第55話 群狼の谷へ②
作戦会議の現場で、俺はリュウドウに言われた言葉を反芻していた。
――ミューズを殺したのはお前か?
ティアは、ミューズのことを知っているのは自分たちだけだといった。
ということは、ミューズの名前を知っていたリュウドウは一体何者なのだ。
俺は近くに彼らがいるためティアにも聞けないが、もはや完全に警戒すべき対象として認識した。
現在ビクトールは壇上に設置された巨大な地図を手で指し示す。
「魔獣の群れは現在、神域の谷北東部にて集結後、急激な速度でこちらに向かっている。確認された個体数は1万前後。『ビースト』を除くすべてが青白く顔の無い狼の魔獣だ」
青白く顔のない魔獣なら、もうミューズでほぼ確定だ。
しかも、スライムのときのように群れを操るのだろうか。
いや、地下水道のスライムは全てがシェリアの身体の一部だった。
今回は別個体という可能性もある。
むしろスライムでないならその可能性の方が高いだろう。
敵の数は1万、こちらの戦力がどれほどかは分からないが、この広場に集まっているのは2~3,000人かそこらだろうか。
彼我の戦力差にどよめきの声が広がる。
「狼達は単体ではそう強い魔獣ではないと報告を受けているが、全体として高い統率性を示しているのが特徴だ。こちらもある程度”集”として対抗する必要がある」
「無茶ね」
「ええ……」
ビクトールの言葉に、ティアがボソリと呟きミユキが頷いた。
「無茶って?」
俺は二人に問いかける。
「普段別々に活動している冒険者が、足並みそろえて集団戦なんかできると思う?」
「確かに……」
しかし、そんなことは俺でもちょっと考えれば分かることだ。
帝国騎士団長のビクトールが、あるいはウィルがそんなことも分からないとは思えないが。
「おうい、そこの美しい冒険者殿! 貴殿らの懸念はもっともだ。安心してくれ、本作戦はギルドおよび帝国軍による合同作戦だが、分断については帝国軍が既に配置につき抜かりなく行う。
ここにいる冒険者諸君は、分断された狼たちを各個撃破する役割を担ってくれればいい」
「アホでもできるってさ」
どうやら俺たちの会話はビクトールにも聞こえていたらしい。
傷だらけの面に貫禄ある笑みを浮かべながら宣言した。
周りに聞こえるように言ったレオナの軽口に、冒険者たちからもドッと笑いが漏れ、少し空気が弛緩した。
「失礼、余計なことでした」
ティアがすかさずフォローを入れる。
「構わんさ。とはいえ、さすがに指揮系統もまるで無しとはいかない。
諸君らをA班からE班までに分け、各部隊を谷の各ルートに配置する。各部隊は分断された狼達を撃破してもらいたい」
ビクトールが地図上に6つのコマを配置する。
「そして、F班――本命の奇襲部隊、中央の崖道を下り、群れの中心部に潜伏中のミューズ本体を強襲してもらう」
その瞬間、広場の一角から声があがる。
「おい、じゃあ親玉狙いの主役はF班ってことか!? 俺たちはただの雑魚相手ってことかよ? 報酬はどうなる!」
帝国軍にとって魔獣の討伐は任務であり仕事だが、冒険者にとっては生活の一部だ。
報酬の取り分が変わってくるのが納得いかないという者もいるだろう。
「焦るな。F班はリスクも桁違いだ。当然報酬は上乗せするが、それ以外の者も提示した額を払う」
ビクトールの後ろからウィルが、声をあげた冒険者に告げると相手は黙った。
安全を取って手堅く報酬を得るか、危険を取ってさらなる報酬と名誉を取るかといったところだろう。
選べるだけでもありがたい状況だ。
ビクトールはそのまま説明を続ける。
「勇気ある者はF班に志願してほしい。逆に言えば、覚悟のない者は後方で狼狩りに回ってもらって構わない。あくまで主攻は俺たち帝国騎士団が担う。ただ諸君らのような勇敢で死をも恐れぬ強靭な者たちが共に戦ってくれるなら、俺たちもありがたいがな!」
ビクトールの言葉に静まり返る広場。
一気に緊張が走り、すでに覚悟を決めたような顔つきになっている者もいた。
さすがは騎士団長、冒険者を乗せるのが上手いと思った。
次の瞬間、俺たちの傍から手が上がる。
「団長さん。あたしらはF班に志願するよ。どうせなら一儲けしたいからね」
先に動いたのはミラたちだった。
すぐさま前方に歩き出し、台の前で壇上のビクトールを仰いでいる。
「諸君らの献身に、帝国を代表して感謝する! さあどうだ! 他に魔獣の親玉をその手で殴りたい猛者はいないか!」
ビクトールは煽る。
今回の危険度はSランクだ。
そうそう即決はできないようで、どこもパーティ内で会議を行っている。
賢明な対応だとは思う。
「私たちも志願します」
だが、ティアは迷わず手を挙げて言った。
そりゃそうだ。俺たちはそのために来たのだから。
俺たち4人も、ミラたちに倣って前へ出る。
「おいおい……女子ばっかりだぞ」
「あの金髪の子可愛いな」
「俺はあの黒髪の美人……いや待てあの白黒髪の子もいいな」
俺たちは容貌もかなり目立つようで、周囲からヒソヒソと噂をされながら前方へと歩み出た。
相変わらず俺が女性に見えているのは何とかならないもんだろうか。
若干背筋がゾワリとする声も聞こえてきたぞ。
あとで男性と分かってがっかりされるパターンがこれまで何度かあるのだ。
「おお、クリシュマルド殿。戦女神の加護を得られるならば俺たちの勝利は確定したも同然だな」
「いえ、そんな……がんばりますね」
ミユキははにかんだように笑った。
「あなたと肩を並べて戦える日がまた来るとは、嬉しく思う」
ビクトールもウィルも、かつてゴルドールで英雄的な活躍をして『人喰い』とまで呼ばれたミユキの参戦を歓迎してくれている。
周囲の冒険者たちからもどよめきが起こった。
隣に並んだティアたちに、ミラが目を細めて口元を緩めた。
「いいねぇ、ティア。そう来なくちゃ」
その後、『人喰い』がいるならと安全が担保されたように感じたのか、何組もの冒険者たちが主攻のF班に志願した。
周囲からは、「あれがあのクリシュマルドか」と注目の的になっており。
ミユキは居心地が悪かったのか、大きな身長を隠すように少しだけ背中を丸めて俺の影に身を隠した。
全然隠れてないけど。
「ではF班にはこの285名を帝国騎士団に加えた混成部隊とする! 指揮を執るのはかの戦闘王ヴァンディミオン大帝がご子息、帝国屈指の騎士でもあるウィリアム=ヴァンディミオン殿だ! ほかにも希望者がいれば後ほど追加するが、基本的にはこの精鋭で突入するから準備を怠らないでくれ」
ビクトールは最後まで士気を挙げることに余念が無く、殺伐としつつも意気軒高と言ったムードで作戦会議は終了した。
「出発は30分後だ、各自準備を整えつつ集合場所へ向かってくれ!」
号令とともに会議が終了し、参加者たちはそれぞれの班に分かれて散っていく。
大規模な作戦に挑む前の空気感というものは、意外にも静けさを帯びたものなのだということに初めて気づいた。
そして俺たちは30分後、ついに獣たちが蔓延る悪夢のような戦場へと足を運ぶことになる。
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