視線を外さず、レオナに告げた。
ミューズとその眷属がティアを追っている可能性が高い以上、ティアには護衛が必要だ。
「言うじゃん。んじゃ任せた! そいつの鉄葬拳に気をつけて!」
レオナは軽い調子で言い残し、迷うことなく駆け抜けていく。
薄情なやつと思いつつ、俺はありがたく思った。
どう考えたって任せられっこないやつに、あの態度はとらないと思うからだ。
それに、この男は明らかに普通じゃない。
俺は銀鈴を強く握りしめ、こいつをティアの元へ行かせるわけにはいかないと覚悟を決めたのだった。
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